4-(9) フライヤベルクの動静(2)
「特命係の参月義成中尉。総司令官天儀の新書をたずさえまかりこしました!」
義成は、いま、戦線の重要拠点フライヤ・ベルクのヌナニア軍の総旗艦アマテラスのブリッジにて、ガチガチ緊張し敬礼していた。
総旗艦とは戦線をまとめる戦線司令部がおかれた艦をいう。なお、瑞鶴は国軍旗艦。国軍旗艦は、総司令部がおかれた艦をいう。総旗艦より上位の存在だ。
そしてアマテラスは、神世級戦艦だ。このクラスの軍用宇宙船は、ヌナニア連合が成立するきっかけとなった少し前の戦争ですでに、セレニス星間連合軍の艦として竣工していたが、次世代の最新鋭艦に分類される。
神世級戦艦アマテラスは、流線型が多用された未来的で洗練された外観。船体の中間に艦橋が設置され、36センチ三連装砲4基が艦橋の前後に縦一列に配置され、その真裏側に二足機などの艦載機の発着甲板が配置されている。
簡単にいってしまえば、上は海上の戦艦、下は空母といった感じだが、強引に融合されたという印象はない。むしろ優れた流線型のデザインで上手く一つにまとまっている。
そして緊張の義成が敬礼する相手は、二重まぶたの大きな瞳とカーキ色の巻毛が印象的な可憐な女性司令官。お淑やかを形したらこんな感じだろう。身に着けているのは、白地に金糸で飾り付けされたロングスカートタイプの軍服で、力強さと清楚さを兼ね備え、まさにこの女性にピッタリのデザインだ。
この女性こそが――。
「フライヤベルク戦線司令官シャンテル・ノール・セレスティアです。うふふ、こんな小娘が戦線司令官だなんて驚きましたか?」
「いえ、そんなことは……!」
と俺は、たじたじだ。そう。シャンテル戦線司令は、まったく可憐すぎて軍司令官には見えない。もちろん軍人にもだ。そして驚くべきことに、俺とほぼ歳が変わらないらしいが、歳下にすら見える。見た目の印象は、どうみても可憐な少女だ。
どうなっているんだヌナニア軍は、シャンテル戦線司令はヌナニアの星系軍士官学校の卒業生じゃない。こんな可憐な美少女絶対に一度見たら忘れないぞ。歳上ならまだしも、同世代に非星系軍士官学校の高官がいるだなんて……。なお、李飛龍は別格だ。彼は、旧グランダ帝国で、軍事の家系としてとても特別な家柄だからな。
だが、俺は驚きつつも星系軍士官学校出身者でないこの人が、戦線司令官になれた理由をすでにしっていた。シャンテル戦線司令には、色々特別な理由があるのだ。
「義成特命さんは、優秀なんですってね。あのヌナニア星系軍士官学校の黄金の二期生でいらっしゃるとか。そんなかたが側近だなんて天儀総司令は安心でしょうね。というか見る目があるのかしら。あのかたは、戦いに抜け目がないという印象をシャンテルは持っていますの。義成さんは、天儀総司令にどんな印象をお持ちです? 義成特命はヌナニア軍が肝入で育てた次世代の軍人さん。わたくしたちなんてあっという間に飛び越して昇進なさっていくかたですから。そんな人の天儀総司令の印象が聞きたいわ」
シャンテル戦線司令は、にこにこ顔で、気さくといっていいほどに気軽に話しかけてきてくれるが、俺はますます固くなって、
「恐縮です!」
と斜め上を睨むようにして敬礼するしかない。だってこんな美少女。いや、彼女のセレスティアという姓が問題だ。
「はは、シャンテル戦線司令。それでは彼の緊張に拍車がかかるだけだ。言葉を選ばなければね」
そういったのは、シャンテル戦線司令の横に従者のように立っていた仮面の男。
――これが実質フライヤベルク戦線を取り仕切っているという男か。
と俺はすぐにわかった。男は後光を放つような存在感があり、口ぶりからは自信が溢れ出ている。俺がブリッジに入った瞬間にまず目がいったのが、この男だ。ブリッジでは、シャンテル戦線司令の可憐な美しさも目を引くが、この男の存在感は別格だった。
「失礼。レアル・カミロだ。この戦線の副司令官だ。役職は参軍事。正式な軍人ではないのだが、戦線司令官たっての任命でこの立場いるものだよ」
参軍事。正式には参軍事官。艦隊の事務方仕事を一手に引きうける職員で、実質的な艦隊のナンバー2となりうる立場だが、ほとんど場合任命されない。なぜなら事務仕事の処理には、すでに主計部の秘書官達がいるからだ。
俺は、自己紹介とともに手を差しだしてきたカミロ参軍事と握手したが、どうしても仮面が気になって仕方がない。ヌナニア軍では、個性をないがしろにはしない。おしゃれとして改造軍服はある程度大目に見られるが、仮面はどうなのだろうか……。
「義成特命は、この仮面が気になるのかい? すまないね。失礼だとは思うが弱視でね。外せないんだ」
「違いますわカミロさん。その仮面の理由は、お顔に傷があるからでしょ?」
クスクス笑っていうシャンテル戦線司令の指摘に、カミロ参軍事は、ああ、そうだった、という素振りで微笑しつつ、
「両方だ」
と爽やかにいった。
「人に見せて誇るような顔でもないのでね。ブサイクは隠したいだろ?」
絶対に嘘だ。仮面の上半分を覆い隠すようなもので、口元はオープンになっている。レアル参軍事の顎や口のパーツから想像するに間違いなくこの人は美男子だ。これで上が残念な作りという落ちはまずないぞ。
なお、一定クラス以上の司令官は、官民問わず独自の参謀を任命できる権限があるのだ。シャンテル戦線司令は、その権限を行使してレアル・カミロという男を任命したのだろう。民間でも軍事に詳しく参謀をやってのけれる人物がいないわけじゃない。
だが、こんな権限を簡単に行使できるわけもないのも事実。指名されても部下は士官学校や兵学校を卒業した職業軍人。プロフェッショナルだ。彼らが素人の指図に従いたいわけがない。だが、それを可能にするトリックが、シャンテル戦線司令にはあるのだ。
「セレスティアル家のかたにお目にかかれて光栄です!」
「あらいやだ義成特命さんったらかしこまってしまって。古いばかりの家柄で、恥ずかしい限りなんですよ。もうヌナニアの時代でしょ? わたくしの家は分家ですしセレスティアなんて名乗るなんて恥ずかしい限りなんですから」
――嘘だ。
セレスティア。最後に〝ル〟をつけセレスティアルとも称されるこの姓は、ヌナニア連合に置いて巨大だ。いまのヌナニア連合は、グランダ帝国とセレニス星間連合が戦争の結果一つになってできた国だとは再三いってきたが、その片割れのセレニスの国名の由来は、セレスティアルからくるといえばもうわかるだろう。
そう。旧セレニス星間連合で、王家の家柄といわれ、象徴的かつ貴族的に扱われてきたのがセレスティアル家なのだ。そして、セレスティアル家とその家長は、いまでも政財界に大きな影響力を有しているので、そのセレスティアル家の一員であるシャンテル戦線司令が、
――わたくしの好きな人を……。
と副官に任じても誰も文句をいえない。
少し話は逸れるが、ヌナニア国内には、旧グランダの皇帝と、旧セレニスのセレスティアル家という二つの巨大な王統が存在していると思ってもらうといい。皇帝は、国家の象徴として振る舞い。セレスティアル家は隠然と影響力を発揮する。両者は棲み分けしているといえる。
――シャンテル戦線司令とレアル・カミロはどういう関係なんだ?
参軍事官に任命して、副官として起用するには相当な信頼があると見ていい。この短い時間だけでも、二人のやり取りを見ていてもとても親しそうだ。
……俺は、泊地パラス・アテネを出発前に天儀総司令から、
「義成。フライヤベルクを実際取り仕切っているのは、レアル・カミロとかいう副官だそうだ。俺はこいつについてまったく知らん。軍官房部の2人に聞いても教えてくれない。星守はつねに俺に意地悪だが、六川さえ口をつぐむのにはわけがあるのだろう。ついでというわけじゃないが、レアル・カミロがどこの何者かについても調べてこい」
と命じられていた。
いまどきこんな事があるのだろうか? と俺は疑問に思ったが、なるほどカミロ参軍事の仮面を見て完全に納得だ。どう見ても素性を隠しているのだろうこれは……。そしてセレスティアル家の巨大な家名をつかっての任命となれば、軍官房部に詳細な情報がないのも納得できるし、非軍人に戦線一つが取り仕切られているというのは屈辱的で、詳細不明ということを、わざわざ説明したくないとも想像できた。
そんなことを俺が考えていると、
「失礼します!」
と男が1人部屋に入ってきた。軍服を見るに参謀部の将校だが……。なんだあの胸につけている〝QC〟という文字が形どられたバッチは?
軍では様々な章が存在する。たとえば手近なものでは部隊章だが、ヌナニア軍では班や軍人サークルのレベルから自由に所属するグループの徽章を決定できる制度がある。
ヌナニア軍でいう徽章とは、バッジやメダル。そしてワッペンや名札。付ける位置によって襟章、腕章、肩章などと呼び名は変われど全部徽章だ。いま、俺が二の腕つけている〝特命〟の二文字が書かれた腕章などもふくまれるな。そう。ヌナニア軍には、いや、どの国の軍隊にも氾濫しているといっていいほど様々な徽章が存在する。
特殊工作員である俺は、それらを外国のものもふくめ数多く記憶している。もちろん全部ではない。あまりに多いのもあるが、新しく班やサークルができては新たな徽章が作られ、毎月数多くの新しい徽章が申請され受理されるからだ。こうなると覚えても覚えてもきりがないのはいうまでもない。徽章マニアじゃないんだ。代表的な部隊や団体のものだけ抑えておけばいい。
そして俺だって地味なものなら気にもとめないが、参謀将校がつけているそれは、ピンクの文字を金で縁取られかなり立つ。軍服から浮いていた。
「あ、ご来客中でしたか。失礼しました」
「いえいいのですよ。それよりなにかしら」
「えっと……」
と口にしたピンクのピンバッチをつけた参謀将校は、いいよどんだ。俺の存在があるからだ。
――とうことは重要機密にかかわる報告か。
参謀将校が口をつぐんだのは、間違いなく俺に聞かせていいのか迷ったからだ。
「大丈夫です。このかたは参月義成中尉。天儀総司令官の側近で、信用できるかたですので、どうぞお話くださいな」
「はい。では……コホン。敵の後方部隊に活発な動きがあります。何らかの作戦行動の準備だと思われますが――」
俺は、つらつらと状況の説明を開始した参謀将校のから、フライヤベルク戦線のだいたいの現状を把握した。
俺達ヌナニア軍は、この戦争の初戦でしくじり守勢に回っているわけだが、この守勢とは別に防御力の固い拠点に籠もって敵の猛攻をしのいでいるというわけではない。戦略的重心地を奪われたからこその守勢。
――戦略的重心地
とは、主要航路が交わる地点や防御力の高い地点、で、そこを押さえれば勝敗を左右できる重要地点をいう。もちろん多数の人口を抱えるコロニーや、もっといえば入植惑星だって戦略的重心地にふくまれる。
話はそれたが、とくにここでフライヤベルク戦線では、敵が多数の防御力の高い重心(重要拠点の意味)に戦力を配置し、俺達はそこを攻めあぐねているという形だ。
攻めてきて重要な城塞を奪った敵が、これ以上進んでこないように、その城塞を囲んでいるような状況と思ってもらえばいいかもしれないな。
そう。宇宙は何もない空間でもないし、均等に物質が広がっている空間でもない。宇宙の物質の密度には場所によって差がある。この密度の違いを、宇宙は泡の集まり、と表現するが、むしろスポンジを想像するとわかりやすい。スポンジの網目の部分が、惑星やガス群などの様々な物質が滞留場所で、なにもない空気の部分が物質が希薄な場所だ。これはマクロでみた宇宙の物質の広がりだけではなく、フライヤ・ベルク宙域だけ見ても同じことがいえる。
そして物質が多すぎれば進むのが困難で、少なければ進むのが楽というのは、なのはいうまでもない。突如飛来するデブリは、軍用宇宙船にとっても脅威だ。
俺はなんの気なしの顔で、参謀将校のシャンテル戦線司令へ報告に聞き耳を立てていたが、参謀将校は、
「ここフライヤベルクでは、敵は資源である岩屑群を利用して強力な防を構築。我々は突破口が見いだせず敵とのにらみ合いが続いています」
ということも口にしていた。
「なるほど。艦隊参謀の意見としては、今回の敵の動きは、かねてから予想していた攻勢の前触れだといいたいのかい?」
「はい。ラ……、じゃなくカミロ副司令。敵は籠もっているフライヤフリューゲから出撃してくる可能性が高いです」
「出てくる規模はまだ不明か……」
「はい。ですが、動静がつかめたことからわかりますが、それなりの戦力だと考えられますので」
「対処を考えておかないと、こちらは確実に痛撃されると?」
「はい」
「わかった」
と応じたカミロ参軍事が、シャンテル戦線司令を見た。シャンテル戦線司令は、わかったというように頷いてから、
「報告ご苦労さまです参謀将校さん。対処を考えすぐに戦線司令部に通達します。新しい情報がつかめたらすぐに報告してくださいましね。出撃してくる敵の邀撃は、相手方の動き次第というところもありますので」
そういって参謀将校をさがらせたのだった。
参謀将校が部屋から消えると、シャンテル戦線司令はほっと息をつくような素振りを見せた。
……なんだこれは、俺が見るに報告を受けるシャンテル戦線司令の態度は終始泰然としていたが、なにか自信なさげというか……。俺がそんなことを感じていると、カミロ参軍事がプロジェクターの操作を開始した。カミロ参軍事は、口元に涼やかな笑み。楽しげに操作している。操作の手付きは丁寧で優美だ。俺はそんなカミロ参軍事を見ていて、
――わかった!
と、ハッとした。そうだ。この部屋の空気は、カミロ参軍事にリードされていた。参謀将校もシャンテル戦線司令に報告しているというより、カミロ参軍事に向けて状況説明をしているような感じだった。俺が感じた違和感はこれだ。
カミロ参軍事は、仮面を付けて素性を隠さなければならないような男。そんな男が、一つの戦線を牛耳っているという実態は好ましくない。というかカミロ参軍事は、なにをしでかしたんだ? 天儀総司令はが、経歴抹殺刑を食らっていて軍に復帰したぐらいだぞ。素性を隠す必要があるということは、カミロ参軍事はそれヤバイことをしでかした可能性があるということか……?
俺がそんな事を考えていると、カミロ参軍事が、
「準備ができたぞ。これが我らの庭園だ」
といって、俺の右側の壁にバトルマップを映し出した――。
「これがフライヤフリューゲ――!」
「ああ、超優良資源地帯の中核部。宇宙の宝物庫だが、いまは要塞群だな」
図は平面化されているが、これはフライヤフリューゲの特徴上これで問題ない。それにマップはわかりやすくも重要。広大な戦線全体を図示する俯瞰図は、簡略化し重要な情報だけがわかればいい。
フライヤフリューゲは、フライヤ・ベルク宙域に点在する七つある戦線の内の一つのフライヤベルクの一部なのだが、そのフライヤフリューゲだけでも広大だ。フライヤフリューゲは、横幅だけで約40万キロ。これは地球から月までの距離と同等だ。徒歩でこの距離を移動しようと思うと約11年かかる。
太聖銀河帝国軍は、フライヤベルクのなかでもとくに大小の岩石やガスが滞留するこの地点に、岩石などの大小のデブリを利用しつつ宇宙要塞群を構築。両軍はこのような配置と相成っていた。
マップに書かれた高濃度デブリ地帯を艦隊がとおるのはほぼ不可能だ。そして逆に、岩屑障壁地帯と書かれ囲われた部分は防御を展開しやすい空間である。艦隊と艦隊の間を埋める岩石には、高射砲塔などの防御施設が配置されフライヤフリューゲ一帯が、一つの鉄壁の城塞と化していた。
「これは両軍の主要戦力集団の配置だ。四角の数はヌナニア軍のほうが多く、一見ヌナニア軍のほうが数は多いように見えるが、残念ながらこの戦場の戦力は敵のほうが多い」
「つまり……」
「そう。我々は、戦力を上回る敵にとても堅牢な要塞に立て篭もられてしまって手も足も出ないといった状況といえる。ま、総司令官の側近の君なら承知のことだと思うがね」
……そう。俺達ヌナニア軍は、不意打ち気味に速攻を仕掛けてきた敵軍に、フライヤベルクの最重要拠点であるフライヤフリューゲに戦力を配置することを許してしまっていた。
ここでのヌナニア軍は、敵の前進を押し止めつつ、フライヤフリューゲの奪還も狙いつつ戦闘を展開している。そして言うまでもないが、この両軍の戦力の配置が描き込まれたバトルマップマップは、最重要軍事機密だ。一般兵にはここまでの情報は絶対公開されない。
「敵はここフライヤフリューゲを完全に抑えたことで、フライヤ・ベルク宙域全体で優位を確立した。鉄壁の最重要拠点を基盤に、各戦線に自由自在に戦力を送り込み我々ヌナニア軍は防戦一方だ」
「カミロさん。フライヤフリューゲの敵は、要塞群を堅守して他の戦線が勝つのを待てばいいだけなのですよね? フライヤフリューゲは難攻不落。わたくし戦線司令部の責任を持つものとして弱りきりです」
カミロ参軍事は、シャンテル戦線司令の言葉に、ええ、と応じつつプロジェクターを操作。壁のバトルマップには、地名が浮きでた。
もともとここは誰も興味をもっていなかった無人の宙域。フライヤ・ベルクという名前も資源が発見されてからつけられたものだ。それ以前はナンバリングされていただけ。つまりはフライヤフリューゲにかぎっても、内部に正式な名前などなかったはずで、浮きでた地名は戦線司令部が名付けたものなのだろう。
どう考えても難しい、と俺は思った。少し大きめの赤い四角で示されている、
――敵司令部を攻略すれば勝ちだが――
それには大翼山と名付けられた一帯の攻略が必要となる。というか敵の戦力の配置はここに集中していることからも、フライヤフリューゲの主戦場は大翼山だ。だが、大翼山を攻略するのは難しい。マップ上に外縁部と書かれた部分にはきわめて強力な固定要塞が構築されている。フライヤフリューゲまともに攻めるならこの外縁部からなのだが、そんなことをすれば大損害だ……。
そんなことはシャンテル戦線司令にもカミロ参軍事にも承知のようで、2人はマップをながめながら話し始めた。
「普通考えて敵司令部のある大翼山の攻略を目指すことになるのだが、それにはフライヤポケット内に戦力を進行させて、外縁部とフライヤポケット内から同時に攻撃するのが理想的だ」
「けれどそれをするには問題があるようにみえますけれど――」
「ああ、まともな手じゃない。そんなことをすれば確実に敗北する」
「あらじゃあ攻略の手立てはないのですか?」
「ないこともない」
「うふふ、カミロさんったらもったいぶってます。でも、わたくし、このバトルマップを見るととても勝てる見込みがないように思えますけど、こんなとき天儀総司令ならどうするのでしょうか」
「天儀ならか――」
「わたくし、あのかたなら勝つと思いますの。カミロさんは?」
シャンテル戦線司令がとてもいたずらっぽくカミロ参軍事に聞いた。まるで妹が頼りになるお兄ちゃんに問いかけるように、まったくもって愛らしい。だが、シャンテル戦線司令は、可憐で愛らしいだけじゃない。なというか威厳ある。セレスティアル家という人の上に立つ家系に生まれたもののさがなのだろうか。自然と立ち振舞に、人を制するものがあるのだ。
俺は、2人のやり取りを眺めつつ、フライヤベルク戦線の兵員達は俄然やる気だろうな、と冗談を思った。むさい男の中年に死んでこいと命令されるより、断然シャンテル戦線司令に、
――お願いわたくしのために戦って!
といわれたほうが奮起できる。俺だってセレスティアルの姫君に、潤む目でこんな台詞で懇願されたら喜んで戦うだろうしな。
シャンテル戦線司令に問われたカミロ参軍事は、
「それを口にする前にだ」
といって俺を見て問いかけてきた。
「天儀総司令の側近である義成特命に聞こう。君ならここをどう攻める?」
「自分ならですか」
「あら、黄金の二期生の実力はいかにといったところですね。義成さん。カミロさんは手厳しいので覚悟してくださいね。下手なことをいうと、言葉は丁寧でも鞭打つような鋭さで否定されますから」
それは怖いと思いつつも俺は、
――これは戦線司令官に俺の優秀さをしめすチャンスだ。
とも思って、緊張を覚えつつあらためてバトルマップに見入った。
このマップにはもう一つ情報が足りないので、俺は、
「失礼」
と断ってからバトルマップに文字と数字を書き加えた。
こんな感じにするとわかりやすい。さて、どう攻めるか……。
「義成さん。総攻撃となるとフライヤポケット内と外縁部から同時の攻撃が必要ですよ。貴方ならどうやって戦力を進めますか?」
興味津々と問いかけてくるシャンテル戦線司令に俺は、
「総攻撃なると、ここの受け持ちに苦労しそうですね」
と①の部分を指差しながら答えた。
「あらどうして?」
「わかっていらっしゃいますよね。でもお答えします。まともに総攻撃となると大翼山をフライヤポケット内と外縁部から同時に攻めることになる。この部分の受け持ちは、大翼山と片翼高地から同時に攻撃を受けることになり最悪です。仮に後続部隊をフライヤポケット内に侵入させることに成功しても手持ちの部隊は大損害をうけます」
①部分の受け持ちは、俺なら絶対にやりたくない。最悪突破できずに部隊は壊滅。そして、ここを突破できずにフライヤポケットに侵入できなければ総攻撃は失敗する。つまり麾下に大損害をだして、さらに総攻撃失敗の責任まで問われる立場になりかねないのだ……。
「敵戦力が充実している以上、力攻めは悪手ですね。フライヤポケットに戦力を侵入させることに成功しても、ポケット内で袋叩き。文字通り四方八方から撃たれポケットに入った戦力は全滅するでしょう。そうなると外縁部だけから攻撃することになり、攻撃の意義をなさなくなる。総攻撃は失敗です」
「あら、困ったわ。どうしたらいいのかしら。カミロさんは、教えてくださらないし。戦線司令部の方々も手立てがないようにいいますし。わたくしどうしたらいいのか。義成さんもお手上げなのです?」
「そんな事はありません」
と俺はきっぱりいって、
「自分ならここから攻めます」
と②の部分を指差した。同時にシャンテル戦線司令の透き通るような真っ白な肌が、嬉しさでぱぁっと桜色に染まった。俺は思わずドキリとしてしまった。とても魅力的だ……。
シャンテル戦線司令は、どうなんですか? というようにカミロ参軍事を見た。俺はゴクリと生唾を飲んだ。カミロ参軍事の顔は仮面で覆われている。表情からは、その賛否は読めない。戦線司令官の副官。実質的に戦線を取り仕切る男に俺の一手はどう判断されるのか。
「――いい手だ」
俺は内心ホッとした。大胆な手だが、これしかないようにも思う。だが、俺の指し示した手にももちろん問題はあるのだ。
「あら、めずらしい。義成さん。カミロさんが褒めるだなんて滅多にないのですよ? 素晴らしいわ。わたくしだって作戦のこととなると、なかなか褒めていただけないのに」
「義成特命の手は最善手に近い。②から敵の防御線を突破すれば、司令部まで希薄地帯が伸びている。そこを突っ走れば一気に敵司令部を突ける」
「まあ、じゃあその作戦で戦いましょう。勝てるのでしょ?」
表情を明るくしていうシャンテル戦線司令。俺は、はい、と全力で答えたいところだが、すでに述べたように俺のこの攻め手には問題があるのだ……。俺は、カミロ参軍事がそれを指摘する前に、自分でそれを口にすることにした。
「いえ、そうでもありません。敵も自分の指した場所からの攻撃を想定しているでしょう。証拠に敵司令部の横に、Z艦隊が配置されています。これはどう見てもフライヤポケット内に侵入してきた敵に対処するだけではなく、②から侵入してきた敵戦力への備えです」
俺の発言につづいて、カミロ参軍事も、
「それに、我々が②から攻撃を開始する動きを見せれば、敵は③に戦力を配置するだろうな。敵には内線の利がある。我々が②へ回り込むより、敵が防御の戦力を③に配置するほうが早い」
と問題点を口にした。そう。外側から囲んでいるヌナニア軍より、内側の敵のほうが配置転換はどうしても早いのだ。
途端にシャンテル戦線司令の表情はしょんぼり。あら残念、と口にして肩を落とした。そんな姿もとても愛くるしい。やはりこの艦隊のボスは、シャンテル戦線司令だな。悪いがカミロ参軍事より、彼女のために死ぬほうが楽しいだろう。
「はあ。本当に残念。では、話を戻しますよ。敵は、そんな鉄壁の要塞からでてきて戦ってくださるというのでしょ?」
「ええ、敵にフライヤポケット内に戦力を集結させている動きがあるようです。これは明らかに攻勢のきざしと考えられるが――」
「あら、それだけじゃない?」
「うむ……」
といって考え込んでしまったカミロ参軍事。シャンテル戦線司令は、そんなカミロ参軍事から目を離して俺を見て、
「義成さん。カミロさんの洞察力はすごいのですよ。三つ先を見通す男なんていわれているぐらいで、きっともう出撃してくる敵の意図を読んでいるですから」
さらに、どんな答えなんでしょうね。義成さんには思いつきます? と、はしゃぐシャンテル戦線司令。俺は、
「はは、すごいですね」
とちょっとジェラシーを感じつつ答えたが、まてよ……。三つ先を見通す男? ……どこかで聞いたような。だが、俺は思いだせないまま、部屋をあとにすることになった。
フライヤフリューゲの敵の動きに、カミロ参軍事はどう対処するのか。だが、それがわかるまでにはまだ時間がある。取り敢えず俺は、レアル・カミロという男の素性調査とフライヤベルク戦線の内情を調べることにしたのだった。




