4-(8) フライヤベルクの動静(1)
「火傷は全身の2割で、両腕に集中しています。深達性2度の火傷ですが、これ自体は命に関わるものではありません。宇宙線による被曝が深刻ですね」
参月義成は、総司令官天儀ともに瑞鶴内にある集中治療室で医療長からの説明をうけていた。
真っ白な壁と床。リラクゼーション効果のあるBGMが流れる部屋中には、重傷者治療用のカプセル型のベッドが八基並んでいる。いま、そのなかの一つが使用中で、義成達3人が立っているのもそのベッドの横だ。
――生きていてくれて本当によかった。
と義成は、カプセルのガラス越しに見える女子の顔を見ながら思った。医療長は腕に火傷が集中しているといったが、頬と額にも無残な火傷があり痛々しい。
「義成こいつで本当に間違いないのか?」
と総司令官天儀が問いかけた。
問いかけられた俺は、はい、と静かに返事をした。そう。いま、カプセル型のベッドの中で治療をうけているのは、俺が太聖銀河帝国軍内に作ったスパイ第一号の紅葉だった。
軍団長の専属美容師だった彼女は、トートゥゾネでの会戦で鉄扇羅刹に乗り込んでおり、第二回トートゥゾネ戦でも従軍。この戦いで、乗艦していた艦は直撃弾をうけ爆発。紅葉は、大爆発のギリギリで脱出艇に乗り込み、からくも艦から脱出できたものの艦の爆発の衝撃で脱出艇は破損。宇宙を漂っていたところをヌナニア軍に拾われたのだ。しかも瑞鶴の救命班にだ。
救けられたときの彼女はまだ意識があり、応急処置をほどこす衛生兵におおよそのことの顛末を話していた。
その衛生兵から報告を受けた救命班の班長が、直接俺に、
「救助した帝国兵の1人が、自分はヨシナリのスパイだ、といっていたのですが、これは特命係の参月特任中尉のことでよろしいのでしょうか?」
そう問い合あせてきたことで、俺は天儀総司令とここへきたというわけだ。
「で、助かるのか?」
と天儀総司令が、医療長に問いかけた。
「きわめて重症で、ギリギリのところです。ただ今日明日の命ということはありません」
「なるほど。では、艦隊に随伴している病院船に移してやれ。ここより専門治療ができるだろ」
「それはお勧めしません。ただちに命に別条はないといっても、いま、病院船に移すことは様態の悪化を招くことは間違いなしです」
「そうか……。では、意識が戻り次第聴取を開始する。この女の意識が戻ったら直ちに連絡しろ。情報部の尋問官を送る」
2人のやり取りを見守っていた俺は、
「待ってください!」
と思わず話に割って入ってしまっていた。いまの天儀総司令の決定はあまりに冷酷だ。
「チッ……。なんだ義成?」
「紅葉は重症。昏睡状態なんですよ。意識が戻ったからといってただちに聴取を開始するというのは問題があると考えます」
「なんだ拷問して情報を聞き出そうってんじゃないんだ。いまのお前のいいぶりだと、俺は鬼か悪魔じゃないか」
「失礼ですが肯定します。いまの紅葉は瀕死です。意識が戻ったからといってすぐに聴取受を行なうことは拷問にひとしいです」
俺のきわめて強い主張に、天儀総司令より医療長が顔色を変えた。
「おい義成特命。無礼だぞ。具申するのはいいが、貴官の言い方はあまりに度を超えている!」
「いや、いいんだ医療長。こいつは可愛い女子の前では格好つけたがる病気なんでな」
それでも医療長は、ですが、と食いさがっていたが、天儀総司令はそれを手で制してから俺に問いかけてきた。
「で、義成お前はこの場合、俺にどうすべきだと?」
「様態が安定したら病院船に移し、そこで体力が回復してから聴取をおこなうべきです」
「なるほど。では、医療長。それにはどれぐらいかかる?」
医療長は、一ヶ月はくだらないですね、と応じた。
「もう一つ問だ医療長。それまでこの女が生きていると確約できるか?」
医療長は、首を振った。当然だ。ただちに命に別条はないとはいえ、紅葉は重症で病院船に移せないほどなのだ。いつ様態が急変してもおかしくはない。まあ、そんな状態だからこそ俺は、紅葉への尋問官派遣し聴取をおこなうことを反対しているわけだが。
「ということで義成お前の具申とやらは却下だ」
「納得できません!」
「しるか。だいたい一ヶ月後にやっと尋問官派遣だなんて遅すぎる。こっちは、この女をいますぐ叩き起こして聞きたいぐらいなんだぞ」
「非人道的な発言です。撤回してください。それに、せめて病院船に移せるぐらい回復してから尋問官を送るべきです」
「ダメだ」
「なぜですか!」
「――死んだら情報は取れない」
平然といってのけた天儀総司令に、俺の心は不満で熱くなった。この人は鬼だ。
電脳化技術があっても科学は魔法じゃない。意識のない人間の脳から情報を取り出すのは、いまでも難しいのだ。脳から情報を取りだすには、対象に意識がある状態で、本人が口で語ったり、文字で書いたり、手話だったり、首から下が動かなく口もきけないとかなら目で文字盤見たりしなければ難しい。
あとは自白剤。自白剤は、もちろん軍事協定で禁止されているが、意識不明の人間に自白剤を投与しても無意味なのはいうまでもない。
とにかく脳内の情報を順序立てて有効な形でアウトプットするには、意識不明では無理と思ってもらってかまわない。もちろん死んだら意識不明と同意義だ。
「なあ義成。捕虜のなかで軍団司令長官クラスの近くにいたものは、この女しかいない。いまのところ敵司令部の内情をしっているのは唯一こいつだけだ」
「紅葉が敵司令部の内情をしっているとは思えません。彼女は美容師なんですよ? 軍属であって軍人ではないんです」
軍属とは、軍隊の軍に雇われ軍関連の施設で働いている非戦闘員をいう。ようは床屋とか二足機の整備員とか、艦内のサービス業関連の施設の店員とかもそうだ。昔は輜重兵とよばれたような補給艦の乗組員なんてほとんどが軍属で軍人ではない。
「ただの美容師で軍属ねえ。それはこの女の自己申告だろ。だいたいお前も、この女に身分を詐称していたろ。お前が嘘をついていたのに、この女が正直だったとなぜ思える?」
「確かにそうですが……」
「この女が帝国軍内でどんな役割だったか。そこから聞きださねば話にならん」
「ですが、そこまで疑う理由が理解できません。紅葉はヌナニア軍に協力してくれていたんですよ? 瀕死状態の紅葉に聴取を強いるなんて恩を仇で返すような行為だと自分は考えます」
俺の抗弁に、天儀総司令は首を振った。もう取り合う気はないというような感じだ。
――俺のスパイなのは間違いないのに!
悔しい。スパイは使い捨てた。とくに地位を持たない外国人のスパイは切り捨てをうけやすい。だが、俺はそういうのが嫌いだ。スパイとなってた理由がなんにせよ。彼らは協力者だ。俺は、自分の作ったスパイにこういう仕打ちしかできないのか……。
「いや、そうだ……!」
「どうした義成。なにかくだらないことを思いつたな。わかるぞ俺には」
「くだらなくはありません。紅葉は、自分が敵国内に作ったスパイです。天儀総司令これはお認めいただけますね?」
「ああ、それは認める。だが、それがどうした?」
フ――、と俺は思わず笑ってしまっていた。対して天儀総司令は怪訝な顔だ。
「俺は紅葉の上官として、意識回復直後の尋問官の派遣を拒否します。この拒否権は正当なものです。軍の規則です。とてもレアなケースが重なった結果ですので、いちいちの説明は省かせていただきますが、現状では直接の上官の許諾なしに、紅葉に尋問官を送ることはできません」
「はあ? 屁理屈こねやがって!」
「屁理屈ではありません。紅葉は俺の作ったスパイ。つまり俺の部下ですから」
「じゃあ俺は、お前の上官として命令するからな」
「だから、それは拒否します」
「はあ!?」
攻守逆転。防御に回った天儀総司令は、俺の言葉に翻弄されっぱなしだ。はは、どうだ。俺はこの人の側近をやっているから、悪いが考え方や、やり口は把握している。この人は次に、声を荒げながら俺に頭ごなしに命令してくるだろうが、そうはいかないぞ。俺はすかさず医療長を見た。
「医療長へ質問です。意識が回復したからといって瀕死の重傷者に尋問官を送りつければどうなりますか?」
「まあ、体調にいい影響はないでしょうね」
と医療長は、くだらない争いに自分を巻き込まないでくれ、というような顔をしつつも答えてくれた。
「なるほど体調にいい影響はない。つまり一歩間違えば、回復していたのに一気に悪化して死ぬとうこともありうる?」
「否定はできませんね」
「では、最後に一つ。一連の行為を、人道的な見地から見た場合に問題があると思われますか?」
「あるでしょうね。無理に尋問すれば死にますから……」
俺は、口元が笑みでひきつらないように必死でこらえながら天儀総司令へくるりと向いた。
「ということです天儀総司令」
「義成てめえ……」
「怒っても無駄です。これは倫理の問題です。どんなに恐ろしくても自分は譲りません」
天儀総司令は、頭をくしゃくしゃとかいて、困った顔で考え込んでしまった。少しかわいそうな気もしたが、それでもやはりダメだ。尋問官の派遣は、紅葉の体力がきちんと回復してからにすべきだ。
「……わかった妥協してやる義成」
しばらく考え込んでいた天儀総司令が落ち着いていった。ついさっき言い込められて苛ついていた雰囲気はもうない。この落ち着きに俺は不気味なものを感じ身構えた。
「意識が回復したから義成お前がこの女から情報を聞きだせ」
「え!?」
「お前は、尋問官の免許を持っているだろ」
たしかに俺は尋問官の免許を持っていた。俺は、特別な特殊工作員を養成するナカノ・スクールの卒業生だ。特殊工作員には、ときとして尋問をおこなう必要がある。かなり強硬な手段訴える場合もあるので、そんなときに尋問官の免許が役立つ。
そもそも無免許での尋問行為は、内容が強引だと拷問行為としてメディアで騒がれたり、議会で問題にされたりする。
「俺は早く聴取したい。義成お前は、この女に無理はさせたくない。ならお前が、無理をさせずに情報を聞きだせ」
「ですが、それでは自分の気分次第ですよ。自分が紅葉を気づかって、ろくな聴取をおこなわないとは、お考えにならないのですか?」
「考えない。俺は、お前が彼女の上官としての責任をはたすと信じている」
――くそ。こんな言い方されたら従うしかないじゃないか。
と俺は思うと同時に、天儀総司令から、俺の言葉の裏を考えろよ? という圧を感じた。
おそらく天儀総司令は、俺が紅葉を気づかい聴取サボったと判断したら、紅葉に総司令官命令として辞令をだし、どこか適当な諜報部の組織へ移動させる気だ。これで紅葉は、特命係の参月義成の部下じゃなくなり、俺は紅葉の上官として彼女への尋問官派遣を拒否できなくなる……。
「天儀総司令は存外お優しいですね」
俺は皮肉を込めていった。俺に聞きだせとは結構酷いことやらせるじゃないか。だが、それでも他人に任せるよりはるかにいいのは間違いない。……やはり天儀総司令は、俺に温情を示してくれたのか?
「義成そう固くなるな。本当に彼女がただの美容師だったのなら、スパイとなった彼女の運命は完全に変わった。そういった意味で、これはお前の上官としての責務だ」
固くなるなというわりに、天儀総司令は俺に人の運命を左右した責任を取れという重みを平気で押し付けてきた。いや、正論だ。紅葉は俺がスパイにしたんだ。これはどう考えても紅葉の運命を変えた。母国を裏切る形のスパイの末路はろくなものでないことが多い……。紅葉は、母国の太聖銀河帝国を裏切ったんだ。俺がそう仕向けた。
深刻な雰囲気をだす俺を見た天儀総司令は、
「思い詰めるな。彼女の運命を良くするのも悪くするのもお前次第だ」
と俺の肩をポンと一つ叩いて医務室をでていった。
――彼女の運命が、どん底に転落していくとは決まっていない。
そう天儀は優しく声をかけたつもりだったが、義成はますます思いつめたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
熱い。苦しい。いや、気持ち悪い。
体を支配するのは、嘔吐感と意識がはっきりしないときに見を襲う不快感。それに、
――背中が痛い。
いや、体の節々が、すべての関節が痛い。高熱をだしたときに体を襲うやつだ。
生きているのか死んでいるのかわからない。ここがどこなのかすらわからない。ひたすら押し寄せてくる苦痛の波。いや、波なんてものじゃない。波なら打ち寄せて引いて、束の間でも休息がある。この苦しみはひたすら打ち寄せるだけだ。
痛みがあるから生きているだなんて思えない。地獄に落ちればそんなものだろう。混濁した意識のなかで苦しみ続ける。私の地獄へのイメージはこれだ。
無限に続くかと思われたこの地獄。どれだけ不快感のなかに身をおいたかわからなくなったころ。手がひんやりと冷たいものに触れていた。
――心地いい。
この心地よさは、しだいに背中へも広がった。不快感はやわらぎ、
『ああ、死なないかも、やっぱり生きていたんだ』
と同時に感じたときには、私の意識は深いところに落ちていった。
……。
…………。
……。
「で、義成さん紅葉ちゃんの具合はどうした?」
「ああ、今日は安定していてポツポツとかだが身の上のことを話してくれたよ」
「そうですか。命をとりとめたといってもまだ危ない状態なんですよね?」
「いや、山を越したとはいっていたので、無理をさせなければ快方に向かうとのことだ。医療長からはくれぐれも無理をさせるなと念押しされたよ」
「そうだったんですよかよかったぁ」
「紅葉が、また火水風に会いたいといっていたよ」
心底安心といった感じの火水風を見て俺もホッとした。なにせ紅葉の火傷はひどく、見るからに無残なのだ。俺が会いにいくと喜んではくれるものの目元には暗い雰囲気が終始まとわりついている。
天儀総司令が、俺に紅葉への聴取を命じてから三日後に、紅葉の意識は回復していた。医療長は驚きつつも、運も強く、かつ若くて体力があったのが功を奏したのだろうといっていた。
紅葉の意識が戻った、という連絡をうけた俺は、部下で幼馴染の火水風を伴って紅葉を見舞った。宇宙船で花束は難しいので、折り紙で花を折って医療室に入った。男の俺1人より歳の近い女子がいたほうが、紅葉も安心するだろうと考えてのことだったが、この判断は大正解で2人はすぐに歓談する仲となっていた。
火水風には持ち前の愛くるしさだけでなく、包み込むような優しい雰囲気があるからな。
もちろん紅葉は、意識が戻ったというだけで喋るのも億劫そうだった。そんな紅葉に、火水風が世話を焼いていた感じだった。
そして折り紙で作られた花を、紅葉はとても気に入ったようだ。寝ていても見える位置に飾ってと俺に頼んできた。俺は、病室の壁にぺたりとそれを貼り付けた。彼女は、そこなんだ、と少し笑っていた。
「暮野紅葉。それが私の本名……」
彼女は、しだいに自分の素性を明か始めていた。紅葉の体調はまったく本調子ではないが、聴取には協力的だ。毎日10分だけの面談。最初の5分は世間話。4分聴取。最後の1分を、またとりとめのない話をして、また明日という別れの言葉。
天儀総司令には、
「聴取の時間が短い。世間話2分。聴取8分しにろ」
と命じられたが、俺は無視した。天儀総司令は、それをしっていてもなにもいってこなかった。お前に全部任せたからこれ以上口は挟まない、という感じだ。この人は、人に任せたというと、とことん任せるたちのようだ。
俺のスパイ第一号の紅葉が、どこの誰かわかったのは、捕虜の扱い協定があるからだ。両国の間で、軍人、軍属、軍関連に出入りしている業者の人間の名前と仕事がデータベース化されたものが共有されている。お互い敵国人を捕まえた場合は、その捕虜が持っているIDタグから照会する。
IDタグとは、認識票ともいわれる。この金属製のプレートの歴史は古く、地球時代の19世紀まで遡る。敵だろうと味方だろうと、死体がどこの誰かわからないではあつかいに困るのだ。爆発などに巻き込まれ、死体が原型をとどめないほど損壊していてもIDタグさえ無事なら身元の確認が可能で、個人が特定できる。
『氏名、生年月日、性別、血液型、所属軍、認識番号、信仰する宗教』
これがプレートに打ち付けられている情報で、さらに内部に遺言やメッセージが埋め込まれており専用の機械でスキャニングすれば、それらが読み取れる。
IDタグをなんらかの理由で紛失した場合は、自己申告となる。その申告が信用できない場合は、相手国に生体データを送り照会することとなるが……。
俺は、紅葉が持っていたIDプレートの認識番号をデータベースに紹介して、やっぱり彼女が、紅葉で軍属の美容師だったということを確認していた。そもそもIDタグには理髪師を意味する認識コードが打ち付けられていたので、照会をかけるまでもなかったのだが。
「明日は、火水風も一緒にきてくれ。紅葉もそのほうが喜ぶからな」
「いいんですか!」
「ああ、日曜だし聴取はお休みでいいさ」
「天儀総司令が怒りますよー?」
と火水風が笑いながらいった。俺も笑い返した。怒られたらそのときはそのときだ。
だが、俺と火水風の揃ってのお見舞いは実現しなかった。その直後にブリッジ内にある総司令部区画に呼びだされた俺は、天儀総司令に、
「フライヤベルクへいって戦線司令官に俺の親書を届けろ」
と命じられたからだ。
フライヤベルクは、いうまでもなく戦争の発端となった資源地帯。宇宙規模に広がる戦場の中央部分で、最も重要な拠点ともいえる。
なお、この戦争が展開している全域をフライヤ・ベルク宙域という。少しややこしいが、フライヤ・ベルク宙域の中にあるフライヤベルク戦線といったところだ。まあ、惑星の名前と惑星の首都機能がおかれた都市の名前が同一な感じだな。
突然の命令に驚く俺。天儀総司令の左右には、軍官房部の六川公平官房長と星守あかり副官房が立っていた。六川官房長は無表情だが、星守副官房は相変わらず不服そうな顔だ。この人は、天儀総司令の決定にはつねに不満があるのだろうか。
まず六川官房長が、口を開いた。
「天儀総司令と各戦線の司令官の関係は険悪ではないが、全員と親密ともいえない。戦線司令官達は、プロフェッショナルだ。気に入らなくても役割をはたしてくれるだろうが、かといってこのままの状況を放置しておくのも問題だ。とくにフライヤ・ベルクは重要拠点だということは君も承知だろう」
「俺は、総司令官としてフライヤベルクの状況確認もかねて自ら挨拶にいくといったんだが、星守副官房が絶対にダメだとえらく怒ってな。六川官房長も同意見だったので、そこで俺は、義成お前を使者として派遣することにしたわけだ」
だが、どうも話はこれだけではないようだ。次に不満顔の星守副官房が、俺へ向けていった。
「いい義成特命。フライヤベルクの敵の動静に不穏な空気があるわ。今回のあなたの任務は、諜報員として敵情調査と、フライヤベルク全体の調査よ」
そして星守副官房は、最後に、
――わかるわよねこの意味?
と最後に念押しするように付け加えてきた。
なるほど。今回の任務は、内部調査か、と俺は理解した。ようは親書を渡すというのを口実に、フライヤベルクの責任者の偵探をしてこいということだろう。能力不足かサボタージュかわからないが、とにかくフライヤベルクの戦線司令官は、一級の戦線を任せるにたる人物か、仕事は十分になされているか。俺が調べることは、むしろ敵情よりこちらというわけだ。
そしてこういった総司令部の不信感が、フライヤベルクの戦線司令官に伝わらないわけがない。以心伝心というやつだ。こんな微妙な空気のなか、天儀総司令自らフライヤベルクに出向くなんてすれば、不信感を行動で示したようなもの。良くも悪くもない関係は確実に悪化してしまうはずだ。だから関係強化という政治的な役割と、内部調査というスパイを同時にやれる俺を派遣する。納得だ。
なにせ俺は、天儀総司令の一番の側近で、かつ特殊工作員。これは軍内の司令官同士の外交でもあるのかな。通常の外交官も赴任国の情報を集めて本国へ伝える。外交官はスパイも兼ねるものだ。そして親書をたずさえ側近が出向くというのは自然で、そう考えるとやはり俺はこの任務にうってつけだ。
これには、六川官房長も意見なのだろう。いや、俺をフライヤベルクへ派遣するというのは、この人の案かもしれない。フライヤベルクへ自ら出向くという天儀総司令に対して、猛烈に反対する星守副官房。話は平行線。そこで冷静な六川官房長が、2人へ妥協案を提示。こんな様相が、容易に想像できた。
うってつけの任務に俺は、謹んで拝命という感じで敬礼。総司令部をあとにしたが――。
まてよ。フライヤベルクの戦線司令官か……。誰だったかな……?




