4-(7) 民主主義をあざ笑う男(3/3)
――神秘的な体験をしたのです。
あとで村雨椛が、閨でのことを聞かれると、恥ずかしそうにそう答えた。閨での皇帝の声は、終始力強く、優しく、精力にみなぎっていた。村雨は、竜の力を注がれた気がした。これなら帝国の女将軍たちが強いはずだ、と冗談半分だが思ったのだった。
「いい顔になった。戦女神の顔だ。朕の戦女神よ敵を倒してこい。お前が戦功を立てれば、朕はそれを盾にして、紅を処分しろという群臣共を押させつけてみせる」
閨で神秘的な体験をしたあとに、皇帝は村雨の望んでいた言葉をやさしく頭をなでなら口にしてくれた。そして、こうもいった。
「報告書の行動記録だけ見ても、紅の軍団に率先して合撃しようという気迫が感じられない。軍団の動きは、きわめて無気力という印象は否めない。兵書令(国防省のこと)の官僚は、紅のサボタージュを見抜くだろう。兵書令には廉武忠のシンパが多いので必ず糾弾される。紅を救うには、お前が勝つしかない」
強大な権力を握る皇帝も神ではない。いや、神ですら思うがままに振る舞っていれば、いつかはその地位から堕天する。物事の要所を掴みそこねれば、皇帝の権力は失われたちまち権威は失墜する。
――天意とは即ち民意である。
と太聖皇帝は考えている。民主主義ほどバカらしいものはないが、民意なくして皇帝の地位はあり得なかった。軍事力を握ればこの世で最強というほど宇宙時代は生温いものではない。
皇帝との交わりは短い時間だったが、閨をでるときの村雨は、これまでにないほど気力に満ちていた。いまなら誰でも叩き潰せる気がする。
第七軍の残存と、第一一軍の残存を寄せ集めに予備兵を集めた特別軍団が編成された。軍団に着任する村雨の心中に、
――勝ったら陛下はまた私を抱いてくださるのだろうか。
そんな浮つきがなかったといえば嘘だ。
いつの時代でも噂が広まるのは早い。朝議の間にいたのは、村雨と皇帝だけではない。紅飛竜もいたし、近臣が何人もいたのだ。そして皇帝は、その行為を隠そうともしなかった。
――男の嫉妬ほど怖いものはない。
とは宇宙時代が始まったころの極東の島国の政治家がいった言葉だが、この時点ですでに特別編成軍団にはすでに険悪な空気が醸成されていた。
軍団旗艦である鬼級戦艦の紅扇羅刹の艦内を進む村雨椛は自信満々だったが、その姿を見送る者達の心中は穏やかではなかった。
「女はいいね。竜王に股を開いて軍団長かよ」
「枕営業じゃないのか。こんなこと平気でするから女の価値がさがるんだ」
「フェミニストの気持ちが今はわかるぜ。鉄の副長を尊敬していたが残念だ」
「あの恐ろしい紅将軍が、あいつには気遣いをみせていたからな。紅将軍とも寝てたんじゃないのか?」
村雨が、現れる直前の合楼ですら、
「……陛下に男色にご趣味がないのが悔やまれるな」
とう悪意のある冗談で、ドッと笑いが起きていた。
だが、本音と建前ともいえばいいのか。戦いと感情は別だ。帝国軍は100年の戦乱を勝ち抜いた精鋭。戦いが迫れば必死で戦うし、たとえその従順さが表面的なものにしろ兵員達は、村雨軍団長の指示に不満の色など一切見せずに従った。最前線で上下に軋轢が生じれば、自分の死にも直結する。腹立たしいが、ここは新軍団長様に従うしかない。
特別編成軍団は、ただちにトートゥゾネ宙域に向けて出発した。いま、トートゥゾネのヌナニア軍は戦力の再整備中で一番防備が薄い。そして、
「戦いとは敵の虚を突くこという。まさかまたトートゥゾネで我々が攻勢に出るとは、敵は思ってもいないだろう」
というのが村雨新軍団長の考えだった。
移動中の不満を覚える兵員達は大人しいもので、粛々と新軍団長の命令に従った。村雨軍団長の指示は無駄がなく、うける側もやりやすい。だが、旗艦の艦内ですら不穏な空気がある。艦内の休憩室では、下級兵士の間では、こんな不穏な会話すらあった。
「地上戦ならなぁ」
「四分の一か……」
「バカお前。シッ! いうな」
死んだ兵士の四分の一が、味方から撃たれたということだ。この四分の一には指揮官も含まれる。鬼の指揮官などと恐れられても、無理強いし部下の心が感情が冷え切ってしまえばお終いだ。部下達からすれば理不尽な命令でも従わなければ、命令違反で銃殺される。ならどうするか。
――戦闘中に消えていただくまで。
軍で横暴でトンチキな指揮官は、指揮の最中に背後から撃たれて終わりなのだ。だが、宇宙では無理だ。ここではあらゆることが記録に残るし、不意の銃撃戦など発生しない。流れ弾に当たっての戦死はない。
太聖銀河帝国の特別編成軍団は、不穏な空気を抱えながらもトートゥゾネに到着。第二回トートゥゾネ戦が開始されたのだった。
「さて新軍団長のお手並み拝見だな」
と特別編成軍団の誰もが思った。
今回、戦闘開始直後の配置転換は殆どなかった。トートゥゾネの二回戦は、太聖側としても順調な滑りだしとなった。
「不思議だ。天儀には、まるで戦術眼がないよう見えるわね……」
戦闘が始まって30分。指揮座で村雨は困惑していた。敵の配置は最初こそ見事なものだったが、いまは5つの集団に別れている。
――5個に別れたのはいいけど。
だが、いくらなんでもこれは離れ過ぎではないのか? 5個の集団は距離がありすぎ相互支援が難しい状況に見える。これなら簡単に各個撃破できる。と村雨は感じたが、……いや、これは誘いかもしれない、と予備戦力への指示を保留した。
敵のミスがもっと明らかになってから、予備戦力を戦場に投入してヌナニア軍を完膚なきまでに撃破するのだ。
しばらくして戦いの帰趨は明らかとなった。
「ヌナニア軍が後退を開始しました! これは総退却です!」
という報告が紅扇羅刹の合楼に響いた。村雨は思わず、
「勝った――!」
と指揮座から腰を浮かせていた。
トートゥゾネでの2回戦は、あまりにあっけなく太聖側の勝利となっていた。だが、勝利が勝手に転がりこんできたような感覚に、村雨の心は当惑に包まれた。いままでこれほどあっけなく勝ったことはない。しかも、
――宇宙艦隊同士の決戦なのよ?
敵になにかアクシデントがあったとも考えられるけど。それでも総退却はおかしい。これは敵の誘いなのかもしれない。そうね。その可能性は高い。ここは慎重にやるべき正念場。
決意した村雨は、
「各艦へ伝達! 一種兵装の点検と機関の簡易点検をおこなえ。全艦だぞ」
と命令を告げた。追撃命令ではなく、まさかの点検の指示。これは追撃を控えろという命令だ。この命令に、合楼内では誰もが不満を覚えた。なぜなら敵陣の崩壊は誰の目にも明らかで、理由は不明だが敵は算を乱して後退を開始している。この状況でやるべきことは誰がどう見ても一つで、
「断固追撃を主張します! これは敵艦隊を殲滅する好機です!」
と幕僚の1人が叫ぶと、司令部内は侃々諤々の論争となり混乱した。論争といっても追撃に反対する村雨軍団長と、追撃すべきという幕僚達の一対多数の言い合いだ。
だが、論争虚しく結局は時間だけが浪費され、
「敵の状況がもっと明らかになってから追撃に移っても遅くはない」
という村雨軍団長の主張が押し通されて、各艦に再び進撃に備えての装備の点検が通達された。
――まったく戦意が旺盛なのはいいけど。
だけど、こっちは天儀にハメられて2回も負けているという事実を忘れてもらっても困るのよ。いまは慎重になるべき。ここは勝ったという形が大事。
勝利の内容は重要ではない、とすら村雨は考えていた。100点満点で勝つチャンスを捨てでも安全に1点で勝つほうを選択すべきだ。勝報を届ければ、紅将軍は間違いなく救われる、というのが村雨の思いだ。
だが、大勝利を目の前にした各艦の司令官達は違った。村雨の目的は、紅飛竜を救うことだけだが、司令官達は手柄を立てたいのだ。いま、目の間には巨大な宝物庫がぱっくり扉を開けている状態。しばらくすれ敵艦隊は、後退の陣形を完成する。つまり扉は閉じてしまうだろう。
苦さを覚え指揮座に座る村雨に、その苦味が消える暇すらなかった。合楼に、新たな報告が飛んだからだ。
「我が方の左翼の戦艦三隻が前進を開始しました。いや、これは左翼集団が全体で前進しています!」
「なにをいってるの。命令は点検。追撃命令はだしていない!」
「大変です。右翼集団も前進を開始! 追撃に移っています!」
紅扇羅刹の司令部内が騒然となった。完全な命令違反だ。軍団長命令が無視されることは、太聖宇宙再統一の戦いまでさかのぼっても一度もない。これは帝国軍始まって以来の大事件といっていい。
「各艦に停止しろと命令しなさい!」
と村雨は怒号を飛ばしたが、通信オペレーターから返ってきたのは、
「やっていますが、止まりません!」
という悲痛な叫びだった。
村雨が肘掛けを強く叩くと、追撃を真っ先に主張した幕僚が口を開いた。
「そりゃそうです。ここは追撃すべきです。いまからでも遅くない。我々も追撃に参加すべきです。これで紅扇羅刹が、先頭に立って追撃したという体裁は保てる」
「追撃しなくても勝ちだといっているでしょ!」
「ですが、これは敵戦力に大打撃を与えるチャンスなのです。自分はこのまま敵が去るのを傍観した場合、新軍団長殿は戦いに無気力だったと陛下にご報告せざるを得ませんが?」
「いい度胸じゃない。私を脅す気か!」
「脅しではない。助言です。そう。これはとても真摯な助言だとうけとって欲しい。なぜ消極的になる必要があるのでしょうか。敵を大破すれば貴女は、十二柱神に加えられることだってありうる。貴女の憧れの紅飛竜将軍と肩を並べることになるんですよ?」
これは正論だ。だが、村雨には懸念も大きい。いや、負けたくないと頑なになりすぎていた。いや、村雨は失敗を恐れていた。勝利して紅将軍をお救いする。その強い思いが、状況判断の邪魔となった。村雨は、迷いに迷い冷静な決断がくだせない。
「もういい! 私が各艦隊の司令官に直接いう!」
といって村雨は、自身のコンソールを操作した。まず注意すべきは最初に勝手に追撃を開始した第五艦隊の旗艦だ。もと廉武忠の配下の戦力で、死んでからも廉武忠は私を悩ませるのか、とすら村雨は苛立った。この第五艦隊旗艦のせいで、各艦が雪崩を打って争うように命令してもない追撃しだした、とすら思うのだ。すぐに第五艦隊の司令官に繋がり、無骨な髭面の中年の映像がコンソールのモニターに映し出された。
「おい! 命令違反だぞ。いまなら軍法会議にかけることはしない」
村雨は、脅しと同時に温情をしめしたつもりだった。艦隊司令官級の命令違反が、軍法会議で裁かれれば確実に死刑だ。だが、第五艦隊の司令官は鼻で笑い飛ばしてからいった。
『わたくしは残念ながら女ではないし、容姿も悪い。出世するには敵を倒すしかないのですよ。わたしのようなブサイク男の悩みは、お美しく賢い新軍団長殿には理解していただけないでしょうがね』
この痛烈な皮肉とともに通信は切れた。
――なにが命令違反だ。
と第五艦隊の司令官は反感を思った。この状況では、どうみても新軍団長の判断がおかしいし、敵艦を撃沈すれば確実にこの命令無視は不問になる。いや、むしろ陛下からは、良き判断をしたと褒められ、昇進する。それに追撃しなかった場合にこそ危険は大きい。兵書令の官僚どもからサボタージュだったと糾弾される可能性があるのだ。
そして、この考えは命令違反した司令官達だけでなく、村雨の待機の支持に従った司令官たちですら同様だった。
いうことを聞かない司令官達。命令だとしつこく通信をしかける村雨軍団長。特別編成軍団全体が、追撃するかしないかでさらなる大混乱に陥ったのだった。
この混乱は、本来圧倒的優位に立ったはずの特別編成軍団の不利を招いた。村雨の掣肘で、追撃をやめた艦あれば、停止していたのに新たに追撃に加わった艦もでてしまったのだ。太聖側は、きわめて無秩序な形で後退するヌナニア軍を追うことになったのだ。
そんな最中でも紅扇羅刹の司令部では、村雨と件の幕僚との問答が続いていた。
「追撃する戦力群には、各戦力を連携させるための上位司令部がないんですよ!」
「そんなことはわかっている!」
「わかっているなら。新軍団長殿が指揮すべきです。いま、ここで敵に反転されたら、追撃している我が方の戦力が逆に大打撃をうける!」
「だからそうなるから私は、追撃を自重しろと命令したの!」
「だが、もう遅いんです。諦めて追撃の指揮をなさってください!」
そして、司令部の混乱は、そのまま現場の混乱となる。
ヌナニア軍の天儀は、バラバラと秩序なく追撃する敵をみて、素早く反撃を決意。反転するヌナニア艦隊に、追撃していた太聖の側の艦は簡単に蹴散らされた。当然だ。ヌナニア軍の反撃は、総司令官から末端まで心を一つにした断固たる一撃。対して太聖側は、統率のない無秩序な集団だ。太聖側で追撃に参加した艦艇で形成された集団は撃破されるだけでなく、多数の撃沈と降伏をだすという大打撃を被ったのだった。
「ほら見なさい私のいったとおり敵の退却は偽装だった。私達は、艦隊誘引かまされて損害深刻。貴官は勝ちにケチがついた責任をどう取るのか!」
「結果論です。それに軍団が一丸となって追撃すれば、敵に反撃される隙きなど与えなかったし、反転されても十分に勝てた!」
――もういい!
と村雨は叫ぶと、食い下がってくる幕僚を無視して、負けて戻ってくる戦力の収容の指揮を開始。幕僚も舌打ちしてから、仕方なく仕事に戻った。
ヌナニア軍は、敵が引き始めたと察知すると素早く後退した。
世間は、第二回トートゥゾネ戦も太聖側の敗北と見た。これが太聖側からみた第二回トートゥゾネ戦の顛末であった。
戦いは誰にとっても思うようにはいかない。大軍となればなるほど、参加者の思惑が幾多も交錯し結果は思わぬ方向へと転がっていく。
必ず勝てり、と皇帝へ大言壮語した村雨椛の運命は絶望的といってよかったが、村雨は即日、
――大勝利!
という報告を本国へおこなった。
村雨は文章も得意だ。戦端が開かれ30分で押し始め、という内容から始まる報告書は、まるで非の打ち所のない完勝。だが、皇帝の耳目は、村雨だけではないし、世間の評判が宮殿の奥に届かないわけもない。
村雨からして、皇帝は親しいものには甘いとろがあるが、一度抱かれた程度で親しい存在かどうかは微妙な問題だ。
――よくて銃殺刑か。
もしくは罪人として処刑だとしか村雨には思えない。進退に窮した村雨は、ある日艦隊からこつ然と姿を消したのだった……。




