4-(6) 民主主義をあざ笑う男(2/3)
軍団司令長官。略して軍団長。軍団長からの解任となると、軍団長特権が解除され紅飛竜は敗北の責任を激しく朝廷内で追求されかねない。軍人の地位を剥奪しろとか、軍法会議にかけろと騒ぎだす者達もいるだろう。とくに軍法会議はまずい。極刑までいってしまいかねない。だが、ここで紅飛竜を別の軍団の軍団長にしてしまえば話は別だ。戦いの最中だ、軍団長特権だ、といって守ることできる。そのうちに紅飛竜は戦功立てて、トートゥゾネでの失敗は帳消しだ。
「だいたい負けた理由がわからんので困る。敗軍の将は兵を語らずなんてのを本当にやられたら次もまた負ける。紅みっともなくとも、どんなに屈辱的でも負けた理由を、いや、戦いの内容を報告しろ」
「もう報告書を提出しております。それをお読みいただければ十分理解に至ると思いますので、ここで口を開いて恥の上塗りだけは勘弁していただきたい」
「だが、黙って去れば、敗北の罪をも認めることになるのだぞ?」
かばえないぞ、と皇帝は暗にいった。
「廉武忠の潔かったことに、私は及ばなかった。もう醜態を晒したくない。恥を忍ぶというなら、ここは一つあの老人に習って私も潔くしたい」
「……お前と金紫老では、役割が違う。別人だ。だいたい紅お前は廉を嫌っていたろ。なのに、なにを今更あの老人に習ってなどというんだ」
「嫌いだからこそ張り合いたい。それだけです」
「はー……。お前は案外俺を困らせて気を引きたがるよな。昔からだ。正論と頑なになって俺を困らせて注意を引く戦術だ。俺はそのたびにやきもきだ。もしかして2人きりじゃないと話したくないというなら、明日の夜に時間を作るから閨で話せ」
「違います!」
と紅飛竜はハッとして顔をあげた。顔をあげた紅飛竜の目に飛び込んできたのは、皇帝の思わぬ表情。
――陛下は私の心中をくんでくださらない。
いや、くんだからこそ、この表情かとも紅飛竜は思った。だが、いま紅飛竜が欲しかったのは、
――潔し殊勝である。
という言葉と敗北の罪への処分だ。
紅飛竜は、自身の真意がつたわらなかったことに苛立った。……たしかに軍務は辛いことも多いし、立場があれば忍耐することも多い。敗北が身に応えたといえそうだ。龍猛児と2人きりで会いたいか、と問われれば、これもそうだ。欲をいえば皇帝としてではなく一人の男として、軍人ではなくただの女性として会いたい。だが、だからといって慰めて欲しいわけでもないし、愚痴を聞いて欲しいわけでもない。
「チッ。今回はいつもより頑なだな。だが、お前がここでなにもいわずに去ると、当分の間お前と朕は会えないってのも考えているのか?」
「……ッ」
紅飛竜が仏頂面で黙り込んだ。
――そこまで考えていなかったって顔だな。
だが、口にしていしまった以上、発言をひるがえしたくないというところか、と皇帝は思った。しかも私を失いたくないなら、お前がなんとかしろってか。いわば逆ギレだろこれは。まったくへそ曲げやがって。しかし困った。紅がやらかしたのは処刑級だ。だが、負けてきたからといっていちいち殺していたのでは人材がつきる。それに、紅が最も俺の体にしっくりくる。せっかく生きて帰ってきたのに抱けなくなるのも惜しい。
――今日はさがらせて後日呼びだすか――
処分保留を皇帝が思ったときに紅飛竜が発言した。
「戦いの報告をうけたいのであれば、我が副官にお聞きください」
「あ? 副官? ああ後ろにいるやつか。そいつはならしってるぞ」
驚いたのは紅飛竜の後ろで平伏していた第七軍副軍団長の村雨椛だ。村雨も第七軍の責任者としてこの場にいた。
――陛下は私をご存知だったか……。
だが、平伏する村雨からすれば、いまはじめて皇帝の視界に入った、という印象がある。朝議の間に入ってからいままで、私の存在など陛下には紅将軍の付属品ぐらいにも思われていなかったはずだ。
だが――!
これはチャンスだ。と村雨は確信した。いま、場の注目が村雨に集中している。皇帝と紅飛竜の問答は平行線だ。処分したくない皇帝。処分を望む紅飛竜。もちろん村雨は、紅飛竜を救けたい。
軍団長の副官といえばきわめて頭の回転がよいと相場は決まっている。各軍団と調整を取り仕切ったりもするので政治能力もあるし、官僚相手に折衝もするので交渉能力も高い。ともすれば軍団長より今どきの戦術を心得ているケースもあり、いわば往古の軍師や知恵袋というような存在。この煮詰まった状況に、
――第七軍の知恵袋は機転を利かせなにかいうのか。
そんな空気が場を支配していた。
こんなことでもなければ、村雨に朝議の間での発言など許されない。
「後ろのお前。直答を許す。軍人は簡潔に素早くだ。早くいえ」
皇帝の声が、村雨の後頭部に降ってきた。軍団長の紅飛竜は皇帝の前で片膝立ち立ちが許されるが、その属官のような存在でしかない村雨は平伏の状態。わかりやすくいえ土下座の格好だ。
――紅将軍を救うにはどうすれば……!
報告とか戦況がどうだったかなど村雨にとってはどうでもいい。ここで私がおこなうべきは、紅飛竜将軍の助命嘆願、と村雨は心得ていた。村雨から見て皇帝は、神のように公正で、神のように強い軍人。このままでは紅将軍は死罪になってしまうという危惧しかない。だが、ストレートに紅将軍に罪はないといって訴願しても無意味だろう。
「早く朕の問に答えんか! このままでは紅飛竜は軍法会議だぞ!」
村雨はカッと全身から気を発し、床につばとともに音を吐いた。
「私に軍団をお与えください! 勝って雪辱します。なにが黙って罰をうけるだ。第七軍団の兵員でそれを納得するものは一人もいない。敗北は共同戦が上手くいかなかったからだ。単独で戦えば勝てた!」
「よせ!」
と紅飛竜が顔色を変えて鋭く放った。皇帝は恩ある廉武忠を尊重している。共同戦が上手くいかなかったとか、単独で戦えばとかいう発言はまずい。暗に廉武忠が足を引っ張ったといっているようなものだ。
――いや、椛は間違いなくそのつもりでいっている。
紅飛竜からすれば、皇帝の廉武忠への思いは特別なところがある。そこに触れるのはきわめてまずい。冗談抜きで、この場で叩き切られかねない。
「共同戦線が上手くいかなかったのは、廉将軍の独断専行が原因です。むしろ紅将軍は、廉将軍に合わせようと必死でした。我ら第七軍は、廉将軍に振り回されてばかりです!」
「ほう。面白い。お前は廉武忠に敗北の原因があるといいたいのか?」
「そうは申しませんが――」
生きている紅将軍を問罪してなにになるのか、死んだ廉武忠に全部かぶせておけばいい。と村雨はいいたいのだ。村雨からすれば、皇帝は紅飛竜を断罪したくない、だが、しなければならない状況に苦悩しているように見えた。証拠にすぐに処分をいいわたさないで渋っている。だがから自分は、いま、その手法を暗に指し示したのだ。
――金紫老も最後にしくじったな。
といってくれればいいのだ。これで丸く収まる。それでも共同戦線を張っていた紅将軍は、一切不問というわけにはいかないだろう。その罪をあがなうのに、
――私が戦って勝つ!
勝って尊敬し慕う紅将軍を救う。そう。勝って掴み取る。これまで帝国軍が、皇帝自身が、おこなってきたことだ。
――どうして英邁な陛下がご理解くださらないのか。
廉武忠の失敗と罪をもっと並べればいいのか、と村雨は逸った。どう考えても死人に全部一旦押し付けてしまうのが、この問題の解決で一番簡潔で明瞭なのだ。それをわかっていただくには、そうするしかない。
「ご報告を申し上げれば、廉武忠の第一一軍の軍資の流れには不明な点があり――」
村雨が真っ青な顔で吐いた。廉武忠への中傷は、諸刃の剣。そんなことは村雨にもわかっている。だが、村雨が言葉を吐いた瞬間に、
「黙れ――!」
と怒声とともに村雨に蹴りが飛んできた。平伏していた村雨の顔面は、ボールのように蹴り上げられ、体はのけぞって飛んで床に叩きつけられた。
「廉武忠は忠烈無比。名将である!」
と朝議の間に放ったのは、鬼のような顔をした紅飛竜だった。
「紅将軍なぜですか! あれはたんなる老耄です。それに私は貴女のために……!」
皇帝からではなく、まさかの敬愛する紅飛竜からの激怒に、村雨は顔面蒼白だ。それに廉武忠を認めれば、敗北の責任を取るのは紅飛竜一人となる。
蹴られた頬を抑え悲痛する村雨は、紅飛竜からみてもけなげだが、だからこそ紅飛竜は心中で感情を噛んで殺して眉を吊り上げた。
「ええい! 黙れ! 黙れ!」
紅飛竜は、村雨へ怒りを放ってから、皇帝へくるりと向いて、
「陛下。敗北の罪はこの紅飛竜の一身にあります! どうかご処分ください! 村雨は臣のために罪をかぶろうと偽言をもうし演技しているのです!」
そう平伏していった。紅飛竜からすれば、残存の第七軍を託せるのは、我が副官の村雨椛のみ、と心に決めていたのだ。紅飛竜からすれば、自分の罪が降格なのか、死罪なのか、それとももっと別のものになるかは判然としなかったが、潔く罰をうけると決められたのは村雨の存在があったから。そう。
――椛なら安心して第七軍団を託せる。
それが椛は、私を救おうと逆上したのか廉武忠の中傷を開始した。こんなことをすれば椛まで、
――副官にも罪あり。
と私と連座で処分だ!
紅飛竜は、自分の後任に村雨を推挙するつもりだったのだ。村雨椛の軍団長の副官というポストは、ゆくゆくは軍団長にもなれる軍内では高いポストで、いま、軍団長に昇格しても少し早いぐらいで不自然さはない。
――椛は――
軍団長として必要なあらゆる仕事をわかっている。現場も理解しているし、第七軍を熟知している。いまは戦争中で、実戦肌の人間が軍団長になったほうがよい。そう。紅飛竜からすれば、後任に村雨を据えるのは、あらゆる方向から無理のない人事なのだ。理想的ともいえる。
朝議の間はこれでもかというほどに緊迫し、室内は暗雲が立ち込めた。だが、
「おいおい。お前らはそういう関係なのか?」
と皇帝が笑貌を見せていった。不思議なものだ。たちまち朝議の間の暗雲の空気は引き始め雲の間からは陽光が差し込み、ついにはカラリと晴れたような空気となった。
「恐れながら陛下。そういう関係とは?」
と再び平伏した村雨が上ずった声でいった。村雨は耳まで真っ赤だ。
「む……。まあいい。お互い相手を助けようと、まさに相思相愛。焼けるぜこのやろう。とにかく2人とも安心しろ悪いようにはせんし、朕は気に食わないことをいわれたからといって論旨を見失いはしない」
「つ、つまり?」
「敵を知らずば、というところだな。トートゥゾネに出張ってきた敵大将の天儀という男は、大規模宇宙会戦で勝った経験あるそうだが、ヌナニア国内では一発屋のようにもいわれている」
「はい」
「そして次に己を知らずばだ。朕の星系軍はぶっちゃけ弱い」
「それは――!?」
「おいおい。そんなにショックをうけたなんて顔をするな。わかっている。弱くはないぞ。だが、宇宙での戦闘の経験乏しいのは事実だ。まあ、人類史的に見て、まともに宇宙で殺し合いをやった人間ほうがすくないのだから仕方ない」
度々の言及になるが、宇宙では倫理がもっとも重視される。野蛮で冒険的とされるような行為は評価されない。そう。広く宇宙に生存域を拡大した人類でも宇宙空間で生きるのはやはり大変なことなのだ。小さなほころびが、半恒久的に居住できるはずの百万都市規模のコロニーをも滅ぼすのだ。そう。宇宙で戦闘行為をしようというのが、基本的におかしいともいえる。
だが、今回、太聖もヌナニアもそのおかしさを軽く踏み越えてトートゥゾネでの二回にも会戦となった。机上の空論とまでいわれた宇宙大会戦。両者戦意旺盛。タブーの線を踏み越えてしまえば、あとは簡単なもので、真っ向勝負のぶつかり合いだった。
なお、仮に惑星間国家同士で戦争をするなら、宇宙では電子戦に終止し、なんらの手段で敵を出し抜き、地上に兵力を送り込み制圧してしまうというのが上策だ。宇宙で戦闘するのはあまり賢い策とはいえない。太聖銀河帝国が、太聖宇宙を再統一するのに地上戦に終止したというのは、こういった理由にもよる。
「敵は一発屋の可能性があり、こっちの軍は経験不足。トートゥゾネの二回の戦いは、下手くそが素人と殴り合いして、下手くその方が勝ったという可能性もある。だから俺は戦いの内容を聞きたいのだ」
「なるほど陛下のおっしゃることが、愚昧な臣でもやっと理解に至りました」
そういうと村雨はすクリと立って開始した。居合わせた近臣達が色めき立ったが、皇帝が手で制した。太聖銀河帝国は、古代の皇帝制度を取り入れているが、いまの太聖皇帝は、軍人が皇帝をやっているようなもので、皇帝が最高司令官を兼ねるというような文民的なものではない。
そう皇帝も村雨も軍人同士。上司と部下。普通の軍隊では、最高司令官に平伏しながら報告などしない。だいたい声がくぐもって聞こえにくい。
――陛下は私の話しぶりからすら情報を汲み取るだろう。
と村雨は考え最高司令官へ軍人としての報告を開始した。
「我らは宇宙戦争を勘違いしておりました」
「ほう、面白い。勘違いだと?」
「はい。我らは宇宙戦争での決戦を地上でいう艦隊決戦のように捉えてみましたが、それは間違いです。宇宙戦争は、むしろ陸上の戦に近い」
「陸上戦だと」
「そうです。トートゥゾネでのヌナニア軍は、まるで陸上戦のように幅広く戦力を配置しておりました。対して我々は海上の陣形に習った縦列を複数作ったため戦闘が始まると、たちは我らは取り囲まれたのです」
「海上の艦隊戦はまとまって団体行動を旨とする。操艦しつつ陣形を維持しながらの戦いは、陸上のそれよりはるかに難しいからな。だが、そういった意識が間違っていたといいたいのか?」
「はい。廉将軍も同様でした。敵の汚い不意打ちに廉将軍は、戦闘可能な艦艇を一つにまとめ輪形陣を構築。まともな対処をしたと思います。ですが、それ逆に敵の思うつぼだったのです。敵は廉将軍をあざ笑いながら簡単に包囲を完成させたでしょう」
「チッ。こっちが素人だったってわけか」
「二つの戦いで、我々は幅広く布陣し迫ってくるヌナニア軍に対して、兵力を配置し直す手間が生じました。本来は戦闘のはずが、また配置の作業です。これで敵への対処が後手後手になり、ついには破綻しました。この問題を直視しない限りまた負けます。ええ、腹立たしいですが、敵将のやり口は手練いた。認めたくないですがヌナニアの天儀のほうが、宇宙戦争に慣れているといえます。ですが、我らが基本を違えなければ、これほどの敗退はない。むしろ勝てる!」
「なるほど……。地上での戦いは太聖に一日の長がある。なにせ100年の戦乱を戦い抜いて生まれたのが、いまの帝国軍だからな。将軍達も星系軍も、陸上の戦いを宇宙でやれば勝てるか……」
「はい。ヌナニアの天儀が単なるリアルラック野郎ではなく優秀だと仮定しても、太聖の将軍達が天儀に劣るとは、臣には思えません。十二神柱のどなたかを送り込めば大破できると考えます」
――十二神柱。
とは、もとは十二臣柱と書いた。太聖銀河帝国軍で特に優秀な12人の将軍をいう。紅飛竜もそのメンバーの1人に数えられ、亡き廉武忠も十二神柱の1人だ。なお、十二神柱筆頭は、廉武忠ではない。廉武忠が与えられた金印紫綬という恩典は、帝国一の軍人を意味するが、それは政治的な意味が大きい。十二神柱筆頭は、単純に軍事的能力の優秀さで決定されている。
村雨の進言に皇帝が黙考した。
――十二神柱を送り込むわけにはいかない。
というのが、この軍人皇帝の慎重さだった。十二神柱の優秀さは疑いようがない。それでも。いまの村雨の教訓を聞かせ、はいそうですか、と勝てるほど戦争は甘くはない。皇帝としては、また十二神柱に負けられると困る。軍内の動揺も心配だが、国内情勢に影響が出ることが心配なのだ。すでに2人も負けている。
――いきなり最強のカードを切ってもいいが。
と皇帝は思いもするが、十二神柱に次も負けられると確実に世論は大きく動揺するだろう。
それに開戦からいままで、最前線から送られてきた戦訓が、すでにかなりの量蓄積されている。ただ、その大量の戦訓が分析され、現場にフィードバックされるにはもう少し時間がかかる。
「おい副官――」
「はい」
「お前は自分なら勝てるといったな。だから軍団を与えてくれと」
「それは、それの気がはやって差し出がましいことを吐きました。申し訳ございません!」
そういって村雨が途端に平伏した。が、皇帝は無礼をとがめているわけではなかった。
「紅は、どう思う?」
「椛の優秀は、疑いようはない。むしろ私より上手くやるかもしれない」
「なるほど……。おい副官。お前はやれるのか。勝てる自信はあるのか。やる気が一番重要なんだよ」
と振られた村雨は、もう皇帝の意中を理解していた。陛下はなぜかわからないが、私に軍の指揮を任せてくださる方向に心が動いているようだ、と心を明るくした。なぜなら村雨に軍を任せるということは、村雨が戦功を立てた場合に、彼女からだされるであろう紅飛竜の救解も受け入れるということもでもあるのだ。
「はい――!」
「……チッ。目を輝かせて返事しやがって。お前が優秀なのは、朕はすでにしっている。だが、お前は紅の信者だろ」
つまり皇帝からすれば、村雨椛のプライオリティは皇帝より紅飛竜。
――そんなお前が、朕のために命をかけて戦えるのか?
という疑いがある。
「はい、そうです。ですが、紅将軍の信者ということは、同時に陛下の信者ということもあります。なにせ臣のしる紅飛竜は何事も陛下第一。まるで神を崇めるようでしたから、臣も同様です」
「……朕たちは内乱では地上戦が多かった。軍用宇宙船を使うときも惑星再突入が主体。衛星軌道上を小競り合いで制圧し、兵員や兵器を降ろすことだけがほとんどだったしな。内戦では宇宙での本格的な戦闘はあまりなかった」
繰り返すが、太聖銀河帝国の将軍たちは、星系軍の扱いにはあまり慣れていない。そんな将軍たちをサポートするために、星系軍の英才教育をほどこした次官をつけた。村雨椛は、その一人だ。その人選は皇帝が直接おこなった。
「歴戦の将軍達は、そのほとんどが地上軍出身だ。対してお前は生粋の星系軍人だ。……わかった。こい」
といって皇帝は決意し、村雨を誘うように玉座から立ちあがった。
「はい?」
「決めたはいいが、朕は忙しい身なのでな。一時間後に臨時の朝議がある。昼間なのに朝議だぞ。しかも俺は、夜は夜で忙しい。ほうけてないで早くこい。ゆっくり楽しむ時間もないが、朕としては早くすませるぞなんてことはいいたくないだがな?」
けれど村雨は、皇帝の言葉の意味がわからず困惑するだけだった。
「はぁー……。なんだ村雨しらんのか? 俺は女を軍団長に任命するときは、必ず抱くって決めてるんだよ」
村雨の体に、
――陛下が私の目を見て存在を認めて、かつ名前で呼んでくださった。
という喜びとともに驚きが衝撃となって襲っていた。村雨は、
――陛下の仰っていることの意味がよくわからないのですが?
とはいえず。ただ驚いて思考停止した。
「誓いだ。誓い。朕のな。たとえそれがババでも抱く。それほど信用しているから、大軍を与えても後悔しない」
「その……えっと……」
「それに一度寝とけば、反乱されてもこう思うだろ。あの女めベッドであれだけ乱れてたくせに……! ってな。そう思えば溜飲もさがるってもんだ」
――私はこの人と寝るのか?
寝るということは、つまりそういうことだ。男児女児じゃない。楽しく話しているうちに寝息を立てることを皇帝がしたいとは思えない。つまり、セ、セック……。いや、それはいい。軍団を任せてくださるのならなんだってできる。それは紅将軍を救うことになるのだから。それに陛下は、男性としてとても魅力的だ。いけないと思っていても信満々のあの瞳で見られると鼓動が早まる。だが、私以上に陛下をお慕いしている人は多いし、その代表格が……、と逡巡しながら村雨は、紅飛竜を見た。
「あの……。紅将軍……。よろしいのでしょうか?」
「いってこい椛。私に気兼ねすることはない。陛下の女好きは生まれる前からだと私はもう諦めている。陛下はお上手だぞ。というか椛お前その歳で生娘だろ。いいかげんなんとかしろ。処女も温め過ぎれば旬が過ぎる」
「なッ……!?」
「陛下は生娘も上手く扱ってくれる。上手にできないとか心配するな」
「はは、村雨そうなのか? なら優しくしてやろう。早くこい」
そういった皇帝が、村雨の手をとったかと思ったら、村雨は気づくと皇帝の腕の中で抱かれていた。お姫様抱っこというやつだ。村雨には、なにが起きたかわからない。ただフワフワしている。皇帝の腕の中で、耳まで赤いという自覚だけがリアルだ。
「キャッか。可愛い声をだすな。美人だし申し分ない。じつは朕は、士官学校の卒業名簿を見たときからお前には目をつけたんだ。まずは紅のところで学んでこいってつもりで、紅のところに送ったんだが、そうしたら紅が優秀なお前を絶対に手放したくないといいだしたから困ったものだ。朕は、お前を手元に置くのをずっと我慢してたんだぞ」
「そ、そうだったのですか。それは存じ上げませんでした。陛下は臣をご存知で……。感激です。とても嬉しいです」
「なにいってる作戦会議でもお前は、紅の横か後ろに控えてるだからしらんわけないだろ。というかお前は第七軍団では、兵員に鉄の規律をかす〝鉄の副長〟と恐れられているんだよな? それが随分としおらしいな。いま、朕に抱かれるお前は、けなげなな白い花。さしずめモクシュンギクかな。イメージとぜんぜん違う」
「……それは当然です。魅力的で気を引きたい男の前で、鋼のゴリラのように振る舞う女はいないと思いますが」
「はは! なるほどな!」
皇帝の退出を見送る朝議の間には、皇帝の姿が消えるとともに冷たい雲が押し寄せ、すぐに紅飛竜の心には深々と寂しい雪が降ったのだった。




