4-(5) 民主主義をあざ笑う男(1/3)
この制度はバカバカしく、人類の一万年さきのことなど考えてもいなかった。
太聖銀河帝国は、絶対君主制の国家である。内乱期もかろうじて存続していた議会は、その機能を停止され、9星系13惑星の統治の権能を握るのは皇帝一人。国家の諸機関がなにをするか、なにをしていいかは皇帝の専断にゆだねられている……。
憲法は皇帝を守るために、軍隊は憲法を守るために存在する。
それでも複数星系を統治するのに君主制は、必ずしも悪いものではないと太聖宇宙では考えられていた。宇宙規模の超広大な国家では、即断即決が重要。時間をかければ状況悪化する。本国で、
――難しい問題だ。もう少し時間を。
といっている間に20年、30年。これでは国民はたまらない。国民主権だといって時間をかけた結果が、太聖宇宙百年の内乱だった。
――民主主義をあざ笑う男。
そんな男の判断は疾風の如き速さで、決断は迅雷の如し。帝位の座についてからも世間から〝竜王〟と愛称される若き皇帝は、決断が早く問題解決も早い。このときまだ皇帝は、国民に支持されていた。
「紅飛竜。申し開きを聞こう。廉武忠の第一一軍は壊滅。お前の第七軍も再起不能といっていい。また見事に負けたものだが、朕は理由がしりたい」
言葉を発したのは、童顔に鋭い目。頬に十字傷。まだ20代の皇帝だ。その出で立ちは、黒を基調として金の刺繍が豪華な中華風の着物。装い対比をなすように、冠のしたの黒く長い髪はざんばらだ。
この太聖皇帝がおわすは、斉天宮。巨大な北楽門の奥に建てられた中華風の宮殿の中。オレンジ色の瓦葺きの屋根は、日光が射すとまばゆいばかりに輝くが、この日はあいにく曇り空だ。
そう。太聖銀帝国の中央機関は万事中華風。議会が停止してから役職名も古代中華にならったものに。公務員は官吏。警察庁長官は、憲台監。近衛兵の隊長は、執金吾。国防省は、兵書令。皇帝が任命する首相は、丞相。内閣府は、丞相府。などなど書きだしたらきりがない。閣僚や高級官吏が集まる場所は朝廷。彼らとおこなう会議は朝議。
紅飛竜の軍服も基本は近代的なデザインだが、中華の着物を連想させるものとなっている。
敗将となって宮中に入った紅飛竜は、後ろ手に縛られて、などということはないが跪いて床をじっと見つめていた。これは皇帝を直視するのが、
――不敬というのは言い訳だな。
と紅飛竜は心中で自嘲した。いまは最早、押しも押されもせぬ将軍である自分を思えば、失って惜しいものは多すぎる。
最初は地上戦で、その手に抱えていたのは小銃ぐらい。心に思っていたのは竜王へ忠誠だけ。だが、いまは出世した。私も人並みか、とも紅飛竜は思った。位人臣を極めれば、昔はなんでもなかった失敗の報告もこうも気まずいものか。
両手にものをいっぱい持った状態では、頭をさげるためにかがむのも大変ということだ。
紅飛竜は、軍団司令長官。これは軍編成の最大単位のトップだ。18軍団あるなかの1人だが、軍団司令長官の上に立つのは皇帝だけ。制度上、複数の軍団を指揮できるのは皇帝か、皇帝に特別に任命されたものだけだ。軍団司令長官とはそれほどに偉い。
「……負けた理由」
「そうだ朕は、紅(紅飛竜の愛称)の口からそれが聞きたい。帝国始まって以来の大敗だ。ま、当たり前だがな。太聖宙域が再統一されてまだ5年だ。帝国の初めての戦争で、初めての負け。帝国初の敗北なんて騒ぎ立てているやつもいるがバカバカしい話だ」
太聖銀河帝国は、建国まもない若い国家だった。なお、帝国の首都である惑星京畿に人類が入植を開始したのが約2000年前だ。太聖宙域が、太聖宇宙として文化的経済的に一つの地域だった期間こそ長いが、約500年ほど前から13個ある惑星はそれぞれ独立状態。統一議会は消え、惑星代表の会議で太聖宇宙として一つの地域としてまとまりを維持していたのが実情だ。きわめて不安定な状態だったが、それが100年前についに決定的に破綻し内乱となった。それを再統一したのが、いまの若き皇帝だ。
「再統一の事業も無敗だったわけじゃない。負けはいくつかあったし、小さなものをふくめれば数多にある。朕も世間では無敵の軍人皇帝のようにわれるが、そんなことはない」
紅飛竜が顔をあげた。もう言い訳などない。ただ、事実だけを述べよう、と紅飛竜は思った。失敗を糧にすれば、この敗北も有意義なものとなる。未来への礎となる。9星系の再統一など不可能といわれていた。それが成ったのは失敗こそむしろ活用したからだ。
が、顔をあげた紅飛竜は、
――またか……。
と苛立ちと疲れを覚えた。座する皇帝の右隣に廉武忠が立っていた。侍っているというよりは、たんに立っている。廉武忠の姿ははっきりしているが、それは浮いている感じがした。まるで完成された絵画に、あとから描き込まれたように。
側近の村雨椛にそれとなく、
――廉武忠の亡霊が見える
といったら困惑した表情をされ、お疲れなのですよ、といわれメンタルヘルスのカウンセラーを呼ばれた。心的ストレス障害か。今更だな。散々戦って、自ら敵の胸にナイフを立てたこともある。いまでもあの感触は忘れないが、それがどうしたことかあまり気にしたことはない。
紅飛竜は、トートゥゾネで大敗北した翌日から廉武忠が見えるようになっていた。それは全身ようで顔だけのようで、判然としないたが、とにかく廉武忠が立っている。存在感だけの幻覚といったところだが、眼球にプリントされているように張り付いて消えてくれない。
――じっと見てきてなにがいいたい!
そう。廉武忠の幻覚は、なにもいわないのだ。いつものように怒っているでもなく、かといって無表情でもない。もちろん笑ってもいない。ただ見てくる。それは敗北を責めているようであり、哀れんでいるようでもある。嘲っているようでもある。いっそいままでのように罵ってくれたほうがわかりやすい。これほど沈黙というものは、たちが悪いのか。
「どうした紅なにかいえ。近臣は軍法に従って処刑しろというが、朕にそのつもりはない。軍学校時代にイーリアスを読んだろ。トロイア戦争だ。神でも戦に負ける。なら人間だって負ける」
「いっそ罵れ。くそッ」
と紅飛竜の口から漏れていた。漏らしてから紅飛竜自身もハッとしたが、考えてみると吐いた悪態は、無言の廉武忠の幻覚いったのか、皇帝へ向けていったのか自分でもわからない。
――龍猛児は存外お優しい。
と紅飛竜は思った。紅飛竜は皇帝との付き合いが最も古い軍事の一人。出会ったのは6歳。軍学校だ。そのころ皇帝は、龍猛児と呼ばれていた。手のつけられないイカレたガキというような意味だし、たんに勇猛という意味でもある。
皇帝は苛烈で失敗を許さないが、その反面有用な人材とみれば大目に見ることが多く、恩義には厚い。特に女性には細やかな気遣いをしてくれる。伊達な美人の紅飛竜は、男のように生きてきたが、やはり龍猛児が2人きりのときに見せてくれる優しさは嬉しかった。
が、突如、紅飛竜の耳孔の奥で、
『なにを喜んでいる。気色悪い』
という音が鳴った。目の前に廉武忠が立っていた。廉武忠が、睥睨しし見下してくる。
「なにかいったか? というか紅顔色が悪いな。どうした」
「私は昔……。龍猛児のためなら命は惜しくない、と思っていた」
皇帝が一瞬沈黙した。龍猛児という幼い頃のあだ名で呼ばれることはまずなくなっていた。古い付き合いのものたちからも竜王が多い。太聖宙域の統一を進めるさかなに名乗った称号だが、そこが自分と彼らの共有する絶頂期なのかもしれない、と皇帝は思っている。
あだ名で呼びかけたことに、近侍の顔色が変わったが、皇帝は手でさえぎり許した。
「いまは死んでくれないのか。少し寂しいが、人間なんてそんなものだ。気に病むことはない。それに死んでしまってはなにもならんこともある。生きていれば巻き返せる」
皇帝は、自分のようにな、というつもりでいった。失敗を直視し、反省すればまた軍団を与えて雪辱の機会を与えてもいい。そもそも紅飛竜は有能な軍人だ。それは一番自分がしっていると皇帝は思っている。
「いや、どうだろうか。だが、お前が金紫老(廉武忠の尊称)を尊重したわけを理解したよ」
太聖宇宙の統一を成し遂げたと祝賀する式典がおこなわれた。そのとき軍では廉武忠に金印紫綬という特典が与えられた。
――軍人で一番? あの糞ジジイがなぜだッ。
と私は思った。金印紫綬。軍人でこれをもらったのは、廉武忠ただ一人。つまり帝国一番の軍人ということだ。納得がいかなかった。私から見て廉武忠の軍事的能力は低くはないが、高くもない。戦い方は単調だし、まともな攻め方しか思いつかない凡庸な将軍。太聖には、このジジイより戦うことだけなら上手い将軍はたくさんいる。
――だが、言行が一致していたのはその糞ジジイだったわけだ。
陛下手ずから廉武忠に恩典を授けたのちに、将軍たち全員が並んで記念撮影となった。廉武忠と共同作戦を行うことが多かった私は、仕方なくこのジジイの横に立った。女性蔑視のこのジジイは、とくに私に近づかれるとえらく不機嫌になる。が、かといってそれとなく避けるとすぐに察して「貴様は吾を蔑ろにする気かッ」と叱責してくるので余計面倒くさい。毎回そうなのだ。だが、このときの廉武忠は、機嫌が良かったのか横に立った私に、
「吾だけが恩寵をうけたことが不服か?」
と問いかけてきた。不満が顔にでていたのだろう。私は廉武忠を見ずに、
「そんなことはありません」
と白々しく答えた。
「フ……女は嫉妬深いいものよ。貴様には吾が、恩寵を授けられた理由は思いもよるまい」
「将軍が金印紫綬を授けられた理由ですか。陛下は、お優しいのでご年配の将軍を気遣った。それだけでしょう」
「違うな」
「違う?」
「ああ、陛下のために死ねるのは吾だけであるからな」
そのとき私は、フフっと思わず小さく吹いていたのを覚えている。その言い分はあまりに滑稽だったからだ。
「他の国の軍隊はしりませぬが、太聖では全軍人が陛下のため死ねると思いますが?」
その基準なら全員が、金印紫綬の恩典を与えられる。と私はかなりストレートに皮肉ってやった。そして、そんな基準ならやっぱり私が一番だと思った。軍事的能力となると、たしかに私は一番は難しい。やはり太聖には優秀な軍人が多い。
だが、忠誠心だけなら負けない。なにせ私と龍猛児は、6歳からの付き合いで、そのころからこの人のためにと従っていた。年季が違うのだ。当時から龍猛児のためなら命は惜しくないと思っていた。龍猛児のためにどんな汚れ仕事もした。女性が知りたいといえば体を差し出したし、恋愛相談もうけた。私の気もしらずに、気になる女性の前だとあがって声もでないと相談してくるので、私は滑稽なほど親身にアドバイスした。そう。忠誠心なら私は別格だ。陛下と運命をともに、などと口にしている美姫たちもどうせ危機がせまれば逃げる。美し花は、所詮美しいだけ。力がなければ戦えない。戦えなければ守れない。そうなると、やはり皇帝のために死ねるのは私しかいない。
「貴様は、吾ごときが特別な恩寵をうけたと思っているようだが、それは違う。皇帝のために死ねると誰もが口にするが、その誰もが尊貴なれば考えを変える。出世したものは、必ず保身に走る。どんなに恩を与えても裏切る。いや、恩を与えるほど裏切る。そやつらにはもう部下がいて養うべきものが多すぎる。じゃからして、本人がどう思っていようと、言行を一致さることなど不可能なのだ」
「なるほど、おもしろい、筋はとおっていますね」
私は廉武忠を見ずに、適当にあしらうつもりでいった。廉武忠も私を見ていない。私たちの前には、報道陣がカメラ構えて並び、もうシャッターが切られ始めている。
「ところが陛下が統一事業に着手されたとき吾はもとより国家の柱石で、位人臣を極めていた。それでも陛下のために兵を集め、統一事業に参加し命を惜しまず戦った。どんなに出世しても吾だけが陛下のために死ねる。だから陛下は、吾に特別に恩寵をしめされた」
「面白いご見解です。ま、面白いだけですがね」
「いずれわかる。そのときがくる」
このとき私は、さすがに表情と音にだして苦笑した。内乱は終わったのだ。もう戦争はない。そんな時はこない。
――もう死ぬ危機などないのだから、なんとでもいえる。
しかも仮にそんなときがきても、こいつは死なないだろう。私は龍猛児ために死ねる。だが、廉武忠はまた戦争になると見抜いていたらしい。そして結果はどうだ。自分はこうしておめおめと生きて帰ってきたが、廉武忠は言行を一致させた。
「軍団長にあるまじき敗退だ。取り繕うことは難しい。降格を望む」
あっさり責任を取ると、いった紅飛竜にむしろ皇帝が驚いて、
「いや、言い訳しろよ!」
と思わず乱暴な口調でいっていた。皇帝からすれば廉武忠に死なれたうえに、紅飛竜も責任を取って軍から去るというのは困る。幼い頃からの付き合いの気のおけない友人でもある。




