3-(エピローグ)
「今日の予定ですが、このあとすぐ8:00からトートゥゾネの主要指揮官を集めて全体会議です。会議の内容は総司令部機動部隊の泊地パラス・アテネへの帰還の段取りの確認です。六川官房長が説明するので、すぐに終わるでしょう」
国軍旗艦瑞鶴の総司令官室。
参月義成の朝早はい。総司令官の側近、特命係の義成は5:30起きだ。
まずは顔を洗って歯を磨いて。そして一日の天儀総司令のスケジュールを確認し、その日の仕事の準備。並行して朝食。7:00には身だしなみを整えて、総司令官室の扉を叩く。
「泊地パラス・アテネにはアルター航法をつかって最短で戻ります」
「観測部の報告では、艦隊が通過する予定の宙域の環境は安定しているということか」
「はい。しばらくこのままとのことなので定刻通りに泊地パラス・アテネのある宙域へと入れる予定です。問題はここトートゥゾネに残す戦力ですがー」
そういって俺はチラリと天儀総司令を見た。
「大東をトートゥゾネ戦線司令官に任命して、李飛龍は泊地パラス・アテネへ同行させる」
「大丈夫でしょか?」
「なにがだ」
「大東渚提督は、皇道派で反天儀を隠そうともしない男です。皇帝親政を目論んでクーデタなどを起こさないでしょか?」
「大東は、自分はつねに過小評価されていると思っているような根は嫉妬深く欲深い小物だ。立場を与えれば満足して動かない」
「どういうことでしょか?」
「高いポストを望むが、得たポストでなにかしようって男じゃない。トートゥゾネ戦線司令官はやつにとって格別だ。それで満足してお終いだ。年齢も軍歴もやつなら申し分ないし、トートゥゾネ戦線で敵の攻勢はしばらくないだろうからな大東でも問題ない」
しばらくトートゥゾネで敵の動きはない。これは天儀総司令、六川官房長ら軍官房部、そして総参謀部の見立ても同じだ。つまりは、ほぼヌナニア軍の総意といっていい。だが、それでも俺は納得でいない。大東渚は、いまの時代の司令官としては優秀さに欠ける。なにかあれば怒鳴って殴って、スタイルが古すぎるように思う。あれでは、いまの俺達のような若者はついてこない。
「失礼を承知でいわせていただくと、李飛龍を残すべきだと思いますが」
「ダメだな」
「なぜです。損耗率55パーセントとはいえ2倍の敵からトートゥゾネを死守した一連のトートゥゾネでの連勝のきっかけを作ったのが李飛龍です。軍事的能力は申し分ないのはいうまでもないですし、すでにヌナニア軍の若い兵士の間では人気もあります」
「戦いは優秀さだけでは危険だな。いま、この流れであいつを戦線司令官に据え置くと、自らの判断で進撃しかねない。戦線級司令官には独自の裁量権があるからな。勝手に動ける。飛龍は、いずれは、いや、すぐに戦線司令官に復帰させるが、いまはダメだ」
「……ですが、天儀総司令は、戦いはターン制のゲームじゃないと仰っしゃりましたよね。この大勝利を、さらなる勝利につなげるにはいま動くべきとはいいませんが、直ちに行動にでることは悪い手だとは思えません」
「そんなものは時と場合による。トートゥゾネの戦いは突発的で、こちらは全く準備がなかったんだぞ。このまま攻勢にでれば連絡線が維持でいない」
――連絡線。
これは補給のことだ。後方の基地から最前線まで、兵力と物資の輸送路を確保していなければ強力な戦闘力は維持できない。たしかに軍用宇宙船も艦隊も独立して何年も行動が可能だが、それは物資を節約して戦闘を極力おこなわないというのが大前提だ。
戦いとはつねにつま先立ちの背比べ。どちらがより我慢できるかともいうが、物資を節約して負けましたでは話にならない。持てる全力で戦って勝つ。軍用宇宙船は、三回もガチの戦闘をすれば、弾薬もエネルギーも空穴だ。
「さあいくぞ。会議が始まる」
と天儀総司令が立ちあがってしまったので、俺は納得いかないがそれ以上話をつづけることもできずに従った。
段取りどおりということか。俺達、総司令部機動部隊が、トートゥゾネから引き揚げるための会議は問題なく終了。戦線司令官に指名された大東渚提督は満足そうで、いや、とても満足だったらしく、そのあとに六川官房長からだされたトートゥゾネ戦線戦力の整備に内容についてはまったく内容を確認せずに、
――戦線司令官として承諾する。
といっただけだった。六川官房長が提出したのは、トートゥゾネの戦力を総入れ替え。つまりは大東らの皇道派と、トートゥゾネに集められていた旧グランダ軍を切り離す意図があるものだったのだが、まったく感心せずだ。
――立場を与えてやれば満足する小物
大東渚は、厳しそうな外見と雷鳴のような言動とは裏腹に、天儀総司令のいったとおりの男なのかもしれない。
俺は会議室からでる前に、
「勝ちましたね」
と六川官房長へ話しかけた。いまの俺は天儀総司令官の側近だが、軍総司令部官房の六川官房長こそ天儀総司令を最も輔けるべき立場で、やはりトートゥゾネの戦いでのこの人のスタッフワークの能力は抜きんでていた。しかも今回、天儀総司令が、怒って主計部を全部クビにしたことで総司令部機動部隊の主計部機能はいちじるしく低下していたはずなのに、問題なく戦えたのはこの人と副官房の星守あかりのおかげだ。
俺に話しかけられた六川官房長は、少し間をおいてから、
「……ああ、うまく踊らされた」
といった。
「踊らされた?」
「いや、こちらのことだよ。勝ったし、すぐに撤収するしで、軍官房部として願ったり叶ったりだよ」
そういうと六川官房長は、天儀総司令をチラリと見た。いま、天儀総司令は俺達と反対側の席で李飛龍と歓談している。
「結果的には、ですよ六川さん」
と話しかけてきたのは噂をすれば影で、星守副官房だ。星守副官房は俺へむけてこう続けた。
「いい? 義成特命。天儀総司令からくれぐれも目を離さないように。なにか変なことを計画しているなと感じたらすぐ私達に報告。これは同じ総司令側近としてのチームワークだからね」
「は、はい」
「勝ったのはよかった。だけどもっと地に足ついた勝ち方があるはずだった。天儀総司令は冒険的すぎ。ギャンブラーのように戦いすぎなの。まかり間違っていたらこっちは敵にいいようにされて連戦連敗で、さらに状況悪化ってこともあったんだから」
「地に足ですか……。ですが、ここは宇宙ですので難しかったのではないでしょうか」
「あッ……。もう揚げ足取らないの!」
星守副官房は俺にビシッというと、それじゃあ先にいますよ、と六川官房長にいって会議室をでていった。そんな星守副官房を見送る六川官房長が、
「星守くんは、天儀総司令がこのまま進軍をいいだしたらと、やきもきしていたからね。それでは僕もいくよ。これから主計総監と通信だ」
といった。
「主計総監? あ、天儀総司令が総司令部機動部隊の主計部を全員クビにしたからですね」
「ああ、主計総監と掛け合って新しい主計の人材を送ってもらわないといけない。このまま軍官房部で主計の肩代わりは御免被りたいからね」
「なんというか、お疲れさまでした」
「天儀総司令は想定外だ。敵にもとっても僕らにとってもね」
「というか主計任務をミカヅチにおこなわせることはできないんでしょうか?」
「それは悪い案ではないが、ミカヅチには他の任務もあるから難しいだろうね。それに後方基地デルポイのミカヅチに前線の総司令部機動部隊の主計を担当させるには、長距離通信の維持が必要などの障害も多い」
「遠く離れたミカヅチより、眼の前の人間のほうが融通もきくということですか」
「そうだね」
未来型の超AIミカヅチ。これを戦争に活用しない手はない。戦争を指揮させることに失敗したからといって放置するのはもったいない。誰でも考えることは同じかもしれない。俺が思いつくようなことはすでに誰かが思いついていて、ミカヅチはすでに重要な任務についているのか……。とうかミカヅチか。ミカヅチについてなにか忘れていることがあるような。アッ――。
「――そういえば!」
と俺はミカヅチと口にしたことで思いだしたことが――。
そう。ミカヅチは、ヌナニア連合の危険因子。皇帝親政を望む旧グランダ軍の皇道派を、あえて危険なトートゥゾネに集めて的に始末させようとしたという陰謀だ。この話はどうなってしまったのか。これが事実だったならば由々しき事態だ。泊地パラス・アテネへ戻ったら直ちに対処すべき問題だし、軍内だけで処理できるような問題じゃないかもしれない。それこそ首相や内閣に報告が必要かもしれない。
俺は六川官房長へ耳打ちするように、
「ミカヅチの陰謀についてはどうなったのでしょうか?」
ときいた。だが、六川官房長は、
――いや、それはもういい。
と有無をいわせない感じでいって去ってしまった。俺はそれ以上聞けずだ。腑に落ちない俺だったが、天儀総司令が李飛龍と話し終えるのを待ってから、天儀総司令と総司令官室へ戻るしかなかった。
天儀総司令は、総司令官室に入り執務机にどかりと座りながら、
「終わった。いや、始まったようなものか。7つの戦線の内で1つが安定した。……あと6つも残ってやがる」
といった。目をつぶりこめかみをさする天儀総司令。若干の疲労感は否めない。側近の俺の前以外では見せない姿だ。天儀総司令は、兵員達の前では鉄人のように振る舞う。
「パラス・アテネへ戻ったら戦力の再整備だ。戦場が広すぎると困ったが、手立てはあった。俺が戦力を率いて各戦線へ赴き状況を打開して回る。これで戦いようはあるだろう」
やはり疲れをにじませていう天儀総司令は、これから休養時間だ。いわば8時間の休日だが、これはほとんど睡眠につかわれるのだろう。俺達はトートゥゾネにいる間、つねに忙しかった。激戦といっても普通なら移動時間などは案外時間を持てますこともあるのだが、そんななかにあって天儀総司令だけは、まさに火の車。この人は少しでも時間があると瑞鶴内を歩き回り兵員へ声をかけ、2日に一度は艦隊内の艦に乗り込み訓示。1日で3隻もはしごするときもあり同行する俺も大変だった。
「義成お前も休んでおけ。パラス・アテネに戻ってからも忙しいぞ。いや、戦争が終わるまで忙しい。死んで安寧を得るか、勝って安寧を得るかどちらかわからんが、終わるまではこれ以上忙しくなることはあっても余裕がでることはない」
「その……」
「なんだ。俺はこれから寝るんだ。お前だって知ってるだろ。死ぬほど寝る。ドロのように寝る。ひたすら寝る。それともなにか。お前が添い寝でもしてくれるのか。独り寝は寂しいからな俺は大歓迎だぜ。そうだ。寝るときには絵本でも読んでくれよ」
「いえ、自分には疑問があるんです」
「疑問だぁ?」
「ええ、疑問というか懸念ですが」
「なんだ。手短に終わらせろよ。寝れる時間がいまのですでに3分は短くなった」
「すみません」
「早くいえよ」
「ミカヅチの陰謀についてです」
と俺が深刻な口調でいうと天儀総司令は、
――は?
という初めて聞くというような顔をした。
「ですからミカヅチが、国家体制にとって危険因子である皇道派を敵に排除させるためにトートゥゾネに集めたという話ですよ。俺の報告書を見て、天儀総司令がいいだしたんじゃないですか」
俺は思わず地をだしてムキになっていっていた。それほど天儀総司令の反応が無責任なものだったのだ。発端は俺の報告書だが、天儀総司令が騒いで、六川官房長や星守副官房も血相を変えたんだ。あれで総司令機動部隊は一丸となってトートゥゾネに向かうことになったんだ。今更戻れないのでトートゥゾネにいくしかないが、ミカヅチが仕掛けた罠が待っている可能性が高い。死にたくないなら否が応でも連帯するしかない。
「……ああ、義成お前のあの報告書は、すこぶる役立った。そうだな。そう考えるとお前にも勲章の一つでもだすか。この野郎ちゃっかりご褒美の自己申告とはやるな」
「はい?」
と今度は俺が疑問顔だ。報告書が役立った? あの報告書で俺に勲章? たしかに陰謀のきざしを掴むきっかけとなったのならその価値はあるが、いまの天儀総司令のいいようだと、まるでもう終わったことのようだ。だが、この陰謀はまだ続いているのだ。天儀総司令が勝ったせいでトートゥゾネでは不発だっただけ。ミカヅチの問題に対処しなければ、またこういった罠が仕掛けられることもありうる。
「意味がわかりません。ミカヅチが陰謀を企てていたなら問題にすべきです。陰謀は不発でしたが、それを画策したものはのうのうとしているでは、なにも解決されていない」
俺の深刻さに対して、天儀総司令は眠そうな仕草をしてから、
「義成お前が歩いていて穴に落ちたとする。お前はどう考える。その穴は何故あった。どうしてお前は穴に落ちた?」
と問いかけてきた。唐突な質問に俺は不満だったが、
――話題そらし。
とも断定できなかったので、仕方なく相手をすることにした。話が長く続いて困るのは、寝る時間が減るこの人だ。いや、まて、天儀総司令の脳の働きが鈍ると判断ミスをしかねない。天儀総司令の判断ミスは、ヌナニア軍の敗北につながる可能性が高い。この人が困ることは、俺達も困るのか。くそ、早くミカヅチ対処の方針を決めて退出しなければ。
「罠ですかね。とても危険です。穴の底には、鋭利な突起物が仕掛けられていて落ちた串刺し。大怪我は免れない、まで想像しますね」
「はは、そりゃあお前らしい。お前は優秀な特殊工作員だしな疑うことは重要だ。だが違うな」
「違う?」
と俺は困惑した。落ちるような穴は、どう考えても人為的に仕掛けられたものだ。間違いなくトラップを疑うべきだ。
「穴に落ちた理由は、そこに穴はあったから。それけだ。誰かが自分を陥れようとして掘っただなんて考えるやつは病気だな」
口元に笑みを浮かべていう天儀総司令。
その笑みを見た瞬間、俺はハッとした。先程の会議室での六川官房長の態度を思いだしたのだ。
そういえば戦いの最中から六川官房長も星守副官房も、ミカヅチの秘めた計画については口にしなくなっていた……。そして勝ったあともだ。あるときから天儀総司令と話す2人から、まったくその話題がでなくなっていた。
――目の前の戦いに忙殺されているから。
と俺は思っていたが、よくよく考えれば、2人の態度には違和感がある。そして、俺が先程問いかけても、六川官房長はもう終わったことのように振る舞って答えてくれなかったし……。
「なるほど六川官房長が、うまく踊らされた、といったのは、そういう意味だったのか!」
「はは、義成お前の報告書は、六川や星守りが俺の言葉を疑わないほど精巧なものだったぞ。褒めてやる」
「あなたは酷いペテン師だ!」
「おいおい、役者といってくれ」
――つまり!
ミカヅチの陰謀などなかったということだ。天儀総司令は、俺の報告書を眺めていて、
――なんだこれ。皇統道ばかりだなぁ。
と思って、そこでポンと思いついたのだろう。これをミカヅチ陰謀にしようと。で、俺の報告書を手に血相を変えて六川官房長と星守副官房にこれを見ろ! と迫った。頭の回転が早いうえに2人は元軍事警察。だからこそ陰謀があると、すっかり騙されたのだ。
「あの報告書は、俺の言葉の下にある、まさに下心を完璧に覆い隠した。ありもしないミカヅチの陰謀を知った瞬間から2人は、俺にとても協力的だ。六川は誰に対しても誠実なやつだが、星守は違う。それに軍官房部はチームとして一体感に欠けていた。それがどうだ。あの報告書を見てから軍官房部と俺との一体感高まった。チームとして一つにまとまったといっていいな」
「六川官房長も星守副官房も途中から天儀総司令の嘘に気づいていた……」
「だろうな。結構早い段階だったと思うぞ。飛龍が廉武忠に勝った辺りで六川は気づいてたんじゃないか?」
「嘘がバレたら2人からの信頼を失うとは、お考えにならなかったのですか」
「そんなものは、勝てば解決されるじゃないか」
と天儀総司令は、ドーンっと効果音が響きそうな堂々たる態度でいった。敵を騙すにはまず味方から、というやつだ。なるほど勝つために嘘をついた。それは仕方ない。しかも勝った。それも、とてつもない大勝利を目の前にしては、なにもいえない。いや、納得せざるを得ない。気づいてもチームワークを高めるための仕方のない嘘と考えるだろう。
「優秀なリーダーは必要だが、それに上に優秀な感性のあるチームメイトが重要だ。俺は深刻な顔で、お前の報告書をポンと六川と星守に渡しただけ。その報告書からなにを感じるかは人それぞれだ。六川も星守も能力が優秀なだけでなく、感受性も優れているというわけさ」
――つまり天儀総司令からいわせれば、俺の非常に高いできの報告書。六川官房長と星守副官房の優秀な頭脳と感受性。それに天儀総司令の演技力(嘘)。このハイレベルな3つの合作で、チームワークを醸成させるきっかけを作ったというわけだ。
「俺は、いま、星守副官房があなたを要注意な男として見ている理由が、ハッキリと理解できました」
「はは、そうか」
「……なんだって、そこまで戦闘にこだわられたのですか? 天儀総司令は着任したばかりで、戦力の掌握もままならない状況。攻撃の計画もなし。あまりに危険な状況だったと思います」
戦うだけじゃない。しかも艦隊決戦だ。生起し得ない幻の戦闘、とすらいわれる艦隊決戦。だが、それは違った。いくつかの条件を満たせば艦隊決戦は発生し、決定的な結果をもたらしうる。いくつかの条件とは、お互いの艦隊決戦を望むこと、もしくは望まなくても戦わざるを得ない状況になってしまうことなど。廉武忠などは後者だ。紅飛竜は、廉武忠の敗北を巻き返そうと、慌てて戦った感が強い。勝負を焦ったせいで、望まないタイミングでの戦闘となり、結果大敗北。完全に天儀総司令の術中だ。
「計画がなかったからこそだよ義成。俺としてはトートゥゾネでの敵の攻勢は渡りに船さ。やったぜラッキーってな。敵が襲ってきたなら戦わなきゃならないな。即興でも、なんとかして対処しなきゃ敗北だ。敵の大攻勢を目の前に、計画がないから戦えないなんて言い訳はで立たない。なにせトートゥゾネを失えば、ヌナニア軍全体が危機的状況に陥る」
「ですが解せません。そこまで艦隊決戦にこだわった意味がです。星守副官房やアクセルが主張した防衛策。2つの作戦は、積極性において違いがありましたが、天儀総司令の艦隊決戦という選択をと比べればまともです」
「2人の案は、セオリー通りで、もっともリスクが少なかったと俺も思うな」
「ならなぜ艦隊決戦など望んだんですか!」
「そりゃあお前あれだ」
と天儀総司令は、わかるだろ? というようにいったので、俺は、
「わかりません!」
と、ずいと天儀総司令へ迫った。2人の計画が、リスクが最も少なかったのならどちらかを取るべきだったのだ。一歩間違えばヌナニア軍では多くの損失をだしたうえで負けていたかもしれないのだ。なぜ艦隊決戦なんてリスク高い選択肢を取ったのか、きちんと説明してもらわなければ納得がいかない。だが、天儀総司令からは、さらに俺が思ってもみない言葉が吐かれることになったのだ。
「総選挙が近いからだ」
「はい?」
と俺はとてつもなく困惑した。いうまでもないが天儀総司令は政治家じゃない。が、俺は天儀総司令の言葉から想像たくましくて怒りが心の底からふつふつと沸いてきた。
「わかりましたよ。あなたは次の総選挙で立候補なさるきですか? なるほどトートゥゾネでの大勝利を引っさげて立候補すれば当選間違いなしだ。与野党関係なくね。ですが、勝ったからといって去られても困る。無責任だ。あなたの議席のために俺達はリスクを背負わされたのですか!」
「おいおい。義成落ち着け。勝ったのになぜ俺は、お前の怒りを買ってるんだ。わけがわからん」
「不誠実です! トートゥゾネは7つあるフライヤベルグの一つに過ぎません。ここで大勝利したからといって戦争終結からの講和なんて夢のまた夢。あなたはギャンブルで勝って去る。俺達は戦場に残されて困る。俺達に無茶をしいたなら最後まで面倒を見るべきだ!」
「だから義成。俺がいつ戦場を去るなんていった?」
笑っていう天儀総司令に俺は困惑だ。今日、何度目の困惑かわからない。
「え、違うのですか……」
「代議士になる気なんて、これっぽちもないぜ?」
天儀総司令が人差し指と親指で何かを挟むジェスチャーでいった。二本の指の腹はピッタリとくっついていた。隙間がないほど、政治家になんてなる気はないということか。ならなぜ総選挙が近いから戦いたかった。それも艦隊決戦をしたかったといったんだ?
「義成。首相の意向だよ。首相は総選挙を前にわかりやすい勝利の形を望んでいた。緒戦で押したとか、負けてるのか勝ってるのかよくわからん報告じゃなく、〝艦隊決戦で勝った〟というとてもわかりやすい報告をな」
「不純だ……」
「なぜだ?」
「政治家に戦争はわかりません。前線に政治家の意向を差し挟むべきじゃないと俺は考えます」
「お前はヤバいなそれ。いまのヌナニア軍には、そんな考えのやつが多いのか?」
俺はムッとした。天儀総司令の発言の真意はわからないが、
「はい。そうですね。俺のような星系軍士官学校出身のエリートだけでなく、下士官や兵卒でもそうでしょう。戦争の何たるかがわからない奴らの意向が絡んで死にたくない、という思いは強いです」
と断言した。絶対にそうだ。俺達は黄金の二期生間でもだ。たしかに黄金の二期生の連は、帯感こそあれ、仲良がいいとはいえず、しかも考え方もそれぞれ違う。だが、黄金の二期生の誰もが、軍と戦いに政治が介入すべきではないと思っているだろう。俺たちに任せてくれればキッチリ仕事をする。じゃましないで欲しいとすら思う。
そこまで思って俺はさらにハッとした。そもそも天儀総司令は、
――内閣は軍の敗北を予感している。
と断言して、俺達の戦意を高揚させたじゃないか。それが、いまの天儀総司令の態度はまるで逆だ。首相は決定的な勝利を望んでいたんだから、敗北を予感してなんて嘘になる。
だが、こんなものは疑問として口にするまでもない。これも天儀総司令のチームワーク醸成のための彼なりのテクニックだ。たしかに、あれで総司令部機動部隊に、
――見返してやる!
という共通の意識が芽生えた。あのアクセルですら、そうだったんだ。
「内閣はフライヤベルクで不意打ちをうけた責任を問われて、このまま選挙すりゃあかなり厳しい状況だったからな。首相と内閣が望むのは、あったらいいなの戦勝報告。わかりやすいヌナニア軍の優勢。やってくれよの大攻勢。首相は選挙の宣伝となる材料を望んでいた」
「そんな……」
「なに驚いた顔してる義成?」
「将、軍に在りては君命をも受けざるところにあり、といいます」
「孫子兵法か。あんな古典を読むだなんて義成お前はかそうとうに熱心だ。だが、あれをいまどき信じてるやつバカだな。戦場で埋もれて死ぬ」
――そんな……
と俺はショックで声すらでなかった。孫子は、いまでも、いや、いまでこそ軍人なら絶対に一度は読む戦争哲学書だ。あれは戦争の基本と通念が、最も簡潔にわかりやすく書かれている本だといえる。
「率直にいわせていただければ自分は、いま、天儀総司令に若干の失望を覚えます」
「はは、正直にいったな。好きだぜ、お前のそういうこところ」
「戦場の状況は刻々と変わり、遠く本国にいる政治家には戦場の状況はわかりません。一々後方からの文民の指示に従っていて戦争はできません。今回のトートゥゾネでの戦いが、首相の意向にそった無理強いの戦いだったなら、勝ったのは運がよかっただけです」
「だがヌナニア軍の最高司令官は首相だぞ? 総司令官の俺は、上司の意向に従ったまでだ」
「それが! その意向とやらが選挙で勝つためというのは不順だというのです!」
「そうだろうか? いまの内閣が倒れれば、それこそ戦場にはいい影響はない。与党が議席を大幅に減らせば首相は辞任する。そうなると政府の方針が変化しかねない。最悪、与野党が入れ替われば方針は大転換。ますます勝機は遠のく」
「だから、将、軍に在りては君命をも受けざるところにあり、というのです。方針が変わっても戦況は戦況です。後ろからゴタゴタいわれても無視すればいい」
「……義成お前本気でいってるのか?」
「大真面目です」
「はぁー。あのな義成。最前線で軍人が政府の意向を無視して勝手にドンパチやりつづけてみろ。軍は現地を占領し、軍政をしいて、最早それは統治だ。軍総司令官の王国のできあがり。その軍総司令官さまは、さらに突き進んで敵を倒して勝手に敵と講和。戦勝を引っさげて帰るついでに、持ってる戦力で自国も制圧。これで立派な軍事政権の誕生だ」
「うがった考えです。軍人は分をわきまえていますし、そんなことはありえない」
「甘いな義成。しかも軍事政権のいきつくさきは独裁と相場が決まっている。独裁は不幸しか産まない。古代の兵書とやらで、勉強するのもいいが間違って読み解くな。都合よく引用するな」
俺は反論の言葉がでなかったが、天儀総司令の言葉が正しいとも思えなかった。
「義成よく覚えておけ。俺達は目の前の敵を叩き潰すだけでいいんだよ。勝った材料をどうつかうはあくまで政治家だ」
「くそ! なにが一体正しいだ!」
俺からは悪態しかでなかった。知行一致といってみても、戦場で迷わないことはこれほど難しいのか。いや、そもそも俺の人生ブレブレだった気もするが、正しいことは正しいと生きてきたんだ。それを今更やめられない。やめたくない。
「はは、俺は勝ってしまったが、勝った俺が正しいとは思えないといったところか。若人よ苦悩が多いな」
「あのとき計画を実行していれば、こんな苦悩はなかった!」
天儀総司令が俺見て笑うので、思わず俺はいっていた。最初に兄の仇と殺していれば――。だが、迷った。正しかったのか? トートゥゾネでは勝ったという結果だけ見れば正しかったろう。だが、この人のやり口は、人でなしの部類だ。
「殺せばいい。いま」
「無理です。あなたは戦争には強い。俺は軍人で、あなたがとても有能な軍司令官だとしってしまったいま無理だ」
「そりゃあ残念」
という天儀総司令を見て俺は、
――死ぬ気もないくせに。
と内心苦渋でいっぱいだ。いま、俺が襲えば、この人は間違いなく全力で抵抗してくるだろう。あっさり殺られる気なんてさらさらない。いや、そもそも俺はこの人を――。




