4-(プロローグ)
「次はこれです」
と参月義成は、手にするタブレットを流れるようにタップした。同時に総司令官天儀の座する執務机のモニターには、処理すべき書類が展開。総司令官天儀は、展開された書類に素早く書類に目を通し電子印を押したり、指示をだしたり。そうやって処理されると同時に、義成はまた次に処理すべき書類を執務机のモニターに展開するのだ。
国軍旗艦瑞鶴は、総司令官室。総司令官の仕事は最前線だけじゃない。むしろ後方にある。ということで、いま、義成は総司令官天儀の事務作業の手伝い中。将来有望な士官が秘書の真似事。
――が、これが滅法面白い
俺は、いま、充実感に満ちていた。そう。総司令官ともなれば、あつかう書類は軍の最高レベルのものばかり。最初は、天儀総司令の仕事の手をとめてはいけない、と必死なだけだったが、いまは違う。あらかじめ内容に目を通し、処理すべき順番を決め、そしてときには助言する。まさにこれは――。
――総司令官の気分!
最初こそ差し出がましくないかとか、無知な助言をしてしまったらと心配していたが、いまのところ大きな間違いはない。天儀総司令も歓迎してくれている。不快なら間違いなくこの人の性質上怒ってくるからな。
もちろん助言することへの緊張感はつねにある。なにせ繰り返してしまうが、処理されている書類は軍の最高レベルのものばかり。つまり他人の運命に大きく関わる案件ばかりだ。俺の下手な助言は、戦友たちの死に直結しかねない。
張り切る義成がいる国軍旗艦瑞鶴は、いま、泊地パラス・アテネへ帰還し、超大規模ドッグ彩天へ入っていた。
フライヤベルクの7つの戦線の後方に位置し全戦線をつながる利便性の高いパラス・アテネ宙域。戦争開始直後には、最前線の橋頭堡にすぎなかった泊地パラス・アテネは、いまやヌナニア星系軍の巨大宇宙基地だ。
艦艇の修理用のドッグは大小合わせて30。やろうと思えば、ここで新艦を建造だってできる充実ぶり。ここにはヌナニア星系軍の軍用宇宙船が何百隻も停泊し、その軍用宇宙船の間を多数の工作艦や点検用の小型艇が忙しく動き回っている。
さらに前線から戻ったものが、息抜きを楽しむための施設も充実している。泊地パラス・アテネには、なんと娯楽施設に特化した基地が5基。歓楽街はもちろん各種レジャー施設は充実し、夏の海から冬山のスキーまで楽しめる。
もちろん階級によってうけられるサービスは大きく違うが、泊地パラス・アテネにないものはないといっていほどの充実ぶり。ここへ戻った軍用宇宙船は、修理や補給をうけ、乗員は束の間の息抜きと娯楽を楽しむという感じだ。ヌナニア連合は一ヶ月未満で、この大基地を宇宙に出現させていた。
泊地パラス・アテネは、まさにこの世の楽園といっていいほどの万全な兵士へのサポート体制を確立した巨大宇宙基地。だが、ここは戦場の入り口。地獄への門でもあった。
――ドックへ入ってからもう3日か……。
思えば帰投直後から火の車だった。俺は他の乗員と違い総司令官直属の側近。特命係だ。居残り組として瑞鶴で天儀総司令の手伝いとなっているわけだが、帰投直後から最前線の戦闘中かという忙しさ。
理由は天儀総司令が、
「そもそも総司令部機動部隊は、戦時編成のなかでも急増すぎで戦力はいびつだった」
という意向を口にし、司令部部隊の再編成がおこなわれたからだ。総司令部機動部隊は、機動艦隊となる。通称は、いままでどおりサクシオン。書類上の問題でもあるが、戦力は大幅にアップする。
再編に伴い多数の戦艦を加え砲戦能力を強化する予定だ。そもそも機動部隊とは名ばかりで、もとのサクシオンには空母も瑞鶴しかいなかった。今回、空母も3隻加えられる。これで晴れて航空戦能力と砲戦能力を両立したバランスのいい本格的な艦隊となる。
これでサクシオンだけで充分敵と渡り合える戦力となる予定……。そう。予定。次の戦いまでに、実際そんなうまく編成できるか不明だ。いまのヌナニア軍では、そんなにうまい具合に予備兵力はプールされていないので、どこかしらから戦力を引き抜いたり、新造艦を待ったりせねばならないかもしれないのだ。だが、状況は待ってはくれない。第六戦線トートゥゾネのときのように突発的な対処が必要な場合。また、ままならならい戦力で出発する可能性もある。
……そう。居残り組といえば、幼馴染で部下の王仕火水風と焔ヶ原鬼美笑にはメチャメチャひんしゅくを買った。俺が天儀総司令から残留を命じられ、それを2人に伝えるために特命係室に戻ると、目の前で展開していたのは、
「「はじゃんけんポン!」」
「「あいこでしょ!」」
という、二人の熱のこもったじゃんけん大会。
――なにやってるんだこいつら?
とは、俺だって思わない。なんのためのじゃんけんか嫌な予感を覚える俺に、鬼美笑が俺のほうへ振り向いて、
「あら、義成おかえんなさい。まってなさいね。いま、この娘に勝って休日の予定を決めちゃうから」
といって、じゃんけんを再開しようと火水風のほうへ向き直った。
そして今度は火水風が俺へ向けてこういってくるわけだ。
「休みって3日なんですよ義成さん。1日交代で3日だと。勝ったほうが2日になるじゃないですか。私、負けませんよ鬼美笑さん。常夏のパラダイス。最近できたばかりの人工ビーチで2日連続義成さんと遊ぶって決めてるんですから!」
俺の胸中は気まずさでいっぱい。
――やばい。とても瑞鶴に残るだなんていいだせない。
2人はじゃんけん大会を再会。3回引き分けが続いたあとに、俺はやっと2人へ瑞鶴に残ることを伝えたなんていうこともあった。
あと俺には気になることがあった。敵中につくったスパイ第一号の紅葉のことだ。彼女は紅飛竜艦隊に移動したといっていたが、それっきり連絡が途絶えている……。
「紅飛竜の座艦の鉄扇羅刹は、大損害をうけながらも逃亡に成功したというが無事なんだろうか」
ただ、紅葉が鉄扇羅刹に乗艦していたとはかぎらない。だが、やはり心配だった。トートゥゾネで紅飛竜の艦隊は半壊状態。爆沈した艦も多数出たので、いまは紅葉が沈んだ艦に乗ってないことを祈るのみだ。
「鉄扇羅刹だ? なんの話だ義成」
俺の独り言は天儀総司令に聞かれていたようだ。
「いえ、なんでもありません」
「そうか。次の書類を頼む。とっとと終わらせて軍官房部へ顔をださなければならん。遅れると星守が角を生やして怒るからな」
天儀総司令に催促されてしまった俺は、反省しつつ、
「すみません。次はこれです。ベース・アトラス問題。星系軍地上基地の移転に関する問題ですね」
といって手早く次の書類をモニターに表示させた。いまから処理される案件は、今日の最重要案件。是非ともこれには、星系軍総司令官としてご親裁をたまわりたいとい、という強い思いを俺は持っている。
「ああ、戦争前から問題になってるやつだな」
「ええ、基地移転先の問題ですね」
「星系軍は、宇宙軍といえども本拠地は地上だからな。地上基地なくして人類も星系軍も成り立たないか」
――ベース・アトラス移転先問題
ようは基地を移動させると決定したさきで住民の反対運動がおき、ついには政府と地元自治体で揉めにもめ。その末に基地を受け入れるか、受け入れないかの住民投票。
「投票の結果は反対大多数です。住民は基地の受け入れを拒否しました」
と俺は強い口調で、かつ真っ直ぐ天儀総司令の目を見ていったが、天儀総司令ときたら、
「ベース・アトラスの移動先は、潮汐ロック型の入植惑星だろ。そりゃあ巨大基地は反対されるだろ。ただでさえ狭い居住地域に基地なんてきたら最悪だ」
と、とぼけた調子で応じてきた。どう見てもこの問題に興味がない様子だ。
――潮汐ロック
とは、全人類の源である地球のように潮の満ち干がない惑星をいう。宇宙学が、天文学と呼ばれていたころの黎明期に、こういった惑星は人間が住むことは適さないとされていた。太陽光が降りそそぐ半面は灼熱地獄。太陽の当たらないもう半分は、夜しかない極寒地獄。とても生物など住めない。だが、じつは違った。むしろ潮汐ロックは環境の安定をもたらすのだ。
惑星の縦軸。太陽の降りそそぎつづける面と、夜しかない面のちょうど間。緯度上の中間に、帯状に生物が営みをつづけるのに適した環境が生じる。人類はそこへ入植した。
こういった潮汐ロック型の惑星はつねに薄暗く夜も昼もない。そして、住める場所は惑星の表面積の5分の1程度だ。
「住民は反対です」
と俺は強い口調で天儀総司令へいったが、天儀総司令ときたら、
――そうか。
といっただけだ。なんて人だこの人は! と俺はカッとなった。
「惑星の住民投票の結果は反対多数です。なのに政府は、基地の移転を強引に進めています。これは反民主主義。これほど明確な不正義はありません」
俺の強い口調に、天儀総司令は舌打ち。露骨にため息してから応じる態度を取ってくれた。
――顔色うかがい。
俺だって、こういった行為に無縁じゃない。それに星系軍総司令官に露骨にこんな態度を取られれば誰だってひるむだろう。だが、今回の俺は違う。俺としては天儀総司令の態度なんてどうだっていい。どうしても天儀総司令に、この問題を判断してもらい、そして決断をくだして欲しいのだ。
「……で、義成。お前はどうすべきだと?」
「天儀総司令の権限をつかって基地の移転を中止すべきです」
「俺に、そんな権限はねえ!」
と天儀総司令が柄悪くいったが、俺はひるまない。
「基地は地上軍のものではなく、星系軍の地上基地ですよ。その所管は星系軍総司令官のあなたにあります。あなたが一言。ベース・アトラスの移転を無期限停止するといえば万事解決される」
「物事は、そんなに単純じゃない。基地移転問題は、政府が直接取り扱う案件で、判断は首相がおこなっている。これに物を言える立場にあるのは、唯一国防大臣ぐらいだ」
「そんなことはありません。繰り返しますが基地は、星系軍基地です。あなたの管轄だ」
「ダメだな。これは政治問題化している。口を挟めば俺は更迭される」
「そんなわけない!」
「いいか聞け義成。そもそもこの問題は、俺が軍を辞めた後、復帰する前に起きた問題で、俺の預かり知らぬところだ」
「無責任な発言です! 撤回してください。あなたなら可能なんです。基地移転を中止の意向を世間に示してください」
「……そうはいうが、仮に俺が口を挟んでも首相は聞かんぞ」
「つまり天儀総司令は、ご自分の発言に政府を動かすほどの力はないと?」
「はっきりいいやがってムカつくが。だが、そうだ」
「影響力はない。自分はそうは思いません。以前の天儀総司令ならそうかもしれませんが、いまはトートゥゾネで大勝利したあとです。あなたの発言には力があります。それに天儀総司令は、仰ったじゃないですか。首相は交戦による明確な勝利を望んでいたと。総選挙のためにね。これは、首相には天儀総司令に借りがあるということではないでしょか?」
「……勝利の対価に、基地移転を中止させろと?」
「はい。その価値がある問題だと考えます」
「ダメだな。政治問題に口を挟めばそれまでだ。俺はクビになる」
「そうは思いません。この戦争には、あなたしか勝てないし、勝った司令官をクビにすれば世論が動きます。支持率は低下します。総選挙前にそれは困る。首相は、あなたの言葉を尊重するしかない」
「そうはいうが、義成お前。俺がそれをやったら、どういうことになるかわかってるのか?」
――軍事力を背景に恫喝することになる。
天儀からすれば確実に更迭されるとしか考えられない。それに政府からすれば、総司令官候補は天儀の他にもいたはずだ。
――それを、態々俺を選んだということは。
まずもって選挙のためだが、選挙が終わればそれまでだ。首相は総選挙に勝ったあとに総司令官をすげ替えるな。俺ならそうする。適当に近い内にやるとかいって、選挙が終わったら翻す。そもそも政治に口を挟む軍人など厄介どころではなく、危険極まりない。義成は、全星系軍を率いる立場の俺が発言すれば影響力があると考えているようだが、全星系軍というのが問題だ。俺の背後には一千万の軍隊。しかも勝っているのも問題だ。どう考えても力を背景にした恫喝にしかならない。俺がちょっとでもいえば、与野党は合従して、
――人食い鬼が政治的野心を持った。
と一丸となる。シビリアン・コントロールと民主主義。ヌナニア連合はもっともこれを重視する。軍人が政治に口を挟むことを絶対に容認しない。そもそもクビになるなんて生っちょろいことじゃすまいだろうな。危険人物として拘束され収監されかねない。
なお、クビはいいが、投獄、それだけはたまらない、というのが天儀の本心だ。もちろんこんなことは義成には、絶対にいえない。決定的に幻滅され、信望を完全に失う。
「チッ……」
「ご懸念があるのなら根回しはいかがでしょうか? 基地移転の中止を発言する前に、政治家に内々に働きかけるんです。自分が仲介します。俺は特殊工作員で、そういった訓練もうけています。昵懇な政治家とか、政界の大物とか、いらっしゃらないんですか? 命じてくだされば、その方と天儀総司令をつなぎますよ」
「……義成お前は、俺に政治家とのパイプがあるように見えるのか?」
「……そうですね。ないように見えます」
「はぁー。はっきりいいやがる」
「すみません」
「いや、いい。わかった。お前の考えは承諾した」
「わかってくださったんですね! よかった。天儀総司令ならご理解してくださる。行動してくれると思っていまいした」
「だが、すぐには無理だ。根回しが必要だからな。今日明日すぐには無理だぞ?」
「いつですか!」
「……そんな目をキラキラさせて聞きやがって、ピュアかよお前は……」
「ですが、基地移転問題に苦しむ住民のことを思えば自分は黙ってはいられないんです」
「そりゃあ結構だな」
と困った風の笑顔で口にしつつも総司令天儀は心中では苦い顔だ。だが、ここでそんな表情はできない。喜んでいる義成に疑問をいだかせてはいけない。つとめて理解ある上司の表情をとおした。
「で、移転中止の発表はいつですか?」
「一年。いや、二年ぐらいはかかるかもな。俺は口だけの男じゃない。発言するなら抜本的な解決を望む。それには時間と周到な準備が必要だ」
と総司令天儀は、義成の表情をうかがうように見ていった。が、天儀の懸念は杞憂に終わった。義成といえば、
「ええ、そんなにすぐに片がつく問題ではないですからね。長年こじれて首相が直接動くほどの問題ですから。それに天儀総司令のいうこともわかります。いきなり力で押さえつけるように中止といえば、たしかに恫喝になりかねませんしね」
とあっさりと納得した。
――ピュアかよお前は!
と総司令天儀は、今度は心中で叫びつつも一安心だ。もちろん基地問題で動くというのが嘘だからだ。天儀としては、この問題に絶対に口は挟めない。
だが、そんな天儀の心中などまったくしらない義成は、機嫌良さげに、
「基地問題について解決するならいい人材がいます。俺は彼を推薦します」
といって執務机のモニターに推薦したい男の履歴と、基地移転問題でのこの男の活動の内容の報告書を表示した。
それを一読した天儀は、
「マジかよ……」
といって継いで、でそうになった、
――キチ○イだろこいつ。
という言葉は飲み込んだ。星系軍総司令官。品位も大切だ。感情をそのまま音にしては、示しがつかない。だが、天儀からいわせれば義成が推薦してきた男は、頭がおかしいとしか思えないのだ。
「基地問題の担当の次官補で星系軍大尉ヨルゴスという男です。自身の与えられたミッションにとても熱心で、かつ情熱的といってもいい軍人の鏡のような男ですよ」
「……義成?」
「はい、なんでしょうか天儀総司令」
「俺の目が腐ってなければ、このヨルゴス次官補は基地移転推進派に見えるが?」
「ええ、そうです。ですが、ヨルゴス次官補は星系軍大尉であり軍人です。軍人は与えられた命令に忠実なので、上の方針が変われば、つまり天儀総司令の発言があれば彼はきっと基地移転中止に熱心に働いてくれるでしょう」
「……なるほど」
「ヨルゴス次官補はすごいですよ。訪問するのに手ぶらでは失礼だと自身で購入した洗剤などを手に、移転先の住人の家を一軒一軒訪ね歩き、どうか理解してくれないか、と説き伏せて回っているんです。見上げた男です。どうにかして基地移転という難しいミッションを完遂させようと次官補ほどの立場にある人間が行動しているんです」
「お、おう……。だが、訪問販売じゃないんだどうなんだそれは……」
「ええ、そういった批判もあります。軍人らしからぬというね。ですが素晴らしい情熱だと俺は思います」
「やはりそういった批判はあるのか……。というか呼び鈴がなったからでてみれば基地の押し売りセールスでは、住民も笑えんのじゃないか……?」
「とにかくです。彼に基地移転中止の意向を内々に伝え国防省内で働きかけをさせましょう。これが俺の提案です」
総司令官天儀が、黙考した。義成は、
――この提案は採用される。
と思ったが、総司令官天儀の口からでたものは、わかりやすい承諾の言葉はなかった。
「いまの国防大臣は……。いや、いまの外務大臣は国子僑殿だったな?」
「はい。美麗の国子僑。見栄えだけじゃない。若くして各大臣を歴任しあらゆる内閣で閣僚を務めてきた男です。開戦までは国防大臣でした」
「いま、本国の時間は昼過ぎか……」
「はい。それがなにか?」
と義成は、総司令天儀からでる言葉の意味がわからず問い返したが、総司令天儀はスタンドマイクを目の前に置き通話の準備を開始。そして義成へ、
「外務省へつなげ。外務卿と直接話す」
と命じた。
――なんだって外務大臣に?
と俺は困惑し、懸念を口にした。
「アポイントなしでは難しいと思います。国防大臣ならともかく、外務大臣です。失礼を承知でいわせていただきますが、ヌナニア連合では軍人の地位はさほど高くありません。それに国子僑は大物で、ゆくゆくは間違いなく首相です。そんな方に突然電話してうけてもらえるのでしょうか?」
「外務卿の国子僑殿とは友人だ。問題ない。友人がかけてきたんだ出るだろ」
「え!? 美麗の国子僑と友人なのですか。天儀総司令は、先程、政界にパイプはないと仰ったじゃないですか!」
「パイプはないが、友達ならいるというだけだ」
「そんな……。屁理屈だ」
「国子僑殿は、グランダ系の政治家だぞ。俺はグランダ系軍人。そりゃあ顔見知りでも、友人でも不思議じゃないだろ」
俺は不承不承。だが、仕方ないので外務省へ通信をつないだ。それに天儀総司令は、俺のヨルゴス次官補をつかえという提案を採用するために外務大臣に電話してくれているのだろう。なぜ外務大臣かはわからないが、とにかくつなげばいい。
すぐに外務省につながり、驚くべきことに国子僑はすぐに電話にでた。
国子僑と話す天儀総司令の話しぶりはとても親密。そして礼儀正しく、普段俺達の前では見せないような品のある笑顔や口調だ。しかも天儀総司令の国子僑と話すときの一人称は〝私〟ときている。俺は若干驚いたが、相手は超がつく大物政治家だ。なんとなく納得はできた。天儀総司令は、世間話をしばらく続けたかと思ったら、
「お忙しいなかお時間を取らせては恐縮です。旧交を温められてよかった」
といった。そうすると国子僑外務大臣は、
『はは、終わらせませんよ。私は貴方に要件があると見ましたがどうですか?』
と応じてきた。国子僑外務大臣の声は、スピーカから俺にもハッキリ聞こえてくる。
「要件というほどのものではないのですが」
『お互い忙しい身だ。いってください。それに私と貴方の仲だ。問題ない』
「では、一つ。防衛省にとても熱心な次官補いる。私は彼に休暇を与えたいと考えているのですが」
『ああ、はは。さすが天儀殿だ。彼を見逃さないとはね』
2人のやり取りを聞いている俺は、このとき、
――天儀総司令は、ヨルゴス次官補を引き抜く気だな
と思った。休暇とは解任のことで、いまの任務から解任してから天儀総司令はヨルゴス次官補に新しい任務を与えるのだ。
『休暇を与えたい理由はなんですか?』
国子僑外務大臣の問に、
「彼は品がない」
と天儀総司令が冷ややかにいった。その声は恐ろしいほど冷え切ったもので、逆に天儀総司令の怒りを嫌というほど理解できるものだった。俺はこの瞬間に、天儀総司令の意図を察し真っ青になった。天儀総司令はヨルゴス次官補を採用する気などないどころか、
――完全に軍から放逐する気だ!
つまり退官させる。しかも一般の会社でいう懲戒解雇。クビだ。
『いやはや助かります。私は開戦前まで国防大臣だったのですが、彼の行動には困っていたのですよ』
「ええ、でしょうね。ですが幸いにも彼は星系軍大尉だ。総司令官の私がなんとかできます。私の権限で解任しますがよろしいですね?」
『汚れ仕事を押し付けてしまって申し訳ない。彼は仕事熱心で、軍人の間ではとても人気があってね。防衛省内でも人気者だ。お恥ずかしい話なのですが、政治家の我々にはとても彼をやめさせたり、部署を移動させたりすることが難しかったんです。彼の行動を、大臣命令でやめさせたりすれば、防衛省内に不信感が広がり、ますます基地移転問題が上手くいかなくなる可能性が強かったのです』
「ご心労をお察します」
『ですが天儀殿。私だってなにもしなかったわけじゃないんです。私は防衛大臣時代に、あまりに品のない件の彼を内々に呼びつけて、暗に家を訪ね歩くのはやめなさいといったのですが、彼はいち個人としてやっているだけなので問題ないの一点張り。拒否されました。いまの防衛大臣もほとほと困っていますよ。あれはやりすぎだ』
「では、そんな彼を2時間で軍から消します」
『相変わらず悪即ち斬ですか』
「兵士は法的に殺人を許可される。それなのに、さらに作法を守らないというなら鉄槌が下るまでということです」
『はは、痛快だ。打てば響く天儀節が相変わらず健在で安心しました。では、首相と防衛大臣には私からつたえておきますので』
「助かります。その手の根回しはどうも苦手で……」
『いえいえ、お礼が言いたいのはこちらだ。では、また。園遊会にでも』
そして、いま、俺の目の前で、天儀総司令と国子僑外務大臣の電話が終了した。俺は思わず、
「なぜですか! ヨルゴス次官補は有用な人材です!」
と天儀総司令に詰め寄っていた。天儀総司令はムッとした表情で俺を睨みつけてきた。だが、俺はひるまない。
「彼は一軒一軒訪ね歩き、どうか基地を抱えて苦しんでいるアトラス住人のために折れてくれないか、基地移転に賛成してくれないかと熱心に活動していたんですよ。軍人として、人として見上げたものです」
「ああ、見上げたゲス野郎だ。人としても兵士としてもな」
「なぜですか!」
「こいつのいうところは、つまり、アトラス住人のために、移転先の住人が変わって生贄になれといっているんだぞ。理不尽極まりない。しかも、こいつが家族と老父母ひきつれて基地移転先に住むぐらいの気概を示せばまだわからんでもないが、こいつは温々と本国で快適生活。基地の訓練での騒音に悩まされたり、軍事機密による生活の制限とは無縁。こんなものは身勝手の最たるだ」
「ですが、いち個人での涙ぐましい活動です。ヨルゴス次官補が、各家を訪ねるときに持参する手土産は自腹ですよ!」
「それこそ大問題だ。個人でやろうが、公人でやろうが、こいつの次官補という立場は変わらない。こいつが、いち個人だと吐けば、国防次官補という肩書が消えて無くなるのか? んなわけないだろ。こいつがやっていることは国家権力を背景にした移転先住民への圧力と強要だ。星系軍総司令官として絶対に容認できない問題行動だ」
さらに天儀総司令は、
――官権横暴とはまさにこのことだな。
と憎々しげにいい、さらに、自覚がないからなおたちが悪い、ともいった。だが、俺も納得がいかない。ヨルゴス次官補は、熱心で、忠実だ。それを良い方向に活用すれば必ず役立つ。なぜ天儀総司令は理解してくださらないのか!
「ですが――!」
と食い下がったが、
「黙れ義成。こいつは家を訪ねるときに制服着て、次官補の名刺をだしているそうだな? いち個人が聞いて呆れる」
と天儀総司令が凄まじい圧力を発揮して俺に放った。俺には反論の言葉がなかった。俺は、ヨルゴス次官補を基地移転反対の工作に活用しようと、彼の行動の詳細を報告書に書いていたのだ……。
本国のヨルゴス次官補には、
『星系軍総司令官として貴官をすべての職務から解任し、すべての地位を剥奪する。』
『貴官は則をこえた。兵士たりえず、また星系軍に所属する資格はない。』
という通達がなされた。それは宣言されたとおり2時間ちょうどで、不気味なほどだった。




