3-(閑話) プライドの王
「さすがは最新鋭の瑞鶴。これぞ王者の船。とくにこの新品だけがもつ空気がいいね。新品独特の光沢感。手入れが行き届いていても、くすんでいたり傷があったあり古いものは古いからね」
そういった男は、自信満々の笑みを浮かべて白い歯をのぞかせた。
特別な真っ白な軍服に、金の飾緒が映える男。それがアヘッドセブン序列二位のジャスティス・スタージュン。総参謀部所属だ。その周囲には宝石のような美女が7人も。彼を中心に前に2人、左右に一人づつ、そして後ろに3人。後ろの3人の内2人は背が高く体格がいい。なお、従う女子たちからすると左右のポジションが特等席だ。一番声をかけてもらえるし、スキンシップも豊富だ。
ジャスティン・スタージュンは、星系軍士官学校時代から1人では出歩かない。必ず数名の女子を従え進むさまから人呼んでプライドの王。そう。序列2位の呼び名の一つプライドはライオンの〝群れ〟をさす言葉だった。
同期生の参月義成いわく、
「ジャスティン・スタージュンは、どうやったかしらないが星系軍士官学校の入学初日から女子を数人従えて廊下を王者のように歩いていた」
とのことだ。
そんな男が、いま、国軍期間瑞鶴に乗艦してきたのだった。
ジャスティンの乗艦の目的は、瑞鶴にいるアクセルや花ノ美などの総参謀部の若手達と合流し、第二戦線珊瑚洋に向かうためだったが……。
「ところで、みんな天儀ってしってるかい?」
というジャスティンの一声に、
「しらないー」
と周囲の女子達が一斉に反応。ライオネスとよばれる取り巻き達だ。ライオネスとは雌ライオンだ。英語のライオンは、本来は雄だけを意味する。
ジャスティスの取り巻きはモデルと見間違えんばかりの美女揃いだが、そこは軍人。美しさにも強さが伴っている。あるものは牙を持ち、あるものは棘があり、あるものは爪を持つ、といったところだ。
「総司令官らしいんだけどね。ボクもよくしらないんだ」
「へー。偉い人じゃん。誰だかしんないけどね」
右斜め前のボーイッシュな褐色肌の女子がそういうと、右横の眼鏡の女子がジャスティンの袖を引いていった。
「挨拶へいくべきかと……」
このメガネっ娘が参謀のポジションなのだろう。女子達の中では比較的地味だが、左隣という二番目にいい位置につけている。ジャスティンは右利きなので右隣が最高のポジションだ。よく肩や腰に手を回してもらえる。
「えー、面倒くさいなぁ。会ったところでメリットないように思えるんだよなぁ」
「内閣の指名で議会が可決して送り込まれてきた男」
「なるほどね。ヒルドは天儀にではなく、総司令官という肩書に挨拶しにいけといいたいわけかい」
メガネっ娘の名前はヒルドというようだ。そのヒルドがコクリとうなづいから言葉を継いだ。
「肯定。でも、それだけじゃない。天儀とは、あの星間戦争の天儀だから。これも重要」
「戦争の勝利か。あの名前だけの謎の男。経歴抹殺刑を食らった戦争の勝利者。でもボクはわからないね。今更そんなロートル引っ張り出して。もっと他に優秀な軍人がいたと思うんだけどなぁ」
「ねえ、ジャスティン。挨拶いったほうがいいんじゃない。とびきりの手柄を立ててもそいつの評価次第になるわけでしょ。せっかく手柄を立てても、あいつは挨拶もしなかったーって評価下げられたら損くない?」
と、今度は一番の特等席。右隣にいるギャル風の女子が助言した。この娘はオルトリンデという。
「うーん。すぐに別の人に変わるかもしれないしなぁ。そうなると頭の下げ損じゃないかと思うわけさ」
「このトートゥゾネで2回も艦隊決戦を生起させ、2回とも勝った。勝ったから当分は変わらないのではないかしら?」
そういったのは、背の高い母性満ち溢れる胸の大きな女性だ。この言葉に、ボーイッシュな褐色肌が反応した。
「でもレギンさん3度目の正直っていうぜ?」
「バカねスールズ。それは失敗から成功するときにつかうのよ」
「ああ? そうなのか?」
スールズとレギンの言葉にまた別の女子が発言。
「……2回も勝ったから次は負ける。……それも大敗北。……こんなこともありやなしや」
そういったのは、彼女は口元に笑み、目には憂いのある美人。呼び名はフロックだ。フロックの発言を聞いてレギンとスールズが吹き出すように笑った。あり得ると思ったのだ。
「そうだジャスティン。そんなよくわからないやつさ。辞めさせちゃいなよ!」
「いやはや、オルトリンデは軽くいってくれるね。ボク個人のコネクションだけじゃまだ軍総司令官を交代させるなんて芸当は難しいかな。なにせボクの友人達はまだ若い。もう数年経てば次官クラスが出始めるんだけどね」
「でもジャスティンのお父さんや叔父さんが動けば、軍に結構な影響力があるんでしょ?」
「父上か。というより父上や叔父上だけでなくスタージュン家は政財界に顔が利くからね。総司令官降ろしなると軍に直接というより政治家に働きかけることになるんだろうけど」
「昔、うちらを目の敵にしてきたウザイ教官辞めさせたよねー。あれ超ウケた」
オルトリンデの言葉に一同に笑いが起きるなかフロックが、まだ発言していない一際背の高い女子へ話しかけた。
「ヘルフィヨトゥルさんは……どう思います?」
ヘルフィヨトゥルと呼ばれたのはジャスティンの後ろにつく真っ黒なストレートヘアの大柄な女だ。見るからに寡黙そう。かつ殴り合いが強そうな女子。そんなヘルフィヨトゥルが、無言で右手をもたげて行く手を指した。
ジャスティスをはじめ全員が、ヘルフィヨトゥルの指した方向を見た。
「見ない軍服のオッサンだね」
とスールズが悪い笑みを浮かべていった。8人の行く手には、地味な外套に見慣れない軍服を着た男。堂々と通路の中央を進むその姿は存在感だけが抜群だ。
ただ、見慣れない軍服といったが、8人にとって、それはまったく未知というわけではない。ジャスティンは、ヒルドで問いかけた。
「ヒルドあれは?」
「旧グランダ軍の軍服。それも軍曹」
「ああ、つまり雑魚ってことか。いまはどこでも復帰組が、デカイ面して歩いててやだねぇ」
軍隊というのは生産性が皆無の組織といっていい。平時は最小限の戦力。多くの軍籍にあるものは、一般人として日常生活を送っている。ヌナニア軍は、今回の戦争が勃発すると旧軍で大量に予備役となっていた旧軍の軍人達を集めて戦線へ復帰させたのだ。
グランダとセレニスの旧軍の軍人達の多くは星間戦争という実戦経験がある。本来これは頼もしいはずの動員だが、生粋のヌナニア軍人たちからすれば煙たい存在だった。つまりは予備役からの復帰組は、過去の栄光ばかりを鼻にかけるロートルなのだ。
「へ、ご大層に旧軍服なんて着ちゃってだっせえなぁ」
「スールズ口が悪いわ。あれでもあの方は歴戦なのよ」
「そうかなぁ」
「ええ、歴戦の雑務係。あの歳で軍曹って、そういうことでしょ?」
「はは、レギンさんもいうねぇ」
そしてジャスティスの集団も軍曹の制服の男も真っすぐ進みお互い譲らず相対してピタリと止まった。ジャスティン達からすれば、下の階級のものに道を譲る必要はなく、男からすれば、
――年功序列だ。新兵のガキが俺に気をつかえ。
とうことだろう。
8人と男の間に火花が散ったが、すぐに殴り合いなんてことにはならない。全軍人が基本的に血の気が多いのは確かだが、むやみに戦わないというのも軍人だ。
「これは、これは予備役殿。お疲れさまです」
ジャスティンが慇懃無礼にいった。
「なに予備役だと。俺のことか? ああ、そうだ。いまの俺は正確には復帰組だったな」
「はは、やっぱり自分の立場もあまりわかっていないと。ロートルだけど、その歳でアルツハイマーとは情けない」
「ああ?」
と男が不快な顔。まったく敬礼する気も、退く気もないようだ。この男の態度にジャスティンの右腕に絡みついていたオルトリンデが、
「ジャスティンはね。あんたが敬礼して通路の端によれっていってんのよ。わかりなさいよ」
と険悪な表情でいったが、男は話にならんという素振りしただけ、まったくジャスティン達に進路を譲る気はないようだ。
「もう! このオッサンなんなの!」
「オルトリンデさん失礼ですよ。星系軍人は範たれ。とくに私達のような将校は誰に対しても礼節を以て接しなければなりません。私達が横柄にしては、ジャスティン様の恥となります。そういうこともわきまえなければなりなせん」
いままで黙っていた表情に乏しい和風美人が口を開いた。黒髪をツインテールでゆっている彼女はスクルドという。
「む、ジャスティンだと? そういえば、どっかで聞いたような――」
男がそういうと途端にジャスティン側からは黄色い声。
「やっぱりジャスティン有名人じゃん。旧軍のロートルにもしられてるなんさっすがー」
「すげえなぁさすがジャスティンだぜ」
「ヌナニア軍でジャスティン以上の指揮官はいないでしょうしねぇ」
「早く……ジャスティンが……軍の指揮すべきだと思います」
さしずめ騒ぐ花々だが、存在を無視されたかのような男からすれば意味がわからない。
「なんだこの女どもは……」
「ワルキューレチアーズだよ。みんなは彼女達をライオネスって呼ぶけどね。好きに呼ばせてるんだ。集団ではワルキューレチアーズ。個々ではライオネスっていうのがボクの解釈かなー」
「は? 聞いてねえよ。いいからどけお前ら。8人が通路いっぱいに広がりやがって、それじゃあ俺がたとえ横に避けても通れんだろ」
だが、ジャスティンももちろんワルキューレチアーズも一歩も動かない。
「予備役殿は、あいつみたいだ」
「あいつだと? 誰だそれは、というかしるか」
「いやね。ボクの友達に一人いるんだ。女は殴らないって主義で、一方的にボコボコにされたやつがさ。あいつがオッサンになったら、あんたみたいになるんじゃないかと思ってね」
「お前も、まったく人の話を聞かんな。俺はその話に興味がない。どけ。こっちは急いでるんだよ」
「なんかそいつ、あんたと雰囲気がそっくりでね。正義のオーラ背負っちゃってさ。この世に正しいのは自分だけみたいなね。ボクはね気に入らないね。そういうの」
いい終わったジャスティンが陰険な色をだし、ワルキューレチアーズに向けて目配せした。途端に場の空気が張り詰めた。一触即発の雰囲気というやつだ。男が一歩でも動けば、ワルキューレチアーズが美しい花から、大型ネコ科動物のような獰猛な狩人となるだろう。
一瞬、警戒した男だったが、ため息一つ、
「……俺の行く手を阻むものに性別はない、とだけ忠告しといてやる。俺がお前のしってるやつに雰囲気が似てようが、俺は俺の選択肢をする」
そういうと無造作にジャスティンを押しのけて通ろうとした。その瞬間ヘルフィヨトゥルが、その大柄な体に似つかわしくないほどのスピードで動いた――!
ヘルフィヨトゥルの長い手足は流麗だが、男性ほどではないが盛り上がった筋肉がしっかりとついている。彼女が普段から鍛錬を怠らない証拠だ。そして、ぶれない体幹。結んでもいないヘルフィヨトゥルの長い黒髪は、鋭いステップと激しい動きにも乱れない。まるで一つの黒い生き物のようで、空を流れるように舞った。
ヘルフィヨトゥルの右足がうねるように伸びた。強烈な回し蹴りが、男の延髄に炸裂していた――。




