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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
ここまで改稿済み
64/105

3-(37) ヌナニア軍の戦い・急・下

 そして敵機の群れは防空護衛艦4隻へと迫っていた。

 その群れの主の紅竜航空隊の隊長は、

 ――もっと大規模な二足機の迎撃を予想していたのだが……

 と思った。だが、航空隊長が見る2座後部座席のモニターに映るのは防空護衛艦4隻だけ。4隻は紅竜航空隊に対してまっすぐ横一列。まるで行く手を塞ぐための壁。

 

「あんなに横っ腹を晒して、まるでミサイルをあててくれといわばかりだが……」

 

 航空隊長が、そうそうひとりごちると、その瞬間に防空護衛艦の背後からぶわりとなにかが沸き立った。

 ――敵機!

 航空隊長は、肌にあわがたつのを感じた。現れた数は30機。AIが即時に映像を解析してカウントするのだ。これだけ近ければ正確だ。


「はは! 成程あえて横っ腹を晒してしたのは、迎撃の30機を隠すためだな! だが、ちょっとでてくるタイミングは早すぎやしないか。これじゃああまり意味がないぞ」

 

 航空隊長は、思いもしない展開で驚きはしたが、それだけだ。この場合は理想的にいうならこちらがミサイルもう少し4隻に近づいてから展開すべきだったのだ。そうすれば、かなり厄介な展開となったはずだ。

 

 ――しかも敵がこんなことをやってくるということは!

 航空隊長は部隊の全機への通信を開いた。


「敵は我が方の襲来を予期していなかった。最初の迎撃はたった30機。少ないぞ! まずは防空護衛艦4を葬り勢いを作る!」

 

 現れた30機と紅竜航空隊の直掩機との戦闘が始まった。敵30機を迎え撃ったのは40機だ。けして多いとはいえないが、慌ててでてきた迎撃部隊へなら十分戦えるはずだ。

 

 ――どう考えても現れたタイミングからして敵の練度は低い。

 と航空隊長はよい結果を予感し、それは的中した。最初の交差で敵30機は散り散りに、すぐにこちらの40機が追い立てるような状況になった。


「護衛の30機を排除した。さっさと4隻を沈めて先へ進む! 本命は敵の国軍旗艦だ!」

 

 紅竜航空隊全体が慌ただしく動きだし、防空護衛艦4隻からは対空射撃が開始された。

 厚い機銃掃射のカーテン。紅竜航空隊の各機は、機銃掃射の間を縫うように徐々に防空護衛艦へと近づいていく。

 ――もらった!

 と航空隊長は思ったがそのとき――。


『バーカ』

 

 ヘッドギアのスピーカーから流れた聞いたこともない声がした。声は少しかすれ、こもった感情は侮蔑と見下し。


「なんだと。誰だ! いまは戦闘中だぞ自重しろ!」

 

 航空隊長はマナーの悪い友軍機が、オープン回線で敵へ罵倒の言葉を送ったと思ったのだ。

 

 大方ミサイル攻撃機をおこなっている機のどれかで、目標の艦へ向けたものだろう。それが間違って自分にとどいた。各機には航空隊長機へのホットラインの設定がある。それを間違えて押したのだと考えられた。

 

 ――チッ。やはりだ。

 と航空隊長は心中で舌打ちした。それまで敵情や隊列などが戦術ソフト表示されていた画面が、通信のソフトに切り替わっていたからだ。もちろんこれでは戦いを指揮するための情報が見られない。

 

 そして立ち上がった通話ソフトは一対一の個人通話を意味するパターン。識別番号も表示されているが、航空隊長はその数字よく確認もしなかったし、指揮の真っ最中だ。その番号がどんなものか調べることもしなかった。とにかく謎の通信は、やはりマナーの悪い友軍から、そう思った。

 

 航空隊長は思いっきり声を張りあげ、ヘッドギアのマイクへ向かって、

「冗談か、敵へ向けかしらんが、お前は帰ったら厳罰だ!」

 と叫んだ。

 

 が、スピーカーからは。

『バーカ』

 という二度目の侮辱。


「わかったいい度胸だ。部隊名と名前と階級をいえ! いや、通信記録があるからな。貴様の機体はすぐに特定できるぞ。俺が自ら貴様を軍規違反で紅将軍へ突き出してやる。再教育部隊送りだ。絶対に許さん。覚悟しておけよ!」

『おう。おう。吠えるねェ。でーも俺を捕虜にできるかかなぁ? てめえ様は、オレ様が用意してやった素敵なパーティーに参加したんだから絶望し、悲嘆し、呪って、楽しんでってくれよ』


「なに?」

 と航空隊長が違和感を覚えたときには通信は切れていた。

 

『航空隊長――!』

 と今度は、同乗しているパイロットからの声。

 すでに言及したが、航空隊長は二座の後部座席に搭乗している。これは指揮座とよばれるスペースだ。前の座席には機体を操縦するためのパイロットが乗っている。

 

「今度はなんだ!」

『新手です! その数……100規模!』

 

 航空隊長が慌てて画面の表示を戦術ソフトに切り替え、すぐさま確認すると謎の通信前にはなかった大量の敵機の情報。


「これはまずいぞ。直掩は残り20機だけ。とても100規模には対応できるわけがない」

 

 紅竜航空隊120機は、対二足機戦のための戦闘に特化した直掩機が60機。残りは強力で、重たい対艦ミサイルを積んだ攻撃機だ。120の編成の内60機が護衛機とは常識的な範疇だ。たとえ少なくともうまくつかえば、十分に戦える。だが、いま、航空隊長はしばらくの時間、敵は30機だけと見定めて40機を思い切って投入してしまっていた。これを、いますぐやめさせて現れた100機に対応させるのは難しい。

 

 それこそどっち取らずで、100機へ向かわせれば、後ろからそれまで追いかけていた30機が襲ってくるのだ。


 はもちろん対艦ミサイル積んだ攻撃機にも対二足機戦用の武装はるが、その場合は対艦ミサイルを捨てる必要がある。対艦ミサイルを抱えたままの二足機戦など、ほぼ絶望的だ。

 

 ――だが、対艦ミサイルを捨てては意味がない!

 

 この部隊の目的は艦隊への打撃。狙いは旗艦瑞鶴だ。打撃とはダメージを与えることで、軍用宇宙船に大ダメージを叩き出すにはどう考えても対艦ミサイルが必須。

 

 状況は佳境だ。迷っている暇などない。だが、こういうときこそ迷うのも道理。

 航空隊長が決めかねていると、第一攻撃部隊の隊長機から通信が入った。

 

『第一攻撃部隊隊長のヘシアン大尉です! 具申させていただきます。攻撃隊は対艦ミサイルを投棄し、全機で新たな敵へ対応すべきです! いまは状況が悪すぎます!』

「ダメだ! この攻撃の目的は瑞鶴の撃破だぞ! 対艦ミサイルは捨てられない。紅将軍が、なんと思われるか」

『ですが――!』

「くそ! だがなお前、紅将軍は決死の覚悟で我らを送り出したのだぞ! それが敵機と戦闘して帰ってきただけなどいえるか!? いえんだろ!」

『くそッ。あ、そうだ』

「対艦ミサイルは捨てんぞ! 絶対だ!」

『はい。わかっております。ですから一部隊を残しましょう。20機だけは対艦ミサイルを捨てない。それ以外は対艦ミサイルを捨てて、新手の敵を迎え撃つんです!』

「だが――!」

『ここで全滅しては敵の国軍旗艦への撃破もへったくれもありません!』

「そうだが……。くそッ!」

『20機以外の全機が一丸となって守って、国軍旗艦だけを狙う! それしかない!』

「ちくしょうめ! それ以外にないのか――!」

 

 20機が全弾ヒットさせれば堅牢な国軍旗艦とて沈むが、二足機の対艦攻撃のミサイル命中率は2パーセントだ。しかも、一発二発ヒットしたところで沈められない可能性もある。当たりどころは重要。弱体部分に対艦ミサイルをねじ込むようにしてクリティカルヒットせられる確率は0.2パーセントもない。

 

『早く! 敵の群れが、やる気満々の戦闘部隊がもうすぐそこです!』

「わかった! 捨てる! 2部隊だけ対艦ミサイルを残しあとは対艦ミサイルの投棄を許可する!」

 

 が、航空隊長が決断したときに、また声がした。


『おせーよバーカ』

 

 あの少しかすれた聞き覚えのある声。


「また貴様か! いまの状況を考えろ!」


 航空隊長は、まだこの罵倒が友軍機からだと思っていたが……。

 前の座席のパイロットからは、

『機体のコントロールを乗っ取られました』

 という報告。

 

「なに!?」

『通信できません! くそ、勝手に操縦桿も動いている!』


 電子戦の能力は、船体や機体の大きさにほぼ比例する。小さい二足機は出力が小さい。はるかに巨大な艦艇から電子攻撃をうければ、簡単に乗っ取られてしまうが、実際はそうならない。

 二足機の仮想空間防御は以下の4つにより高かった。

 一つ、効果で強力な対電子戦装備。

 一つ、母艦からの強力な支援。

 一つ、ハッキングのパターンはある程度固定的なので予め強力なアンチソフトをインストールしておく

 一つ、人間の臨機応変な対応。


 むしろ二足機はほとんど場合コントロールを乗っ取られることはない。とくに母艦からの支援は強力で、専用の電子戦戦闘員が用意され徹頭徹尾の防御を展開するのだ。つまり二足機の電子戦防御能力は、母艦のそれとほぼイコールだ。

 

 さらに、その上で、

「二足機のコントロールを奪ったところで意味がない! 航空隊長の俺一人を殺したところでどうにかなるのか。指揮は別のものが引き継ぐだけだ」

 ということだった。

 

 一機のコントロールを奪うに艦艇からコントロールを奪うのと同じだけの労力が必要だ。大量にいる二足機の内一機のコントロールを奪ってもあまり意義はない。それがたとえ司令塔の役割を持っていたとしてもだ。全体の指揮は、母艦の航空司令室なり指揮所にいる司令官がおこなう。編隊内ないいる隊長がおこなうのは現場の監督と、戦闘中のこまかな指揮だけだ。

 

 ――どう考えても労力に見合わない。

 

 確かにコントロールを奪い母艦に返して、格納庫内で機銃などを連射させるという手もあるかもしれないが、コントロールを奪われた時点で母艦はそれをしるので対処は簡単だ。最悪のケースだが、悪いがコントロールを奪われた1機には機銃掃射でお亡くなりになってもらうだけだ。

 

 そして航空隊長の耳には、またあの声が響いた。

 

『だから、もうおせーんだよ。さあ懺悔の時間だぜぇ。オレは罪あるものもへも罪なきものへも平等だ。同じく裁きをあたえ、判決は罰だけだ。てめえの無能を呪って死ねバカがッ!』

「誰だお前は――!」

『あの世で考えな。時間はたっぷりあんだろ。てめえのトロイ頭でも無限の時間がありゃあオレが誰かそのうちわかんだろ。ま、あの世なんてあるか、しらねーけど』

 

 それで通信は一方的にブツリ。謎の通信は切れた。

 とたんに前の座席の操縦士が歓喜と安堵の声をあげた。

 

『機体コントロール戻りました! 各種機器異常なし、操縦できます!』

 

 ホッとした航空隊長も、

「いまのは誰だったんだ」

 と、つぶやきながら画面を操作した。散々暴言を吐いてきたを確認するためだ。航空隊長が目にした識別コードは敵のもので、発信元はオオヨド。だが、航空隊長がその文字を目にした瞬間に、機体にけたたましい被弾音と機激しい揺れ。

 

 ――足元が温かい?

 

 次の瞬間には航空隊長の足元の板が浮き上がり、すぐに痛みはないがケツを猛烈に蹴り上げられたように腰が浮く感覚が――。航空隊長の意識はそれまでで、それ以上つづきを自覚することはなかった。



 一時的に指揮官を失った紅竜航空隊は混乱。航空隊長が決断した対艦ミサイル投棄の指示はとどかず。紅竜航空隊は重たい対艦ミサイルを装備したまヌナニア側の二足機の襲撃をうけ交戦開始。

 ヌナニア側からの紅龍航空隊の隊長機のコントロール奪取は一瞬だったが、最悪のタイミングだった。


 そして大淀のブリッジは指揮座では、アクセルが哄笑こうしょうしていた。


「はーはははッ! ほーら見てみろ、敵機がゴミのようだ。いや、ゴミだ。てめえは迷ってないですぐに対艦ミサイルなんて捨てるべきだったんだよ。てめえらが生き残れる可能性は万に一つそれだけだった。だいたいが、最初に中途半端に直掩40機を投入した時点で終わってたが、こうすれば一方的な殲滅は回避できたはずだ。無能っては今生の大罪だぜ!」

 

 アクセルは、それだけいうとまた静かになった。

 左右についている国家親衛隊インペリアルはピクリともしない。

 アクセルの意識は、いま、防空護衛艦4隻に飛んでいた。

 防空に特化した護衛艦の優秀な対空火器を逃げ惑う敵へ連射、連射、連射。この連射の合間には移動が挟まれている。なかの少数の乗員達のことなどおかまいなしだ。艦内では悲鳴の連続。アクセルの遠隔操作による操艦は、人が乗っているときには絶対しないような機動の連続だ。


「おい、天儀! 遠隔操作で敵にコントロールを奪われるだなぁ? なら、こすりゃいいよな!」

 と一瞬だけ意識を肉体に戻したアクセルが叫んだ。


 そう。アクセルは4隻の防空護衛艦の乗員をそのままにした。天儀の4隻の乗員を大淀に移せという指示は無視された。

 

 アクセルは戦闘直前に4隻の乗員へ向かって、

「おい、電子戦科はコントロール乗っ取り対策だけに専念しろ。大淀からもバックアップしてやる。全力でやれ。やれなきゃ死ね。その他のやつらは、なにもしないでいい。いや、しっかり体を座席に固定して艦にしがみつくことだけを考えろ。その他への命令は、その一死ぬな。その二負傷するな。以上だぁ」

 という指示をだしてそれっきり。

 

 操艦すらしないでいいという指示に、そのときは全員が半信半疑だったが、いま、4隻に乗っていた少数の乗員達は、完璧にアクセルの言葉の意味を理解していた。4隻の防空護衛艦は、いまや宇宙のジェットコースター。宇宙船では絶対にありえない激しく急な機動の連続だ。


 一方、国軍旗艦の瑞鶴ブリッジでは――。

 総司令官の天儀が、苦い顔で悲嘆していた。


「アクセルめ……。思いっきり俺の指示を無視しやがって」

「なにを今更おっしゃっているんですか天儀総司令。だから自分はいったんです。アクセルはこの任務に適当でないと」


 そう応じた義成は、だから言わんこっちゃないという顔を露骨にして思った。

 ――だからいったのに……。

 もとろんというべきかアクセルの所業は、すべて天儀総司令に筒抜けだ。そりゃあそうだアクセルは隠そうともしないし、天儀総司令は艦隊の責任者として、迎撃の状況を把握しておく必要がある。紅竜航空隊は侮れない戦力だ。アクセルがしくじれば、すぐさま次の手を繰り出す必要があった。

 ただ、天儀総司令も俺も暇じゃない。俺達がアクセルの戦いに気を回せたのは、紅竜航空隊が現れてから。4隻の乗員を大淀に移せ! と厳命したくても、ときすでに遅しだ。


「どういたしますか? どう考えてもアクセルを処分すべきだと思いますが」

「いや、それより4隻の乗員達だ。10倍の戦闘手当と、すぐに特別休暇を与えて後方基地に送る。手続きは義成お前がやってくれ」


「……口止めですか」

 と俺は冷ややかな視線を天儀総司令へ送ったが、天儀総司令は、違う、と短く返してきただけで、ムッと黙り込んだ。俺はこれで天儀総司令は、アクセルを処分する気がない、と確信した。

 

 ――どう考えたってそうだ。

 

 処分する気があるなら真っ先にアクセルへの糾弾を口にして、それから被害者というべき4隻の乗員達への対応を口にしたろう。この人の性格上間違いなくそうだ。

 

 そして、おそらく4隻の乗員を後方基地に送るのも数ヶ月は世間から隔離する気だろう。情報統制のベターな手段だ。初歩的な厭戦気分えんせんきぶん防止のテクニック。前線の敗北を口止めするにもつかわれる。数ヶ月もすれば有耶無耶。状況も変わっているからな。おそらく俺は、軍が持つ特等の厚生福利施設の人数分の予約もやらなければならないだろう。

 

「あと後方に送る前に、4隻の乗員達をVIP待遇で瑞鶴に迎えるからその準備も頼む」

「やはり口止めですね」

「違うといっているだろ!」

「……では広報でも彼らの戦果を大々的に宣伝しましょう。見出しはこうです『遠隔操作の艦の電子防御をつかさどった英雄たち』とね。大いに士気に影響するでしょうね。悪いほうですけど。それでも彼らは、理不尽に死ぬ思いをしたわけですし大々的に称賛しましなければ割に合いません」

「ダメだ」

「これはおかしい。ではなぜ彼らを瑞鶴にVIP待遇で迎えるのですか? この一連の優遇策が口止めでないのなら、彼らの戦果へ対する報奨となります。総司令官による直接の接待なると、軍の広報で扱うべき戦果だと考えますが」

「ねぎらうだけだ。いいからしのごのいわず将官しか利用できない遊興施設イーチケットを全員分用意させろ。食事も一級のものを手配しろ。あと鼓笛隊もだ。食事中に演奏させる」

「やっぱり口止めじゃないですか。あと星系軍では鼓笛隊とはいいません。楽隊です」

「くそ……」


 よほど気まずいのか天儀総司令は、俺のちょっと無礼な物言いにもいい返してこなかった。

 

 そして戦いの様相は追撃戦となった。

 俺は天儀総司令の横でひたすら戦闘記録を取りつづけた。

 なお、不本意だがアクセルが、紅竜航空隊に完璧に対処したことはきちんと記録した。

 

 俺の取った記録はこうだ。

 紅飛竜の艦隊は、右翼から撤退を開始した。それを天儀総司令の指揮するこちらの左翼集団右翼で追撃となったが、そこへ敵の左翼集団が突っ込んできた。撤退の最後尾を守るための殿しんがりというやつだ。だが、敵の左翼集団は天儀総司令の集団と、李飛龍の集団に挟撃される形となり壊滅。さんざんに撃破されていた……。

 

 結局、敵の旗艦である鉄扇羅刹てっせんらせつに最初に取り付いたのはサクシオン航空艦隊だった。鉄腕レティは、評判どおりの勇猛を発揮した。近衛隊長ロイヤルガードの全機が敵艦へ対艦ミサイルを命中させたんだ。これは驚異的な記録だが、敵も必死だった。鉄扇羅刹てっせんらせつは満身創痍になりながらも戦場を離脱した。


「すごい……」

 と記録を取りながら俺は、思わずうめいてしまっていた。

 

 だって、トートゥゾネに俺達が到着したとき、ここのヌナニア軍は負けかけていたんだ。

 もともといた李飛龍艦隊は、廉武忠れんぶちゅうの大攻勢の直後で損耗率55パーセント。一応、飛龍は廉武忠の攻撃を退けたが、被害が大きすぎて勝ったといっていいのかわからない状態だった。

 

 天儀総司令と李飛龍は、合流できたものの敵は依然として優勢。なにせトートゥゾネに敵は、

 ――廉武忠の第一一軍

 ――紅飛竜の第七軍

 という2個艦隊を配置していた。こちらも天儀総司令が率いる総司令部機動部隊サクシオンと李飛龍の艦隊で2個艦隊だが、李飛龍は元の半分。サクシオンは通常の編成でないので、こちらの2つを合わせてやっと敵の1個艦隊という戦力だった。

 

 しかも敵は、こちらの挟撃を狙っていた。ほぼ敗北しか想定されない極めて深刻な状況だったはずだ。

 それがまたたく間に逆転していた。

 

 天儀総司令の采配については様々な分析ができるだろうが、天儀総司令の近くに終始いることになった俺が感じたのは、この人は、

「逆境にこそ恐ろしく男」

 ということだった。


 俺は戦場には稀にこういうタイプがいる、と星系軍士官学校の校長から聞いたことがある。そして校長はこうもいった。

 

 ――こういったタイプを絶対に総司令官してはいけない。

 

 敵にとっても味方にとってもだ。なぜなら敵は逆転され、味方は本来敗北で終わるはずの戦闘を勝つまで継続するはめになるからだ。

 

 勝てるならまだいいが、こういった戦闘の継続は幸福の物語じゃない。結末が必ずしも戦争勝利とはならないのだ。長引いた末負けるということもありうる。しかも、仮に勝っても国民も軍も疲弊しきり、その後の経済は低迷し、疲弊のどん底で多くの国民が貧困に喘ぐことになる。勝っても負けてもいいことは一つとしてない。

 敵にしたって勝てたとしても本来より多くの損害をだすことになる。無駄のきわみだ。

 こんな状況で勝敗がついたところで、その戦争の実態は勝者なき終結。

 

『優秀がゆえに無理がきく。だが、こんなものは勝っても負けても最悪だ。君らはそれをよく心得ておけ』


 俺はそんな言葉を思いだしながら、天儀総司令の姿を見ていた。そして、やっとこの人が周囲の軍人たちから〝人食い鬼〟と、揶揄される意味が理解できた。

 

 ――この世には負けより最悪な勝ちがある。

 

 俺は、そんな気がした。

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