2-(5) ボーダーブレイカー
俺が、花ノ美とアバノアを引き連れて総司令官室に入ると天儀総司令は大歓迎してくれた。敬礼からの形式張った挨拶もそこそこに、天儀総司令自ら、
「君達は紅茶派か? コーヒー派か? 緑茶もあるぞ」
なんて聞いて、そそくさとお茶も準備。恐縮しまくる花ノ美とアバノアをソファーに座らせ、俺には茶菓子をだせと命じて、最後には来客帳を二人に差し出し、二人が記入する様子にご満悦だ。
……見事ミッションクリアー。助かった。これで来客帳に、参月義成、来客理由は暗殺なんてことが書かれることはなくなった。
だが、俺の仕事はまだ終わっていない。俺は、約束は必ず守る男だ。花ノ美を天儀総司令に紹介する必要がある。それも天儀総司令が、花ノ美に好印象を持つように。
だが、こいつのいいところなんて、俺からすれば見てくれぐらいで、見てくれは見ればわかるのであえて口にすることもないだろう。それに見た目を褒めれば、天儀総司令の性格上、
「お前は俺に愛人でも紹介しているのか?」
と怒りだしかねない気もする。相手の心情を読むのは特殊工作員としてのスキルの一つだ。これぐらい予想するのは容易い。
ソファーには、花ノ美とアバノアが隣り合って座り、ローテーブルを挟んだ向かいに俺と天儀総司令が座って向かい合う形だ。花ノ美が、チラチラと俺を見てくる。
――早くしろ紹介しろということか。
わからんでもない。だが、こいつのいいところとなると難しい。なにせ俺は、ヌナニア星系軍士官学校時代に花ノ美とは、散々対立したのでまったくいい印象がない。
……俺から見ても、客観的にも花ノ美のいいところ。……うむ、ないな。こいつにはまったくない。いや、まて、もっと客観的に考えるんだ。こいつは周囲からどう見られていたか……。
教官や学友達の評価は、無茶もするが困っている人間を見ると放っておけない。無茶もするが、リーダーシップもあり頼りがいがある。学級員長向きだが、いざ任せるとおっかない。正義感も強い。まあ俺からいわせれば花ノ美の正義なんてのは、独尊的で独りよがりものばかりだがな。だから、こいつはよく対立したんだ……。
俺は決心し咳払いして、紹介を開始することにした。天儀総司令からも、義成早くしろよという圧があったからな。なぜか俺は、この場の司会進行役になっているようだ。
「花ノ美大尉(一等)は、アヘッドセブン序列三位でライトニングタイガーと呼ばれてクラスメイトからは慕われていました」
花ノ美が、俺の言葉に合わせて会釈した。その表情は硬い。憧れの人を目の前に、まだ緊張しているようだ。
「そして彼女がアバノア大尉(二等)です。アヘッドセブン序列四位。彼女は、飛び級で二期生に入っているといえばその優秀さがおわかりいただけるでしょうか」
アバノアは、まったく緊張とは無縁のようで、
「義成ぃ貴賓あるという言葉が抜けていますの。わたくしは、このたび花ノ美お姉さまお供として参上しました。総司令官さまに置かれましてはご機嫌麗しいようで、こうして歓迎して頂けたことを、お姉さま共々嬉しく思っております」
なんていってから紅茶をすすった。なお、アバノアの家柄は、とくに良いわけじゃない。こいつの変な喋りかたの理由は謎だ。いや、上流階級への憧れの産物。お嬢様学校とか高級な社交界に憧れているんだろう。
なお、括弧づけで一等とか二等とかついているが、いまどきの超大国星系軍では士官クラス以上の階級でも四等級分けされている。はなにせ一千万規模。しかも宇宙では士官クラスでないとできない作業も多い。士官クラスが大量に必要だが、同ランクが多ければ指揮系統がややこしくなる。この問題を解消するための等級分けしたんだ。表にするとこんな感じだな。
「アヘッドセブンとはクラスヘッドとは違うのか?」
と天儀総司令が、問いかけてきた。アヘッドセブンという称号の存在は通常の士官学校とはだいぶ違うからな。
「ええ、クラスのまとめ役のクラスヘッドとは違います。全員にその資質があるという意味合いは含まれていますが、クラスヘッドは別にいました。ですが、講義によってはグループワークがあります。そんなときに花ノ美は必ずリーダーです。彼女の統率力は、二期生の誰もが認めるところでした」
この紹介に、花ノ美はご満悦だ。
「いやー、そんなこともあるんですけどね。義成ったら褒めちゃって嫌いやねー。照れるじゃない。何にもでないわよ?」
白々しいなこいつ。しかもこういう場合は、そんなことないっていうんだろ。少しは謙遜しろ。が、俺もこいつのいいところをやっと思いだしたぞ。こいつの才能は、唯一無二の強さだ。個人戦も集団戦も滅法強い。その特別な強さを強調してやればいいんだ。
「天儀総司令は、ボーダーブレイク研究というのをご存知ですか?」
「確かボーダーブレイクとは、神域学のことだな。人間には認知し得ないものや、認知が難しいものを見つけたり研究する学問だ。見えないものの境界線をこえるという意味で、ボーダーブレイク。名前こそ神秘的だが、やってることは最先端科学だ」
「さすがは博識でいらっしゃる。その神域学(ボーダー・サイエンス)を現実の世界で応用するのが、神域工学(ボーダーブレイク・エンジニアリング)。神域工学を人間に適用させることを試みているのが、ボーダーブレイク研究です。人体の限界突破の研究ともいえます」
俺は饒舌となっていた。いま、俺が話していることはトップクラスの軍事機密だ。それもウルトラシークレット級の。
軍のボーダーブレイク研究は、ヌナニア星系軍士官学校では公然の秘密状態だったが、世間的にはまったくしられていない最先端の研究だ。俺はこれを調べ上げるだけの能力のある自分を、天儀総司令に売り込みたかっただけなのかもしれない。だが、これをいえば花ノ美が、如何に優位な人材で、軍人としても稀有かをすぐに認識できると思った。天儀総司令好みの強い軍人というのが、たちどころに理解できる。
「ヌナニア星系士官学校二期生には、ヌナニア全土から選りすぐりの人材が集められました。それこそ本来軍人には勿体ないような人材まで。そんな選りすぐりの人材達を、他の分野も放っておきません。神域工学の研究チームが、軍に声をかけたんです。軍もさらなる優秀な人材を望んでいる。両者の利害は一致したわけです」
場の空気が気まずいものになっていることに、とくに花ノ美とアバノアの表情がかんばしくないことに俺は気づかずに話を続けた。
「莫大な予算をかけ人為的に、人間の限界を突破させる価値ある特別な人材というのが、花ノ美やアバノアであり、アヘッドセブンは、まさに選ばれた七人です」
いい終えた俺はやっと花ノ美の表情が真っ青で、アバノアの顔がゲンナリしたものになっていることに気づいたのだが、最早手遅れだ。
「はぁー。義成ぃ。バカだアホだとはわかっていたことですけれど、女性を男性に紹介するのにボーダーブレイク研究の被検体ですとは呆れますの。あなたね。彼女はとっても強いバイオソルジャーですとか、優秀なモルモットです、なんて紹介されて喜ぶ女がいると思っているなら生まれるところからやり直したほうが、世のため人のためというものなのですがァ」
……うっ。一理ある。いや、アバノアのいったことは、百万理ぐらいありそうな正論だ。バイオソルジャー。ヌナニア星系軍では、人工的に能力を強化された兵士をこう呼んでいる。健康な人間の腕を兵器に付け替えるというようなものまであるので、倫理スレスレというか、軍内でも定期的にバイオソルジャーは問題になる。だが、必要だからしょうがないで、存在しているのがバイオソルジャーだ。
「ち、違う。俺は、花ノ美がどれだけすぐれた人材かを天儀総司令にわかってもらいたくてッ!」
俺は、恐る恐る花ノ美を見た。花ノ美は怒り心頭という表情だ。
「あんたねぇ……」
と腹の底からでたような声に、怒りを特盛、いや百盛りぐらいにした表情で俺を睨みつけている。
――やばい殺される。
しかも、こちらに非があるだけに正当防衛といっての反撃も気が引ける。そもそもこいつは、これでも女。俺は、絶対に女性には手をあげない。つまり、花ノ美が怒ると、俺は一方的にボコボコにされるのを耐えるだけになる。
まずいな。人によってバイオソルジャーは、非自然的で差別の対象だったりもする。天儀総司令が、エコロジストでとても倫理観にうるさいヒューマニズムの持ち主だったら……。花ノ美お前は嫌われたな。本当にスマン。




