2-(4) 神域工学
息も絶え絶えの俺が目の端で捉えたのは、最初にアクセルが、俺を狙って放ったとおもわれる大きめのビー玉のようなものだ。青い半透明の球体が、光の軌跡を描いてアクセルへ一直線。
――これは当たる!
青い半透明の球体は、間違いなくアクセルの横っ面に強烈に突き刺さり、アクセルは盛大に吹き飛ぶだろう。俺も巻き添えを食らうかもしれないが、それでもザマアみろだ。だが、アクセルは寸前のところで緊急回避。青い半透明の球体は、通路の奥へと消えた。
俺の頭は、アクセルの手から開放され。俺の顔面はドシャリと落ちふたたび床を舐めた。
「避けんじゃないわよアクセル」
「花ノ美てめえェ……」
「そのビー玉みたいのあんた投げたんでしょ。しっかり顔面で受け取りなさいよ。危うく私の顔にヒットするとこだったのよ」
なんのことはない。俺が歩いていた通路のさきには、花ノ美が居たらしい。
俺が青い半透明の球体を回避したことで、俺のさきを歩いていた花ノ美へ向かって飛んでいったのだ。
そして花ノ美が居るということは、当然として……。
「金属でもガラスでもない……新素材? とっても綺麗な青い珠。一体何ですのこれ」
アバノアが、青い半透明の球体を指先でつまんでかかげ、ライトの光に当てて眺めながらいった。花ノ美の横には、付属品のようにアバノアが居るものなのだ。そして不思議なことに通路の奥へと消えたはずの青い半透明の球体は、いま、アバノアの手にあった。
バイオソルジャーとうものがある。その定義は色々あるが、ヌナニア軍では、代替技術、薬物投与、ブレイン・マシン・インターフェース、遺伝子操作などの人工的な技術で、人間の能力を強化した兵士をこう呼んでいる。代替技術とは、義手とか義足、人工臓器とかだな。
アクセルが異常に速いのも。アバノアの手に消えたはずの青い半透明の球体があるのも恐らくこれが理由だ。もちろん花ノ美にもそういった謎の能力がある。
なんのことはない。アクセルのいったとおり、アヘッドセブンはたしかにその他四十名とは別格だ。アヘッドセブンは、成績が優秀なだけではない。称号が与えられた七名には、それぞれ説明不能な特殊能力があった。
――神域工学
と呼ばれるその能力の正体は不明だ。軍事機密というのもあるが、人間には探知し得ない特殊なスキルといい換えたほうがいいあろう。こいつらは、いまみたいにとくに隠し立てすることなく、こうして平気でつかっているからな。もちろん自分の能力がなにかべらべら喋ったりはしないが。
仮に神がいて奇跡や神技というものがあるのなら、人間はそれを認識できるのか? という問題だ。人は神が目の前にいても認識できないのではないのか。なにせ相手は神だ。神を認識できるのは特別な存在のみ。
こうした高次元研究は、古くはオカルトだったが、最近では人間の認知できる外にある世界を神域(アウト・オブ・ボーダー・エリア)と呼び、それを研究する学問は神域学(ボーダー・サイエンス)と呼ばれている。
つまりアクセルや花ノ美、アバノアなどのアヘッドセブンがつかう神域工学技のスキルは、認識できないスキル。いや、知る人にしか認識できないスキルといっていいかもしれない。格闘技の投げ技も素人から見れば、摩訶不思議な魔法のように見えるしな。
「アクセルあんたまた義成をいたぶってるわけ。飽きないやつね。他にやることないわけ」
「花ノ美お姉さま。アクセルは弱い者いじめが趣味のミミッチィ男ですのー。こいつと関わるのは時間の浪費のさいたるですの」
「アァ? やんのかメスども」
とアクセルは黒々とした雰囲気をだし一触即の状況だ。たが、そこにピロピロ、ピローンというメッセージの着信音。随分と可愛らしいその音は、この場にいる全員の興をそぐには十分な間の抜けた音だった。
「ちょっと興醒めじゃない。誰の端末よ」
「わたくしと花ノ美お姉さまではないですわね。そうなると義成ぃあなたですの?」
アバノアに問われた俺は、いくぶんかダメージも回復し通路の壁にもたれかかって座っている状態。俺にもアヘッドセブンほどではないが、ちょっとした特別な能力があった。傷の回復や体力の回復が早いのだ。過信できる能力ではないが、やはり格闘戦などは優位だろう。
「俺じゃない」
と答えた俺の口の中の血はもう止まっていた。
そして俺達でないとなると残りは……。俺と花ノ美、アバノアが同時にアクセルを見た。
アクセルといえば、俺達など眼中になし。自身の携帯端末を取りだし画面を見て舌打ち。
「お前ら命拾いしたな。死刑の決行は先送りだァ」
そういってアクセルは、俺達に背を向けてしまった。
忌々しく傲慢なアクセルの態度。だが、かましい花ノ美もアバノアも剣呑な表情でアクセルを見送るだけだ。当然だろう。悪いが俺の予想では、花ノ美とアバノアでは二人がかりでもアクセルに勝てない。窮地に追い込むことが精々のはずだ。それほどアクセルの能力はアヘッドセブンのなかでも超越している。
俺も情けないが正直ホッとした。このまま戦いを継続して、勝てる未来が見えない。ボコられて病院船送りはごめんだ。が、俺は花ノ美の不遜さを舐めていた。この女の辞書に自重とか自粛という言葉はない。さすがは歩く人災花ノ美・タイガーベル。
「ちょっとアクセル」
と、こちらは歩く天災アクセル・スレッドバーンを呼びとめた。もちろん声をかけられ振り返ったアクセルは、殺すモードだ。去った一難を呼び戻す。それが花ノ美だった。俺はすっかり忘れていた。
「あんた私の妹とどんな関係なわけ」
「ハァ?」
「さっき不奈津姫かからアッくんは友達いないから友達になってあげてメッセージきたんだけど、アッくんとやらが誰か確かめてみたらアンタのことじゃない。妹からあだ名で呼ばれてるってどういうわけよ」
「わたくしのところにも不奈津姫ちゃんから同じメッセージがとどきましたの。まあ、正確な内容は、アバノアさんは同期生だしアクセルさんと友達だよね? と聞かれたのでNOとお答えしたところ、なら友達になってあげてという流れでしたけど」
アクセルが露骨に動揺した。呼びとめられたときの本気の殺すぞという雰囲気が一瞬で霧散し、心なしか顔も赤いぞ。マジか。そんなときに俺の端末がブルブル震えた。俺が自身の端末を取りだして見てみるとそこには……。
不奈津姫:おはようおはよう! お久だよ!
不奈津姫:そっちでアクセル・スレッドバーンが暴れてない?
不奈津姫:わたしは彼が上官にバイオレンスしてないかとても心配なお年頃なのです。
不奈津姫:やらかさないように、どうかどうか彼を見張って欲しいんです。
不奈津姫:義成さんが一番マトモで頼りになると思ってお願いするのです。
不奈津姫・タイガーベル。花ノ美の妹だ。ヌナニア星系軍士官学校の三期生。つまり俺の後輩だな。……とにかく、まったく状況は不明だが、これは面白そうだ。フフ。
俺は、かなりダメージも回復したこともあり立ち上がって、無言でこの画面をアクセルに突きつけてやった。アクセルの顔が真っ赤になった。俺の初めて見る表情だ。なんだこれ面白いぞ。が、その瞬間、俺の端末を持った手はアクセルの力いっぱい叩かれ、俺の端末は床へと落下。床に激突する同時にアクセルが力いっぱい踏みつけグシャリ。
「ちょ!? オィイイイ!」
「調子のるなよサルがッ。クソ雑魚四十七番!」
アクセルはそういうと今度こそ立ち去った。哀れ俺の携帯端末は粉々だ。くそ、データはバックアップしてあるし、使いやすくカスタマイズしたインターフェイスもそこから読み込めばいいだけだが、やっぱり新しい端末をもらって設定する作業は面倒くさい。
「はぁ。義成あんたアクセルとやり合うだなんて自殺願望があったのね。しらなかったわー。一般人のあんたが、アクセルに手をだしたら本気で死ぬわよ?」
「うるさい花ノ美。お前らこそ何している。今日お前らは瑞鶴の参謀企画室で勉強会だろ」
「あと二時間もあとの話よそれ。当日に他の艦からくる人達もいるからね」
「にしたって、こっちには高官の居住エリアしかない。暇をつぶしたいなら別の場所に行くんだな。幸い瑞鶴は、娯楽施設も他の艦よりは充実しているぞ。年頃の乙女が楽しみたいことでもやってこい。全然お前には似合わないとは思うがな」
だが、俺の憎まれ口に普段は、有形力か言葉で反撃してくる花ノ美が急に黙り込み。ジロジロと俺を値踏みするように見てきた。こいつは、容姿だけは美人の部類なので、見つめられると書けばロマンチックだろうが、俺はこいつの本性が邪神だとしっている。女神とは程遠いい女だ。
「なんだ気色悪い。だが、俺は生憎お前みたいな女は好みじゃない」
二度目の憎まれ口。だが、やはり花ノ美からは手も足も、そして言葉もなかった。なにかいいたそうであり、だが、それは言葉での反撃でもなさそう。なんだこれは……。困惑する俺に、アバノアが口を開いた。
「義成ぃ。わたくしたちは、総司令官さまに挨拶にいく途中ですの」
「ああ、なるほど。なら居住エリアにきたのも納得できるな。そういえばお前達は、いまのヌナニア軍にはめずらしく天儀総司令支持だったな」
「義成ぃ。お前らではありませんの。あくまで花ノ美お姉さまだけ。わたくしは、天儀なんてどーでもいいですのォー」
「だが、花ノ美が支持ならアバノアお前も支持のようなものだ」
「ハァ……。その点を突かれると痛いところですの。で、花ノ美お姉さまどうするんです。今日は、いえ、今日こそは天儀総司令に挨拶なさいますか」
「今日こそだと?」
「ええ、瑞鶴に入ってから毎日。花ノ美お姉さまはここまできては引き返し、いったりきたりのエンドレス・ワルツの真っ最中。理由はお察しくださいですの。なお、それに付き合うわたくしもエンドレスな状態といった状況も合わせてお察しくだされば幸いですの」
ああ、なるほどな。簡単にいってしまえば花ノ美は、天儀総司令のファン。憧れの人に会うのに、無駄に気恥ずかしさを発揮し躊躇してしまっているのだろう。まあ、その躊躇の内容が乙女心的な純真さか、出世欲と立場を利用してお近づきになりたいという下心バリバリのゲスさのどちらかはしらんがな……。とにかく恥ずかしがってなかなか総司令官室の扉をノックできないのだろう。バカらしい。…………いや、待て。これは仕えるんじゃないのか。
「だって、天儀総司令って総司令官よ? 当たり前だけど忙しいでしょ。変なタイミングで、顔だしておじゃましちゃったらどうするわけ。印象悪いじゃない。それに先客いたりしたら嫌だしさ。ヌナニア星系軍の総司令官。着任祝に問者は、引きも切らない状態に決まってる。きっとまだ混んでいると思うのよね。なんていうか大勢と同席より、できれば二人きりで会いたいじゃない」
恋? とはこれほど人を盲目にするものなのか。この通路の閑散たる状況を見れば、総司令官が来客でごった返しているなど考えられわけがない。相変わらずこいつは、変な思い込みばかりが先行する残念な女だな。が、今回はそれが利用できそうだ。
「はぁ。毎日、いまの調子ですの」
「わかった任せろアバノア」
「ほう。ヘタレの義成ぃが任せろときた?」
「ああ、俺はこう見えて天儀総司令側近だ。俺が紹介してやる。それなら不躾なタイミングで訪問してしまい心象を損ねることもない」
「たしかに一理ありますの」
が、花ノ美は難しい表情で俺を睨んでいる。
「花ノ美お姉さま?」
「アバノア」
「はいですの」
「ヌナニア星系軍士官学校時代の私って、かなり義成のこと虐めたわよね?」
「はいですのお姉さま」
すました顔で、はい、じゃないが? アバノアお前も花ノ美と一緒になって俺をしいたげてたじゃないか……。
「ねえ、そんな私をこいつが素直に天儀総司令に紹介してくれると思える?」
「つまり、お姉さまは、義成ぃが総司令官さまに前でなにか恥をかかせようと策略していないか心配というわけですか。どうですの義成ぃ」
ま、もっともな心配だが、心外でもある。俺は、毅然として答えることにした。
「お前らは、俺がそういう底意地悪いことが嫌いだとしっているだろ。安心しろ花ノ美。天儀総司令には、ちゃんとお前の心象を良くなるように紹介してやる」
はっきりいって、ヌナニア星系軍士官学校のこいつらの俺の扱いは、いまでも腹立たしいところはある。だが、それだからこそ俺はフェアに接する。自分がされて嫌だったことを他人にするな。三歳の子供だってしっている。俺だって軍人だし戦いなら別だ。だが、花ノ美とは同じ国の同じ軍隊の、しかも同期生だ。
「そういえば義成ぃは、正義心を無駄に有り余らせている男でしたの。ま、信用してよろしいかと思いますお姉さま」
アバノアは、すぐに納得したが、花ノ美は疑り深い。
「本当に?」
「きちんと紹介してやる。お前のいいところだけをな。お前のよさなんて見てくれ以外は、猫の額ほどしかないが頑張って誇張してやる」
「……疑わしいわね」
くそ、提案したら二つ返事で了解してもらえると思っていたのだが、案外面倒くさい性格だな。まあ、だが士官学校時代のこいつの俺への所業を思い返してみれば納得もできる。急に後ろからドブに蹴り落とされるなんて序の口だ。
士官学校での道具はすべてが配給品。制服だけでなく、座学で使う文房具から日用品まで。下着や靴もそうだ。当然、全て税金で、なくすと教官から大目玉だ。でも、靴下とかは気をつけてもなくなってるんだよな。
で、花ノ美はそそっかしいからよくなくしていた。いや、こいつは見てくれはいいから男子に地味に人気があった。流石に下着まで盗む猛者はいなかったが、タオルぐらいならかっぱらってくやつがいた。憧れの女子の花ノ美さんが使用した文房具なんて男子の間でもてはやされていた。で、花ノ美といえば日用品を紛失すると、俺の日用品を持ってくんだ。例えばタルトとか。俺はといえば、タオルを使おうと思ったらなくて困るなんてことじゃすまない。週に一回荷物検査がある。俺はそこで教官に、花ノ美にもってかれた備品がないことで怒鳴りつけられ、ときには殴られるわけだ。
だが、俺は盗まれたとはいわない。管理不行き届きで、盗まれたほうが悪いとばかりにさらに怒れるのもあるし、女子を売るような真似を真の男はしないと無駄に正義漢ぶっていたからだ。いま思えば若干愚かな気もするが、それでもやっぱりダメだ。
とにかく花ノ美からすれば俺を疑う理由は一応あるのだ。
……だが、俺も花ノ美に引き返されたら困る。誰かを総司令官室に来客させる必要がある。こうなったらしょうがない。
「花ノ美よく考えてみろ。お前の憧れの総司令官が、俺ごときの讒言を信じるのか。お前は俺ごときに足を引っ張られて恥をかく程度の女なのか」
「う、うーむ。たしかにそうね。それに天儀総司令は人格者だから、仮にあんたがどんなに足を引っ張ろうと私の良さを見抜いてくれるはずよね」
マジか。天儀総司令が人格者だと……。アバタもエクボとはいうが、人の印象とは見る人によってこうも違うものなのか……。
「それにこれは俺の個人的見解だが、あの人はお前に好印象を持っているぞ」
まったくのデタラメだが、もうひと押しに思えたのでいった。花ノ美は、明らかに総司令官室へ行く方向で迷っているのは間違いない。証拠に、俺の言葉を聞いた途端に、眉間にシワを寄せ俺を疑わしく見ていた花ノ美の表情がかんばしいものへと変わっていた。
「それに天儀総司令は、お前の書いた戦術論文に興味有りといってたじゃないか」
「ハッ。そういえばそうだったわね。最初の通信でいわれた。きみの書いた戦術論文は私好みだって」
「だろ? 幸いにも、いま、天儀総司令は時間がある。いつも忙しいはずなのに、どうしてかいまは時間がある。良いタイミングだ。俺は、彼の側近でスケジュール管理もしているからわかる。いまが最高のタイミングだ」
花ノ美が決断した表情になった。俺は、
「天儀総司令は、お忙しい。これを逃したらしばらく挨拶なんてできないぞ」
とダメ押し。あとは簡単。俺は、花ノ美とアバノアを従えるように総司令官室へ向かった。
ふふやったぜ。これでミッションクリアー。なにせ天儀総司令が、俺にだした条件は俺と同等以上の来客者。黄金の二期生で、アヘッドセブンの花ノ美とアバノアなら申し分ない。




