2-(6) レジサイド
室内がとても気まずい空気になるなか天儀総司令が一笑した。そして、
「はは、バイオソルジャーか。俺もそうだぜ?」
といった。その言葉も雰囲気も気軽だ。俺達が驚くなか天儀総司令は、言葉を継いだ。
「だって俺達は皆そうだろ。いまどき宇宙にでるのに、遺伝子操作の注射をうけないやつがいるのか? いないだろ。俺達はこうして、宇宙に存在するだけで人為的産物に成り下がってんだよ。その程度の軽重なんて些末な問題だ」
たしかにそうだった。そもそも論として、はっきりいって、いまの時代バイオソルジャーとそれ以外の定義と境界線は曖昧だ。なぜなら、いまは宇宙にでるときには、天儀総司令のいったように、誰でも有害な宇宙線に耐性を得るために、遺伝子調整の注射をうけるからだ。
つまり広い意味で捉えると、星系軍人というのは全員バイオソルジャーになってしまう。いや、アレルギーや疾患の治療で、遺伝子のオン・オフの切り替えのための遺伝子注射は多くの人間がうけている。特定伝染病の予防注射まで含めれば、いまの時代手に武器を持って宇宙に立てば、誰もがバイオソルジャーなのかもしれない。
「天儀総司令。やっぱり思っていたとおりの立派な将軍です。私とても感激しました。義成が調子に乗ってペラペラ話し始めたとき私は地獄のそこにいる気分。だって天儀総司令に嫌われたらどうしようって……」
「はは、そうか。義成は、全然私を尊敬してくれないがな」
「義成は、上っ面しか見ませんから。行動の裏で、人がなにを考えているか思いもしないやつですからね。正義感が強いってのは、好感を持ちますけど、それだけです」
花ノ美のいいぶりはあんまりだ。俺は思わず、
「おい。本人の前で、いい過ぎだろ!」
と口を挟んだが、これは結局、花ノ美のさらなる反撃を生む結果となった。
「あんた昔、入学式のときに初めてあった私を、化け物とかサイボーグ女っていったでしょ。私すごく傷ついたんだからね」
……いった気がする。くそ、それを根に持って、ヌナニア星系軍士官学校時代の仕打ちなのか? だが、それなら根暗すぎだろ。どんだけ恨みに思ってるんだよ。
だが、場の空気は、いや、俺にむけられる視線は冷たい。天儀総司令も、お前それはないだろ、という顔で俺を見ている。くそ……。若気の至り。失言だった。だが、あれは花ノ美とアバノアが俺にいいがかりをつけてきたのが原因だったはずだ。が、場はそんな言い訳も許されない空気だ。
――義成。
と天儀総司令が、重い口調で俺を呼びかけてきた。その顔は真剣そのもの。俺は、怒られる、と瞬間的に身構えた。
「言葉も暴力のうちだ。心得ておけ」
俺は、はい! と明朗な返事。天儀総司令は、俺の真剣は返事に納得したのかすぐに花ノ美のほうを向いて……。
「花ノ美。義成は君に無礼をしたが、私の顔に免じて許してやってくれないか。過去のものも含めこいつの失言は、直接の上司である私から詫たい。すまなかった」
といって花ノ美へ頭をさげた。
俺は、自分を恥じた。ライバル心か嫉妬か、とにかく俺は花ノ美へ素直謝ろうなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。いや、少し悪いことをしたと感じていただけに、よけい謝るのがしゃくだった。それが、天儀総司令は素直に頭をさげた。こんなちっぽけな俺のために……。
思いもしない事態だったのは、俺だけでなく花ノ美やアバノアもだったようだ。とくに花ノ美は、慌てて、いいんですよ、と両手振るジェスチャーつきで大慌てだ。
「それに昔のことですから。天儀総司令にこんなことされて私どうしたらいいか。ちょっと義成あんたもなんか言いなさいよ」
「天儀総司令。顔をおあげください。俺はどうしたらいいか……」
天儀総司令が顔をあげた。そのとき俺をチラリと見た。
――貸しということか。
なにか悪魔との契約的な不吉さを感じるが、俺は天儀総司令が頭をさげてくれたことに猛烈に感動した自分がいたのは否定し難い。それは花ノ美も同じようで、花ノ美の天儀総司令へ向ける眼差しは輝いている。尊敬の念の量が倍増だなこりゃ。なんてキラキラキラした目で見てるんだ。こっちが恥ずかしいぐらいだ。が、この状況に、とくに花ノ美の様子に納得いかないやつがこの部屋には一人いた。
「大団円。めでたしめでたし、という感じですけれど、わたくしは、全然、納得いきませんのー」
「ちょっとアバノア失礼よ。なにが不満なのよ」
「ええ、不満。大不満ですの。いまの状態は、わたくしにとって捨てておけません。だって、花ノ美お姉さまはわたくしの想い人。それがどうして、いま、花ノ美が総司令官さまへ向ける視線は熱烈そのもの求愛の視線!」
「ちょっと! アンタなにいいだすの!?」
「いま、このアバノア・S・ジャサク確信しました。総司令官さまは、わたくしの恋のライバル。敵です!」
そうだ。アバノアは、バカだった。まあいい。放置しよう。俺の任務は、天儀総司令の花ノ美の印象をよいものとすることだ。この際その他は放置だ。アバノアのバカに引っ張られて花ノ美の印象がさがろうが、それは俺の責任じゃないしな。
「花ノ美お姉さま。騙されてはいけません。この男は尊敬に値しない軍人。人食い鬼ですの」
「だから、それは人によって見方が違うだけよ」
「いいえ! わたくし、いまからそれを証明してみせますので、見ていてください」
天儀総司令といえば、状況をうかがっている顔だ。いや、楽しんでいる。そりゃあ面白いだろうが、なかなか寛大な人だ。いまの時代、縦の関係を軽視しがちといってもアバノア態度は論外だ。
花ノ美が、アバノアをたしなめるようとひと悶着するなか、天儀総司令といえば俺の肩に手を回し、俺を自分のほうへ引き寄せて、
『義成、俺には悪行の数々が山ほどある。彼女はどれを言ってくるか見ものだぞ』
と耳打ちしてきた。天儀総司令あなたって人は……。本当に楽しんでいるんですね……。
ついにアバノアの攻撃ならぬ口撃が開始された。アバノアの戦術は巧みだった。単純な天儀総司令の評判への攻撃ではなく、その軍人としての実力を確かめるようなものだった。戦況についての厳しい指摘から始まったそれは、無礼だが、なかなか的を得たものだったが、天儀総司令もさしたるものでサラリと抗弁し、すべての攻撃をかわしてしまっていた。ついに、アバノアは顔真っ赤にし、
――グヌヌ!
という悲鳴をあげた。花ノ美が、
「ほら、もうそこらへんにしときなさいよ。私も一緒にごめんなさいしてあげるから。あんたの負けよ。あとね。私のあんたへの高感度はだださがりよ。これ以上私が、あんたに幻滅する前に降伏しなさいって」
といったが、アバノアは引き下がらない。むしろ覚悟を決めた顔となった。
――人格攻撃を開始するな。
と俺は確信した。自分の品位も落ちるが、アバノアの言葉で天儀総司令が怒りまくれば、花ノ美の天儀総司令へのイメージも間違いなくさがる。まさに肉を切らせて骨を断つ。いや、この場合は、花ノ美のアバノアへのイメージも確実に死ぬので、骨を断たせて、肉を切るというような自爆な気もするが、とにかく天儀総司令のイメージはさがる。
アバノアは、止めにかかってくる花ノ美の手を振り払い、
「でも、お姉さま。この方は皇族殺しですのよ?」
と冷えた視線とともに、冷えた台詞を吐いた。
アバノアの吐いた台詞で、場が凍りついた。まあ、固まっているのは俺と花ノ美だがな。俺は天儀総司令の表情がどんなものか確認するのすら恐ろしい。
――皇族殺し。
グランダの天儀は、帝位を簒奪しようとした大皇族を暗殺、いや、騙し討ちして皇帝の寵を得たと噂されていた。もちろんこれは、この時代でもベクトルの違う中傷だ。例えば親殺しとか、マザーファッカーとか本人の目の前で罵倒するような感覚だろう。とにかく振り切れた攻撃には違いない。
だが、天儀総司令は平然としていた。いや、やはり俺はその心中がうかがいしれない。冷静な顔のしたで怒り心頭ということもありうる。
「ほう。アバノアはよくしっているな。そこを突いてくるか」
「ちょっと呼び捨てはやめてくださらないかしら。わたくしは、星系軍の統合参謀本部の二等大尉ですの。それにわたくしを呼び捨てにしていい殿方は、運命の人だけ。運命の人は花ノ美お姉さま。つまりわたくしを呼び捨てにしていい男はいない、それに……」
アバノアが、なにかブツブツいい始めた。しかし、しらなかった。アバノアは、そんな自分ルールを持っていたんだな。だが、俺も学友も散々この語尾ですの女を呼び捨てにしていて、いまも呼び捨てだ。……俺達は、アバノアにとって男としてカウントされていない。いや、人間としてカウントされていないのか? まあ、そんなところだろう。アバノアには、人を値踏みして切って捨てるようなゲスさがある。
「おい義成。経歴抹殺刑で、私の経歴は消え去っているはずだが、この件についてはどれほど有名なんだ?」
ちょっと天儀総司令、俺を巻き込むのはやめてください……。この問題はデリケートすぎる。どう答えてもアウトになりうる。セーフが見えない。
「えっと……。そうですね。経歴抹殺刑は、人の記憶まで消せません。失礼を承知で申しあげますが、天儀総司令はヌナニア軍しかしらない下士官の間では無名です。ですが、そもそも下っ端は、軍のお偉方の顔と名前を正確にはしりません。彼らの軍幹部の認識は、総司令官とそれ以外です。そう考えれば、ヌナニア星系軍内でこのことを問題視する人数は少ないはずです」
が、俺の婉曲な応答を、天儀総司令は許してくれるほど甘くはなかった。
「そういうことを聞いているんじゃない」
「……すみません。軍内で天儀総司令についての噂は色々ありますが、この件については興味のある人間は知っている程度でしょう」
「ま、有名か。仕方ないわな」
「そんな平然といって。これは醜聞ですよ……。総司令官として大問題です」
いった俺は、自らの失言に気づいてハッとしたが、すでに遅かった。天儀総司令が、
「醜聞か」
といって俺を見ていった。怖い目の色だ。なにを考えているかわからない。
俺が気圧されるなか天儀総司令は、アバノアと花ノ美を見た。アバノアは睨み返して、花ノ美は気まずそうに引きつった愛想笑いだ。そんな二人へ天儀総司令が発した。
「だが、俺はもう一度あの状況になったら同じことをする。皇族殺しの汚名を帯びることになるとわかっていても絶対にやる。絶対にだ」
これで、この話は終わった。天儀総司令は、アバノアの言葉をまったく気にしていなかった。だが、このあと天儀総司令は、アバノアを肩書つきで呼ぶことは絶対になかった。
「ところで君達は、瑞鶴で開催される勉強会のためにここにきたと聞いたが」
と天儀総司令が、花ノ美に笑顔で問いかけた。
「ええ、はい。そうです。戦時中こそ認識共有のための勉強会って多いんですよね。統合参謀本部の若手は、戦訓を少しでも早く現場に反映するために連日大忙しなんです」
「実戦ほど良いデータが獲られる場所はないからな」
「はい。さすがですね。まさにそのとおりなんです」
「で、今日は具体的にはなにをやるんだ?」
天儀総司令の問に、花ノ美が不敵に笑いつつ、
「ミカヅチゲームです」
と答えた。軍の戦術勉強会で、ゲームとはこれ如何にというものだが、天儀総司令もそこのところは承知していた。
「ミカヅチというと、あの未来型AIか」
「そうです。天儀総司令の前の私達の総司令官だったミカヅチ・システムです」
「そうだ。そいつが放り出したから私がここに居る」
「私としては願ったり叶ったりですけどね。そのおかげで、こうして天儀総司令・に会えたんですから。で、その未来型AIミカヅチは、戦況予報やスコアリングにも当然すぐれています。ミカヅチは、戦争指揮こそ降りたものの、いまでも戦況予報の作成とスコアリングの任務は継続中です」
「ああ、精度が高くて総司令部としてあれは役立っている。で、そのミカヅチゲームとは?」
「はい。ミカヅチは、超高度な戦争シミュレーターとしてもつかえるんです。それも手軽なゲーム感覚で。訓練で正式採用されている戦闘機のシミュレーターは数多いですが、戦争全体となると、いまだに娯楽の世界です」
「戦争全体となると政治が絡むからな。戦場の数字を見ているだけでは、結果は見えこないのだろう」
「ええ、そのとおりですね。それが、そこは未来型AIミカヅチ。ミカヅチゲームは、いわば誰でもヌナニア星系軍の総司令官となって、戦争シミュレーションが体験できちゃうんです」
「ほう。それは面白いな」
「ええ、面白いです。けれど問題があります」
「問題だと。ミカヅチに不具合でもあるのか?」
「いいえ、そうじゃありませんミカヅチはむしろ絶好調。なんで戦争の指揮を降りたかっていうぐらいに憎たらしいぐらい強い」
「ほう?」
「天儀総司令。いまだにミカヅチと戦って勝てたヌナニア星系軍人はいません」
花ノ美が、やはり不敵に笑っていった。が、この問題は、けして口角に笑みをたたえて言えるような問題じゃない。つまり、誰もミカヅチに勝てないということは、ミカヅチより優秀なヌナニア星系軍人は存在しないというきわめて面白くない事態の証明でしかない上に……。
「なお、ミカヅチの担当は太聖銀河帝国ですの。プレイヤーがヌナニア軍を動かす役割……」
このアバノアの補足するところは絶望的だ。これ以上ないとされる戦争シミュレーターは、ヌナニア星系軍の敗北を予知しているに等しいのだ。
このあとは他愛のない世間話が十五分ほど続いただろうか、切のいいところで花ノ美が、
「そろそろ失礼しようかしら。長居したらいけないわよね」
といって立ちあがり、アバノアが立つのを待ってから敬礼。だが、部屋をでていこうと扉の前に立った花ノ美は振り向き、
「そうだ天儀総司令。勉強会は、参謀企画室でやります。よかったらきてくださいね」
といって会釈し去っていった。これは露骨な挑発だった。
――好きな相手には、意地悪したいというところか。
俺は、ムッとして花ノ美を見送った。
部屋には俺と天儀総司令だけ、天儀総司令は二人きりになるとすぐに、
「ミカヅチゲームか……」
と、つぶやいた。俺はすかさず、
「いけませんよ天儀総司令」
と掣肘の言葉を吐いた。
「なにがいけないんだ義成」
「とぼけても無駄です。ですがダメです。もしあなたがミカヅチゲームをプレーして敗北すれば冗談じゃすまない」
「ま、そうだな」
よかった。天儀総司令は、俺の助言をすんなり受け入れてくれた。この人は、割と現実主義者だし、無駄なことを嫌う。わざわざ参謀企画室に出向いて恥をかくなんて真似はしない。
まったくもって最後の花ノ美の挑発は、いまいましい。あれは余計だ。あいつは相手を挑発するのが上手いんだ。だが、天儀総司令は歴戦か、あんな安い挑発にはのらない。やきもきしたが、杞憂だったな。が、俺がそんなことを思った矢先だ。天儀総司令が部屋の出入り口へ向かった。
「よっし義成いくぞ」
「お待ち下さい。いくってどこへでしょうか」
「参謀企画室だ」
「よしてください!」
「いいだろー。面白そうだ」
「あなたが面白くても、全ヌナニア軍人が面白くない事態になるんです。総司令官の戦争シミュレーション敗北というね」
だが、天儀総司令は不敵だ。
「……なあ義成。軍の有能共が集まって今日勉強会がある。勉強会は午後から。前日どころか、数日前に瑞鶴入りしたやつも多い。それが、この部屋にきたのは、花ノ美とアバノアだけだ」
「そうですが。面子にこだわっていらっしゃるんですか? でも挨拶にこないことを叱責するというのであればお勧めしません。今日勉強会に参加する者たちは、統合参謀本部など軍中枢の若いエリートばかりです。彼らの心象を損ねるのは、得策ではありません」
が、俺の直言に近い助言は、まったくの無意味。天儀総司令は、さあいくぞ、といってさっさと通路にでてしまった。俺は、もちろんいきたくないが、天儀総司令についていくしかない。側近だし、ボディーガードも兼ねている。従う以外の選択肢がない。
気分良さげに通路を進む天儀総司令。一方の俺の顔色は悪いだろう。このあと参謀企画室で起こる事態。いや、事件を想像すればまったく面白い気持ちからは程遠い。
「挨拶にきたのは六川と星守。そして、花ノ美とアバノア。あとお前達もだな」
「だから自分のは、カウントしないでください……」
「これだけ待って、たった三組。誰も挨拶にこないってんなら、俺から挨拶にいくしかないんだなこれが」




