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俺は、ファルネーゼ将軍から作戦の詳細を聞いて、「まあ……成功する……かも?」と思い始めるようになった。
いまの戦力差を考えても、実現性があるのだから「さすが軍師の立てた作戦」と言える。
「だけど、これじゃまるで、桶狭間の戦いだな」
寡兵で奇襲。天下分け目より、そっちの方がしっくりくる。
「すまんな、ゴーラン。フェリシアの献策のうち、これがもっとも成功するのではと思えたんだ」
他にも策はいくつかあるようだが、これ以下の成功率なら、もう聞く気にもなれない。
(俺ならどんな策をたてるかな……)
ちょっと考えてみた。
個々が強く、数も多い相手と戦う方法。
いっそ降参してしまうとか。
そんなことをすると、あとでメルヴィスにまとめて殺されそうだ。
「そういえば、なぜメルヴィス様は自身で動かれないんですか?」
相手は小魔王キョウカだ。
大将どうしの決戦をすればいいんじゃなかろうか。
「ゴーランがメルヴィス様を戦場に引っ張り出してくれるなら、それでもいいぞ」
「…………」
無理だろ。
――起きたばかりのところ悪いですが、ちょっと戦ってきてください
そんなことを言ったら、即座に灰にされそうだ。
悪評ばかりが先行しているせいか、周囲の者が言うことを聞かせられるイメージがこれっぽっちも湧かない。
「心配するな。今回の作戦、精一杯こっちがフォローする」
「はあ……」
フォロー云々よりも、俺が敵の大将とタイマン張るのが作戦の肝というところがツラい。
俺が瞬殺されたら、上位陣みんなそこで討ち死にするぞ。
「キョウカ軍の規模はだいたい分かっているし、どこにいるのか調べさせている。分かり次第、動くぞ」
「……了解です」
作戦に俺も賛成したのだ。
もう腹をくくるしかない。
……と思っていたら、キョウカ軍。陣の中に籠もってやがった。
向こうの方が数が多いのに。
斥候が空から見た感じだと、二重の陣を敷いて、その中に全軍が入っているらしい。
ちなみに俺たちがここに駐留しているのは、向こうも気付いている。
なのに、出てこない。
「これはあれですかね、警戒している?」
「メルヴィス様にやられたのが効いているんだろうな」
必要以上にこっちを警戒しているようだ。
まあ、それもそうか。
満を持して城を襲ったら、自分を除いて全滅。
当人は命からがら逃げ帰ったのだから。
「ちなみにキョウカ以外で、気をつけるのは誰です?」
ファルネーゼ将軍は、キョウカを除いた軍と戦っていたのだ。
「名前を知らないが、やっかいなのが五体いる。逆にそれをなんとかできれば、勝機はある」
今回、フェリシアが作戦を考えたとき。
どうがんばっても、一発でキョウカを倒すことは不可能と出た。
そこで最初に強力な敵を排除し、改めて囲んでぶっ殺すことにしたらしい。
質も量も向こうが上回っている以上、そうそう都合の良い作戦など、ありはしない。
そこで上がったのが五体の将軍クラス。
「やっかいなのが五体もいるんですか」
こっちはそんなにいないぞ。
急襲部隊はヴァンパイア族で構成される。
空を飛べるから、一気に敵陣まで辿り着けるからだ。
「五体すべて撃破したいところだが、軍を指揮して前線に出ている者もいるだろう。キョウカの周囲にいるのは、いいとこ二体か三体だ」
「なるほど。そういえばそうですね」
将軍クラスならば、前線で指揮を執っているはずだ。
「気をつけるのは、小魔王ファーラ麾下の将軍だったジュナだな」
「聞いたことがあります。ウォーバシリスク族でしたっけ?」
「そうだ。石化ブレスは避けようもないぞ」
あれが敵軍にいるのか。
ウォーバシリスク族は、昔懐かしティラノザウルスを彷彿とさせる外観をしている。
今のT-レックスのように尻尾でバランスを取るタイプではなく、直立するタイプの恐竜に近い。
それで石化ガスを吐く。
ガスを受けた場合、種族の強さによって耐性は違う。
敵味方問わずまき散らそうとすると、かなりやっかいな相手となる。
魔法ではないので俺は耐えられるが、オーガ族の頃ならガスを浴びたら十秒持ったかどうか。
いまの俺でも、動きが制限されるくらいの効果が出ると思う。
ジュナは、ファーラが死んでキョウカに付いたか。
「やっかいですね」
状態異常系は使いどころが難しいが、形振り構わなくなったら、この上なくやっかいとなる。
「取り巻きを排除できたら、次の戦いはかなり楽になる。正念場だな」
「そうですね」
救いは、キョウカが急激に勢力を拡大させたために、強力な部下が少ないこと。
キョウカと同程度の者がいないのは、かなり朗報だ。
他の国の将軍クラスを相手にするなら、ファルネーゼ将軍たちでも立ち回り方さえ考えれば、十分倒せるのだから。
その分、俺がキョウカの足止めをしなくてはならなくなったが……。
まあ、倒そうとしなければ、なんとかなるだろ。
これまでも随分格上と戦ったし。その絶望的な戦力差からすれば、今回だってどうってことない? よく分からないけど。
「問題は、陣の中から出てこないことだな。いっそ挑発してみるか」
将軍は脳筋なことを言い始めた。
寡兵のこっちから挑発するって、どんな戦闘狂だよ。
「そこは敵が出てくるのを待ちましょうよ」
一気に戦況が動いて、総力戦になったら、こっちは簡単に蹴散らされる。
俺たちの軍の真ん中で暴れるキョウカ……怖すぎる。
「そうは言ってもな……」
将軍ははやく決着を付けたいらしい。
こうして斥候を放ってキョウカの陣を監視すること五日。
動きはなかった。
その間、俺は将軍とキョウカがなぜ動かないか、あれこれ話し合った。
「結局、この軍にメルヴィス様がいるんじゃないかと恐れているんじゃないですかね」
「やはりそうか」
キョウカが自陣に籠もって動かない理由。
メルヴィスが報復に来ているのではと、疑心暗鬼になっているのだ。
「もしそうなら、ここで悠長に陣など張ってないですよね」
殲滅しにいくだろ、メルヴィスなら。
それが分かってないだけ、キョウカはまだ新しい小魔王ということだ。
それからさらに五日。キョウカ軍に動きはなかった。
代わりに、こちらの軍に動きがあった。
魔王トラルザード領から帰還してきたリグたちが合流してきたのだ。
これで捗る。主に俺が。




