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○小魔王メルヴィスの国
「それでは出兵致します」
ファルネーゼがメルヴィスの元を去ろうとした。
用がなければ、早々に立ち去る。それがファルネーゼの処世術であった。
「そういえば……」
メルヴィスが思い出したように言う。
「何でしょうか」
メルヴィスが話しかけてきた。
珍しい事もあるとファルネーゼは思いつつ、足を止める。
「儂が寝ている間に、人界に行った、もしく人界から人間がやってきたという話は聞いたことがあるか?」
そう尋ねてきたのである。
「いえ、まったく聞いたことがございません」
ファルネーゼくらい長生きしていても、人界に行き来したという話は聞いたことがない。
ここ数百年に限定しても、やはり同じである。
そもそもファルネーゼ自身、人界など、本当にあるのか疑っているくらいだ。
「やはりそうか。ということはゼウスの結界は破られておらんわけだ……」
「結界ですか? それはどういう……」
人界に結界が張られているらしい。張ったのはゼウスという者だとも。
もちろん結界の話など、ファルネーゼは初めてきいた。
ファルネーゼが問い返したものの、メルヴィスは思考の海に浸かってしまったのか、反応はない。
「やはりおかしいの。ヘラの魂があそこにあるはずがない……だが、あれは間違いなく……」
「メルヴィス様?」
メルヴィスは自分の頭の中で論理を組み立てているらしく、ときおり断片的な情報を呟くだけである。
「研究が失敗? それはあり得るのか? ならばなぜ侵攻してきた? 結界はまだ機能しているならば……」
しばらく待ってもメルヴィスが戻ってこないため、ファルネーゼは一礼してその場を去った。
○小魔王メルヴィスの国 グルッカの町 ゴーラン
「というわけなのだ」
「…………」
ファルネーゼ将軍の言葉に俺は絶句した。
ネヒョルは自分が魔王を倒すためだけに、魔王を作りだそうとしている。
以前、戦場で戦ったときに、似たようなことを言っていた。
なるほどと思う。
なければ作ればいい。そう考えたわけだ。
そしてヘラだけでなく、ゼウスと言う名も出てきた。
(これは間違いなく、アレだよな)
神話に登場する神と女神の名だ。
たしか夫婦だったと思う。
「メルヴィス様の呟きは、理解できないことが多かった。だが、ネヒョルについては明確だ。小魔王キョウカを魔王にして倒すつもりだろう」
キョウカが急激に力を付けてきた理由のひとつに、ネヒョルの暗躍があったのかもしれない。
打つ手はひとつだけとは限らないのだ。
西や東でいくつも同時に手を打ち、上手く行ったものに力を注いでいく。
ネヒョルは、いかにもやりそうな性格をしている。
「ゼウスが人界に結界を張ったので、行き来ができない……そうメルヴィス様が言ったのですね」
「ゴーランはネヒョルではなくそっちに興味があるのか。……私はそう聞いた。どういう結界なのか分からないし、いつ張ったのかも聞いていないが」
そもそもそんな結界、どう張ればいいのやらと将軍は笑った。
俺は笑えなかった。
結界を張ったのか、門を閉ざしたのか分からないが、ゼウスが何かしたのだろう。
ではそれはいつ頃だ?
神話の時代ならば、軽く数千年は遡れる。
たとえば五千年前に人界が閉ざされたとして、それ以降、魔界や天界と交流がなければ、日本を含めて、他国で目撃された伝説上の生き物はどう説明する?
「……ああ、そうか。寿命が違うのか」
たとえば五百年、千年生きたとすれば、徐々に目撃情報が無くなるのも頷ける。
そして時代が古くなればなるほど、現代にまで情報は残されない。
紙のない時代だ。石版や粘土板、はては竹簡などで記録してあったとして、現存しているものはごく僅かだろう。
口伝、つまり昔話として語り継がれてきたものくらいしかないのも頷ける。
当時は何らかの方法で行き来ができた。
だがゼウスが結界を張ったために、人界は閉ざされてしまった。
取り残された魔界の住人は、戦って死んだり、寿命で死んだりして伝説だけが残った。
そんな感じか。
「ゴーラン、どうしたのだ?」
「いえ、少し考え事を……なんでもありません」
古代といえば、ギリシャやエジプト、中国などだろうか。
そういえば、どの国も魔物や化け物と戦った人間の話が残っているし、神話では神が怪物退治をしている。
その中で、いくつかが実際にあったことなのかもしれない。
人界に結界を張ったのはゼウス。
そして天界のエンラ機関を創設したのがヘラ。
天界の思惑など知る術がないが、メルヴィスは何か知ってそうなことは分かった。




