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○小魔王メルヴィスの国
時間は遡り、小魔王メルヴィスの玉座前。
ファルネーゼがキョウカ討伐に出かける前のこと。
小魔王メルヴィスからキョウカ討伐を言い渡されたファルネーゼは、すぐに部下へ指示を出し、自身も出撃準備と整えた。
一通りの準備が終わると、メルヴィスの元へ報告に赴いた。
そのとき、ファルネーゼはメルヴィスと、最近の出来事のうち、まだ伝えていない話をすることになった。
報告として大凡の話が終わっているため、残っていたのは細々としたもののみであった。
それをメルヴィスが興味なさげに聞いていた。
「儂の手記か」
ファルネーゼの部下が、書庫にある手記を盗んだ話をしたとき、メルヴィスは少しだけ興味を持った声音を出した。
「はい。盗まれたものは一冊のみで……」
ファルネーゼが詳細を告げると、メルヴィスが「なるほど」と頷いた。
「その一冊には、儂が進化したときの内容を書いたはずだ」
「はい。前後よりそう判断しました」
「そのネヒョルという者は、ヴァンパイア族か」
「仰せの通りです」
ファルネーゼとしては気が気ではない。
何度か、メルヴィスの逆鱗に触れて粛清された者を見てきている。
盗まれたこと自体、自分自身の失態ではないが、部下の不始末である。
上官が責任を取らされることもありえた。
「ヴァンパイア族が進化するのに必要なものを知っているか?」
予想に反して、声は穏やかなものだった。
「いえ、寡聞にして知りません」
「そうか……まあ、知ったところで条件を整えるのは難しかろう」
メルヴィスは現在、魔界にたった一人しかいないエルダーヴァンパイア族である。
進化条件を知っているのは、手記を盗んだネヒョルを除けば、おそらく一人。
「それはどのようなものでしょう?」
ファルネーゼとて、興味がないわけではなかった。
「聖気を放出しない生命石があればよい」
「生命石ですか? ですがあれは、触ると聖気に侵されると聞きますが」
天界の住人の体内にある生命石。
魔界の住人が触れば、聖気に直接触れたのと同じような症状が出る。
ファルネーゼは思い出した。
聖気を出し切った生命石は、『塩の塊』となって崩れるはずではなかったかと。
「知らぬようだな。天界からの侵攻がなければ、あまり知られることではないからのう」
メルヴィスが言うには、たしかに生命石は聖気が抜けきると塩の塊へと変化してしまう。
だがそれは、長い年月で徐々に聖気が抜けた場合であるらしい。
短時間のうちに聖気を抜いてやると、形を保ったままの生命石が出来上がるのだという。
「儂も偶然発見したが、同程度の『支配のオーブ』を近づけて中和させるのだ。すると聖気と魔素が互いに打ち消し合う。それを体内に取り込むことによって、進化した」
「なんと……そんなことが」
生命石から聖気を抜くには、必ず同程度の支配のオーブでなければならないという。
より上位のものを近づければ、生命石が負けて塩の塊になるし、下位ならば変化がない。
そしてエルダー種に進化するには最低でも魔王級のものが必要であるという。
「その条件を揃えるのは大変であろうな。とくに天界からの侵攻がない今は」
「そうでございますね」
ネヒョルの目的がエルダー種に進化するというのは分かっていた。
その手段がいま分かったことになる。
必要なのは魔王級の生命石と支配のオーブ。
存在進化できるだけの魔素を備えていれば、それを体内に取り込むだけで進化できる。
「一番手に入れやすいのは、魔王級の支配のオーブであろう」
メルヴィスだからそう言えるのだ。そうファルネーゼは思った。
魔王を倒すなど、ファルネーゼにとって、夢のまた夢。
簡単に魔王を倒せるならば、だれも苦労しない。
(では、ネヒョルはどうやって魔王級の支配のオーブを手に入れようとしているのだ?)
不思議である。
小魔王が魔王を倒すのは不可能とは言えないが、かなり難しい。
相性や条件にもよるが、それを整えたところで勝率は数パーセント。
かなり分の悪い賭けになる。
「なるほど……だから魔王に成り立てを狙うのか」
八大魔王のうち、最弱の魔王はだれであるか。
ファルネーゼには分からないが、それでもネヒョルよりは確実に強い。
そうではなく、小魔王から魔王へと成り上がった者を倒してもいいのだ。
「魔王を作り出し、それを倒すのであれば、小魔王国が密集したところが狙い目であるな」
メルヴィスも分かったらしく、そう言った。
ファルネーゼも頷く。
魔界に小魔王国はいくつもあるが、密集した場所に限定すればそれほど多くない。
「キョウカを魔王にしてそれを喰う……」
そう口に出したとき、ファルネーゼは言い表しようもない寒気に襲われた。
自分が喰うために魔王を作り出す。それはなんとも傲慢な考え方ではなかろうか。
「支配のオーブが手に入ったところで、生命石がなければ無理であろう」
メルヴィスの言葉につい頷きそうになるが、ファルネーゼはひとつ引っかかりを覚えた。
(そういえば、ゴーランからの報告で、トラルザードの住む町に天界から侵攻があった……)
なぜか生命石は回収されなかったと。
魔界の住人は生命石などに触ろうと思わない。
身体を害するものに興味を示すとは思えないのだ。それが消えたということは……。
「もしかしたらもう、生命石を手に入れているかもしれません」
「だとしても、大した事は出来まい」
下々のことはどうでもいいと考えるメルヴィスであった。




