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「小魔王メルヴィス様が復活して、小魔王キョウカが敗走。南方から攻め込んだ四国のうち、小魔王ロウスと小魔王ルバンガは死亡。攻め込んだ軍も壊滅的な被害を受けたようじゃ」
「……っ! それはまた」
「しかも、ロウス、ルバンガの両小魔王を撃破したのはメルヴィスの副官だという話じゃ」
「…………」
マジかよ。
「生き残った小魔王も、自国に撤退。東は一気に情勢が動いたわ」
魔王トラルザードの表情は硬い。
メルヴィス復活から今まで、何度も使者が行き来している。
使者が一日二回出発することもある。他国の者がみたら、「どれだけ」と驚くだろう。
いま小魔王メルヴィスの国は、トラルザード最大の関心事なのだ。
「それで俺は、どうしたらいいんでしょうね」
「向こうの将軍と話をしたが、互いに交換した軍を戻し、今後は協力して事に当たろうということになった……というか、メルヴィス様が攻めてきたら、わが国は大打撃じゃ。協力関係はぜひとも維持したいわ」
小魔王メルヴィスの復活で、魔界に激震が走ったらしい。
とくに驚いているのは、古参の者たち。
メルヴィスが眠りにつく前から生きている者ほど、今回の件で衝撃を受けているという。
時代の生き字引、かつて小覇王ヤマトの下で戦った大魔王。
今でこそ小国の主だが、かつては広大な版図を維持していた存在。
そしてひとたび怒り出せば、国が滅ぶかもしれないほど危険な人物。
「軍を戻すってことは、俺もですよね」
「そうじゃ……そろそろいいじゃろ」
「まあ、そうですね。それなりに形になったかな」
俺はトラルザードの脇腹から、手を引き抜いた。
「……最後の攻撃、見えんかったぞ」
「そりゃ、とっておきですから」
俺はいま、トラルザードに稽古をつけてもらっている。
べっとりとついた血を払っていると、トラルザードの脇腹が修復してゆくのが見えた。
竜種の回復力はあいかわらず凄い。
ことの起こりは、メルヴィス復活でガクブルしていたトラルザードに『組み手』をお願いしたことだった。
「組み手というのはなんじゃ?」
「戦いの練習……ですかね」
「? 練習せずに、叩けばいいじゃろ」
「まあ、そうなんですけど」
とまあ、あまり意味を理解してくれない。
魔界の住人は、種族によって強弱がハッキリしている。
人間と同じ感覚で考えると分かりにくいので、こういう場合は動物にたとえた方が分かりやすい。
クマは強いがウサギは弱い。ウサギはどうやってもクマに勝てない。
ここで重要なのは、ウサギが鍛えてもクマに勝てないことだ。
ゴブリン族が鍛えても、ヴァンパイア族に勝てないのに似ている。
この生まれながらにして持つ種族差が、「鍛える」という意義を失わせている。
また、トラルザードがいま言ったように、戦えば強くなれる。
相手を殺すことによって、その強さの一部を取り込むからだ。
わずかに強くなる程度だが、それを繰り返せば、同じ種族内でも優位に立てるようになる。
だから鍛えるよりも戦って相手を倒した方が何倍もいい。
だれもがそう考えてしまう。ここでも鍛える意義が失われてしまう。
魔界の住人は「越えられない壁」があることを本能的に知っているし、「強くなる方法」も知っている。
ゆえに地道な鍛錬によって自力を挙げようとは考えないのである。
イルカや猿のように、知能が高いと言われている動物でも、鍛錬すると言った話は聞かない。
俺は腹筋や腕立て伏せをする猿を見たことがないが、隠れてやっているといった話も聞かない。
群れのボスになるために鍛えたり、技を編み出したりしないのである。
そういう訳で、俺のやりたいことをトラルザードに理解してもらうのに時間がかかったが、「遊びのようなもの」ということで、トラルザードの時間を借り受けることができた。
なぜならば、俺はトラルザードにいくつかの『貸し』があった。
ナナケイ族のセイトリー暗殺を発見し、未然に防いだことがある。
セイトリーの安全のため、塔で生活して敵の目を欺いたこともある。
天界からの侵攻のさい、結界柱のひとつを破壊した。
そういうわけで、本来忙しいはずの魔王をこうして俺の目的のために使うことができたのである。
「しかしお主、強くなったのう」
トラルザードがしみじみと言った。
最初はいいように転がされていたが、今ではほぼ互角に戦えるようになっていた。
手加減してもらってだが。
「隗より始めよと言いますからね」
「なんじゃそれは」
「……んー、一種のおまじないでしょうか」
あれは「偉い人を雇うにはどうしたらいいか」と問われて「平凡な私を厚遇すれば、それ以上の者が士官しにくるでしょう」と言った故事だったか。
そううまく行くとは思えないが、「身近なところから始めろ」というのは、正しいことのような気がする。
俺の場合、素盞鳴尊族に進化してから、魔界の考え方に毒されてしまっていた。
「素の状態で強いから、鍛えなくてもいいんじゃね?」と思ってしまうのだ。
これが上位種族マジックかと、愕然とした。
そりゃみんな、鍛えないわけだと。
そこでトラルザードと組み手をしつつ、それ以外の時間を「強くなるための模索」にあてることにした。
一番時間をかけたのが、体内の魔素を動かすこと。
どうやら、体内ならば自由に魔素を動かすことができるらしく、足に溜めれば瞬発力がつき、腕に溜めれば腕力がつく。
そしてこれは、都合のよいことに「特殊技能」ではないのだ。
前世の知識で俺が持っている『技』と、この魔素を乗せた攻撃や移動は、とても相性がいい。
よって、意識せずに使えるまで反復練習することにした。
ローマは一日にしてならずだ。
またトラルザードとの戦いで、竜の動き、考え方、力強さの秘密が分かってきた。
本気を出せば違うだろうが、それでも竜というものの限界と凄さが分かった。
俺はこれまで変身した竜を三度見たことがある。
二度は天界からの侵攻時で、もう一度は魔王ジャニウス軍との戦いのときである。
そのとき見たメラルダとトラルザードの姿はいまでもよく覚えている。
圧倒的なまでの力は、周囲の魔素を吸収して短期的に膨大な魔素を溜め込んで変身している。
俺はそこに「魔素の可能性」を見た。
そこでいま、周囲の魔素を取り込む鍛錬と、発勁で放出する鍛錬を始めている。
ものになるのはもう少し先だろうが、こういった地道な努力があとで生きてくると俺は考えている。
「それでは俺は、国に戻ります」
「うむ……その方がよいじゃろ。くれぐれもメルヴィス様によろしくな。こちらに攻めてこないように頼むぞ」
「そうですね……駄目だったときは逃げてください。俺では押さえられないと思いますので」
――ぷるぷるぷる
からかうと、すぐ目に涙を溜めて震える。
その姿がなぜか可愛いのだ。言わないけど。




