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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第7章 いにしえの大魔王編
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○小魔王メルヴィスの国


 小魔王メルヴィスは、玉座で静かに佇んでいた。

 肘をついて思索にふける。


 それを遠巻きに眺めるのが、城内で働く者たち。

 だれも声をかけようとしない。


 怖くてかけられないのだ。

 メルヴィスが周囲を威圧しているわけではない。


 それどころか、玉座に座して以降、一言も発していない。

 だが、城内で働く者たちは気付いている。


 あそこにいるのは、圧倒的な力を持った存在であることを。


 だれもが近寄れないその場所に、ただ一人、歩み寄る者がいた。

 その者のことは、城内にいる者ならば誰でも知っている。


 メルヴィスが長い眠りに入ったあと、ずっと城を守ってきたのだから。


「遅参しまして、申し訳ございません。北で軍を率いておりました」

 玉座の前で跪き、ファルネーゼはそう謝罪した。


 ファルネーゼは、小魔王メルヴィス麾下きかの将軍であり、メルヴィスが眠りに入る前から仕えている古参である。


「大義であった……というべきか。して、何があった?」

 メルヴィスは別段寡黙ではない。必要とあれば、いくらでも話す。


「少し前、南方から四つの国の軍勢が攻め込んでまいりました。ダルダロスと、最近ゴロゴダーンの後を継いだツーラートが撃破に向かいました」


「南方……なるほど。代替わりしたか」


 メルヴィスの記憶は、数百年前のものしかない。

 当時の南方諸国がこの国へ攻め込んでくることなど、考えられなかったのである。


「北より小魔王キョウカの軍勢がやってきましたので、私が部下を引き連れて迎撃に出ておりました。城の守護を疎かにして、申し訳ございません」

 ファルネーゼは深く頭を下げた。


 この国には三将軍がいる。

 四ヶ国連合に対抗するため、そのうちの二将軍を出さざるを得なかった。


 ファルネーゼは城にあって、もしものためにと控えていたのである。

 そこへもたらされた、キョウカ軍の急襲。


 規模と勢いから、自分が出なければと判断したファルネーゼが、軍勢を引き連れてキョウカ撃破に向かった。


 両軍の戦闘は激しいものだったが、キョウカの姿は戦場にない。

 ファルネーゼが訝しんでいたところに、城から報告が入ったのである。



 ――小魔王キョウカ、配下を連れて城を襲撃



 戦場を部下に任せ、ファルネーゼが急ぎ戻ると、事態は終息していた。

 キョウカの部下は全員死亡。


 城内の、とくにメルヴィスの寝室に繋がる入り口は完膚なきまでに破壊され、寝ていたはずのメルヴィス本人が目を覚ましたのだという。


 キョウカは逃亡。ただし、城内でキョウカを追える者はいない。

 いずこへ逃げ去ったのか不明。


 ファルネーゼはすぐさまメルヴィスに面会することにしたのである。


「陛下のお戻り、心よりお待ちしておりました」

 ファルネーゼの言葉に、メルヴィスは「うむ」とだけ。


 メルヴィスはエルダーヴァンパイア族である。

 たかが(・・・)数百年の眠り程度で寿命を迎えるはずがない。


 そう思うものの、このまま目覚めなかったらと、ファルネーゼは何度も心配した。


「儂が寝ていた間の話は追い追い聞くとして……」

「はい」


 メルヴィスは、その行動の苛烈さから直情的な性格と思われがちだが、本人は至って理知的である。

 策を巡らすこともあれば、その場の判断で最適解を導きだすこともできる。


 起き抜けに情報収集をしないのは、メルヴィスが「小さなこと」と判断したからである。


「ファルネーゼよ」

「はい」


「これが見えるか?」

 メルヴィスは空の手をファルネーゼに見せた。


「申し訳ございません、私には何も……」

 ファルネーゼは、メルヴィスの手が何かを持っていると考えた。


 だが、いくら目を凝らしても、そこには「何もない」。


「ふむ……では、聞こえるかね」

 今度は手を上げ下げする。


 ファルネーゼは耳を澄ませたが、もちろん聞こえるはずもなく、「申し訳ありません」と告げる。


 メルヴィスは手をこめかみに当て、思案をする。

 ファルネーゼは大人しく待つ。


冥界めいかいというものを知っているか?」


「冥界でございますか? 寡聞にして私は……聞いたことがございません」


「そこは天界、人界、魔界より死した魂が向かう場所よ。そこでは魂がなまの状態でたゆたっている」


「三界以外の世界があると、初めて聞きました」

「それを知っているのは、天界のごく一部の者たちであろう。冥界にある魂は、上の雲と下の海。それをつなぐ大渦おおうずの三つによって成り立っている」


 メルヴィスはどこか懐かしむように、ゆっくりと告げた。


 冥界の海に漂う魂は大渦に巻き込まれて、他の魂とこすれあいながら上っていく。

 雲に到達した魂は、雨となって海に降り注ぐ。


 それの繰り返し。

 何度、何十度、何百度……いや、それどころか何億度となく魂が渦に巻き込まれ、雨となって降り注ぐ。


 その過程で魂にこびり付いた人格が摩耗し、消え去っていく。

 それは記憶が薄れるのと同じように、生前魂が持っていた「魂の記憶」のようなものをすべて洗い流すのである。


「まっさらになった魂は、海深くに沈み、どこかの世界に生まれ変わる」

「…………」


 初めて聞いた話だった。

 なぜメルヴィスがそんなことを知っているのか疑問は尽きないが、ファルネーゼにしたこの話は、メルヴィスにとって重要な何かなのだろう。


「このじゃらじゃらとうるさい鎖は、魂の浄化でも消えなんだ。いかなる呪であるか。いや、怨か」

「…………」


 メルヴィスの呟く言葉に、ファルネーゼは答える術を持たなかった。


 ただし、これだけは分かった。

 メルヴィスは、ファルネーゼの見えない何かを見て、聞こえない音を拾っているのだと。


「そして……だれがヘラを殺した?」


 そう小さく呟く声が聞こえた。



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