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小魔王メルヴィスが目を覚ました。
なぜ? 突然?
――プルプルプル
魔王が震えていた。
目に大粒の涙が溜まっている。いまにもこぼれ落ちそうだ。
「しょ、詳細を……」
魔王は気丈に振る舞っている……ように見えるが、動揺しているのがバレバレだ。
今にも大泣きしそうな子供にしか見えない。
「はっ、報告します。小魔王キョウカの軍勢が小魔王メルヴィスの国へ侵攻したのがはじまりのようです。国境付近で両軍が激突している間に、小魔王キョウカが少数で城を襲撃、これには手引きがあったともっぱらの噂です。キョウカは複数の部下を連れて、まっすぐメルヴィスの元へ向かったようです」
大胆不敵にも、小魔王が襲ってきたのだ。
城内は大混乱をおこしていたらしく、事実と噂が錯綜。
それ以上詳しい話は分からないという。
ただ、城に潜入した者たちはキョウカを残して全滅。
キョウカ本人は逃げ帰って、現在は行方不明だという。
「それでメルヴィス様が目覚めたというのは……?」
「城内および、城下町はその噂でもちきりだそうです。封印されていた寝室への通路は破壊され、寝室は空。数百年間一度も使われなかった玉座にメルヴィス様本人が座っていたということです。ただ、直接本人を見た者がほとんどいないので、おそらくメルヴィス様本人だと……」
「……そうか、御苦労じゃった。下がってよい」
威厳を込めた喋りに、部下は一礼して去って行く。
だが俺は見た。
トラルザードの足下がガクガク震えているのを。
「ついに目覚めたんですね。今後はどうなるんでしょうか」
俺が帰る必要もなくなった。というか、キョウカが逃げ帰ったのか。スゲーわ。
「ああ……うむ。我も歳を取り過ぎたようじゃな」
「ん?」
「そろそろ隠居という手段も……」
「なに逃げようとしてんだよ、ババア!」
それはないだろ。
まったくどんだけトラウマなんだよ。
「だってメルヴィス様じゃぞ? 目覚めたってことは、力を取り戻したに違いないのじゃ。あんな目に遭うのは、もうコリゴリだわ!」
魔界の魔王が何を弱気な。
でも、俺だって噂だけしか知らないから、現実を見たらそう感じるのかもしれない。
「そんなに怖いんですか?」
「昔、我の一番の部下が単身で挑んだことがあった」
「また無謀な」
「そうせざるを得ない事情があったのじゃ。我は遠くで見るしかできんかったが……メルヴィス様が触れた瞬間、我が部下は卒倒してしまった。使われたのは、『吸魔』という、触れた相手の魔素を吸い取る特殊技能だと後で知った。ほとんど一瞬だったぞ。小魔王の魔素が一瞬で吸い取られたのじゃ」
『吸魔』によって吸い取られた魔素は、メルヴィスの力となるらしい。
それはまた反則的な特殊技能だ。
「それって、小魔王時代……魔素が大きく減ったときの話ですよね」
「もちろんじゃ。メルヴィス様が小魔王のときの話じゃぞ」
やはり支配の石版は、その者が体内に持つ魔素の量によって位分けしているのだろう。
正確には、支配のオーブに溜められる魔素量か。
魔素量と強さがダイレクトに結びつくのは中位種族くらいまで。
それ以上は、相性や特殊技能によって戦闘結果などが変わってくる。
「しかし、小魔王キョウカを撃退か……あっちで何が起こっているんでしょうね」
ちょっと前の話では、南の四ヶ国が攻め込んで来ているという話だった。
それがいつの間にか、北からキョウカが軍勢を率いてやってきたという。
本当に何が起こったのか。
日にちも経っていることから、キョウカが受けたという傷が癒えたので攻め込んだのか。
それで寝ているメルヴィスを与しやすしと討ちにきた。
まあ、それで起こしてしまったのならば、完全なやぶ蛇だな。
どちらにしろ、覆水盆に返らずだ。
メルヴィスは起きてしまった。
「聞いた話からすると、自国民でも容赦なく殺しそうなんだよなぁ……」
何がメルヴィスのカンに障るのか分からないというのは怖いものがある。
地雷原を避けて歩く術は身につけていないのだ。
というわけで、正直俺も、どうしたらいいか分からない。
○魔王トラルザード国との国境付近?
大空を飛翔していたクルーイーグル族の若者が、バランスを崩して斜面に不時着する。
「……はぁ、はぁ」
息が切れているのは、急いだ故……ではないらしい。
「もう少しだ」
クルーイーグル族の若者は山頂を睨み、再び羽ばたいて飛び立っていった。
何度か休憩を取りつつ山をひとつ越え、若者はそこで力尽きた。
「はあ、はあ、はあ……」
ぼやけた目でも、こちらに歩いてくる者が見えた。
どの種族か分からない。
なにしろ、やってきた者は黒いローブに身を包んでいた。
「ワイルドハントの者か?」
若者が尋ねると、その者は小さく頷いた。
「これを……ネヒョル様に……」
そう告げた若者の身体には、無数のヒビが入り、身体が硬質化してしまった。
「聖気に侵されたか」
ローブを纏った者はそうつぶやくと、男から手渡された袋を手に取った。
直後、若者の身体は崩れた。
「生命石か」
それは、天界の住人の体内にあったものである。
町に潜入していたネヒョルの手下が、死体からそれを盗みだし、空を飛ぶ種族がリレーでここまで運んできたのである。
だが、いまだ聖気を発し続けている生命石は、長時間持っているだけで身体を蝕む。
クルーイーグル族の若者だけでなく、何人かが聖気によって身体を蝕まれ、後を託して死んでいった。
黒ローブの者は、それを掴むと、森の中へ消えていった。




