シンシアと人攫い
シンシア視点です。
フードの人攫いを殺害したところで、ご主人様は他の人攫いを尋問して他に攫われた方を助けに行かれました。私も早急に逃げた人攫いの女を追いたいところですね。確か敵の名前はイヅチだったでしょうか。
シンシアはレルとカルに目をやる。気を失っているが応急処置は問題なく命に別状も無い。ただ魔物が出現するこの森の中、二人をこのまま置いて敵を追いかけるなど出来るはずもない。現在は屋敷へ救援を要請しておりそろそろ連絡がくる頃だろう。そう考えているとタイミングよく頭に声が響いた。
『侍女長さんお待たせやで、その森には今ちょうど調達班が四名ほどおる。至急侍女長さんの所に向かうよう伝えといたから、侍女長さんは分かりやすい目印、何や狼煙でも上げといてや』
屋敷に常駐しているリリエラの声が頭に響く。
「相変わらず仕事が速くて助かります。ではすぐに狼煙を上げますので、この通信は切って頂いて結構です」
『はいはい、こっちも治療院の部屋を押さえとくから、街に戻ったらそのまま治療院へ直行したってな。じゃあ通信切るでー』
「はい、よろしくお願いします」
頭の中に響くリリエラの声に返答。リリエラが通信を切るとシンシアの頭の中で何かが消え去る様な感覚を覚えた。どうやら魔法の影響は消えたらしい。
「やはりこの『天命の如き報告』という魔法は便利ですね。私も早く習得できればいいのですが……」
離れている相手との意思疎通が図れる魔法『天命の如き報告』は、相手との距離によって消費する魔力が大きく変わるというデメリットを持っている事を考えても、非常に優秀な魔法である。ただしその魔法を習得している者から魔法を行使しなければ連絡が取れないため、現時点では屋敷の侍女の中で唯一『天命の如き報告』を習得しているリリエラから使用してもらう必要があるのだ。
『天命の如き報告』を習得していないシンシアは、今回リリエラに救援を要請するために、緊急時に備えて常に持ち歩いている『天命の如き報告』を一度きり使用できる魔導具を使用した。
高額の割りに通信対象者は事前に一名しか登録できず、通信時間も魔導具の内臓魔力と今居る場所からの距離で換算すると約20秒しか通信はできない。事前に登録していたリリエラに対して発動し「緊急事態、私、シンシアに天命の如き報告を即刻使用せよ」と一方的な連絡を二度繰り返し伝えると魔導具は砕けて使い物にならなくなった。
結果としてはリリエラが応答し、迅速に近場に居る他の侍女へ呼び掛けをしてくれた。今はこちらへ向かっているらしい。目印として狼煙は上げておいたので直ぐに来るだろう。
「シンシア様、リリエラ様から緊急と伝えられ馳せ参じましたが、どうされたか伺ってもよろしくて?」
「早いですねジェミー」
近場の侍女を待つこと数分。いち早く駆けつけてきたのはジェミーだった。
元貴族でありながら、奴隷に身を落とされた一人。彼女もナツメによって救い出され、ナツメの屋敷で侍女として働いている。今日は食料の調達を行う調達班としてこの森で動いていたようで、服装のあちこちに返り血が付着していた。右手に持つ大きな鉈は何かの解体途中だったためか血が滴っており、何も分からない者から見れば彼女は気の触れた殺人鬼にしか見えない。
緊急での集合とは伝えたが、流石に少しくらいは身を整えてから来るべきだろうと言う思いはあれど、それを注意する時間は今は無い。いち早く駆けつけたことに感謝を感じながら状況を説明する。
「手短に状況を話します。まずはレルとカルが怪我をしています。そのまま安静にしていれば命に別状無し。これから後三名の侍女がここへ到着する予定ですので、合流次第治療院へ急行してください。今は時間が惜しいので詳しくは話せませんが、私はこれよりレルとカルに危害を加えた者の追跡を行います」
「かしこまりましたわ。ですがシンシア様お一人での追跡は危険ではなくて?」
「はい、危険であることは重々承知しております。しかし現在残る敵は一人。これを逃すのは愚策というものです。そしてこの内容は私がご主人様へ進言し了承を得た行動です」
「そうですか……ナツメ様が許したのであればワタクシは何も言いませんが、お気をつけてくださいまし」
「ええ、ありがとうジェミー。それでは、レルとカルをよろしくお願いします」
ジェミーにレルとカルを任せて、あの女が逃走した方角へ進む。
「とりあえず足跡を追いましょう。あの人攫い、急いで逃げたものだから分かりやすい足跡を残してくれてますね」
真新しい地面の草花の踏み跡から、真っ直ぐにただただ遠くに逃走していることが分かる。芸の無い、森の移動にも余りなれていないのか。はたまた誘き寄せるための罠なのか。この森で人攫いをしているのであれば前者は考えにくいが……。どちらにせよ居場所が分かるのであればこちらのものである。跡を辿って全力で駆ける、躊躇なき猛追こそ敵に小細工をさせる余裕を与えない一手です。
「ん? この土の抉れ方はおかしいですね」
跡を追う道中、所々の地面が抉れていた。人が一人入れそうなほどにぽっかりとだ。それが複数個所、見つけただけで十個の穴を発見した。露出した土肌はどれも新しい。穴がある場所から更に逃げたと思われる先には先ほどまではなかった複数の足跡が、色々と踏み荒らしながら逃げているのか、足跡は隠すつもりが一切なくこの森の中を真っ直ぐ続いている。
「それに足跡が複数になっている。あの穴には別の仲間が潜んでいた? 一緒に逃げるために仲間を連れて逃走ですか。お粗末にも程がありますが……」
何故逃走を選んだにも関わらずわざと目立つような跡を残したのでしょうか。森で人攫いとして活動してきたとは思えないほど杜撰な逃走。何か裏が無いかと疑ってしまいますが……。
分かり易すぎる足跡をシンシアは罠ではないかと警戒しながらも足跡を辿り駆ける。十数分の追跡の末、罠が何もないままに木々の挟んだ遠くにひらりと靡くローブが見えた。見覚えのある色のローブは、あの逃げた女だろうと思われた。どうやら立ち止まっている様子、休憩しているのか知らないが無用心に背中を見せ付けている。
「見つけました。先手必勝ですね」
腰に下げていたナイフ三本を即座に投げつける。多少離れてはいるものの、この距離であれば外れることは無い。そしてシンシアの狙い通り、立ち止まっている対象の背中に全てのナイフが命中し、ローブをその背中に容易に縫いつけた。
「うん? 妙ですね……」
ナイフが刺さったというのに呻き声の一つも上げずに微動だにしないその様子に違和感を覚えた。敵との距離は短いなれど私の姿はまだ認識されていないはず。気配を消してすぐ近くの樹木に素早く駆け上がり、木の葉に隠れて様子を伺う。ローブを着た何かはまだ動かないままだ。
――うわっ、何これ、ナイフ刺さってるー!
不意に聞こえた声。
それは女性というには少し幼げで少女と女性の境というに相応しいだろう、がシンシアからすれば少女といえるようなそんな声。フードを被ってはいるが間違いない、あの場から逃げ出した人攫いの一人だ。彼女がイヅチで間違いないだろう。私が先ほどナイフを投擲した相手と同じ色のローブを纏っており、彼女は森の奥から姿を現した。どうやら私が攻撃したのは別動員だったのだろう。先ほどの不審な穴に潜んでいた仲間の一人だろうか。
ただその別動員は、イヅチに指摘されてナイフが刺さっていることに今更気付いたようで、背中に刺さるナイフを見るために振り返る。その時に見えたのは仮面。顔を覆う様に仮面をつけてフードを被り正体は分からない。
――ほら、なんでか今は姿がないけど、きっと追っ手が来てるよー早く逃げよ。
彼女の緊張感の無い声に反応して仮面ローブの男? は逃げるようにその場を去った。動きが何処となくぎこちない印象だが、ナイフのダメージによるものか。もしくは人ではないのか。
「しかし、やはり相手は複数人ですか。何故かナイフも効かないというのは面倒です。それに対してイヅチ……彼女は人間に見えましたし、狙うのであれば彼女一人に絞るべきでしょうね」
身を隠していた樹木から飛び降りて再び走り出す。気配をなるべく消しながらの追跡。
「いましたね、ん?」
彼女たちは本当に逃げているつもりなのか、わたわたとおふざけのように逃げている。しかし問題はそこではない、シンシアの目の先にはローブを着た仮面の集団10人。イヅチも合わせると11人程。途中で合流したようで少々厄介だ。
「しかし目立ちやすいのにあれだけ固まって移動なんて、襲ってくれと言っているものです」
シンシアが視界に捕らえたのはほとんど固まって行動するローブの集団。恐らくイヅルを守るように囲って動いているのだろう。
「とりあえずは一気に制圧ですね。……場所は、あそこにしましょう」
木々の間を縫う様な地形では、これからの襲撃に問題が起きる。ローブの集団が逃げる先にちょうど拓けた場所があるのを確認した。そこで襲撃を開始する。
ローブの集団を追いかけ続け、狙い通り彼女らは木々の拓けた場所に出た。それを確認すると、シンシアはすぐに懐から2本の透明な筒を取り出す。薬品の調合などに使用される試験管。中には筒と同じく透明な液体が入れられている。
「『暴発を促す一滴』」
魔法を唱えてからすぐに集団へ投げつける。前を走るローブの集団の中心へ投げ入れられたそれらは、シンシアが魔法を唱えてから僅か三秒ほどでガラスが砕けるような音を響かせて、集団の中心で大きく破裂した。爆発の威力は大きく、その爆発を近くで受けた彼らは数メートル吹き飛んだ。
――きゃぁあぁぁあ!?
破裂に巻き込まれたであろうイヅルの声が聞こえた。そのほかのローブの者たちからは悲鳴一つ聞こえない。声が出せないのかどうかは不明だが、しっかり爆発に巻き込まれて入るようで、集団は辺りに倒れている。その内の仮面ローブの一人がシンシアの近くまで吹き飛ばされていた。
「なる程、そういうことですか」
倒れているうちに一人に近付くと先ほどの衝撃の影響で仮面の下半分か欠けており、口元を除くことができた。いや正確には口などなかったのだが。
「土人形。先ほどの逃走ルートで地面が抉れて穴が開いていたのは、この人形を作るためでしょうか? それを八体も、かなり魔力が負担になりそうな魔法ですね」
仮面の下から覗いたのは土肌。やはり人間などではなく、おそらく魔法などで操られた存在。そしてこの魔法は向こうで倒れているイヅルによるものだろう。
「ぐっ、何なんですか急に! い、痛い、なんで追いかけてくるんですかぁ、やめてよぉ……」
フラフラと立ち上がったイヅル。フードを被っており素顔は見えないが、かなり近くで爆発を食らったのだろう、ローブには所々穴が開き、彼女を人間足らしめる赤い血がローブに滲んでいる様子。彼女は人間だったようです、良かった。
「立ち上がるのは許しません、大人しく地面に伏せて動かないようにしなさい。さもなくば後何回かは今の攻撃を繰り返すことになります」
「いやぁぁ、怖い! やめてよぉ、そんな痛いのもう嫌だよぉ……」
そう言いながら彼女はゆっくりと地面に手を着いて、こちらの様子を伺っている。ただ気になるのは子供の駄々の様な口調に反して、彼女の目は諦めたそれではなく何かを狙っているような強い瞳。私は警戒を緩めずにナイフと試験管を取り出す。伏せろといっているにも関わらず彼女はまだ地面に手をついているだけだ。
「何をしているんですか。早く地面に伏せなさい。それと周りの土人形たちも遠くへ移動させなさい。早く」
「は、はひぃ! つ、土人形たち、この場から離れ――」
「――ないで私を守って! 『上昇土流』」
彼女の言葉に反応したのはその場に倒れていた土人形たち。瞬時に起き上がり私の前に立ちふさがるように身を盾にしようと走る。だが土人形たちは鈍間だった。私がナイフを投げるほうが数段速い。私のほうが早いので問題ないだろう。
よくも余計な真似をしてくれたものだと考えながら、ナイフをイヅルへ投げつける。土人形たちが盾になろうと急いでいるのだろうが、そのナイフを阻むことは出来ない。土人形が盾になるより早くイヅルに向かっていくナイフ。また逃げられたりしても困るので狙いは足だ。そして地面に手を着いたままのイヅルにナイフが到達。
――せずに、不自然に盛り上がり始めた地面に弾かれた。
「なっ!?」
イヅルへナイフが到達する直前、彼女のすぐ前方には不自然な地面の盛り上がりが生まれる。それはすぐに私の視線から彼女を消し去るほどの高さまで盛り上がった。そして命令を遂行し彼女を守ろうと仮面の土人形たち三体が立ち塞がった。
「小細工をっ! どきなさい『暴発を促す一滴』」
邪魔な土人形を退かす為、もう一度魔法を唱えて試験管を投げつける。破裂によって生まれる衝撃で彼らは吹き飛んだ。後はあの盛り上がりの裏に潜む彼女だけだ。
「手間をかけさせないでくださ……っち、また逃げましたか」
先ほどの負傷は軽くは無いはずだが、いつの間にか反対側へ走るローブの姿が。それも複数が別々の方向に逃げている。
かく乱のつもりですか、逃げているのは三名、真ん中か、右か左か……。
確かイヅチはローブに血が付着していたはずですが、逃走しているどの人にもローブに血がついてませんね、だとしたら。
と、考えたところで、地面にローブが一枚落ちていることに気づく。そのローブは血が付着していた、相手も血の付いたローブのまま逃げるのは愚策であると気付いていたようだ。
「早着替えですか」
という事は新しいローブを着て、逃げている。この数秒でそこまで考えていたという事でしょうか。
やはり今逃げている三人の内の誰か……。
「――いえ、後ろですね!」
シンシアは突然振り向き様にナイフを投げる。突き刺さったのは、先ほどの地面の盛り上がりの影に潜んでいたローブに仮面をつけて正体が不明な誰か。ナイフはそのローブ姿の者の足元に突き刺さり動かないよう牽制したつもりだ。背後に僅かに感じ取れた背後の気配を受けて、咄嗟にナイフを投げたが、相手はピクリとも動かない。
躊躇なく近付いて仮面を剥がす。仮面の奥は土肌、どうやら土人形だったようだ。
「むっ、今の気配はこの土人形からですか。うーん、彼女の負傷具合からいって、逃げていると思わせて裏に隠れている、という線が一番怪しいと思いましたが。この土人形も気配をわざと察知させるために用意したのでしょうか。そうであれば思った以上に頭が切れる相手ようですね……。さて仕方ないですが、どちらへ逃げたのかはもう運任せですね。とりあえず今時間を掛けてしまった分、全力で追いかけなければ」
目の前の土人形を一瞥してから振り返る。もうかなり距離を離されたようで、三人の逃走者は森の木々に遮られてほとんど見えなくなっていた。
「ですが、どうにか追いつける距離でしょう。そのお粗末な逃走では私から逃げることは適いませんよ、一人たりとも……『猛追せし狩人』」
またも魔法を唱えると、すぐさま地面を蹴って逃走した敵を追いかける。魔法によりシンシアの地を駆けるその速度は獰猛なチーターを彷彿とさせるもので、その驚異的な速さには先に逃げていたはずの敵の元まで一分も掛からずに到達してしまうであろう。
*************
シンシアが居なくなった襲撃場所、そこには土人形が散乱しており、今は誰もピクリとも動かない。それは戦闘のダメージによる戦闘不能状態ではなく、主からの命令が無い状態であるために動く必要が無いからだ。
そんな場所の中心でイヅチが使用した土魔法『上昇土流』によって作り出した土の壁。その壁はボロボロとヒビが入り、小さな穴がいくつも生まれており、その穴からは青色の瞳が外を覗き込んでいた。一先ず安全だと確認したのか、小さな穴は更に大きくなりどんどん土の壁が崩れていく。そして中から一人の少女が顔を出した。
「あの人本当にやばいよ……。さっさと逃げちゃわないと!」
先ほどのシンシアの感じた背後の気配。それは土人形のものだったと思われていたがそうではなく、土の壁に隠れていたイヅチ自身だった。
『上昇土流』によって盛り上がった地面はそのまま私を包み込み隠してくれる。そしてダミーとして三体の土人形を後方に逃走させてあの女に追わせるという予定だった。ちゃんと血がついたローブを脱ぎ捨てて今は別のローブを着ているのだとカモフラージュもできた。あの侍女がダミーを追いかけた後、あわよくば後ろから襲撃できるかもしれないと思って、土の盛り上がりの裏に私を守るために来てくれた土人形を隠しておいたけど……。それも仮面をはがされてもう使えない。
「あの人の「後ろですね!」って何ですかもー。ヒヤッとしちゃったじゃん! 心臓止まるかと思っちゃったよ」
あの恐ろしい侍女の言動を思い出してブルリと身体を震わせる。
「はー、早くこの場から逃げよう。あ、その前に、皆集合! 各自、私とは別の方向へ真っ直ぐ逃走すること、はいすぐ行って!」
イヅルはこの場から立ち去る前に、自分の足跡でまた追いかけられないように、周辺のまだ動けそうな土人形を集めて適当な道を走って貰うよう命令。残っている土人形は二名、まぁ心許無いが問題ないと信じよう。
命令通りにガサガサと草道を真っ直ぐ逃げる土人形を見送って、イヅルもさっさと草むらへ入って逃走する。
「はぁ、はぁ、覚えててよね。いつかこの私が貴女をコテンパンにしちゃうんだから」
負け惜しみ。端から聞けばそう思われるが、彼女の中では数ある目的の中の一つにリスト入りしたことは間違いないだろう。その目的を果たすためにも今は逃げる。逃げるのだ!




