ストーカーが見守る森の狩り
あらすじ:幼女たちだけで魔物を狩りに行くのが、不安でしかたない……。よし! 後を付けて見守ろう! だいたいそんな感じ。
平原の狩場にて身を屈めて草陰から二人の幼女鑑賞中……。
どうやら狩りは順調らしい。
フェルラビットというウサギ型の魔物が逃げ惑う中、レルちゃんがどこで覚えてきたのか短剣を投げて追いつめて、カルちゃんが逃走ルートに立ちはだかってナイフで手際良く狩る。
うーん、ほんとにどこで教わったんだろ……? 手慣れてるなー。
刃物なんて危ない物は普段から持たないようにしているんだけど。隠れて練習してるのかな?
悪い子たちだなー。今度から侍女たちに監視してもらわなきゃ。
レルの華麗な短剣使いにヒヤヒヤしながら見守る。
カルもあんなにナイフをぶんぶん振り回して見ているだけで怖い。今すぐ取り上げたいのを我慢しているのは、ただ隣でシンシアが私をがっちりと引き留めているからである。うん、我慢できてないね。
「ナイスです!」
「カルも、手際いい」
依頼を受けてから一時間。
すでに依頼で受けた、五体のフェルラビットを狩り終えた二人は大きめの袋に兎を詰めている。
これで依頼は終わり、何事もなくてよかった!
私が飛び出さないように取り押さえていたシンシアも、ほっと息を吐いている。
「よし、じゃあそろそろ森に行くです!」
「うん、楽しみ」
うん、森に行くの? なんで?
会話が聞こえるギリギリ。二人の近くで伏せて話を聞いていたら、なんだか不穏な空気に。
「ふむ、会話から察するに二人は普段から森へ赴いているようですね。まぁ、あの二人の身のこなしであれば下手をしなければよいでしょう」
「え、でもあの森でしょ、ザンコクマとかいたけど大丈夫なの?」
そう、森とはナツメがザンコクマ討伐の依頼を受けたブレイディア森林。
普段は森の奥に行かなければ強い魔物はいなかったが、あの時は森の浅い位置にもザンコクマがいたのだ。他にも強いが出てこないか不安になる。私にとっては魔物が強かろうが弱かろうが、『立体影法師』があるので危険はないが、幼女たちには命の危険がある。とてつもなく不安だ。
「いえ、ザンコクマに関しては勇者が一掃したそうです。
その他のランクの高い魔物についても森の浅い個所では見つかっておりません。子供だけで行くのが危険であることには変わりありませんが……。もし危険であればすぐに止めますが?」
「うーん、とりあえず様子見でこのまま続行しましょう。本当はとっても行ってほしくないけど、ここで止めても、私がいない間にどうせ隠れて行くでしょうし。それなら森まで付いていって、二人にとって危険かどうかを見極めなきゃ。」
シンシアが二人の戦闘を見て評価していた、あの森であれば問題無いと。私は戦闘を見てもどれくらい強いとか分からないけど、シンシアがそう言うのであれば、私はそれを信じよう。
……だけど少しでも可愛い身体に傷がついたら、すぐに引き戻して帰るからね!
*************
――ガウルルゥ……。
森の浅い位置。ナツメとシンシアに見守られているとは知らないレルとカルは、フェルウルフの群れを発見した。
カルはすぐ後ろにいたレルに止まるよう、手で合図を出し小声で話す。
「居た、フェルウルフです」
「むっ……6匹?」
レルの問いかけに首を静かに縦に振る。
『フェルウルフ』は目の前には茶色の毛並みを持った大きな犬のような魔物。人間のような集団性?
どうやら小規模の群れらしい、家族だろうか? それとも、1グループか? フェルウルフは基本10匹以上の群れが多い。もしくはグループに分かれて、群れの統率を図っている。稀に家族だけの群れがいる時がある。目の前の彼らはどうだろう? もしそうだとすると、村八分にでもされたのだろうか、魔物の中にも色々ありそうだ。とりあえず私は空腹なので、彼らを今日の夕飯にすることにした。フェルウルフの肉はスジっぽいし硬いから食事では顎が疲れそうだ。
・ジャンリ・ファーブリ(帝国歴123年)『ブレイディア森林探索日記 上巻』32頁~33頁
カルが最近見ていた本にこのように紹介されていた。目の前の光景から読んだ本の内容を一瞬思い浮かべながら小さな群れをみやる。
6匹なら問題ないです。
カルとレルで3匹ずつ……、ただ正々堂々と行くのは頂けないのです。
初撃で2匹は削りたい、そして勢いのまま奥の4匹をやる……いつも通りです。
そう、いつも通り。フェルウルフはもう何度も倒している。今更苦戦することもない。
近くに寝そべるフェルウルフに目を付けてレルに目配せをする。狙いはあの呑気に寝ている2匹だ。
レルは腰の短剣を抜き、片手を少し上げて了解のジェスチャー。
カルが頷いて、足元の大きめの石を拾う。レルにも見えるように親指から中指までの3本指を使ってカウントダウンを始める。これが奇襲の合図となるのだ。カウントが0になる前に手に持っていた石を遠くの草むらへ投げると草木に辺り掠れる葉音が鳴った。
その一瞬の音に紛れて二人は草むらから同時に飛び出す。タイミングは完璧だ。
葉音に気を取られたフェルウルフたちは、二人の奇襲に一歩対応が遅れた。
「カルは左を狩るです。レルは右です!」
カルは飛び出すと近くにいたフェルウルフに向かって突進。レルに支持しながら、自分は拳を作って大きく振りかぶる。狙いは一撃必殺の頭蓋粉砕である。
「わかった……『氷界の如き緩動視』」
一方レルは、敵に近づきながら魔法を唱える。
『氷界の如き緩動視』は十数秒の間だけだが、周囲の動きが鈍ったように視界に映り、攻撃の回避が容易くなるのだ。いうなれば強敵と相見えた一流の戦士。彼らの命を賭して戦う際に起こり得る現象。全てがスロウに感じる瞬間『ゾーン』というものに入った状態だろう。
そんな状態であれば、目の前で驚き戸惑うフェルウルフの喉元に短剣を突き刺すのは、目の前で蠢くアリンコを潰すよりもイージーである。
狙い通り、動き出したフェルウルフの喉元に短剣を突き刺して、力任せに横に薙ぎ掻っ切る。
血の飛沫がレルの白銀の髪を赤黒く染めていくのと共に、首から血液を吐き出したフェルウルフはすぐに息を止めた。
――キュイィッン!?
ふと傍から聞こえた鳴き声にレルが目を向けると、カルの殴った痕だろうか、鳴いた魔物の顔面は右半分が殆ど潰れて横たわっている。あまりに痛々しい。
「魔物というには可愛らしい声で鳴くのです。だけど一発ではまだ無理でしたです。狙いも少しずれちゃったです」
カルがそういうと、目の前に震えて立ち上がるフェルウルフを一瞥して、またすぐに殴り掛かる。立ち上がったばかりのフェルウルフの顔面に強力な二撃目を与えると、メキメキと嫌な音が鳴り殴り飛ばされる。
そして今度こそ起き上がることはなかった。
「カルは甘い……もっと急所をよく狙え」
カルが1匹を仕留めると、横から声を掛けられる。今のを見られていたらしく、どうやら一撃で仕留められなかったことを責めているようだ。
むぅ、カルだって『氷界の如き緩動視』が使えたら余裕なのです!
自分だけ使えるからって上から目線です! このバカレル!
キッと睨んで心の中で愚痴る。だが声に出している暇はない。すぐに目の前は今にも襲い掛かりそうなフェルウルフが4匹との睨み合いだ。
「レル、そのまま右の2匹は任せたです! 残りはカルがやるです!」
「分かった」
作戦(といえるかは分からないが)を手短に伝え、カルはターゲットを2匹に絞り、今度は一撃で仕留めようと拳に力を籠める。
そこにフェルウルフが襲い掛かってきた。自らの武器である鋭い爪を振るう、何の変哲もない直線的な飛び掛かりだ。その攻撃に対して正面から拳を構える。
魔物は相変わらずバカ一直線の短絡的な攻撃しかしないです。そんな攻撃じゃあ……。
飛び掛かりのため宙に浮いたフェルウルフの身体。カルは襲い掛かってきたフェルウルフに対抗するように素早く前進。身体を捻って最小限に近い動きで敵の爪を避け、それと同時に身体の捻りで振りかぶりの体制を取っていた右拳が、瞬間、フェルウルフの顎を捉えて砕き、骨が砕けたとは思えないような快音とともに殴り飛ばした。
敵の攻撃の勢いを利用し、狙いを澄ましたかのような反撃。一撃必殺の大技。
遂に決まったのです、これが……。
『かうんたー』、です!
ナツメの故郷では『ぼくしんぐ』という戦闘技術で戦う見世物が人気らしい。話を聞いてすぐに興味を持ち、強力な腕力を主軸とする自分に合った技術だと、陰で練習していたのだ。この『かうんたー』だけを。
調子は良好とばかりに、逃げられる前に次の獲物へと足を運ぶ。
2対1に優位性を感じていただろうフェルウルフは一転、仲間に悲劇を与えた目の前の少女に怯えを見せ逃走を図ろうとする。だがもう遅い、獲物はより強い狩人に狩られる他ないのだ。
「はぁぁああ!」
殴る殴る殴る殴る殴る!
それはただのラッシュで、獣人の身体能力を存分に活用した暴力的な戦闘技術。
カルは一匹のフェルウルフをただただ息絶えるまで殴り続けていた。
カルにとっての『ぼくしんぐ』は最早敵を殴るのみ! 攻め続けるインファイターであり、カウンターもガードする必要がなく、すぐに攻撃に転じれるからこそ好む技だ。『じゃぶ』など必要ない。
「殴り飛ばす、です!」
これで終わりだといわんばかりに最後の一撃を振りかぶり振り下ろす。
フェルウルフの頭蓋にぶち当てた拳により、地面へ叩き落ち砕けてか細く悲痛の鳴き声を上げ絶命。
地に転がされた茶毛のフェルウルフは血で赤毛に塗れ、朽ちた姿を晒した。
「ふふん、『ぼくしんぐ』やはりカルに合っているです!」
魔物との一方的な『ぼくしんぐ』(というには血生臭すぎる何か)。
血に濡れ塗れた拳を満足げに見つめながら、カルは無邪気な笑顔を振りまいた。
*************
レルは両手に短剣を携え2匹のフェルウルフに立ち向かう。遂にフェルウルフも痺れを切らして襲い掛かって来た。
フェルウルフが飛び上がり振り上げた鋭い爪の一撃、それを右手の一刀で受け流すと、左手の一刀で眼球へと突き刺し切り裂く。痛みに悶え鳴く声が響くと同時に二体目が飛び掛かってくる。
「遅い……」
『氷界の如き緩動視』の効果を得ているレルは、スローモーションのような敵の攻撃を躱しながら短剣を急所にぶっ刺していく。
もう一体のフェルウルフの攻撃を難なく躱して小さな体は懐に入る。身体を捻じり回転の勢いを殺すことなく右手に宿し、フェルウルフの脇腹から腹に掛けて抉り裂いた。切り裂かれて鮮血と内臓が零れだしたフェルウルフは着地に失敗して胴体から落下。
「温い……、雑魚」
二体の魔物を同時に屠ったレルは後方を見やる。ピクピクと瀕死そうだが震えながらも立ち上がるフェルウルフ……初撃に片目にダメージを与えた奴に向けて短剣を放つ。
――キャィンッ!?
片目のフェルウルフの喉元に短剣が見事突き刺さり、ぐしゃりとなだれ落ちる。短剣投擲もお手の物だ。
「おっ?」
丁度、『氷界の如き緩動視』の効果が切れたらしく、視界がぼやぼやする。時間内に魔物を屠ることができたレルは、その達成感に相変わらずのジト目ながら口元だけは軽い笑みを浮かべた。
「あれ、この子たち、ちょっと血生臭くない? 私の可愛いレルカルちゃんはどこ……?」
怪我をしたら大変だ。と見守っていたはずのナツメだったが、今は別の意味で止めたい。認めたくないが彼女たちは非常に戦闘を楽しんでいた。ああ、可愛い甘えん坊のあの子たちは何処へ……。




