シンシアと地下の奴隷
あらすじ:メイドさん無双。ってゲームで出てきたらまぁまぁ面白そう。
週一ペースが少し崩れましたが、私は元気です。
「シンシア! スペリアちゃん! こっちだよ」
アイが二人を連れてきたのは執務室。
一見綺麗に見える執務室の机や床。
しかし、よく見ればまるで使用されていない事がシンシアには瞬時に分かった。
その使われていないであろう大きな机にはカモフラージュなのか、申し訳程度に本が積まれているだけ。
執務室自体は、周囲の壁を本棚が覆っていた。
アイが適当に本棚から数冊の本を取り出すと、その奥、取っ手のようなものが壁にあるのが見えた。
躊躇い無くそれに手を掛けて力を込めると、本棚ごと壁が横にずれ、人一人が通れるような暗い通路が姿を現す。
「本棚の裏ですか……よく気付きましたね?
貴女はこういうものに疎かったはずでしたが……」
「えへへ~、そりゃあ何度かこの屋敷に侍女として働きに来てるんだしー。
この執務室は怪しさ満点だよ!」
アイが働いていたキタルダ屋敷では、毎回決められた日程で侍女が派遣されて、この館の侍女として一日を過ごす事になっている。
そうなったのは、この館の主、キタリウスがこの館に対して侍女を雇う事を嫌ったからであり、それでもやはり侍女が居ない館というのは、掃除もされない訳で。
それを良しとしない父親のキタルダ伯爵が無理を通して侍女を通わせているのである。
普通なら館に侍女を入れたがらないキタリウスの方が余程、無理を言っている格好なのだが……。
「そうして私はキタリウス様が篭りきりであるはずの執務室が、毎回綺麗なのが気になったのです!
なのでそこら中を調べるとなんと! この本棚に辿り着きました! どうですか。私の推理力!」
「凄いですね。こんな誰でも気付きそうな不自然な状況を残す間抜けなキタリウスとやらが……。
まあ、さっさと行きましょうか」
ふふん。と胸を張って誇らしげなアイ。
それを当たり前と切り捨てて、シンシアは先に通路の先へと進む。
「あ、ちょっと! シンシアってば! まって!」
アイもワイワイと一人騒ぎながら、シンシアの後を追う。
「な、なんであのお二方は平気なんでしょうか……。
ありえないです……」
一人取り残された執務室でスペリアは呟いた。
なぜなら、通路が開いた瞬間から、その通路からは鼻を劈く腐臭。鉄の臭い。
その先が最悪の場所である事を想像させるに足る空気がすでに漂っていたのだから。
*************
暗く埃っぽい地下への階段を降りきって広間に着くと、先ほどよりも強くなっていく悪臭。
スペリアは耐え切れず途中でこちらに来ることを断念してしまった。
汚物や血の臭いには流石に近づきたくないのは分かるが、ご主人様から与えられた任務を最後まで遂行できないと言っているようで、忠誠心が足りない。
そのように感じてしまうのは少々酷でしょうか?
「くーさーいー。はきそー」
アイは隣でぶつぶつと文句を言っているが、シンシアは無視。
過保護すぎるご主人様がこの場に居たのであれば、すぐに抱きしめてすぐにでもこの地下室から引き返し「お風呂に入りましょう!」だなんて言うだろう。
アイはそれだけの幼女性を備えていた。
私には無い幼さ。ご主人様の求める、魅力的な若さ。
アイの容姿はご主人様が好むものです。
少しばかり嫉妬をしてしまいますが、私自身、そんなことで気が立ってしまうのも、この研究書類を発見してしまったからでしょうか?
『拷問魔法研究成果』
シンシアは目の前に積まれた紙束の表紙、そこに書かれた文字列を見て顔を顰めた。
「どうやらキタリウスは純粋な研究者ではあったようですね……」
紙を捲ると、その研究の概要が書かれていたが、その中の一文に、「魔法の研究とはいえ、人の悲鳴を聞くのは心が痛む」などと宣っている。
自身の快楽のために拷問していた訳ではない事は、この後に続く内容を読んでも明らかである。
この内容を信じるのであれば。だが……。
毎回違う拷問魔法の検証に対して、この魔法は見ているだけで辛い。だの、思わず目を背けたくなる程の効果である。だの……。
如何にも私には良心がまだあるのだ。確認するようにところどころに書かれている。
「ふざけていますね」
それでも研究を続けていたのは、拷問をするという嫌悪感を魔法の研究の好奇心が上回ってしまったからでしょう。
キタリウスは魔法の研究者として名高いと聞きます。
どれだけ心を痛めようと、好奇心には勝てなかった。
そんなもの、殺人や拷問に興味を示した異常者と違いはありません。
他人に害を及ぼしている時点でクズです。
「『粘質なる炎熱』」
不愉快なその紙束を跡形も無く燃やす。
このような研究など世に出してはならない。
誰が悪用するかも分からないのだから。
あっという間に灰となった研究成果を踏み潰し、地下室を奥へと進む。
「行きますよ、アイ」
地下の悪臭に、鼻を摘んでむーむーと眉を顰めているアイに声を掛けて、地下室の奥へと向かう。
部屋の奥には幾重にも扉が連なっており、奥の部屋へ行くのも一苦労です。
扉を開けば開くほど悪臭も濃くなり、流石の私も口の中に酸っぱい物が込み上げてきてしまいます。
「ね、ねぇ? シンシア……。
あれって生きてるの、かな?」
妙に厳重な扉を開き続けていると、およそ五つ目の扉を開いた先……。
鉄の牢に囲まれた大部屋に辿り着きました。
その部屋は、私たちが鉄の牢に囲まれているわけではなくその逆、周りの壁全てが鉄の牢という部屋です。
最低限の弱い明りが灯る薄暗い牢の中には、シンシアたちが来たにもかかわらず、ピクリとも動かない人形のような人間が牢の中で埋っていた。
牢の数はざっと見ても二十ほど。
一つ一つの牢に3~5人居ることを考えると、約八十人以上は犠牲になっているのだろう。
ここにいる全員が若い奴隷、どうやら体力がありそうな若者を連れてきたのだろう。
その奴隷だったはずの糸の切れた人形が、今も濁りきった目で欠片も動きが無いまま虚空を見つめている。
「まるでゴミ捨て場ですね……」
「流石にこれは酷い……です」
ゆっくりと周囲の牢の中を確認しながらも、この人たちを牢から出したところで、もう復帰は不可能だろうと思考する。
どの人形も私たちが来たことにすら気付いていない。なんせ自分に蟲が集っていることにも気付いていないのですから……。
――ひっ……。
奥の牢の前を通り過ぎた時、人形に成ったはずの彼女たちの中から怯えた声が聞こえました。牢の中を見ると、人形に偽装した横たわる子供。
俗に言う"死んだフリ"ですね。
ただ他の人形に比べて、ある程度小奇麗なのが目立ち隠しきれていないのですが……。
一瞬、ピクリと動いた彼女の目は、どうやらまだ光が灯っている。
シンシアはその牢の前に立ち止まると、その子供を見つめる。
死んだフリをしているにもかかわらず、異常なまでに震えている少女。きっと恐ろしい拷問に遭ってしまったのだろう。恐ろしくない拷問など無いとは思うが……。
しかし痩せ細った身体には拷問の跡が見当たらない。
あの忌々しい研究資料にあった、"精神拷問魔法"でも使用されたのだろうか?
よく見れば、彼女の周りの人形たちも体に傷があるようには見えません。
なるほど、どうやらこの牢の子たちは精神拷問魔法の被検体なのでしょうね。
ですがそんなことはどうでもいいのです。
やっと私は"人間"を見つけたのですから。
牢に近寄って彼女を見据えて言います。
「あなたは生きたいですか?」
「ぇ――」
震えながらも、こちらをジッと見つめる少女にシンシアは問いかけました。
まだ生きていたいのか。
それとも死にたいのか。
このような環境に居ると、死んでしまいたいと思うこともあるだろう。
それであればその手伝いをしてあげても良かった。
私は彼女がどちらを選ぼうと叶えてあげたかった。
奴隷を助けてきてと言ったご主人様には申し訳ないのですが、私は彼女が"死にたい"と口にすれば、悲しいながらも彼女の意思を尊重してしまうでしょう。
はぁ、私もまだまだ忠誠心が足りませんね……。
「し、しに……」
「なんですか? しっかり口に出しなさい」
「し、死にたくない!」
良かった――。
彼女のその言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろしました。
無意識とはいえ、私も不安だったのでしょう。
とにかく、死にたくないと思ってくれて良かった。そう思います。
「そうですか、いいでしょう」
シンシアはそれだけ言うと、アイに目配せする。
「はーい」
何も言わずともアイには伝わった。
アイは目の前の鉄格子を両手で掴むと、左右に開くように力を込める。
「ぬぐぐぐぐぐぐ……!」
徐々に開いていく牢。
アイは数十秒かけて子供一人がギリギリ通れるほどの穴を力ずくで作った。
「はふぅ……、ほら出てきていいですよ」
自分と同じくらいの背の少女が、目の前の鉄格子を押し曲げる光景。
それを見て唖然としていた少女は、出てきていいという言葉に反応して起き上がる。
長い時間、立つ事をしていなかったのでしょう、ふらふらと足が縺れそうになりながらも、牢の外に出てきてくれました。
シンシアの目の前まで来ると、胸の前で手を握り締め怯えながらも、どうにか目を合わせている。
その目には、周りの人形たちとは違い、やはり希望が宿っていた。
彼女の勇気を称えて、彼女の頭の上にそっと手をおいて撫でる。
この行為に少しビクついているが、しばらく撫で続けると少しは安心したようだ。
「良い子ですね。あなたのお名前を教えてください」
シンシアは屈んで少女と同じ目線になる。
胸の前で握り締められた少女の手を両手で包むようにして、触れ合い、安心させる。
奴隷解放を行う際に、ご主人様がよく使う手だ。これで大抵の子供たちは落ち着くそうだ。
いつも隣で見ている私は、その効果はよく知っている。
「ユルユ……です」
「ユルユ、ですね。
貴女はこれから私たちと共に来ていただきます。いいですね?」
「は、はい!」
「良い返事です。では行きましょうか。
アイ、ここにはもう人はいません。
この館は火葬の意味も込めて、火を放ちましょう」
「さすがシンシア、相変わらず過激ですね!
じゃあ準備してくるー!」
アイはぴょこぴょこと準備に向かっていった。
「あ、あの……、私は奴隷なのです。
つれ、連れて行ってもすぐにばれちゃうと思う……ます」
ユルユが言った懸念は正しい。奴隷は逃げ出しても居場所がすぐにばれてしまう。
契約書と奴隷の首輪が繋がっているために、契約書を手にすることで奴隷の居場所がすぐに把握できる仕組み……。
まったく忌々しいことです。
だがその契約書は手の内にある。
問題ない。
「なにも心配する必要はありませんよ。
ほら、手を」
そう言ってシンシアはユルユの手をとって引く。
こんなところで長話をするつもりは無い。
理由など後でいくらでも話せるのだから。
「あっ……」
手を引かれた少女はそのままメイド姿の女性に連れられて、この人形だらけの地下室から出て行った。
その日、街の人々は昼間から轟々と燃え上がるキタリウスの館を見た。




