ペコと変態
あらすじ:勇者は無事ケルベロスを倒す。でもケルベロスは何故急に出てきたのでしょうか?
またケルベロスが死んだ……。
生まれたばかりの赤子とはいえ、あの子はそこらの魔物より強かったはず。
産む時に消費した体力もバカにならなかったというのに……。
ザンコの群生地、そこには11体ものザンコクマの残骸が転がり、
その中心に佇むは、勇者を先ほどまで一方的に追い詰めた少女。
眩しいほどに輝く黄金色の両目は、少し悲しげに揺れている。
勇者に逃走されたために即座にケルベロスを産み放ち、
後を追わせてみたが、どうやら返り討ちに合ったことが分かった。
あの人間は小さい割りに中々強いらしい。
でも私を見て逃げちゃうんじゃ、脅威にはならなさそう?
子供たちを殺した事に怒りが沸いてくるが、まぁまた産めばいいかな?
今更追いかけるのも面倒くさい……。
というかお腹すいた。
この辺には食べるものも無くなったし、
そろそろ移動してもいいかな。
でもその前に……。
「誰?」
誰も居ないようにも思える視界の奥の樹木の陰。
彼女の言葉が届いたのか、のそりと現れた、紅の髪を揺らした女性。
「はぁはぁ、こんにちは。
あなた迷子? お名前は? お家はどこ?
お腹空いてない? お菓子があるのだけど?
私の泊まってる宿に行きましょう? ね? どうかしら?」
何故か顔を紅潮させて、涎を垂らしながら近寄る人間。
どうやらどこか頭が可笑しいように感じる。
話が通じる気がしない。というか話したくない。
今にも何かをしでかしそうで怖い。
とりあえず、消すことにした。
「死ね」
長く黒い袖を揺らして、変態に向かって腕を振るう。
「疲れてない? 難なら抱っこして一緒に帰――ふぎゃぁぁああ!?」
瞬間、黒い光が生まれ、女に向かって直進。
その変態がピクリとも動くことの出来ない速さで直撃した。
叫び声を上げて、跡形も無く消え去る。
……一体なんだったのだろう?
まぁいいや、さっさと食べ物がいっぱいある所に行こう。
今日はちょっと強い子を産んだから、お腹が空いて仕方が無い。
周りのザンコクマ《子供たち》の死体は流石食べることは出来ない。
さて何処に行こうか。
「食べ物」
「あらあらあらあら! やーっぱりお腹が空いているのね!
どうかしら! 私の宿に来て一緒に美味しい物を食べま――ぴゃぁぁああ!?」
なんと、まだ生きていたらしい。
さっきの攻撃は避けられたのか?
そう考えながら、咄嗟に腕を振るい黒い光を飛ばす。
今度こそ跡形も無く消滅させたはずだ。
…………行こう。
黒玉を放った際に振り上げた腕を下ろして、
何処かへ食べ物を探しにいくとする。
今度もあの木の実のように美味しいものを見つけ出そうと。
しかし、それは叶わなかった。
身体がふらつき立ち眩む。
どうやら自分が思った以上にお腹が空き過ぎていたらしい。
不覚、気付くのが遅かったか……。
――グゥゥゥウウウ~。
「やばい」
そう意識すると、途端に空腹が襲い掛かる。
地に膝を着いて、冷たい雪の地面にパタリと倒れる。
お腹が空いて動けないとはこの事を言うのか。
この地に来て……、いや生まれてこの方、多少の空腹には襲われても、
ここまで強烈な空腹は無かった。
食べ物が豊富なこの地で、調子に乗って、魔物を産み過ぎてしまったのが原因だろう。
そしてその魔物たちは全部あの逃走した人間に殺されてしまっている。
このままでは私に食べ物を持ってきてくれる愛い魔物は居ない。
だめだ、これは死ぬ……。
ふふ、餓死で死んじゃうなんて……。
私の、ペコの名前に相応しいのかな?
でもこんなことなら、あの変な人間についていけばよかったかな。
凄く変態だったけど、食べ物を恵んでくれるような口ぶりだったし……。
まあでも、もう殺しちゃったんだけどね……。
「死ぬ」
仕方ない。
私はここまでだ。
今まで長く生きてきたのだ。
いっぱい食べてきたのだ。
まだまだ食べていたかったけど、まぁ随分と生きたはずだ。
もう良いんじゃないだろうか……。
でも、最後にとっても美味しいもの、食べたかったなぁ……。
「おやすみ」
目を閉じる。
空腹で辛いけど、どうやらすぐに眠れそうだ。
冷たい地面がなんだか心地よい。
――っぁぁああ!
ん? 何かが聞こえてくる。ざくざくと雪を踏み蹴る音。
何かが走っているのか?
どんどん音が大きくなっていく。
そして声も。
「いぃぃけないわぁぁぁあああ!」
「ん?」
何かが向こうから現れる。
というかさっきの人間かな?
もしかしてまた攻撃を避けた?
……いや違う?
さっきから殺してきた赤い髪じゃない?
黒い髪の人間だ。
一体なんなのだろうこの人間は。
変態とは違う人間なのだろうか?
「もしかして死んじゃうところだったんじゃ!?
ダメよ! こんなところで死んではダメだわ!
背負うわよ!? ……って、はゎぁぁあ可愛いぃぃいいいい!」
ん? 様子が変?
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、近くで見るとくっそ可愛いぃぃぃい!
何なのこれ!? もっちもちの白い肌ぁぁあああ!
お目目がくりくりであひゃぁぁあああ! はぁはぁ、もうダメ!
一緒にお風呂――!
はっ!? ここにお風呂無い!? ってそれどころじゃない!
早く! 早く処置しないとぉおお!
この子の損失は人類の、いや全宇宙の損失!
いや私だけが絶対に保護してやるんだから! 絶対よ! 絶対!」
うん、違う人かと思ったら変態でだったらしい。
見た目も声は違うけど、中身は一緒だろう。
もはや何を言っているのか理解できない。
どうやらあんなに攻撃を浴びせて殺そうとした私を助けてくれるようである。
何故か、さっきの私の攻撃が無かったかのように、
この人間には、私に対する敵対心がまるで無い。
どういうことだ?
――グゥゥゥウウウ~。
そう思っていると、また私のお腹が鳴る。
それを聞いてこの人間はどうやら私の倒れている理由に気付いたらしい。
「お、お腹の音!? あなた、空腹で倒れたのね!
分かったわ! 私に任せなさい!
今は食べ物なんて無いけど、
近くにきっと他の食べ物があるはずだから!」
そう言って、私を勝手に前に抱えると走り出した。
どうやら私に食べ物を与えたいようだ。
私に死んで欲しくないように見える。
凄く必死だ。
ありがたいが、何故ここまでするのだろうか?
……いや、愚問だよね。
「はぁぁああ! 可愛い幼女だぁぁああ!
カワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイ!
絶対誰にも渡さないぞぉぉおお!
うへへへえへええへ、えへへ!」
こ、こんなに私を嬉しそうに抱えて走っているんだから……。
きっとこの人間は、私の容姿が気に入ったのだろう。
それなら、何が何でも私を助けようとするだろう。
なんだか助けられた後が怖いけど……。
仕方ない、今はこの人間に頼ろう……。
数分ほど抱きかかえられていると、急にピタッと動きが止まる。
「ふふ、見ぃつけたぁ。あ、ちょっとここで待っててね?
ちょっと食べ物を取って来るから!
すぐ来るからね? 寂しがらないで?」
不安そうな顔で私を見つめてくるが、
寂しいなど、そんな事まるで思ってない。
それより本気で死にそうなので、さっさと食べ物を取ってきてくれ。
「じゃあいってくるね!」
私を草陰に隠すように下ろして寝かせると、彼女は私の傍に座る。
あれ、行くんじゃないのか? と思ったが、
その人間は隣でなにやら魔法を唱えた瞬間に、"人間は二人になった"。
傍目からは、分身にしては実体に近いソレと、
本物だったであろう意識の抜けた殻が生まれている。
珍しい魔法だ。
さらに人間は呪文を唱えて、姿が変わる。
さっき会った、赤髪の人間の姿だ。
いや黒髪の方も十分変だけど……。
「待っててね?」
一言告げて私の頭を一撫ですると、この草陰から出て行った。
「不安」
自分を連れてきたであろう黒髪の人間。
その変態性の塊のような人間の抜け殻を横目に、
ペコはこれからの事に不安を感じざるを得ないのであった。
ついにストックが底を尽いたぁぁぁあぁ……。
悲しみ。




