勇者と合流
あらすじ:勇者は女の子から頑張って逃げました! チートな神聖魔法を使って、いかにも奥の手みたいな魔法と使って、逃げました!
「はぁはぁ、これだけ逃げたら大丈夫かな……?
ぐっ!? か、体中が痛い! やっぱりあの魔法は反動がでかいよ……」
上位種と思われる黒髪の幼女の姿をした魔物。
彼女が追ってきていないと分かる頃には、『嵐を滅す神変』の魔法の効力は切れ、使用した事によって起こる副作用で、身体が十全に動かせず、さらに体中から痛みが走り出していた。
それでもどうにか歩みを進めることができ、森林調査隊を留まらせていた場所まで戻ることが出来た。
ユウシがハンターたちの元まで無事、辿り着くと、ハンターたちは緊張した面持ちで周囲を警戒していたが、一人のハンターが勇者を見つけてから一変、驚いた顔を見せて近寄ってくる。
「ゆ、勇者様……!? おい皆! 勇者様が帰ってきたぞ!」
「なに!? 勇者様が!?」
「はぁぁ、や、やっと警戒を解除できるわ……」
「し、死ぬのかと思った……」
ハンターたちは何やら安心しきった様子であった。
余程、何か恐ろしい事が起きたのか、神経を擦り減らしてまで辺りを警戒していたらしい。
険しい表情だった彼らは助かったと安堵していたり、涙を見せる者まで居る始末だ。
「あの……、ところでキタリウスさんは何処に?
あと、ハンターさんが一人、確かロックさんでしたよね? 彼が見当たりませんが……?」
この場に見当たらない二人の事を尋ねると、安心しきった空気が一転、一気に暗くなる。
忘れたかった過去の事のように、誰もが口を閉ざした。
ハンターたち各々目を逸らしたり、パーティのリーダーに視線を向けて、説明を任せようとしている。
あまりに重苦しい空気の中、一人の男。
B級パーティ『ウォリアーズスノウ』のリーダー、ユデロが耐え切れず口を開く。
「キタリウス様とロックは殺されました……」
ユデロの言葉に驚く。
自分がザンコクマを倒しに向かい、あの上位種の魔物から逃げ帰ってくるまでの時間、恐らく10分にも満たない。
それでも、短い間に二人の命が奪われる事態が発生してしまったのだ。その内一人は伯爵家の息子である。今の状況が非常に悪い事をユウシは即座に理解し、しかし困惑する。
何故二人も死んでしまうような事態になってしまったのか……。
ユウシはそれを問いかける他なかった。
「キタリウスさんが!? それにロックさんも!? 一体どうして!?」
「上位種の魔物です。いきなり現れて……」
そういうハンターたちだが、彼らの情報は正しくはない。
殺されてしまったキタリウスだけが途中で知り得た事だが、キタリウスは不意に現れた、ラヴという存在は上位種の魔物などではなく、
自分を狙う襲撃者だと気付いた。
しかし、ラヴが襲撃者である事をハンターたちに伝える前に殺されたために、ハンターたちは未だに、ラヴが上位種の魔物であると考えていた。
そしてユデロの上位種という答えを聞きユウシは、今まさに相対し逃げてきた上位種の魔物、あの黒髪の少女を頭に思い浮かべる。
まさかあの黒髪の女の子の姿をした上位種では!
僕だけでなく皆もあの魔物に会ったのか!?
「上位種の!? もしかして黒髪の女の子ですか!?」
「い、いや……、俺たちが見たのは、ラヴとかいう赤い髪をした女の魔物、上位種でしたが……?」
赤い髪?
僕が見たのとは別の個体と言う事か……?
「その赤い髪の女性は上位種であったことは間違いないんですか?」
「あ、ああ……、胸を槍で貫かれても死なず、しかも俺たちを油断させるために勇者様の姿に化けて、キタリウス様に近づいたんだ!
そんな悪知恵、上位種の魔物じゃねぇと不可能だろう!?」
槍で貫かれても死なない。僕の姿に化けて敵を騙す……。
確かに上位種と思われるほどの狡猾な魔物といえるだろう。少なくとも胸を貫かれても平気で動くような者が人間であるはずはない。
で、でも……そうするとこの森には少なくとも二体の上位種が居る――!?
なんて事だよ! 上位種が近くに二体も居るなんてありえない!
流石の僕でも対処しきれない! 一体でもこのザマなのに!
ユウシは体中に走る痛みに耐えている状態。
無理に動こうとすれば、普段と変わらずに戦闘は出来そうではあるが、それも持って数分。
ハンターたちも疲労が目に見えて出ている。この状態では魔物が現れた時に全滅もあり得る。
本来の目的である森林の調査も、目的自体は終えている。上位種が二体という最悪な調査結果であっただけだ。
なので、これ以上この森に長居する必要など無い!
そう結論付けて、ユウシはハンターたちに提案する。
「皆さん! 今の話を聞く限り、早くこの森を出たほうが良いです!
実は僕も、まさに今! この森の奥で黒髪の少女の姿をした上位種と相対しました!」
「なんだと!?」
「この森は上位種が2体も!?」
「で、でも勇者様と一緒なら……」
これ以上の戦闘は勘弁してくれ……。
そう思いながらも、ユウシは彼らに森から逃げるべきと促す。
「いえ……、残念ですが、今の僕ではあの上位種は倒せません!
あれはザンコクマなんか赤子に思えるほどに強い……。悔しいですが、ここは逃げるべきです!」
ユウシがそう答えると、ハンターたちは先ほどのまでの絶望がさらに深まる。
しかし、大丈夫だ。ここから帰るだけなら、普通の魔物の集団程度なら、僕が『輝き撫ぜる騎士の剣』で援護すれば彼らだけでも十分対処可能だ。
今は上位種に出会うことさえなければ……。
「皆さん、大丈夫です! 現在、どちらの上位種も追ってきてはいません!
他の魔物が出てきても僕が最大限援護します!
だから今のうちに逃げ――」
――グヴォォォオオオオ!!
――ガルゥゥウウアアア!
――ウォォオォオオオオン!
突如鳴り響く三重に重なる獣の声。
ユウシがハンターたちに逃走を促そうとした時、その魔物は現れた。
「あ、……なっ!?」
肌を刺すような寒さの中、視界と足場の悪い森林で、度重なる魔物の猛攻と、張り詰めた緊張感の中行われた警戒、そして唐突に出会ってしまった上位種との圧倒的戦力差を間近に感じた彼ら。
この森林調査依頼は、言うなれば"地獄"そのものだった。
その"地獄"の言葉に相応しい恐怖を与えるべく、本物の地獄を見せ付けるかのようにユウシたちの前に現れたその魔物は咆哮した。
「ケルベロス……」
ハンターの一人がその魔物の名を口にする。
古い時代の魔物の多くを記された資料『魔の怪物の書』。
現在、各モンスターギルドに保存されているその資料は、
実力のあるハンターであれば一度は目にした事があるであろう。
しかし、その資料にあるほとんどの"強力な"魔物は、近年ではもはや伝説に近いほどに姿を現さなくなった。
絶滅したのでは? そういう声も囁かれている。
その資料に記されたある"魔物"。
その三つ頭からは地獄の火焔と揶揄される黒炎を吐き。
鋭い大きな牙と爪は鎧をも軽く引き裂く。
3~5メートル程の巨体が、漆黒の体毛を靡かせて駿足で駆け抜ける様は、まさに侵入者を狩る地獄の狩人『ケルベロス』。
『魔の怪物の書』にはそう記されていたのを記憶している。
そして、その伝説の魔物が今目の前に参上した。
「うそ、だろ……?」
「ゆ、夢よ! ありえないわ!」
「お、おい! 早く逃げねぇと、死ぬぞ!?」
「あばばばばばばばばば!?」
ケルベロスを見たハンターたちは、その伝説たる威光に怯え、これから起こるであろう惨劇に怯え、すぐさま散り散りになってしまう。
ケルベロスから率先して逃げ出す者、その姿を見てただただ慌てふためく者、これは夢だ、と現実逃避する者、思考が停止しその場で立ち尽くしてしまう者。
そして、そのどれもが仕方ない事であり、咎めることなど誰が出来ようか。
敵は伝説と謳われるケルベロス。己の全てを賭した全力とて、B級程度のハンターでは触れることすら叶わない。そこらの魔物とは何もかもが違う、規格外なのである。
そしてケルベロスにとって、その程度のハンターとは、人間とは、一撫でされればそれで壊れてしまう、玩具以下の存在なのだ。
故の余裕。
ケルベロスはこちらの存在を気付かせる遠吠え一つした後はすぐに襲い掛かることも無く、慌てふためく弱者たちを見つめていた。
一つの頭はこれから起こる惨劇に哀れむように。
一つの頭はハンターたちの脆弱さをあざ笑うように。
一つの頭は珍しい玩具を見つけた無邪気な子供のように。
「ケルベロスッ! お前の相手はこの僕だっ!」
そんなケルベロスの前に、ユウシは疲労が限界を迎える寸前の身体に鞭を打って、伝説の魔物を前に剣を構えて一人、立ちはだかる。




