カルの悩み
獣人ロリ。凄い甘美な響きですね。
「むぅ! 何故勝てない、です」
「別に……練習あるのみ」
ナツメの所有する屋敷、購入してばかりの頃はその裏庭には広い空き地が広がっていたはずだった。
しかし今は、ナツメ考案の遊具(と考えているのはナツメだけで、他の者は訓練施設だと思っている)SASUKEEなるものが建てられていた。
全長100mほどだが、全8箇所にも及ぶ「関門」と呼ばれるアトラクションが一つに纏められた遊具である。孤児院の子供たちだけでなくシンシアを筆頭とした侍女たちにも、適度な運動に最適だ。と現在大人気である。
そんなSASUKEEに挑戦しているレルとカルだが、比較的身体能力が高いはずの狐獣人のカルは、人間種のレルにタイムで負けていた。
「ふっ! はっ! とぅや! です!」
――バンッ!
ゴール地点に到着したカルが、ゴールボタンを叩き潰すように力強く押す。すると目の前の空間にゴールタイムが浮かび上がった。『記録の管理者』という魔法が掛けられており、スタートからゴールまでのタイムを示してくれるのだ。ナツメがマスターに縋り、呆られながらも作って貰った魔法である。
「3分07秒……、です」
「惜しい……もうちょい」
ゴール地点で待機していたレルに励まされるが、その言葉にイラッとくる。
ぐぐっ! 何ですかこいつは! 人間の癖に何でカルより早い? 動きは私のほうが速いはずなのに、何がダメなのです!?
レルの最高記録は2分44秒。このSASUKEEにおいてゴール記録3分切りは大人でも中々出来ることではない。そもそもゴール出来ることすら子供にとってはおかしいはずなのだが、この二人は身体能力に恵まれていたようである。実際に孤児院にいる子供たちでは、この二人以外にゴール出来ていないため、子供たちは本来の遊び方ではない("鬼ごっこ"や"隠れんぼ"などの障害物)利用方法をしている。
そんな二人は規格外の子供であることは間違いないのだが、カルは面白くなかった。
ナツメに奴隷から解放してもらってから今まで、ナツメを尊敬の目で見ていた。命の恩人とも思えるほどの恩もある。
それだけじゃない、ナツメは凄いんです! ナツメが作成した訓練施設SASUKEE、こんな素晴らしい物を考案するナツメは凄い! 孤児院でも寄付をいっぱいして、困っている人を助ける、凄い! 探偵としてこの国でもトップレベルらしい、凄い!
カルはナツメがどれほど凄いかを知るため、シンシアに教えを請うた事もあった。その時は、一日中ナツメについて語るシンシアが怖いと思ったが、同時にそれほどまでに尊敬すべき人物であるのだと確信した。
ナツメはほぼ毎日、自分の受け入れてくれた孤児院に来ては子供たちと戯れる。そこでカルはナツメから他の子たち同様……。いや、他の子供よりも多くの愛情を受けている自負があった。目が合うと、尻尾や耳を執拗に撫でてくれた。よく抱きついたり、一緒にお風呂も入る。たまに一緒にベッドで寝てくれるし、ナツメの膝の上で一緒に朝食を食べたこともあった。ナツメは自分に無限の愛情を注いでくれている。そんなナツメに惹かれ、将来必ず側で仕える護衛になろうと密かに心に決めたカル。その目標に早く辿り着きたい一心で日々懸命に特訓に励んでいた。
「なのに……、どうして、です」
「どうしたの……調子悪い?」
この隣で何も分かって無いような、無駄に眠そうな無表情な奴。始めは最初から孤児院にいただけの普通の子だと思ってた。しかしナツメが孤児院の子供で特にこのレルを可愛がっていたから。嫉妬してナツメに縋り寄ると、レルと仲が良いのかと勘違いされて最近はセットで可愛がられてしまっている始末。
失敗した、ナツメからの愛情を二つに分割された気分だった。あれからナツメと遊ぶときはレルと一緒だった。それだけならまだ良かったけど……。こいつは有能すぎた! 身体能力だけじゃない。探偵としての察知能力も、さらにはナツメへの甘え方も何もかもが私より一つ上をいっていた。このままだとナツメを取られてしまう。そう感じてしまう。それが怖かった。
「ちょっと、ごめん……、です」
「あ……」
その場から駆け出して逃げた。別にレルが嫌いなわけではない。でも獣人だから勝てるのは身体能力だけなのに……。それでも負けてたら、いずれナツメにいらない子扱いされてしまうのではないか。愛されなくなるのではないか。今は子供だからいいかもしれないが、いつか大人になればナツメの傍にいられなくなるかもしれない。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。そんな涙を見られたくないから逃げた。
――ドンッ!
「いたっ!」
「どうしましたか、カル? ん、喧嘩でもしましたか? 涙なんて流して……」
人にぶつかったと思ったらシンシアさんだった。ナツメ専属の侍女。一番ナツメの近くにいることが出来る、カルの憧れ。
カルは涙を流したところを見られた事に恥ずかしさを覚え、なんでもないとこの場を去ろうとした。しかし、気付くとシンシアにがっしりと肩を掴まれ逃れられない。
「カル、私に何があったのか教えていただいても?」
初め、首を横に振って拒否を示すカルだったが、シンシアはそれは許されない。屋敷の侍女長は些細な事件も見逃すわけにはいかないのだ。理由が聞けない限りは、この場から見逃されることは無い。その事を暗に告げられたカルは観念して話し始める。カルは将来、ナツメの傍にいられないのではないか。身体能力で人種にも勝てない非力の獣人をナツメはどう思うのか。涙を浮かべながら話すカル、口に出すとさらに不安は高まった。遂にはシンシアに抱きついて泣き顔を埋めてしまう。
「ふふ、可愛らしい悩みですね」
そんなカルの悩みを聞いたシンシアは、思わず笑ってしまう。だが、カルはそれにショックを受けてしまった。自分はこんなにも悩んでいるのに……! 一緒にいられないと苦しんでいるのに……! それを可愛らしいなどと、シンシアは宣うのだから。
「んな!? 何言ってるです! 事態は深刻、です!」
しがみ付いていたシンシアから離れて泣き腫らした顔で怒る。そんなカルを見てまた笑みを零している。シンシアは涙目で睨むようにしているカルを引き寄せて頭を優しく撫でた。
「ふふふ、確かにそうかもしれませんね。なら私にいい考えがありますよ?」
「ふえ? いい考えです?」
「はい、とてもいい考えです」
カルはシンシアの言う考えに食いついた。現在何をするにもレルに負けてしまうカル。自分の悩みを笑ったシンシアであっても、今は彼女の言う「いい考え」に縋るしかなかった。いや、彼女の考えだからこそ縋ったのだ。何故なら彼女はこの屋敷の主、ナツメに次ぐ実力者でありながら、カルの最も憧れる立場に居る存在なのだから。
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「あらあら、やっぱり可愛らしくてお似合いですよ」
「本当ですわね! これならナツメ様も喜んで可愛がってくれること間違いなしですわ!」
「可愛いよぉ! カルちゃん! もう私の妹になって!」
「ずるいです! 私もお姉ちゃんって呼ばれたいです!」
シンシアに連れられてやってきた屋敷の一室。そこには、数名の侍女が休んでいる休憩室であった。カルを連れて行き、シンシアがなにやら侍女たちに頼むと、侍女たちはすぐさま部屋を飛び出し、小柄な侍女服を屋敷から集めてきた。カルはその時点でシンシアの意図に気付いてしまったが、逃げ出すことは最早適わず、侍女の休憩室では急遽カルの着せ替えショーが始まったのである。
「ちがぁああう! カルは、ナツメねぇを守る力を付けたいのです。こんなことしてまったく意味無い、です!」
着せ替え人形になって数十分。カルは遂に自分がやらされてることに、本当に何の意味もないのだと気付く。しかしシンシアはそれをすぐに否定。
「カル、何を言っているんですか? これからあなたの訓練するのためにその侍女服に着替えさせたのですよ? あなたはこれから我々侍女の訓練に参加してもらいますので……。着替えたのならすぐについてきなさい」
「えっ? はい……、です」
シンシアは少し厳しい口調でそう言いながら、すぐに休憩室を出た。カルもいきなり訓練と言われ戸惑いながらもシンシアの後をついて行くしかない。屋敷の廊下を優雅に進むシンシアに、歩幅が合わないカルは慌ててついていく。フリフリとスカートが揺れ、慣れない格好に恥ずかしさを覚えながら。
数十秒しない間に、シンシアは一つの扉の前に立ち止まり開いた。
「入りなさい。ここが今日からあなたが特訓する部屋です」
カルがそう言われて部屋に入ると、先ほど侍女の休憩室で見た侍女の内の二人。「お待ちしておりました」と頭を下げてくる。何事かと戸惑っているとシンシアが「後はよろしくお願いします」とそう言って部屋を出て行こうとした。
「え、ちょっと待つです! 訓練ってなんなのです!?」
意味の分からないまま連れてこられたカルはそう質問した。「そうでしたね」とカルの前に戻ってきてこう諭す。
「カルいいですか? 私のようにご主人様の専属侍女やご主人様の身の回りのお世話をする侍女。彼女らには最低限の戦闘能力が備わってなければなりません。この屋敷には護衛を務める者がおりませんので、ご主人様の専属の侍女になるということは同時に護衛も務める必要があるのです。それは逆に言えば、ご主人様の護衛になりたければ、同時に侍女にならなければならないということです。私の言っている意味が分かりますか?」
「は、はい、です。強くなるだけじゃダメ……。力だけじゃナツメねぇの隣には居られない。侍女としての力もつけなきゃダメって事、です?」
「ふふふ、カルはとても利口ですね。なので、あなたにはまず侍女になってもらいます。あなたのご主人様への想いは本物でしょうから、きっと良い侍女になれます。期待してますよ?」
「え、そ、そうなの、です?」
いきなり侍女になれ。と言われて戸惑ったが、シンシアほどの誰が見ても完璧と思える侍女にそう言われるのは悪い気はしなかった。ただ、不安なカルはもう一度だけ聞く。シンシアは笑顔で抱きしめながらもう一度カルに告げる。
「はい、私はそう見ています。あなたは必ず良き侍女になれます!」
そう断言されるとまるで自分が認められたみたいで嬉しい気持ちになった。そして満面の笑みでシンシアにお礼を言う。
「あ、ありがとう、です! カル、頑張るです!」
そう言って、カルは侍女になる決意を固めた。
部屋の扉が閉まると、シンシアは廊下を進む。
「ふふ、あの子はきっと優秀になるわ……なんたって自分から私の"ご主人様美談"を聞きに来るほどだもの。これからは侍女特訓と称してあの子と"ご主人様美談"が出来るわね、嬉しいわ。何を話すか後で纏めておかないと!」
シンシアは最近、自身のご主人様『ナツメ様』について語る相手がいないことを危惧していた。どの相手も話の途中で寝てしまうか、話す前に逃げてしまうのだから。だがこれで問題は解決した。シンシアはカルとの将来のご主人様談義に思いを馳せて、我が主の下へと戻っていくのだった。
様子がおかしいカルを探して屋敷を彷徨っていたレルは、偶然廊下の隅で事の一部始終を見ていた。そしてシンシアが軽やかに去っていくのを見て、青ざめた顔でこう呟くのだった。
「うわ……こわい……」
カル、人生初のドン引きである……。
夜中なる前くらいに一回閑話だしたら、明日から第2章入りますん。よろしく。




