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シン華物語  作者: ゆず華


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第8話 王族費

ショールームから帰宅後、レオナルドとアーリンの二人にスマートフォンで決済アプリと銀行アプリをインストールさせ、操作方法を教え込むと、四人は一度魔界へと戻った。


目的地はハオの執務室だ。レオナルドとアーリンをドアの外の護衛任務に残し、一華とシンはハオの許しを得て室内へ足を踏み入れた。無事に口座開設の手続きが完了したことを報告すると、ハオは静かな声で問いかけた。


「月割りで毎月一日に各口座へ振り込むが、全額を月割りするか? それとも必要額のみにするか。どちらがいい?」


「ちなみに、全額だといくらになるの?」


これまでハオの財布に頼りきりだった一華には、魔王族の給与事情など全く見当もつかなかった。


「人間界の通貨に換算すると、そうだなぁ……高級タワーマンションの最上階が余裕で購入できるぐらいかの?」


「それ、私のじゃないよね。パパの分だよね?」


「一華に支払われる額だ。」


「う、そ……。」


その言葉に、一華は目を見開いたままフリーズした。さっきまで借金まみれになる未来を危惧していたというのに、不安は嘘のように消え去り、心にふわりと羽が生えたような心地がする。


「あららら、一華が固まっちゃったわ。」


アズサが優しく微笑み、シンが冷静に分析を加える。


「無理もありません。人間界の物価は安すぎます。贅沢しなければ、働かずとも一生暮らすに十分な金額ですから。」


ようやく脳内を再稼働させた一華が、おそるおそる口を開いた。


「そんな金額が毎月入金されてきたら、銀行側に怪しまれるよ……。給与なら所得税も払わなきゃいけないし。」


「仕送りという形をとるのか? 高額になれば結局、税金はかかるぞ。」


アズサが軽く窘める。


「一華、人間界に住まいを移すんだから、納税することは諦めなさい。給与として所得税や住民税を支払い、医療を受けるために健康保険料だって支払う必要があるのよ。」


もっともな指摘に、シンが即座に対案を提示した。


「では、魔界からの王族費は海外企業からの給与として受け取り、確定申告します。義父上は海外企業の社長という扱いで、書類はこちらで用意しましょう。」


さらに、護衛たちについても続ける。


「レオナルドとアーリンについては、新会社の給与を人間界の最低賃金額で振り込みます。魔界からの給与は、今まで通りの処理でお願いします。」


「わかった。」


「会社名の希望はありますか? ちなみに私と一華の会社名は『合同会社SINQ』に決まりました。」


「どういう意味だ?」


「一華の『イチ』と私の『シ』を足した『5』を、ある外国語では『SINQ(サンク)』と言うらしいのです。二人の愛称『シンカ』とも聞こえるので丁度いいと思いまして。」


「なるほどな。」


「それなら『合同会社MAOH(マオウ)』というのはどうかしら?」


アズサが軽い調子で提案した名前に、ハオは露骨に難色を示した。


「そのままだな。」


「あら、スペルにはハオ様の名前も入ってますよ?」


アズサのその一言に、ハオの表情が劇的に一変した。


「なんだ、それを早く言わないか。それでやってくれ!」


「承知いたしました。」


「この後、今月分を振り込んでおく。」


「ありがとうございます。」


シンが立ち上がろうとした時、一華がふと気にかかっていたことを切り出した。


「ママに聞きたいことがあるんだけど……いい?」


「なに?」


「アーリンの事なんだけど、まだ十五歳になったばかりの子供だよ。どうして、私の護衛につけたの? 免許を取るって言った時も、年齢のことなんて何も言ってくれなかったよね。」


「年齢は、シン君が人間界に来たときと同じように、適当に誤魔化すつもりだったんでしょ?」


アズサが鋭い視線をシンに向ける。


「まぁ、そうですけど……。」


シンは図星を突かれ、気まずそうに言葉を濁した。


「でも、十五歳だよ。いくら魔界人にとっては大人でも、護衛任務なんて危険すぎるよ。」


「あの子、面接した時になんて言ったと思う?」


「なんて言ったの?」


アズサは、アーリンの志願理由を明かした。


「『王太子妃を守りたい』って!」


「えっ? 私が王太子妃になったのって、護衛任務につく前日だよ?」


「一華の存在を知らないうちに、そう志願してきたのよ。」


アズサは続ける。


「だいたい、この宮殿で働きたいと願う娘たちの多くは婚活目的か、あるいは魔王様のお手付きになればラッキーという不純な動機を抱いているのよ。シン君の存在は知られていたから、お世話係を希望する者もいたわね。お手付きになればそのまま王太子妃になれる、なんて思っていたかもしれないけど。」


「でも、王太子妃の護衛を自ら望んだのはアーリンただ一人。」


「王妃を目の前にして、しかも一華の存在は知らなかったのよ。どんな女性が王太子妃になるかすら分からないのに。だから、私の護衛として育てて、時が来れば一華の護衛に……と思っていたのよ。まさか、育て上げる前に一華につかせることになるとは想定外だったけど。」


「魔界の女性も変わらないね。……お手付きなんて。」


「たぶん、そういう不純な動機を持つ者から、王太子妃を守りたかったんじゃないかしら? だから、気にせず守られてあげて。あの子は年齢以上に優秀なんだから。」


「うん、わかった。」


その一途な忠誠心を知り、一華は胸のつかえが下りるような安堵とともに、アーリンを受け入れる決意を固めた。


だが、空気が和らいだのも束の間、アズサはさらに踏み込んだ爆弾を投下した。


「それと、二人は早く子供を作りなさい。」


「マ、ママ! 何言ってんのー?」


一華は耳まで真っ赤に染め上げ、声を裏返した。


「ママの場合は、既にシン君が次期魔王として教育を受けていたから、一華の存在を明かさなくても何も言われなかったけど、一華は違うわよ。一華が子供を産めないと判断されると、第2夫人や第3夫人を送り込まれるわよ。それだけじゃないわね。王太子の第1子を産むために、シン君に夜這いをかける者が絶えない可能性だって否定できないわ。」


「ま、まさか、魔王族の私室には簡単に入れないよね?」


「シン君が正常な状態ならね。」


「アズ、そこまでにしてやれ。子供は授かりものだ。」


ハオが堪りかねて話を打ち切り、早く出て行けと手をひらひらと振った。二人は深々と一礼し、そそくさと執務室を後にした。


取り残された執務室で、ハオは妻であるアズサに抗議する。


「アズ、娘によくそんな平然と言えるな!?」


「だって、あの子達ったら、兄妹として三年間何事もなく一緒に暮らしてきたんですよ。夫婦になったからって急に意識できるわけないわ。いいところ、添い寝ぐらいだわ。きっとね。」


「尚更、プレッシャーになるような言葉は控えたほうがいい。できるものもできなくなるぞ。」


「……わかりましたよ。でも、孫の顔、早く見たいでしょ?」


「まぁ、それは早く見たいものだがな。」



◇◆◇



『シン華の間』に戻った二人は、レオナルドとアーリンをドアの外で護衛任務に就かせ、人間界で必要な荷物を段ボール箱へ詰め直した。


シンは荷物を人間界にテレポートさせた後、レオナルドとアーリンには翌朝の出勤時間を伝え、護衛任務を解いた。


一華とシンは、人間界へと続く常時接続ゲートを開けて、再び人間界へと移動した。今日から、本格的に人間界へ住まいを移すことにしたのだ。



人間界に移動してきた一華とシンは、スマートフォンの決済アプリにチャージを済ませ、近くのコンビニへと向かった。

二人合わせて二千円。お弁当とアイス、ノンアルコールビール、そして明日の朝ごパンを買うには十分だった。


夕食を済ませた後は、会社設立の準備に取りかかった。大手サイトの設立サポートを利用し、法人印鑑も購入した。


すべての作業を終え、初めてのジャグジー風呂を心ゆくまで堪能した二人は、リビングのソファでようやくのんびりと寛いでいた。一華は冷たいアイスを頬張り、シンはノンアルコールビールで心地よく喉を潤す。


いつもの穏やかなルーティーンが戻り、アズサに言われた言葉は心の奥底へとそっと沈めた。お互い、今はまだ、二人だけの時間を何よりも大切にしたいからだ。


サンは二人の間に陣取り、香箱座りをしている。シンは少し邪魔だと思いながらも、サンを退かすことはしなかった。


「毎日ジャグジー風呂なんて贅沢だね。水道代が怖いよ……。」


「魔界の王太子妃の言うセリフじゃないな。魔界のバスタブの比じゃないだろ?」


「そうだけど、やっぱり無駄遣いな気がして……。」


「俺たちの王族費からしたら、わずかなものだ。万が一渇水になったときは、一華が涙活でもすればいい。」


「ふふ、久しぶりの涙活かぁ。こんな生活してたら、贅沢病になっちゃうのかな?」


「人間界の通貨に換算した金額に驚いているが、魔界にいれば、あのお金でドレスやアクセサリーのほか、日々の食材、生活用品、従者の給料も支払うことになる。決して贅沢というわけではない。」


「本来なら、専属の従者をもっと雇う必要もあるし、毎日同じ服を着るわけにもいかない。宴や公務用のドレスや装飾品は非常に高価だからな。」


「私専属の従者って、アーリンが初めてだよね?」


「あぁ。ドレスは一華が魔力で自らチェンジさせるし、ヘアメイクは俺の魔力だ。食事は義父上たちと一緒だったから必要なかったが……この家にも、そろそろ従者を雇うか?」


「シンはどうなの? これから忙しくなるだろうし、家事全般を誰かに任せたい?」


「今は代行してもらいたいが、家の中に他の者は入れたくはないな。」


「じゃぁ、私ももう少し料理できるようにしないとね。あ、それから、魔界のパパ、ママ、ジャンにメッセージを送れるようにできない?」


「どうやるんだ?」


「常時接続ゲートの戸棚に小さな穴をあけて、魔界側にもネットワークケーブルを通してアクセスポイントを設置すれば、魔界でもWi-Fi(ワイファイ)が使えるようになるんじゃない?」


「なるほど、アクセスポイントを魔界に追加すれば、人間界の電波を受信できるということか!」


シンはすぐさま魔力を解放し、設置済みの無線ルーターと同じものを目の前に出現させた。

リビングから常時接続ゲートまで壁内部にネットワークケーブルを敷設し、『シン華の間』の飾り戸棚の背面に小さな穴を開けてアクセスポイントを設置する。穴の隙間は魔力で完全に塞ぎ、魔界側から人間界を覗き見られることは一切ない。もちろん、電源は人間界のコンセントからしっかりと確保した。


「できたな。ちょっとテストしてみるか。」


シンは魔界側に残り、ゲートの隠し扉をそっと閉めた。

一華はスマホのメッセージアプリを起動し、ラブリーなスタンプをシン宛に送信する。


ピコン♪


数秒も経たず、シンからもお返しのラブリーなスタンプが送られてきた。

一華がゲートの隠し扉をゆっくりと開けると、そこには満面の笑みを浮かべたシンが立っていた。右手で親指と人差し指を使って綺麗な丸を作り、一華にOKサインを見せる。


リビングに戻ってきた二人は、顔を見合わせて小さく笑い合った。


「これで、パパたちともいつでも連絡取れるね。」


「ただ、どこまで電波が届くかだな。」


「だね。あ、あと事務所用の机と椅子と、パソコンと複合機も欲しいな。」


「どういう机と椅子が必要だ?」


一華がスマートフォンで見せた、四人用配線ボックス付き会議テーブルとかわいい色合いのゲーミングチェアの画像。それを見たシンは、迷うことなく魔力を解放した。


リビング横の事務所スペースに、会議テーブルがフワリと姿を現し、色違いのゲーミングチェアが四脚、さらにノートパソコン四台と大型複合機が次々と配置されていく。


「にゃにゃん……(俺のキャットタワーも出してくれにゃ。)」


部屋の様変わりしていく様子を眺めながら、サンもすかさず自分の要求をアピールした。


「そうだね。サンちゃんのキャットタワーも出してあげて。」


一華の言葉にうなずき、シンは再び魔力を解放した。現れたのは、滑り台まで完備された立派なキャットタワーだ。さらに、サンが退屈しないよう、リビングの壁面にも階段状のキャットタワーを華麗にDIYしていく。


それだけにとどまらず、自動給餌器、温水機能付き自動給水機、さらには自動清掃付きのドーム型猫トイレまで完璧に設置された。以前はアズサに「勝手に魔力を使うな」と叱られていたはずのシンだが、今はもう気にする様子すらなかった。


「にゃんにゃ……(これはにゃんにゃ!?)」


目の前に現れた近未来的なドーム型猫トイレを見て、サンは元から丸い目をさらに丸くした。


「これはサンちゃんのトイレだよ。自動で掃除されるから、いつもキレイなんだよ。良かったねぇ。」


「にゃん」


サンは恐る恐る入り口から中を覗き込み、一華の優しい声を聞くと迷わず中へと入っていった。中でクルッとスマートに向きを変え、目を瞑って用を足し始める。


「ふふ、早速使っちゃうんだ。」


用を足し終えたサンは、軽快な足取りでピピピと足を振りながらドームから出てきた。


「あ、そうだ。空気清浄機も買わなきゃ。シン、これがいい!」


一華がCMで見た最新の空気清浄機の画像をスマートフォンで見せると、シンは即座に魔力を解放し、目の前に新品の最上位機種を出現させた。


「一台でいいのか?」


「とりあえず、一台置いて様子見ようよ。」


「一華、これでは俺たちの口座から現金が全く減らないぞ。」


「ふふ、ほんとだね。どういうのが本当の贅沢なんだろ?」


「そうだな……魔界特製、プリンセス仕様のふっかふかベッドじゃないか?」


「それ、贅沢通り越してもはや買えないんじゃないの?」


「それこそ超贅沢というやつだ。そろそろ、その贅沢を二人で堪能する時間だな。」


シンは優しく手を差し伸べ、一華をベッドルームへと誘った。


「サンちゃん、おやすみ」「おやすみ」


「にゃん……(おやすみにゃん)」


一華とシンはアイスの空き容器とノンアルコールビールの缶を手際よく片づけると、二階の寝室へと続く階段を並んで上がっていった。

静寂に包まれた人間界の夜。二人は超贅沢な時間を、穏やかな朝が訪れるまでたっぷりと分かち合ったのだった。

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