第7話 借金まみれ
『シン華の家』に戻った一華、シン、アーリン、レオナルドの四人は、大きなダイニングテーブルを囲んで腰を下ろした。
「先ほど、義父上から新たな任務を承った。」
シンが落ち着いたトーンで口を開く。
「俺と一華は人間界に住まいを移す。お前たちには、魔界から出勤してもらう。」
「はい」
「人間界を魔界の領地とはしないが、犯罪者を野放しにせず、我々魔界人が快適に暮らせる国にする。教育や娯楽はもちろん、空き家を購入して定住することも自由だ。人間界で魔界人が暴走しないように取り締まる役目を、俺と一華、そして将来の子供に任命された。」
「それは、……いわゆる『裏の王』みたいなものですか?」
レオナルドの問いに、シンは深く頷いた。
「俺たちに害を及ぼす存在があれば始末する。ただし、この国の法に触れない範囲でな。面倒な法整備や外交などは本来の人間たちに任せ、俺たちは魔界では味わえない体験や、美味い食材といった『いいとこ取り』をさせてもらう。」
「どんな形態の会社にするの?」
一華の問いに、シンはしばらく思案してから答えた。
「合同会社がいいだろう。俺と一華が出資する。二人とも経営者となるが、代表は俺が務める。レオナルドとアーリンは出資せず、雇用契約を結んだ従業員という扱いだ。一階の一部を事務所と倉庫、二階は俺と一華の住宅、三階は同族従業員寮とする。よって、夫婦設定は継続だ。」
「「……承知いたしました。」」
二人の表情からわずかに残念そうな色が滲んだのを感じ取り、一華はすかさず話題を変える。
「あ、会社名はどうするの?」
しばしの沈黙の後、シンが口を開いた。
「数字の『5』を意味する外国語に『cinq』がある。この国では『シンカ』にも聞こえるらしい。すべて大文字で『合同会社CINQ』とする。」
「一華の『1』とシンの『4』を足して『5』ってこと?」
「そうだ。俺たちらしいだろ? しかも二人の愛称でもある。」
「素晴らしいですぅ。」
アーリンが目を輝かせて感嘆の声を上げた。その様子を見ていた一華は、以前から気になっていた疑問をぶつけてみる。
「ねぇ、アーリンって未成年だよね?」
「いえ、成年してます。」
アーリンは真剣な眼差しできっぱりと言い切った。
「本当に? 何歳なの?」
「十五歳です。」
「えっ? 十五歳って未成年じゃないの。」
「いいえ。魔界では十五歳は立派な大人です。」
隣でシンが頭を抱えて小さく息をついた。
「シンは知ってたの?」
「いや、……まさか義母上が護衛に年下をつけてくるとは思わないだろ……。」
「でも、住民票や教習所の申し込みはどうしたの?」
「適当に登録した。」
シンはさらりと言ってのける。アーリンがみせてくれた免許証には、一華と同じ年の誕生日がしっかりと印字されていた。
「同い年になってる……。」
一華は、もはや修正のきかない現実を受け入れるしかなかった。
「アーリン、人間界では私と同い年ということになってるから気をつけてね。車の運転はいいけど、飲酒はダメだからね。魔界で飲酒して人間界にも移動してくるのも禁止! ……あぁ、もう面倒だから、二十歳まで禁酒すること。いい?」
一華は少し強めに念を押すと、アーリンは肩を落として項垂れた。
「……承知いたしました。」
「レオも気をつけてあげてね。レオは大丈夫なんだよね?」
「はい。私はシン様と同い年の二十歳です。」
レオナルドも免許証を見せてくれる。確かに、誕生日から計算して二十歳となっていた。
「護衛任務って、何歳から務められるの?」
一華が隣のシンに尋ねる。
「十五歳からだ。人間界のように義務教育も無ければ労働規制もない。子供でも特技を活かして働くことができる。」
「それにしても、十五歳で魔王族の護衛なんて、アーリンはものすごく優秀ってことよね!?」
「あぁ、そういうことだ。」
一華は改めてアーリンに視線を向けた。
「早く気づいてあげれば良かったね。運転免許さえ取らなければ、人間界の高校にも行けたのに。ごめんね。私が二人にも免許を取ってもらうなんて言ったから……。」
「一華様、気になさらないでください。むしろ車を運転できるなんてとても便利ですし、魔力を使って学科試験を受けることができて楽しかったです。」
そう言って無邪気に笑うアーリンに、一華もつられて微笑んだ。
「そう言ってくれると助かる。今日から同い年だね。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします!」
「よし、それじゃぁ銀行口座を開設しに行くぞ。一華の車も買わねばな。」
「うんうん、行く行く!」
四人は人間界の服に着替えると、車に乗り込んだ。シンの運転で、助手席に一華、後部座席にレオナルドとアーリンを乗せ、近くの銀行へと車を走らせる。
「そういえば、免許証の名前、漢字表記の『玲央』と『亜凛』になってたけど……?」
「二人ともこの国っぽくないだろ? 漢字表記にすれば、それっぽく見える!」
「なるほどね。でも、シンはカタカナだったよね?」
「この国では、『シン』と名のつくタイトルやキャラクターが多いからな。それにあやかってみた。」
「ははは、魔界人なのにあやかるなんて変なの。」
銀行に到着し、それぞれの口座開設手続きが始まった。四人同時に、同じ姓、同じ住所で口座を作るという不自然さに銀行側に怪しまれないか、一華はこっそり遠聴の魔力を解放し、行員の思考を探ってみる。
窓口の担当者は別々だったが、後ろで処理を行う行員に書類が集約されていくにつれて、疑いの目が向けられ始めていた。二人目、三人目と処理が進むうち、後ろの行員がひそひそと囁き合う。
――四人とも住所と姓が同じで、年齢も近い。どういう関係なのでしょうか?
――免許証での本人確認は問題ないようですが……。気になるようならマイナンバーカードの提示も求めてはどうですか?
――なるほどですね。
一華は窓口の行員に指示が伝わる前に、シンへとテレパシーを飛ばした。
「***(シン、四人ともマイナンバーカードの提示を求められるよ!)***」
「***(承知した。)***」
シンはレオナルドとアーリンの財布に、あらかじめ用意していた本物のマイナンバーカードをそっと滑り込ませた。さらに二人にテレパシーを飛ばす。
「***(財布にマイナンバーカードがある。コピーを求められるから行員に渡せ。)***」
「***(承知いたしました。)***」
処理を進めていた行員が、窓口の行員に指示を出した直後。
「○○番でお待ちのお客様――」
一華が呼ばれ、案の定マイナンバーカードの提示とコピーを求められた。一華は穏やかに了承して手渡す。シン、レオナルド、アーリンの三人も同様に、求められるままカードを手渡し、コピーを了承した。
運転免許証もマイナンバーカードも本物であるため、その後、手続きは滞りなく完了した。一華は内心で大きく胸を撫で下ろしながら、四人は紙の通帳を手に銀行を後にした。
車に戻ると、アーリンが不思議そうに通帳を眺めながら尋ねてくる。
「これは何ですか?」
一華が銀行の仕組みやキャッシュレス決済について優しく説明を終えると、シンが切り出した。
「さて、次は車だ。一華はどんな車がいいんだ?」
「ピンク!」
一華の希望は、車種ではなくまさかの色だった。シンは思わず聞き返す。
「ピ、ピンク? 俺も乗るんだぞ……?」
「ダメ?」
「せめて、もう少し目立たない色にしてくれ……」
「うーん、じゃぁ……かっこよくて、大きすぎず、運転しやすくて、サンちゃんも乗れる車がいい!」
具体的なイメージが固まっていない要望をぶつけられたシンだったが、スマートフォンを取り出し、手際よく検索を始める。
「これなんかどうだ? こういうのが、一華が言うかっこいい車か?」
画面に映し出されたコンパクトなSUV車を一華に見せる。
「よくわかんない……。」
「だよな。とりあえず、実際見に行けばイメージも湧くだろ!」
シンはそのまま、近くのディーラーのショールームへと車を発進させた。
あるメーカーのショールームの駐車場に車を停め、四人は店内へと足を踏み入れた。ピカピカに磨き上げられた展示車が何台も並んでおり、一華は自分の車を選ぶという初めての体験に胸を躍らせる。
「うわぁ……」
「いらっしゃいませ~!」
一人の男性スタッフが爽やかな笑顔で近づいてきた。シンは少し身構えつつも、堂々と声をかける。
「女性でも運転しやすいSUV車を探しています。」
「SUV車でしたら、あちらとこちらの二台がおすすめです。」
スタッフに案内され、店内に展示されているSUV車を順番に見学していく。
一台目は、ハイブリッドで燃費や室内空間を重視した車、二台目は少し高級志向なデザインの車だった。
両方の車に実際に乗り込んで、乗り心地を確かめてみる。シンが運転席、一華が助手席、後部座席にレオナルドとアーリンが乗り込んだ。
「こちらの方が天井の高さに余裕があるな。一華の体に合っているし、視界も問題ない。逆に安心できそうだ。」
「後ろの広さも十分です。許容範囲内ですね。」
車を降りて、荷室の広さも確認する。
「荷室は、あちら(高級志向の車)の方が明らかに広いな。」
「私、こっちの顔の方が好きだな。」
一華が燃費重視の方の車を指さして呟いた。シンたちも前方へと歩み寄り、二台のフロント部分をしげしげと眺める。
「確かに。顔つきが全然違うな。」
一華は高級志向の車のフロント部分を見て、クスリと笑った。
「なんか、こんな怪獣いそう……。」
「あははは、怪獣か! なら、一華はあっちの車だな?」
「うん!」
シンは燃費重視の方の車を指さし、男性スタッフに声を掛けた。
「すみません、こちらの車は初心者でも試乗できますか?」
「はい、喜んで! すぐ準備いたしますね。」
スタッフは車の鍵と初心者マークを取りに行き、四人を外の駐車場へと案内した。車の前後に初心者マークが貼りつけられる。
まずはシンが運転席に、男性スタッフが助手席に乗り込み、一華たちは後部座席へと乗り込んだ。スタッフの簡単な説明を聞いてエンジンを始動させる。ディーラーの周りを一周して戻ってくると、次は一華が試乗するため、運転を代わることになった。
「一華、代わろう。」
「うん!」
運転席と後部座席で入れ替わる。一華は緊張でこわばりつつもスタッフの説明を聞き、ブレーキペダルから足を離してそっとアクセルを踏み込んだ。
もちろん、シンが後ろからこっそりと魔力で車体を完璧に補助している。
法定速度ギリギリのスピードでゆっくりと公道を進む。免許を取って初めての運転に心臓はバクバクだったが、次第に運転席から見える広い景色を楽しむ余裕も生まれてきた。
無事に試乗を終えてショールームのテーブル席に戻ると、冷たいドリンクが運ばれてきた。
「いかがでしたでしょうか?」
男性スタッフがシンに尋ねる。シンは、一華が先ほどの試乗ですっかりリラックスして楽しんでいたのを脳内で感じ取っていたため、迷うことなく決断を下した。
「あの車に決めます。」
「ありがとうございます! では、ただいま見積書をお作りしますね。」
タブレットを持って戻ってきた男性スタッフは、シンに確認を取りながら、グレード、色、各種オプションを詰めた最終的な見積もりを作成していく。
「名義と任意保険の手続きはどうなさいますか? すでに他にお車をお持ちのようですので、そちらで一括して手続きをされますか?」
「名義は妻で、任意保険についてもこちらで手続きをお願いします。」
シンは涼しい顔で手続きを進める。隣で聞いていた一華は、いきなり『妻』と言われてドギマギと赤面したが、当のシンはどこ吹く風といった様子だ。
「ご夫婦でしたか! てっきりご兄妹かと……失礼いたしました。それでしたら、お子様用のチャイルドシートなども追加なさいますか?」
「いや、まだ必要ない。」
「かしこまりました。それでは、最終的なお見積もり金額がこちらになります。」
提示された金額を見た瞬間、一華の表情が一気に引きつった。収入を確保したとはいえ、人間界の一般的な金銭感覚からすれば目が飛び出るような大金で、今はまだ貯金もない。いきなり借金まみれになるのかと冷や汗が流れた。
しかし、シンは動じることなく淡々と注文を済ませていく。ただ、人気がある車種のため、納車までに三か月ほどかかると告げられた。
それでもシンの表情は微動だにせず、必要書類の説明を真摯に聞いて頷いているが、ローンを組む手続きはしていなかった。納期が決まり次第、シンに連絡を貰うことにして、一行は満足感に包まれながらショールームを後にした。




