第6話 真実と未来
一華とシンは、魔王ハオの執務室へと呼び出された。ノックをして部屋に入ると、そこにはアズサの姿もあった。
「二人とも座れ。」
一華とシンは、ハオとアズサの前のテーブルを挟み、向かいの長椅子へ腰を下ろす。パパに呼び出されるなど滅多にない事だ。一華は緊張で息を呑んだ。
ハオは護衛のアーリンとレオナルドに、「何があっても声を掛けるな、誰も中に入れるな。」と厳命する。二人が執務室の外へ出てドアが完全に閉まりきったのを確認すると、ハオは重々しく口を開いた。
「一華との約束だ。今から話すことは、四人だけの秘密である。」
「うん」「「はい」」
ハオの厳格な口調に、執務室の空気が張り詰める。アズサもまた、緊張した面持ちで二人を見つめていた。
「儂とシンの父親が兄弟であることは話したが、実は儂の上にもう一人、兄がいたのだ。」
「えっ?」
一華とシンは顔を見合わせた。シンにとっても初めて聞く事実のようで、驚きに目を見開き、顔を横に振る。
「シンが知らないのも無理はない。お前がまだ乳飲み子の頃に別れたからな。」
ハオは静かに語り始めた。
「三人兄弟の長男である兄が魔王の座を継承するのは決まっていた。実際、帝王学や魔王としての教育も兄だけに行っており、戴冠式を経て、魔王の座に就いた。」
「ここまでは想定内だ。別に儂も、シンの父親も魔王になりたかったわけじゃない。面倒なだけだからな。」
「だが、想定外の事が起きた。」
「魔王の座に就いた兄は、子供を望めなかった。女性に興味が無かったんだ。」
「魔王の座には就きたかったが、後継者を残すような行為を一切拒んだ。」
「そうなれば、儂か、シンの父親の子供が魔王の座を受け継ぐことになる。」
「その時点で結婚していたのは、シンの父親だけだ。しかも既にシンも生まれていた。」
「そうなれば、魔王族としては問題はない。儂もシンが成長して魔王として教育を受けることに異論はなかった。」
「だが、兄はそれを許さなかった。成長まで待てなかったんだ。無理やり養子にするため、母親から離れられない乳飲み子だったシンを奪い去った。」
「母親は泣き叫ぶが、魔王の前では何もできない。抗おうとしたが従者によって拘束されてしまった。」
「父親である弟も抗った。同じ王族である弟は拘束されることは無かったことで争いが始まった。」
「従者は魔王に逆らえなかったが、弟の側近だけが弟の味方だ。儂に報告に来た。」
「儂はシンを助けるために策を練り、隙をついてシンを奪い返すと、そのまま人間界へと逃げ込んだ。」
「人間界にテレポートする際、『助けて』という声が聞こえ、その場所へと導かれた。」
「シンを抱きかかえたまま、たどり着いた場所は山奥の一本道で、一台の車が斜面を滑り落ちていた。」
「後部座席に乗っていたのがアズだった。」
一華が声にならない声でアズサの顔を見つめる。
「アズだけは助け出すことができたが、運転席と助手席にいた両親は既に息絶えていた。」
「一華と二人で暮らしていた家まで送り届けたが、一人ぼっちになり、憔悴しきっていたアズを残して行くことも出来ず、また、儂も人間界でどうやってシンを育てていけばいいのか、わからない状態だった。」
「両親の弔いが済むまではと、一緒に暮らし、その後はゆっくりと考えることにしたが、まだ、高校生だったアズを一人ぼっちにすることになる。保険金は住宅ローンと相殺され自宅は残ったが、一人ぼっちになったアズは生活するため高校を退学し働くことになる。」
「あの頃はまだ、女の子は16歳で結婚できたから、結婚したことにして退学は免れたのよ。もちろん、学校には内緒だったけど。」
アズサが柔らかい笑みを交えて補足した。
「人間界には、粉ミルクや紙オムツがあって、儂でもシンを世話することができた。そのうち、離乳食になり、空き時間が増え、余裕がうまれた。」
「ようやく1歳の誕生日を迎える前日だ。弟から儂の脳内に声が届いた。」
「魔王を幽閉し、魔王の座を奪い取ったと。」
「アズには事情を話した。少しの間だけシンを預かってもらい、儂は魔界に戻った。」
「魔界に戻ると、確かに魔王は幽閉され、魔王の座は空席となっていた。弟が座れば良かったのだが、対決で負傷し、既に虫の息だった……。」
「……」
「一度、人間界に戻った儂は、シンを連れて再び魔界に戻った。弟にシンを合わせると、弟は『後を頼みます』と言い残して息を引き取った。丁度、シンの1歳の誕生日だ。」
「母親を探したが、拘束された母親は争いの中で、魔王に始末されたと報告を受けた。」
「魔王族で残ったのは儂とシンだけだ。儂が即位し、シンを継承者に据えたのだ。」
「それからは従者の処分や政務に追われ、人間界へは戻れなかった。」
「アズにはテレパシーで連絡を取った。高校を卒業するまでの授業料や生活費などは心配しないよう毎月送金することを約束した。」
「そのあと、アズが妊娠していることを知った。一人で出産させることは不安で心配だったが、魔界からは魔力が思うように届かなかった。かといって、自由に人間界に行くことも出来ない。それでも、アズは無事、赤子を出産した。それが一華だ。」
「二人にとって唯一の子供で、世界にひとつだけの華を咲かせて欲しいという願いから『一華』と名付けたと聞いた。」
「それからは別々に二人を育てた。アズは一華を妊娠、出産したことでわずかながらも魔力を宿していた。」
「魔宝石のアクセサリーを身につけさせ、暴走を抑えていたが、まさか一華が満月で魔力を覚醒させるとは想定外だった。」
「この後、シンが一華の護衛のため人間界へとテレポートしていったというわけだ。」
「……」
一華とシン、そしてアズサの目からも、大粒の涙が溢れていた。
「シンの誕生日は両親の命日でもある。可哀想だったが誕生日を祝うことはしてこなかった。誕生日も有耶無耶にしてきた。」
「実際は、一華より二歳年上となる。」
「お墓はあるの?」
「魔界人は何も残らぬ。ゆえにお墓参りの概念も無いのだ。」
「その幽閉されているという叔父さんは……?」
「魔王族はなかなか処刑できない。が、そのままではテレポートされ幽閉の意味がない。弟の魔力で拘束したまま、魔王族しか解除できない魔力で幽閉し、魔力を無力化している。もう出てくることも、魔力を使うこともできぬ。儂の代で全て片がつく。」
「これでも、一華はシンの本当の誕生日を知りたいか?」
「……パパ、そんな聞き方ずるいよ……。」
一華は溢れ出る涙を拭うこともせず、ハオに顔を向けて抗議した。
「知らないことが良いこともある。……が、もう知ってしまったからな。これで教えてもらえないのも、辛いよな。」
「……9月1日だ」
シンが一華に顔を向けて答えた。
「えっ?」
シンの顔を見つめる一華。
「シンは、知っていたのか?」
驚くハオに対し、シンは静かに告白する。
「義父上は私を悲しませないように注意していたようですが、従者は噂好きです。あちらこちらからいろいろな噂が耳に入ってきました。おおかた予想はつきました。義父上を悲しませたくないので、知らない振りをしていました。申し訳ありません。」
「私は人間界にテレポートして生まれ変わったと思っています。ですので、これからは一華の一歳年上、4月2日を誕生日としたいと思います。」
「そうか、わかった。」
ハオが深く頷いて受け入れると、シンは一華に優しく視線を移した。
「一華、そういうことだ。今まで通り、4月2日に祝ってくれ。」
「うん。……私が聞いたから、悲しい事思い出させちゃったね。ごめんね。」
「いや、いい。噂なんて信憑性のないものに振り回されるより、義父上からきちんと聞けて良かったよ。」
気を取り直すように、一華はふと疑問を口にした。
「でも、パパ。私が女の子じゃなかったら、シンのことどうするつもりだったの?」
「そこは大丈夫! ママがずーっと念じてたから。絶対、女の子って。もし男の子だったら、ハオ様には内緒にしていたと思うわ。」
「えっ、ママは女の子が欲しかったの?」
「そりゃそうよ。女の子だとシン君と結婚できるでしょ! でも男の子だったら、ライバルになるのよ。また争いが生まれるわ。そんなの悲しいじゃない。歴史は繰り返しちゃいけないのよ。」
「ママ~!」
「あ、でも、あなた達はいくらでも男の子を生んでもいいからね。」
「えっ? ママ、何言ってんの~!?」
一華の顔がみるみる真っ赤に染まる。
「でも、争いが生まれるって、歴史を繰り返しちゃダメだって……。」
「それだが、もう一人には人間界を任そうかと思ってな。」
ハオが驚くべき計画を口にした。
「はっ? 人間界を任すとは?」
シンが身を乗り出して尋ねる。
「人間界を魔界の領地にするのもいいんだが、そうなると魔界の存在を明かすことになる。」
「はい」
「人間界のおいしい所だけを頂くこととする。魔界を会社として考えれば、人間界は子会社だな!」
「……子会社?」
「教育を受けさせるために通学させるも良い。遊びに行くのも良い。空き家だってあるではないか。犯罪者を野放しにせず、我々魔界人が快適に暮らせる国にする。」
「それって、某将軍のシンさんそのままじゃ!?」
「暴れないが、まぁ、似たようなものだな!」
「人間界で魔界人が暴走しないように取り締まる役目をお前たち、そして未来、生まれてくる子供に任せる。」
「本当にシンさんになっちゃった……。」
一華とシンが顔を見合わせて苦笑する。
「でも、シンは次期魔王って……。」
「儂もまだまだ先は長い。シンが継ぐもよし、孫に譲るもよし、お前たちでゆっくりと決めろ。」
「じゃぁ、私たちは人間界で暮らすってこと?」
「なんだ!? 暮らしたかったんだろ? あの家がすべてを物語っていたと思ったが、違うか?」
「違わない! 暮らしたいと思っていたけど……、収入源はどうなるかなーとか、魔界の部屋を長期間空けっぱなしにするのはダメだよなーとか、寝る場所を人間界に移したいなぁとか……色々考えたけど……。」
「一華とシン、それぞれに王太子、王太子妃としての給与が支払われる。それを人間界の銀行口座に振り込む。」
「ただし、給与を支払う代わりに魔界での宴や公務などには参加してもらう。その時は戻って来い。」
「承知いたしました。」
「パパ、ありがとう!」
「今は自由に往来できるゲートもあるんだから、ママたちも遊びに行くからね。」
アズサが楽し気に微笑む。
「ママたちの部屋もあるんだから、魔界に通えば?」
「毎日、魔王が不在にすることはできないが、ジャグジー風呂にも入りたいからな。」
「レオナルドとアーリンはどうなりますか?」
「お前たちの家に居候させても構わないが、夜間に不在となると怪しまれる。当分の間は、今まで通り人間界の会社へ出勤の形とする。」
「承知いたしました。」
「準備を進めたいのだろ? もう下がって良いぞ。」
「はっ」
一華とシンは、ハオとアズサに深く一礼をして執務室を後にした。外で待機していたレオナルドとアーリンを連れて、『シン華の間』を通り抜け、『シン華の家』へと移動していった。




