第5話 初心者マーク
教習所に通い始めてからというもの、順調に教習枠はハンコで埋め尽くされていった。もちろん、その裏にはシンのさりげない修正とサポートがある。
修了検定にも合格し、仮免許を取得。いよいよ第二段階の路上教習が始まった。実際に公道を走ることに、一華はどきどきと胸を高鳴らせていた。はっきり言って怖い。
(お願い、誰も近づいて来ないで……)
一華は緊張で肩はがちがちだったが、シンが手伝ってくれたおかげで走りはスムーズだ。
隣の指導員がブレーキやハンドルに介入することもなく、毎時間順調に教習を終え、ついに最短日程で卒業試験を突破した。もちろん、卒業試験もシンが完璧に合格させてくれた。
一華としては自分一人で運転できる自信はまだないが、『練習は免許を貰ってからすればいいか』と呑気に考えている。おそらく、教習所の指導員よりも厳しい指導員の元で。
残るは最後の学科試験。これに合格すれば、晴れて運転免許証を手にできる。一華は実力で合格しようと教本を頭に叩き込もうとするが、もともと記憶することが苦手で投げ出したくなる。
「一華、標識は大事だが、基本は交通安全や歩行者優先という当たり前のことばかりだ。不合格なんてありえない。引っかけ問題の対策だけしておけば大丈夫だ。」
「わかってるんだけど……。」
シンはそう励ましてくれるが、一華としては、引っかけ問題の内容が分からないうちは、すべてを脳内に叩き込むしかなかった。
◇◆◇
学科試験当日。朝食を早々に済ませ、一行は人間界へ移動した。サンを『シン華の家』に残し、アズサの運転で運転免許センターへ向かう。
時間内に受付を済ませ、本免許学科試験が始まった。一華は深呼吸をして落ち着きを取り戻し、慎重に回答していく。案の定、引っかけ問題も落ち着いて問題を読めば、笑いが漏れるほど明白なものばかりだった。
合格発表までの待ち時間は落ち着かなった一華だったが、無事、四人とも合格という結果が告げられた。
シンにとっては当たり前の結果だが、一華は自分の力で試験を受けたつもりだ。自分だけ受かってなかったらという不安から解放され、一華は胸を撫で下ろした。
一華はアズサへ合格のメッセージを送った。
(4人とも合格したよー♪)
試験室に戻り説明を受けた後、昼食を取った。写真撮影を経て、いよいよ免許証が交付された。
スケジュールを事前に確認していたアズサは、一華からのメッセージを確認すると、免許証交付のタイミングに合わせて駐車場でハオと一緒に待っていた。一華が車を見つけると一目散に駆け出したが、後ろからシンが腕を掴んで止める。
「一華、急に走ったら危ないだろ。」
「それ、小さな子供に言う台詞だよ!?」
「まさに今、お前がそうだっただろ!?」
「ははは」
一華は笑顔をシンに向けて誤魔化そうとした。シンからも笑みが零れる。
シンがスライドドアを開け、一華をエスコートして車内に乗り込ませた。
「免許証もらったよ。ほら」
一華は二人に免許証を見せた。
「おめでとう。」
アーリンとレオナルドも乗り込むと、シンも乗り込んでスライドドアを閉めた。
「今日は合格祝いしなくちゃね。何が食べたい?」
アズサが尋ねる。
「お祝いしてくれるの? 何、食べに行くの? 焼肉? お寿司? 魔界に帰らなくていいの?」
一華の質問が止まらない。
「魔界を出てくるときにジャンには伝えてあるから、今日は外食よ! 何がいいかしらね?」
「お寿司」
シンが即答する。
「シンは本当にお寿司好きだよね。」
「魔界では新鮮な生魚なんて食べられないからな。」
シンの言葉に一同は納得する。
「じゃぁ、決まり。回転寿司行こう!」
回転寿司店へと車を走らせ、駐車場へと入ってきた。六人は店内へと足を踏み入れると、シンとハオがレーンの横を陣取った。隣には一華とアズサが、一華の隣にはアーリンが、アズサの隣にはレオナルドが座る。
「義母上、この後の運転は私がしますので、ビールでも飲まれませんか?」
「えっ? いいの? じゃぁ、いただこうかな!」
「義父上も飲まれますよね!?」
「あぁ、いただくとするか。」
シンはタブレットを操作し、ビール2つとウーロン茶3つ、ノンアルコールビール1つを先に注文した。
あとは好きにタブレットをタップして注文していく。
ビールがハオとアズサの前に、ノンアルコールビールがレオナルドの前に、ウーロン茶がシンと一華とアーリンの前に置かれた。
「まずは、乾杯だな。」
「かんぱ~い!」
アーリンは初めての乾杯に戸惑いつつも、みんなを真似てグラスを高く掲げ、「かんぱ~い!」と続いた。
「ぷはぁー!」
「久しぶりの本物のビールは喉に効くわね!」
アズサが久しぶりのビールに感嘆の声をあげる。
「ねぇ、シンはビール飲まないの?」
一華がシンに顔を向け尋ねた。
「あぁ、来年まで飲めないからな。」
「えっ? ちょっと、免許証見せて。」
一華がシンの免許証を受け取り、確認する。
「あー、やっぱり、誕生日4月2日から変わってないよ。戻さないの?」
「この前まで高校生で通してたんだぞ。ここでは、その誕生日で通す。」
「本当は飲める年齢なんでしょ? 飲みたいんじゃないの?」
「あっちに帰れば飲めるし、今日から堂々と自由に運転できるんだぞ。今は運転の勝ちだ。」
「そういえば、本当の誕生日教えてくれる約束だったよね!?」
「……そうだったな。」
シンの表情が少し曇ったことを察知したハオが会話を引き継いだ。
「一華、そのことはパパから後で話そう。今日は合格祝いだ。好きなものを食べるがいい。」
「……うん」
一華はパパから話を聞くことになることに疑問を持ったが、それ以上は口にしなかった。
レーンを回ってお寿司が届くと、シンがテーブルに並べ、みんな好きな物を取って食べ始めた。一華たちのお披露目の宴に提供する食材探しの際にレオナルドは一度体験済みだが、アーリンにとっては初めての体験だ。
お箸の使い方も分からないアーリンの隣で、一華が使い方を教えるが、お寿司を掴むのはなかなか難しい。見かねた一華が手拭きのウェットティッシュを手渡し、手を拭かせると、手掴みでの食べ方を教えた。
「アーリン、辛いの、大丈夫?」
「多少なら大丈夫です。」
「じゃぁ、ちょっと試してみようか?」
一華は新しい箸で、ほんの少しだけワサビを載せたお寿司をアーリンに勧めた。アーリンはワサビ付きのお寿司に手を伸ばし、醤油をつけたあと口に運ぶ。
一瞬の静寂の後、瞳孔がわずかに開き、ツーンとしたワサビの強い辛み成分にやられてしまった。涙目になっている。
「……っ!」
急いでウーロン茶を口に流し込んだ。
「アーリン、ダメだった?」
「一華様……、これは何ですか? 辛いというレベルではありません。刺激が強すぎます!」
「これはワサビって言って、この国ではメジャーな薬味なんだよ。お刺身につけたり、ステーキにも乗っけて食べたりもするんだよ。私、苦手だから、一切つけないんだけど……、嫌なら無理しなくていいからね。」
「みなさんは、つけられるんですか?」
「大人の味だ。これが病みつきになる。」
シンが誇らしげに答える。
「……大人になってから挑戦することにします。」
アーリンはワサビをつけずにお寿司を頬張った。ハオもシンにタブレットの操作方法を教えてもらいながら、食べたいお寿司を嬉しそうにタップしていく。
一行はサイドメニューやデザートまで堪能すると、お店を後にした。
シンが運転席に乗り込み、一華が助手席に乗り込んだ。ハオを運転席のうしろに座らせ、レオナルドとアーリンを後部席に乗り込ませる。アズサが助手席に乗り込むとスライドドアを閉めた。
シンはシートベルトを締め、エンジンをかけた……が。
「初めての運転、しゅっぱー……あ、初心者マークないと違反だよ!」
一華が急に思い出したように叫んだ。学科試験を合格したばかりの興奮で、四人ともすっかり抜け落ちていたのだ。
「あ……。」
一華とシンが顔を見合わせる。
「忘れてた……。どうしよう……。帰れない。」
シンの顔がみるみる青くなる。らしくない。しかも、唯一運転できるアズサに飲酒させてしまっている。運転できることへの高揚感で、すっかり初心者マークの表示義務がすっかり頭から消え去っていた。
アズサは久しぶりのビールですっかり忘れていたが、バッグから初心者マークを取り出し、にやりと笑った。
「じゃじゃーん! 明日から必要だと思って買っておいたわよ!」
「ママ、さすがー! ありがとう。助かったー!」
「義母上、助かりました。ありがとうございます。」
シンは心底ホッとした表情を浮かべ、アズサから受け取った初心者マークを車の前後に貼り付けて運転席へと戻ってきた。
「シン君らしくないわね。」
「ほんとになぁ、らしくない!」
「ふふ、初めて見たかも。シンが困るところ。」
一華から笑みが零れる。
「運転できることに舞い上がってたな。いかんいかん。」
「シン、大丈夫? 代わろうか?」
自省しているシンに一華は名乗りを上げるが・・・。
「断る!」
「速攻で断らなくても……、結構、安全運転かもよ?」
「一華はまず、小型車で練習してからだ。」
シンはサイドブレーキを下ろして、ブレーキペダルから足を離すと、車が滑らかに動き始めた。一華は隣に座って同じ方向を見つめ、自分も運転している気分になって車の往来を確認しだす。
本当は隣でたくさん話かけたかったが、シンの集中を乱してはならないと口をつぐんだ。
教習の時とは違う夜の公道。空には月が昇り、星が瞬いている。対向車のヘッドライトが眩しいくらいだ。一華は、シンが断ったことに少しだけ安堵していた。
アズサが運転している時はあんなに賑やかだった車内も、後部座席からも声は聞こえない。魔王ハオも、シンの初めての運転を静かに見守っているようだ。
車内が静まり返る中、シンの運転は急ハンドルもなく驚くほどスムーズな走りで心地よかった。エンジンの音や心地よい振動が、一華に激しい睡魔となって襲いかかる。隣で寝るのは忍びなかったが、朝早く起きて緊張しながら学科試験を受け、さっきまでお寿司をたらふく食べたせいだ。私のせいじゃない。みんなだってきっと寝ているはず……。
そう自分に言い訳をしながら、一華はいつの間にか意識を手放していた。
「一華、着いたぞ。」
シンの声で目を開けると、目の前で自動シャッターがゆっくりと上へと上がっていく。一瞬、状況が呑み込めない一華。
「うわっ、寝てた……。」
「一華が寝られるほど、スムーズな走りだったということだな!?」
少し意地悪そうに微笑むシンに、一華は慌てて強がる。
「そ、そういうことだよ! 私が寝て証明してあげたんだよ。」
シャッターが上がりきると、シンは完璧な車庫入れを披露した。サイドブレーキをかけ、エンジンを切ると、シャッターを下ろす。下までおりきると、人の力では到底上げることができないほど頑丈だ。
六人は車を降りると自室へ上がり、魔界の服へと着替えてから、常時接続ゲートをくぐって魔界へと戻っていった。




