第4話 入校
今日は教習所の入校日だ。
昼食後、一華、シン、ハオ、アズサ、そして護衛のレオナルドとアーリンは、『シン華の間』へと集まった。
外の護衛に声を掛けるまで入らないよう命じ、シンとハオは魔力を解放し、自身の分身を椅子に座らせる。
シンが人間界への常時接続ゲートである飾り戸棚の隠し扉を引いた。ハオとシンの魔力が込められた魔宝石を持つ者にしか、この隠し扉を軽い力で開けることはできない。
隠し扉を開けると、人間界にある『シン華の家』の一室がその向こうに広がっていた。
最初にシンが足を踏み入れ、一華は黒猫のサンを抱いて後に続く。ハオはアズサの手を取って続き、アーリンを先に行かせたところで、レオナルドが最後に飾り戸棚を元の位置へと戻し、全員が無事に人間界へと移動した。
まるでアニメで見た『○こでもドア』のようだが、行き先が『シン華の間』と『シン華の家』を結ぶだけなのが唯一の違いだ。
着替えを済ませてLDKへと下りてきた一華とシンは、留守番をするサンにキャットフードと水を用意する。
「サンちゃん、行ってくるからね。」
一華は声を掛け、車に乗り込んだ。
運転はもちろんアズサ。助手席にはハオが座り、運転席のすぐ後ろには一華、最後列にはアーリンとレオナルドが乗り込む。シンは助手席の後ろの席へ乗り込み、スライドドアをしっかりと閉めた。
「いざ、しゅっぱーつ!」
教習所通いに一華のテンションは爆上がりだ。合図とともにシャッターを上げ、アズサが車を前進させた。
車が走り出すと、シンが設定についての話を切り出した。
「これから話す設定は、入校手続きに必要なものだ。俺と一華は夫婦。レオナルドは義父上と義母上の養子とし、アーリンとは夫婦という設定でいく。」
「「えっ?」」
レオナルドとアーリンが思わず顔を見合わす。しかし、シンは構わず話を続けた。
「俺と一華の会社を手伝うために、四人で同居しているという設定だ。」
「なるほどー。家族だから同居してても怪しまれないし、住所が一緒なら住民票も保険証も偽造しやすいってわけだね。」
「一華、人聞きが悪いな。偽造ではない。この国のデータベースにもすでに登録済みだ。本籍地も現住所も『シン華の家』で、正真正銘の完璧な本物だ!」
教習所に到着し、ハオとアズサと分かれた四人は、緊張の面持ちで入校手続きへと向かった。
手続きに必要な住民票や本人確認書類、印鑑などは、シンが魔力ですべて用意してくれている。シンが「本物のデータだ。」と言い張ってはいたものの、バレやしないかと一華の胸はドキドキしっぱなしだった。だが、何の問題もなく無事に手続きが完了した。適性検査と教習の説明を終え、いよいよ技術教習の開始だ。
それぞれ担当の指導員に挨拶をし、車の外回りや点検方法の説明を受けて車内へと乗り込む。
1時間目は、運転姿勢の調整やメーターの見方、各種装置の説明を受け、ほんの少し発進と停止をするだけであっという間に終了した。
短い休憩を挟み、2時間目がスタートする。
最初の復習から始まり、いよいよ実際にコースの走行だ。
一華も小さい頃に遊園地のゴーカートに乗ったことはあるが、あんなものはスピードは出ないし、他のカートにぶつけて遊ぶようなアトラクションにすぎない。
だが、本物の自動車で走る以上は、車線や交通ルールをしっかり守らなければならない。しかも、助手席には見知らぬ指導員が座っているのだ。指導員は優しく指導してくれるが、教習を受ける側としては緊張で胃が痛くなりそうだった。
「ブレーキペダルから足を離して……ゆっくりと。」
指導員の指示に従い、一華が慎重に車を前進させる。直進は問題なかったが、交差点を左折する際、ハンドルを戻そうとして勢い余って回しすぎてしまいそうになった。
その瞬間、直前に気付いたシンがさりげないサポートでハンドルを正常な位置へと戻した。指導員の目には、一華が何事もなくスムーズに左折したように映ったはずだ。
一方のアーリンとレオナルドは、最初から魔力を使って完璧すぎる運転を見せている。
やがて停止の際、一華が力を入れすぎてしまい、車体が「カックン」と大きく揺れた。隣の指導員の体が前に傾く。一華は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「止まる寸前で、踏む力を少し抜くとスムーズに停止できますよ。」
「はい……。」
指導員の優しいアドバイスに、一華は緊張のあまり、はいと返事をするのがやっとだった。
それでもその後は、ノロノロ運転ながらも特に大きな問題もなく教習を終えた。
「ありがとうございました!」
一華が指導員に深々と挨拶をしてシン達と合流し、アズサとハオが待つ車へと急いだ。
「終わったー!」
「初日としてはまずまずだな。」
シンが一華の運転を冷静に分析した。
「一華は、もう少し視線を遠くに向ける方がいい。そうすればふらつきがなくなる。」
「えっ? そうなの?」
「あぁ。手前ばかり見つめていると、前の車の減速や信号の変化に対応できなくなるぞ。」
駐車場で待機していたハオとアズサが乗る車のスライドドアをシンが開き、一華を真っ先に乗り込ませる。
一華は車内に乗り込むなり、第一声を上げた。
「疲れたー!」
アーリンとレオナルドも後部座席に乗り込むと、最後にシンが乗り込んでドアを閉める。
「一華、どうだったの? ちゃんと運転できたの?」
アズサがバックミラーを見ながら尋ねた後、車を発進させた。
「一応、ハンコはもらったよ。」
「左折や右折で少しハンドルを切り過ぎるところはありましたが、指導員に気付かれる前に修正しましたので問題ありません。」
「えっ、シンが直してくれたの?」
「なんだ、一華は気づいてなかったのか?」
「えーっ、自分でできたのかと思ってたー。あははは。あとは、停止する時にカックンってなって、それは寸前で力を抜くといいって教えてもらった。」
「そうね。オートマ車は慣れないと、止まるときにどうしてもカックンってなりがちよね。」
「ママはならないよね!?」
「ママだって最初はそうだったわよ。でも指導員が教えてくれたからね。中には教えてもらえず卒業しちゃう人もいるんだから、分からないことはどんどん質問した方が良いわよ。」
「例えば?」
「そうねぇ……、信号の切り替わりの判断をどうするかとかね。」
「えっ、どうすればいの?」
「交差点には歩行者用の信号もあるでしょ。」
「うん」
「一般的な交差点だと、車道側の信号が赤になる前に、歩行者用の信号が点滅して赤信号に変わり、そのあとに車道側の信号が黄色、赤へと切り替わるの。だから、まずは歩行者側の信号を確認するのがコツね。」
「へぇ、そうなんだ。今まで全然気にしてなかったな。」
「ただ、自分では通り抜けれると思っても、前の車が急に止まることもあるから、そこは油断しちゃダメよ。」
「うん。」
一華は後部座席へと振り返り、話しかけた。
「アーリンとレオもハンコもらったよね!?」
「はい。私たちは魔力で運転しましたから完璧です。」
アーリンが答えた。
「えーっ、二人とも魔力で運転できるの? それってずるくない? どうして私だけできないのよ!?」
「一華の場合、誰かが本気で困るような状況にならないと魔力が覚醒しないだろ!?」
シンがすかさず口を挟む。
「……うん」
「一華が運転できなくても、誰も困らないから諦めろ。大丈夫だ。俺が必ず一緒に卒業させてやるから。」
「誰か困ってよー!」
一華の嘆きに、アズサがくすくすと笑った。
「一華様は、ご自分のためには魔力が覚醒されないのですか?」
アーリンが目を丸くして尋ねる。
「そうみたいなんだよね。テレポートはできないし、物も小さくできない。できることと言ったら、衣装チェンジと、誰かを助けるための魔力くらいで……。まぁ、巡り巡って結局は自分の助けにはなるみたいなんだけどね。」
「さぁ、着いたわよ。」
車が停車したのは、昨日訪れたカジュアルブランドの大型店舗の駐車場だ。裾上げをお願いしていたボトムスが、ちょうど今日仕上がると言われていたのだった。
代表してシンが一人で行こうとする。
「あ、私が代表して受け取りに参ります。」
レオナルドが名乗り出たが、シンがそれを断った。
「いい、俺が行ってくる。」
シンはさっさと降り、大型店舗の店内へと消えていった。
「シン様に行かせてしまってよかったのでしょうか?」
「シンは、フットワークが軽いんだよね。私一人じゃ外出させてくれないし、人間界にも慣れているから大丈夫だよ。分からないことがあればテレパシーを飛ばしてくるだろうし、気にしなくていいよ。」
「なんだ!? シンは一華の護衛としての命令を忠実に守っているということか?」
ハオが面白そうに一華に尋ねる。
「寝てる時以外は、ずーっとだよ。クラスも一緒で席も必ず隣か後ろだったし、私を守るために生徒会長を引き受けたぐらいなんだから。」
「シン君、生徒会長だったの? 絶対モテたでしょ!?」
アズサが楽しそうに笑う。
「生徒会長になる前からモテてたよ。シン狙いの女子たちが私に攻撃してくるのをやめさせるために、『一華を傷つけたら一緒に退学してパパの所に連れて帰るぞ』って本気で脅してたぐらいだから。」
「あははは。その頃からもうゾッコンだったのね。」
そこへ、七人分のボトムスが入った袋を手にしたシンが戻ってきた。アズサは再び『シン華の家』へ向けて車を発進させる。
「ありがとう。」
一華がシンに向けてお礼を言う。
「これ、誰の分かわかるのか?」
シンが袋を開けて一華に見せる。どれも似たようなデザインと色合いに見える。
「ふふふ、男女では区別つくとしても、下手したら間違えそうだね。魔力で誰のものか判断できないの?」
「さすがにそんなことまでは無理だろ!?」
「じゃぁ、テーブルに並べて一人ずつ手に取ってみる?」
「まるで神経衰弱のようだな。」
◇◆◇
『シン華の家』へと戻ってきた一行。
ハオとアズサが買い出ししてくれた生活用品を車から下ろし、リビングへと運び入れると、ハオが魔力を使ってあっという間に元の大きさに戻した。
一華がダイニングテーブルに裾上げ済みのボトムスをずらりと並べる。
すると、サンがぴょんとダイニングテーブルに飛び乗り、一つのボトムスに鼻を近づけて、ひくひくと匂いを嗅いだ。
「にゃん……(これ、一華の匂いにゃん!)」
「これ、私ので合ってる?」
一華が一枚手に取ってサイズを確認し、自分の体に当ててみる。
その後も一華がサンに次々と匂いを嗅がせると、サンは誇らしげな顔つきで、正確に持ち主のボトムスを次々と突き止めていった。
全員がボトムスを手にしたところで、一華が確認する。
「みんな、これで合ってるの?」
「はい。間違っていません。」「私も合っています。」
レオナルドとアーリンがそれぞれ答えた。
「すごいな。試着しただけなのに。」
ハオが感心したように目を丸くする。
「サンちゃん、すっごーい。麻薬犬みたい……。」
「にゃんにゃん……(探知猫にゃん!)」
「あははは!」
「もう外出しないから、着替えてください。洗濯しますから。」
シンがみんなに声を掛ける。
自室に戻って魔界の元の服に着替えてから下りてくると、それぞれが着用していた人間界の服を手に持っていた。シンがそれを受け取り、二階のランドリールームへと上がっていく。その後を追うように、アーリンとレオナルドもついていった。
「シン様、やり方をお教えいただければ私たちがやりますから。」
アーリンが自分たちですると申し出てきた。シンは洗濯機の操作方法を説明する。
「そうか? これが洗濯機だ。ここを開けて洗濯物を入れる。ここには洗剤、柔軟剤が入っていて自動で投入してくれる仕組みだ。蛇口を開けて電源ボタンを押し、コースを選んでこのスタートボタンを押せば洗濯が始まる。乾燥まで自動で行い、すべての工程が終了すると音が鳴る。洗濯の量にもよるが、三時間前後くらいかかるな。」
「便利ですねぇ……。私たちが入り込む隙がありません。」
レオナルドが感心し、目を丸くする。
「だろ? だが、糸くずフィルターの手入れや、時々洗剤や柔軟剤の注入口を掃除することは必要だ。故障の原因になるからな。洗濯の間に、他のことができる便利な家電だ。」
シンを先頭に、アーリンとレオナルドが階段を下りてくる。リビングでは一華とアズサが買ってきた生活用品の片づけを進めていた。
「トイレももう使えるからね。あ、シン、トイレの使い方を教えてあげて。」
「承知した。」
シンはアーリン、レオナルド、そしてハオも引き連れて、シャワートイレの使い方を丁寧に説明する。
脱衣室にはタオル、浴室にはシャンプー、リンス、ボディシャンプー、ボディタオル。パウダールームには泡ハンドソープ、タオル、歯磨きセット、コップ、洗顔フォーム。そしてキッチンには調理家電や調理器具、お皿やカトラリー、お箸などをいつでも使えるように綺麗に洗い、準備を整えていく。
「これで、準備はバッチリかな?」
「にゃんにゃ……(キャットタワーが欲しいにゃん)」
「あ、そうだ。人間界の家にも必要だね。ベッドも。」
「にゃんにゃ……(こたつがにゃいにゃん)」
「こたつはリサイクルに出しちゃったんだ。今のテーブルはこたつ仕様じゃないし。でも、こたつ布団は無いよ。もう季節外れで売ってないし。秋まで待ってね。」
「にゃんにゃ……(仕方にゃいにゃん)」
シャワートイレの説明を終えたシンが戻ってきた。
「今から学科をオンライン受講するが、片付けは終わったのか?」
「うん。終わったよ。パパとママ、どうする? 四人とも学科受講する時は、画面から目を離せないよ。」
「それじゃあ、儂たちは戻るとするか。」
「そうですね。もうすぐ夕食の時間だから遅くならないようにね。」
「うん!」
ハオとアズサは、ゲートをくぐって魔界へと帰っていった。
四人はダイニングテーブルに腰掛け、イヤホンを装着してオンライン受講を始める。
一華は(お腹空いたなぁ)と思いつつ、一刻も早くこの時間が終わることだけを願っていた。
「***(一華、真面目に受講しないと、学科試験に落ちるぞ。)***」
「***(だって、シンが合格させてくれるんでしょ!?)***」
「***(仮に合格させたところで、実際に運転しだして一番困るのは一華だぞ!)***」
「***(わかったよー……。それにしてもお腹空いたもん。おやつ食べてないし。お土産で買ったおやつ、もう残ってないよねぇ!?)***」
「***(残ってないな! 明日、義母上に頼んでみるか!?)***」
「***(うん! 明日はおやつとお茶と紅茶とコーヒーとお砂糖とミルクと牛乳と、それにマグカップも!)***」
「***(ノンアルコールビールを忘れるなよ!?)***」
「***(アイスとプリンもね!)***」
シンは一華を注意するつもりだったが、結局は二人で食べ物の話で盛り上がってしまったのだった。
洗濯がすべて終了するまでみっちり学科を受講し、すっかり疲れ切った四人は、洗濯物を片づけると、魔界へと戻るために再びゲートをくぐっていった。




