第3話 魔王の野望?
人間界の『シン華の家』の内覧を済ませた一行は、スマホと人間界の洋服を買うため、車へと乗り込んだ。
アズサは運転席に座るとカーナビに目的地を入力する。運転席の後ろにハオが乗り込み、後部座席にはジャン、アーリン、レオナルドの三人がやや窮屈そうに身を寄せ合う。
一華が助手席の後ろに座ると、シンがスライドドアを静かに閉め、助手席へと乗り込む。
シンがリモコンを操作すると、車庫のシャッターが静かに上がっていった。
「まぁ、シャッターまで自動なのね!」
アズサが感嘆の声を上げる。サイドブレーキを解除し、ゆっくりと車を前進させると、車という未知の乗り物に初めて乗ったアーリンから驚きの声が漏れた。
「うゎっ!」
シンが再びリモコンを操作してシャッターを下ろすと車を発進させた。その滑らかな走りに揺られながら、一華はふと防犯の話題を切り出す。
「これで車を乗り降りする手間が省けるし、車の盗難も防げるよね!」
「人間界では車の盗難が多いのか?」
ハオの問いに、一華はわずかに怒りをにじませて答えた。
「うん。高級車が狙われやすくて、ナンバープレートを偽造して海外へ売ったりするんだよ。ひどくない?」
「たぶん、闇バイトに応募した人たちの仕業だと思うんだけど……。車の盗難だけじゃなくて、貴金属や現金を強奪する凶悪犯も多いの。中には命を落とすケースもあるし、被害額も多額で本当に深刻なの……。」
一華の表情が怒りから悲しみに変わるのを見て、シンが身体を捻り、優しく一華を気遣った。
「一華、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
一華はシンの顔を向けたあとも話を続ける。
「だからね、自宅はしっかり防犯機能を高めておかないとね。鍵をかけていても窓を割って侵入してきちゃうから。」
「『シン華の家』の窓は複層ガラスを採用し、さらに魔力で強化していますので、ヒビすら入りません。ピッキング対策も完璧です。」
シンが補足すると、それを聞いたハオが少し物騒な提案を口にした。
「その闇バイトとやらを募集する人間を一掃しようか?」
一華は一瞬、目を見開いた。ハオの提案に乗っかろうかと思ったが、冷静に口にした。
「一掃したとしても、一時的に犯罪が減るだけで、新たな人間が別の手法で募集するだけだよ。結局、犯罪は無くならない……いたちごっこなんだよ。それに、パパの仕事の邪魔になっちゃうでしょ?」
「……たしかに。だが、芽を摘めば犯罪の蔓延を遅らせることはできる。」
「結局は自衛するしかないんだよ。闇バイトかどうかも自分で見極めなきゃいけないし、無人販売所なら万引きされないよう、必ず支払いを済ませないと帰れない仕組みにしなくちゃいけないんだよ。もうこの国の性善説なんて崩壊してるんだから。」
一華はさらに言葉を続ける。
「それに、飲酒運転は違法なのに、いくら厳罰化しても一向になくならないのは、『自分は大丈夫』『見つからない』って思ってるからだと思う。車にアルコールチェック機能を追加すれば良いのに。基準値を超えたら発進できない仕組みにすればいいだけだと思うんだけど……。世の中には頭いい人がいっぱいいるんだから、絶対出来ると思うんだけど……大人の事情ってやつかな?」
「人間界は便利になった代償として、犯罪も巧妙化しているということか? 考えものだな!?」
「うん。パパは、魔界も人間界のように便利にしたいの?」
「魔界の者が皆、儂たちのようにテレポートなど、自由に魔力を使えるわけではない。一部の魔力しか持たない者が大半を占めるのだ。その者たちが、車を運転できるようになれば、より遠くへ移動し、物を運べるようになる。」
「あとね。人間界では今『AI』と言って人工知能が流行ってて、何でもかんでも『AI』が多用されているの。これも性善説で成り立つものなんだけど、悪意ある人が『AI』を使ってフェイク動画を作ることで、嘘をばらまくことだってできるんだよ。例えば、パパのフェイク画像を作って、『人間界に攻め入るぞ』って流されたら、どうなると思う?」
「……その動画を見た者たちが、本当に人間界に攻め入るだろうな。」
「でしょ!? そうなると、人間界中を敵に回してしまうし、逆に魔界に攻め込まれる危険だってゼロじゃないし。魔界にとっても大迷惑な話だよね!」
「人間界は、それほどとんでもない状況に陥っているのか……?」
「そうなのかも……。便利さが先行して、取り締まりや法律が全く追いついていない状態なの。」
「……魔界に迷惑が及ぶ前に、この国を魔界の領地として管理すべきか!?」
魔王ハオの真顔の提案に、一華は目を丸くして驚いた。
「パパ、何言ってるの!?」
シンも身体を後ろに向け、ハオを諌める。
「義父上、それは極端すぎます。」
ちょうどその時、車は携帯ショップの駐車場に到着した。アズサはエンジンを切り、空気を切り替えるように明るい声を上げる。
「さぁ、スマホを購入するわよ!」
一行は店内へ入り、アズサ名義で新規四台、機種変更三台をまとめて契約した。
一度に七台もの端末を購入するのは、怪しまれかねないが致し方ない。一華はまだ、収入を得ていないのだから。
支払いはアズサ名義のクレジットカードで済ませた。
それぞれの好みに合わせたスマホケースを選び、スタッフにガラスフィルムを丁寧に貼ってもらうと、一行は店を後にした。
続いて訪れたファミリーレストランでは、二つのテーブルを並べて着席した。メニューを開いたアーリンが、目をパチクリさせながら呟く。
「とても美味しそうな、リアルな絵ですね……。」
「これは写真だよ。このスマホがあれば、こういう写真も自分で撮影できるんだよ。」
一華が微笑みながら説明する。
「皆、好きなものを選べ。」
ハオが全員に向けて言うが、結局、全員が迷わず黒毛和牛ステーキセットを選んだ。もっとも、一華だけは食べやすいサイコロステーキをチョイスした。
料理が運ばれてくるまでの間、一華はスマートフォンを取り出し、スマホ教室が始まった。メッセージアプリをダウンロードさせ、グループへ招待すると、店内に一斉に通知音が鳴り響く。
ピコン♪
一華が送信した「ここにメッセージを送信すれば、全員で情報共有できるんだよ。」というメッセージが、それぞれの画面に表示された。
「人間界では、こんなことができるのですか……。」
アーリン、レオナルド、そしてジャンが目を丸くして感心している。そうこうするうちに、熱々のステーキセットが運ばれてきたため、即席のスマホ教室はいったん中断となった。
「温かいうちに食べよう!」
一同はさっそくナイフとフォークを手に取る。口に入れた瞬間に広がる柔らかい肉の旨味に、アーリンも護衛としての顔を忘れ、少女のような満面の笑みをこぼした。
「うわぁ、美味しいですぅ! お肉が柔らかくて、口の中でほぐれますぅ。」
ジャンやレオナルドも、無言で深く頷きながら味わっている。すでに一口大にカットされたステーキをお箸で運ぶ一華も、幸せそうに頬を緩ませた。
「本当に美味しいねぇ。」
魔界のプリンセスがファミレスのステーキにこれほど感動してくれるのなら安いものだと、シンは密かに胸をなで下ろす。しかし、美味しい肉を頬張りながら、一華はふと思い出してしまった。新居はできたが、暮らすための道具が何もないことを。
「そういえば、食器類も何もないんだった。お皿にコップ、お箸にグラス、それからナイフとフォークに、それから……」
「ほら、やっぱりね。あなたたちが教習所に行ってる最中に、ママが揃えておくわよ。ねぇ、ハオ様!?」
「ですが……」
シンは義母上とはいえ、王妃であるアズサに買い物を任せることを少し気遣ったが、ハオがそれを遮るように言った。
「構わない。儂もアズサの買い物に付き合う。」
魔界では外出時に魔王と王妃が二人きりになることなどなく、ましてやデートを楽しむような場所もない。ハオにとって、アズサの買い物に同行するのはまたとない機会だった。
「承知いたしました。私たちの技能教習は昼過ぎから四人同時に集中して受けます。第一段階は二時間、第二段階は三時間です。昼食後に移動し、夕食までには戻れる予定です。学科は自宅でのオンライン受講となりますので、午前中か帰宅後に受講します。」
「まぁ、今は家で学科が受講できるのね?」
「はい。明日は入校日ですので、適性検査と技能教習が二時間あります。少し遅くなりますが、よろしくお願いします。」
「任せて!」
食事を終えた一行は、次の目的地である、姉妹ブランドも併設した超大型店舗にやってきた。
シンプル・イズ・ベストを掲げるカジュアルブランドの店内で、一華はアーリンを連れ、アズサはハオと、シンはジャンとレオナルドを連れて、似合いそうな服をチョイスしていく。
もっとも、ジャンとレオナルドは、ハオと同じ服だけは絶対にチョイスすることはしなかった。
洋服のほか、靴や、教習所に通うためのバッグもまとめて購入する。
一華はアーリンの服を選んでいるようでいて、ちゃっかり自分の分もしっかりカゴの中へ入れている。ふと、魔界の下着事情が良くわからないため、一華はアーリンに声をかけた。
「ねぇ、アーリン、下着ってどんな感じなの? ここのお店の試してみない?」
「構わないのでしょうか?」
アーリンは洋服だけではなく、下着までも買ってもらうことに戸惑ったが、一華は「いいのいいの、この際だからいろんなものを試そうよ!」と優しく誘う。
「縫い目のないシンプルなのもあるし、フリルや花柄もかわいいよ。サニタリーショーツもあるし。」
「どれも可愛いですぅ。」
アーリンは数枚を手に取り、嬉しそうに目を細めた。
その近くでは、アズサがハオの服を見繕いながら、ちゃっかり自分の分もしっかり選んでいる。
シンは真面目な顔つきで、ジャンとレオナルドのサイズに合う服を選定中だ。
「***(シン、自分の服もちゃんと選んでね?)***」
「***(今日は三人の服を買いに来たのではなかったのか……?)***」
「***(それは名目で、パパとママもしっかり自分たちの分を選んでるから大丈夫!)***」
「***(承知した!)***」
シンも納得し、自分の服をカゴに追加していった。
試着室でボトムスを持ち込み、試着して丈の長さを決めて裾上げしてもらう。
会計後、裾上げをお願いすると、明日の仕上がりになると告げられた。
みんながみんな、裾上げを頼むのだから、時間がかかるのも仕方がない。教習所の帰りに受け取りに寄ることにした。
買い物を終えた一行は、『シン華の家』へと帰路についた。
車庫のシャッターを上げて車を収め、静かにシャッターを下ろすと、そのままリビングへと足を踏み入れる。
「この服って、魔界には持って帰らないよね!?」
一華の呟きにシンが返答する。
「そうだな。」
「ハンガーと小物の収納ケースがない……。どうしよう……。」
「どういうのが必要なんだ?」
「ハンガーはこういうのとか、収納ケースはこういうのがいい。」
一華はスマートフォンで検索した画像をシンに見せると、シンは即座にうなずいた。
「承知した。」
シンは魔力を解放し、一人につき十本のハンガーと、人数分の収納ケースを各部屋へと瞬く間に用意した。
「あと、タオルと、トイレットペーパーと……」
一華が口にするそばから、シンは次々と必要な生活用品を目の前にコピーして具現化していく。
「一華、必要なものはリストにして書き出しなさい。ママたちが買ってきてあげるから。」
「うん。メモアプリで送るね。」
全員が三階へと上がり、それぞれの部屋割りを決めて、買ってきた服をクローゼットへと丁寧に収納した。一華とシンも、自分たちの部屋のクローゼットへと荷物を収めていく。
「ねぇ、パパ、魔界と人間界を繋ぐ常時接続の通路って、いつできるの?」
一華がハオに尋ねたが、逆に問い返してきた。
「魔界側の入り口は、どこにするつもりだ?」
シンが代わりに答える。
「私たちの『シン華の間』に、隠し扉を追加してそこを入り口にするのはどうでしょうか?」
「なら、一度帰ってからだな。ここはあの部屋でいいんだな!?」
「はい」
「もうそろそろ、魔宝石も完成した頃だろう。一度帰らないか?」
「承知いたしました。」
一行は、元の魔界の服にチェンジし、魔界へと戻って行った。
◇◆◇
『シン華の間』に戻ってきた一行。
ハオとシンは分身の魔力を解除した。
「どこにするんだ?」
「この飾り戸棚をドアのように手前に引くのはどうでしょうか?」
中世ヨーロッパで使われていたようなカップボードだが、そこに飾られていたのは、一華の部屋にあったぬいぐるみが飾られていた。
「なるほどな!? 忍者屋敷のようだな!」
「義父上も時代劇がお好きなんですか?」
「アズサが好きだったな!?」
「はい。しっかり一華にも受け継がれてますよ。」
アズサが笑みを浮かべて頷いた。
「はい。しっかり時代劇のDVDも観せられましたし、修学旅行では映画村内をあちこちと連れ回されました……。」
「あははは」
一華が笑ってごまかす。
魔王ハオはわずかに魔力を集中させ、部屋の飾り戸棚と壁を一体化させ、開閉式の隠し扉へと作り変えた。人間界へと続く常時接続ゲートが無事に開通した。
その後、ハオが外の護衛に声を掛け、宝石職人を呼ぶよう命じると、呼ばれた宝石職人は、指示されたアクセサリーを携えて『シン華の間』へと入ってきた。
「指輪とペンダントがこちらになります。」
デザインの異なる二つの指輪と、一つのペンダントが差し出される。
「下がってよい。」
宝石職人は一礼して自身の持ち場へと戻っていった。
ハオとシンが共同して魔力を込めていくと、宝石の輝きはますます深い色合いを帯びていく。
「お前たちの魔宝石だ。これを持たぬ者はこのゲートを通ることはできぬ。決して忘れるなよ。」
「「「はっ」」」
護衛のアーリンとレオナルドにはデザインの異なる指輪が手渡され、左の人差し指にはめられた。料理人のジャンには料理の邪魔にならないようペンダントが贈られる。
一華とシンの結婚指輪にはすでに魔王ハオの魔力が込められているため、今回はハオとアズサの結婚指輪にシンの魔力が新たに込められた。
「ジャン、連絡を入れるまで通常の業務を頼む。」
「はっ」
シンの言葉にジャンは静かに一礼し、厨房へと戻っていった。
ハオが口にする。
「今日はもう、これでお開きだな?」
「はい。明日は昼食後に移動となります。」
「では、少し執務に戻るとしよう。」
ハオとアズサは夕食までのわずかな時間、残された仕事の処理へ向かうため執務室へと戻っていった。これでは夕食後にも明日の分の仕事を持ち込むことになるのではないかと、シンは心の中で苦笑する。
アーリンとレオナルドは護衛任務を再開するため部屋の外へ出た。
一華とシンは、人間界の新居で必要となる生活用品のリスト作りに取り掛かる。人間界から送っていた引っ越しの段ボール箱を開け、高校時代に使っていた筆記用具や、リサイクルショップに出しそびれた調理器具などを取り出した。
「一華、これらも人間界の家で使うか? 使うなら一緒に送るが。」
「魔界では使わないから、送ろうよ。……ていうか、私たち、いっそあの家にずっと住んじゃダメなのかな?」
「義父上と義母上が寂しがるのではないか……?」
「だよねぇ。でも、両方の家を行き来するとなると、服も分散しちゃうし、なんだか落ち着かないというか……。それに、サンちゃんはどうする?」
「にゃんにゃ……(一華たち、また、いにゃいにゃんか?)」
足元で丸くなっていたサンが顔を上げた。
「サンちゃんのご飯もどうしよう。魔界の厨房にずっとお願いするわけにもいかないし……」
「にゃんにゃー……(自動でパカって開くやつにするにゃ?)」
「あれは電気を使うから……」
シンは腕を組み、サンに問いかけた。
「サンはどうしたい? 俺たちと人間界の家に通うか? それとも、ここに残るか?」
「にゃんにゃん……(ここににょこっても退屈にゃ。一華を守るために、人間界に行くにゃ!)」
「なんだ、猫王にならないのか?」
「にゃんにゃー……(一華を守るにゃー!)」
シンの冗談に、サンは頼もしく鳴いた。
「決まりだな。自動給餌器とヒーター付き水飲み器、キャットフードやおやつもたくさん用意しておこう。」
夕食までの穏やかな時間、一華とシンは人間界で使っていた生活用品の中から使えそうなものを次々と段ボール箱に移し替え、シンがそれを新居へと次々に転送していった。




