第2話 新居
深夜。静寂に包まれたベッドの中で、一華とシンは温もりを分かち合っていた。やがて規則正しい寝息を立て始めた一華の肩を、シンは優しく揺り起こす。
「一華、一華、時間だ。起きろ!」
シンの声に促され、一華は大きな伸びをして、眠気まなこでベッドから這い出た。人間界の服へと着替えた二人は、そのまま夜の闇に乗じて人間界の自宅へとテレポートした。
◇◆◇
人間界の家へとテレポートして来た一華とシン。
深夜とはいえ、誰に目撃されるかわからない。満月が照らす漆黒の闇夜に紛れ、二人は慎重に行動を開始した。
外に出たシンは、まず敷地全体に強力な結界を張り巡らせ、外部への光や音の漏れを完全に遮断する。そして、静かに一華へとテレパシーを飛ばした。
「***(今から、イメージを具現化するぞ。)***」
シンの脳裏に描かれた鮮明な設計図が、強大な魔力となって解放される。
まずは結界の内側に工事用の足場と防音ネットが現れ、元の家をすっぽりと覆い隠した。続いて既存の家が解体され、一瞬にして堅牢な鉄筋コンクリート造の三階建てへと再構築されていく。
普通車二台と小型トラック一台を余裕で収容できるビルトインガレージ。屋上には停電対策も万全な太陽光パネルと大容量蓄電池が設置された。屋上に上がれば、花火も綺麗に見えるだろう。
「***(よし、次は内装だ。)***」
建物の中へ足を踏み入れた二人は、次々と理想の空間を作り上げていく。
一階には、パウダールームと繋がったトイレ、広々としたLDK、事務所スペース、倉庫、そして開放的な玄関を配置。
LDKは、一華がスマートフォンで検索したアイランドキッチンの画像をそのまま再現した。二台並んだ大型の業務用冷凍冷蔵庫。十人がゆったり座れるダイニングテーブル、壁掛けの大型テレビを囲むソファーセット。すべてが一華の理想通りだった。
最新のシャワートイレ、人感センサーで自動点灯するスマート照明、そして建物内をどこにいても一定の快適な室温に保つ全館空調システムも完璧に備わっている。
二階は、一華とシンのプライベートルーム、主寝室、そして大きな円形ジャグジー付きのバスルームとトイレを配置。脱衣室やパウダールーム、ランドリールームに至るまで空調が完備された。
三階には、魔王ハオと王妃アズサの部屋、客室、そして将来の子供部屋としても使える部屋など計四室。ここにも最新のトイレが設けられ、共有スペースにもゆとりある空間が広がっている。
寝具類も抜かりはない。二階の主寝室と三階の魔王夫妻の部屋には魔界仕様のクイーンサイズのベッド、客室と子供部屋にはダブルサイズのベッドが配置された。
「……こんなところか?」
見事な仕上がりに目を丸くしながら、一華はふと一つだけ疑問を口にした。
「キッチンやジャグジー付きのバスタブに、トイレに空調、オーブンに冷蔵庫って、いったいどこから持ってきたの? まさか、どこかの倉庫から盗ってきたわけじゃ……」
「人間界にあるものを構造ごと完璧にコピーしただけだ。どこからも盗ってはいない。」
「あー、よかった! なら安心だね。……あ、そうだ、光回線はどうなったの?」
「光回線?」
「うん。前の家では光回線を引き込んで、Wi-Fi(ワイファイ)でネットに接続していたの。」
「それなら、どこかに隠れてないか? 解体時に配管などは配置を変えただけだから、必ずあるはずだ。」
一華が家中を探し回り、玄関付近でそれらしき通信機器を発見した。
「あったあった! これこれ。これでどこでもネットを快適にして。」
「どうやるんだ?」
一華はスマートフォンで検索した無線ルーターとネットワークケーブルの画像をシンに見せながら、自宅内のネットワーク敷設工事を指示した。
シンはすぐに魔力を解放し、一華の指示通り、新品の無線ルーター三台とネットワークケーブルを目の前に出現させ、指定した場所にアクセスポイントとして設置していく。リビングのルーターを起点に壁の内部を通して各階へネットワークケーブルが敷設され、完璧なインターネット環境が瞬く間に完成した。
「使い勝手が悪ければ後で直そう。とりあえず、今日は帰って寝よう。」
「うん」
二人は魔界へとテレポートし、パジャマに着替えると深い眠りについたのだった。
◇◆◇
翌朝、朝食を終えた一華とシンは、魔王ハオ、王妃アズサ、そして料理長のジャンに『シン華の間』へと招いた。
「今から、人間界にテレポートします。」
シンの説明に魔王のハオ、王妃のアズサ、料理長のジャン、護衛のアーリンとレオナルドの五人が頷く。
ハオは外で待機する護衛たちに『ドアを開けるまで、声も掛けるな、誰も入れるな。』と厳命した。
シンとハオが魔力を解放し、自身の分身を椅子に座らせ、完璧なカモフラージュを施す。
準備は整った。
シンがハオと魔力を共鳴させると、七人の身体が眩い光に包まれて人間界へとテレポートした。
人間界の通路となるべく部屋へと到着した一行。玄関へと移動しスリッパに履き替えてLDKへと足を踏み入れる。
アズサが驚きとともに家中を見回す。
「これは……、二人で住んでいた家よね!?」
「ママ、驚いた? 深夜のうちに、三階建ての鉄筋コンクリートに建て替えたんだよ。今日からここが『シン華の家』だよ。工事中の足場とネットは、外観の変化を誤魔化すためにしばらくそのままにしておくけどね。」
アズサは興奮を抑えきれない様子でキッチンへ駆け寄った。
「ふふ、なんて素敵な新居なの! アイランドキッチンも最新式だし、オーブンが二つも……、業務用の冷蔵庫まで完備されているわ。一晩でこんなことが出来るなんて、シン君すごいわ、すごすぎるわよ! なんだか、料理の腕がうずうずしてきちゃうわね。ジャン、これなら最高の腕が振るえるわよ!」
「今度、ママのハンバーグが食べたいな。ダイニングテーブルも大きいから、みんなで一緒に食事をしようよ。」
「車庫もね、普通車二台と小型トラック一台が余裕で入る広さにしてあるんだよ。」
「……普通車は二台も必要なのか?」
ハオの疑問に、一華が胸を張って答える。
「うん。私も運転免許を取るの。」
「なんと!? 一華が運転を……大丈夫なのか?」
「人間界では普通だよ。私の友達もみんな大学入学前に取ってたし。それに、レオとアーリンにも一緒に教習所へ通ってもらうから!」
「我々も、ですか?」
レオナルドが目を丸くして聞き返す。
「運転免許証は人間界での身分証にもなるし、車があったほうが絶対に便利だから!」
一華の明るい笑顔に、ハオは不安げな視線をシンに向けた。
「シン、本当に一華を教習所に通せても大丈夫なのか?」
「義父上、私も一緒に通います。三人とも私の魔力で、最短期間で確実に取得させますので、ご安心ください。」
「……頼むぞ。」
ハオが安堵したのを確認し、シンは一行を倉庫へと案内した。
「それから、小型トラックのすぐ後ろには一時保管用の倉庫を設けています。」
「少し手狭ではないか?」
ハオが周囲を見回して呟く。
「ここはあくまで中継地点です。ここで魔界文字に書き換えてから、魔界へと転送する予定ですので。ただ、魔界側にも専用の倉庫が必要かと。」
「うむ、宮殿の一部をリフォームしよう。何か希望はあるか?」
「はい。できれば宮殿内を通らず直接出し入れができ、厳重な室温管理の行き届いた広いスペースを希望します。」
「了解した。すぐに取り掛かろう。」
その後、一行は二階へ上がり、リゾートホテルのようなジャグジー付きバスルームにアズサが感嘆の声を漏らし、三階の子供部屋やハオたちの寝室を見て回った。
最後に上がった屋上からは、周囲のどの家よりも高い位置から見渡す素晴らしい景色が広がっていた。
もちろん、建築関連の公的書類はシンの魔力によってすでに完璧に処理されている。
屋上には規則正しく太陽光パネルが並んでいた。
「これは何だ?」
初めて見る設備に首をかしげるハオに、シンが丁寧な口調で説明する。
「太陽光パネルと言いまして、太陽の光エネルギーで自宅の電力を賄う仕組みです。余った電気は蓄電池にためて夜間に使えますし、停電時にも活用できます。」
「なんと……人間界の住宅は、どこもこのような仕組みなのか?」
「現在では導入を推奨・義務化する地域も増えています。売電も可能ですので採用する住宅が多いようです。ここからなら、花火も綺麗に見られると思いますので、その時はみんなで観ましょう。」
「人間界の技術は素晴らしいな。ここから花火も見えるのか!?」
「はい。初めて観た時は衝撃的でした。」
一階のリビングに戻ると、アズサがパッと顔を輝かせてシンに尋ねた。
「教習所には、いつから通うの?」
「明日から最短16日のスーパー短期集中コースに申し込みました。」
「それなら、毎日私が車で送迎するわよ!?」
「いえ、義母上にそこまでお手を煩わせるわけには……。」
「タクシーで行くから大丈夫だよ!」
一華が笑顔で遮り、今度はジャンに向き直った。
「ジャンには、教習所が終わったあとの食材の買い出しに付き合ってもらうからね。それまで待ってね。」
「承知いたしました。」
「今日はこれからどうするんだ?」
ハオが次の予定を尋ねると、アズサがパッと顔を輝かせた。
「せっかくみんなで人間界に来たんだから、街へ繰り出しましょうよ!」
アズサの提案に一華も大きく頷く。
「そうだね!ジャンとアーリンとレオの人間界用の服でも買いに行こうよ。あ、その前にみんなのスマホも買わなくっちゃ!」
一華が弾んだ声を上げると同時に魔力を解放し、全員の服を人間界のカジュアルスタイルへと一瞬でチェンジさせた。
一行は玄関へと向かい、人間界の靴に履き替えて車庫へ進む。
そこには、先日、人間界を訪れた際、アズサがかつて愛用していた懐かしの車を、魔王ハオの強大な魔力で、高級ミニバンへと変身させた愛車が、静かに鎮座していた。




