第1話 結婚式
一華とシンの物語、第2章は「魔界」から始まります。
第1章『いちにの華』で描かれた数々の謎や伏線が、この第2章でいよいよ紐解かれていきます。
二人の物語をより深く楽しんでいただくためにも、ぜひ『いちにの華』とあわせてお読みいただければ幸いです。
『いちにの華 https://ncode.syosetu.com/n7150lo/』
18歳を迎えた一華は、誕生日に晴れてシンのお嫁さんとなった。
魔界の結婚式と言っても、想像を絶するような特別な儀式はない。というより、魔王族の結婚としては必要なしきたりもあったかもしれないが、魔王ハオは一華が望む通りにさせてくれた。
一華は衣装チェンジの魔力を解放し、キラキラと光で包まれ、強い光を放った。光が収まると、人間界のウェディングドレスを纏った一華の姿があった。さらにシンが、一華の要望通りに魔力で完璧なヘアメイクを施す。
一華の頭上では、透明な魔石を品よくまとめ、中央にひときわ大きな魔石が光り輝くティアラが存在感を放っていた。
シンもまた、魔界の正装から人間界の花婿の衣装へとチェンジした。
二人は魔王ハオの前で永遠の愛を誓い、宮殿のバルコニーから民衆へと姿を見せた。シンの熱狂的なファン(?)からは悲鳴のような歓声が上がったものの、一華が魔王家の王女であるという素性が知れ渡ると、誰もが静かにその祝福を受け入れざるを得なかった。
その後、領主をはじめとする魔界の重鎮たちを集めた披露宴が盛大に執り行われた。
一華は高校一年の時に仮装で着たブルーのドレスをベースにした、豪華絢爛なイブニングドレス姿へとチェンジした。フレアラインは大きく広げられ、スワロフスキーの代わりに無数の透明な魔石が散りばめられている。
ティアラのデザインもウェディングドレスの時とは一新され、ふんだんに使った透明な魔石の中に、青く光り輝く大粒の魔宝石が堂々と鎮座していた。お揃いのネックレスに加え、薬指には魔宝石が連なった結婚指輪が神秘的な光を放っている。
それらすべての装飾品には、シンと魔王ハオの強大な魔力が注ぎ込まれており、常に一華の身を守る魔除けの役割をも兼ねていた。
着飾った二人が会場に足を踏み入れると、魔王ハオがグラスを掲げ、乾杯の挨拶をする。
「本日は儂の愛娘、王女一華と、甥である次期魔王シンの婚儀が無事執り行われ、晴れて夫婦となった。皆で祝ってやってくれ。乾杯!」
「かんぱ~い!」
立食形式の会場で、招待客たちは人間界から持ち込まれた高級冷凍食品やノンアルコールビール、極上のアイスやプリンなどを楽しんでいる。準備期間が短かったためビュッフェスタイルを採用したのだが、これがかえって大好評を博した。
「とても美味しいわ」
「これは一体、何という料理ですの?」
「この泡立つ飲み物はどこで買えますかな?」
宮殿の料理長が人間界で試食を重ねて、本番に臨んだ甲斐もあり、皆がその味に舌鼓を打った。
華やかな宴の中、一華は密かに共鳴の魔力を解放していた。しかし、笑顔で祝福の言葉を述べる招待客たちの外面とは裏腹に、腹の内からは、耳を塞ぎたくなるような卑劣な思惑が次々と流れ込んでくる。
『***(まだ子供ではないか。ふん、儂の娘をあてがえば、あの若造の目も眩むだろう。第2夫人にでも推薦してみるか。)***』
『***(我が息子とこの小娘の間に子が出来れば、俺たち一族も王族の仲間入りを果たせるな。)***』
背筋が凍るような生々しい悪意の数々に、一華は逃げ出したい衝動を必死の思いで押し殺した。
やがて宴も終盤に差し掛かると、宮殿お抱えの音楽隊が優雅なダンス音楽を奏で始めた。シンに優しく手を引かれ、一華は会場中央のフロアへと進む。緊張しつつも、緊張の色を隠せない一華だったが、シンの繊細な魔力サポートのおかげで、見違えるほど優麗なステップを踏むことができた。その息の合ったダンスは、招待客たちをすっかり魅了した。
「お似合いですなぁ」
「魔王様に、あんなにも愛らしい王女様がいらっしゃったとは……」
パパである魔王ハオとも一曲踊り終えたところで、招待客たちのダンスタイムへと移行した。しかし、かつてシンが見せたような華麗なステップを踏める者は誰ひとりいなかった。やがて音楽隊がBGMへと音を切り替え、「これにてお開きだ、はやく帰れ!」と容赦なく退散を促した。その空気を敏感に察知した招待客たちは、そそくさと宮殿を後にしていったのだった。
◇◆◇
一華とシンは、二人の私室を結ぶ共有の間『シン華の間』へと戻ってきた。極度の緊張と疲労に襲われていた一華は、二人きりになるとその場に崩れそうになる。
「あ、おい、一華、大丈夫か?」
シンが体を支えて長椅子に腰を下ろす。
「ねぇ、シン……、あのお偉いさんたち、本当に大丈夫なの?」
一華は不安げな顔を上げ、シンの胸元を見つめた。
「どうした、何かあったのか?」
「口ではおべんちゃらを並べてたけど、腹の中では、自分の娘や孫娘をシンの第2夫人や、魔王族を取り込みたいと私の浮気相手として息子を送り込もうとしたり……そんなことばかり考えてたんだよ!?」
「なんだと? その者たちの顔と名前は覚えているか?」
シンの端正な顔立ちが、怒りでわずかに歪んだ。
「顔を見たらわかるけど、次から次へと色んな声が聞こえてきて……、名前までは覚えてない。」
「今日はもう遅い。明朝、叔父上に相談してみよう。名前と住所さえわかれば、浄化の魔力が使えるだろ!?」
「そうだった。浄化の魔力を使えばよかったんだ……。」
一華は肩を落としたが、シンに優しく頭を撫でられ、緊張をほぐされていく。二人は部屋着に着替えたあと、シンが一華の部屋を訪れ、穏やかな眠りについた。
◇◆◇
翌日、一華とシンは魔王ハオの執務室を訪れ、昨夜の宴での出来事を報告した。
「なんだと?」
ハオは険しい顔で招待客のリストを広げ、結婚適齢期の娘や孫娘、あるいは息子を抱える重鎮たちを次々と指し示した。一華の脳内に流れ込んできた野心を抱く者たち以外にも、かなりの数の対象者がいた。
その場で一華は心を落ち着かせ、浄化の魔力を静かに解放していく。しかし、一華自身にはその魔力が相手にどのような効果をもたらしたのかを確認する術がなく、ただ急激な疲労感だけが全身が襲った。
「叔父上、一華を少し休ませます。」
シンが疲労困憊の一華をお姫様抱っこする。
「シン、もう一華と結婚したのだから、これからは『義父上』と呼んでくれ。」
「私のことも、『義母上』と呼んでちょうだいね。」
アズサが慈愛に満ちた笑みを向ける。
「承知いたしました。義父上、義母上。では失礼します。」
ハオとアズサに恭しく一礼し、シンはぐったりとした一華を私室へと連れ帰った。
◇◆◇
シンは一華をベッドにそっと横たえると、隣の部屋へ向けて「サン」と名を呼んだ。すると、隣の部屋からサンが姿を現し、シンの足元にすり寄ってきた。
「にゃにゃん……(シン、呼んだにゃんか?)」
「あぁ、サン。一華が休んでいる間、黒ヒョウの姿に変身して、そばで見守っていてくれ。」
「にゃん」
サンは頷くやいなや、しなやかな黒ヒョウの姿へと変身し、ベッドの下で音もなく身を伏せた。
「何か異変があれば、すぐにテレパシーで伝えてくれ。」
「アオン、アーーン……(わかったにゃん。一華は疲れてるにゃんか?)」
「あぁ、無理に起こすなよ。」
シンはそう言い残し、一華の部屋を出て再びハオの元へと足を向けた。
◇◆◇
再び、ハオの執務室。
「義父上、一華に専属の護衛を付けていただけませんか? 今はサンを付けていますが、女性の護衛をお願いしたいのです。」
「アーリンを呼んでちょうだい。」
アズサがレオナルドに命じると、兵士の格好をしたアーリンが入室し、深く一礼した。
魔王ハオがアーリンに鋭い眼光を向ける。
「アーリン、今から一華の護衛を命じる。」
「はっ」
続けて、ハオはレオナルドにも視線を向けた。
「レオナルド、お前はシンの護衛に付け。」
「はっ」
シンは改めてハオとアズサに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。義父上、義母上。」
「シン、新たな任務を命じる。」
「はっ」
「一華と二人で会社を設立し、人間界の食材や衣料品、生活用品などを本格的に調達してこい!」
「それはつまり、人間界に拠点を戻すということでしょうか?」
「いや、基本の住居はここ宮殿内だ。人間界へは『出勤』という形をとる。」
「なるほど。ですが、毎日テレポートを繰り返していたら、人間どもに魔界の存在を気付かれるのでは?」
「あぁ、一華もまだテレポートの魔力が覚醒していないからな。そこで、常時接続の通路を設ける。その通路を通れるのは、儂とお前の魔力が込められた魔宝石を持つ者だけだ。偽りの魔力や、ただの魔宝石は弾かれる仕組みにしておく。」
「それならば、一華も安心して自由に往来できますね。きっと喜びます。」
「任務遂行のための従者を集めるといい。アーリンとレオナルドは専従だが、それ以外の人員は兼務でも構わん。」
「承知いたしました。まずは、人間界の味に精通している料理長のジャンを、食材調達の担当に任命します。よろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない。」
「ハオ様、私もその担当に加わりたいですわ。よろしいかしら?」
アズサが微笑みながら名乗りを上げる。
「アズ……まあ、たまになら許可しよう……。」
「ありがとうございます。ハオ様♡」
アズサがにっこりと笑う。
「あまり人数を増やすと、外部に漏れるリスクもあります。まずはこの六人体制といたします。」
「あぁ、いいだろう。たまには儂も仲間に入れてくれ!」
「もちろんです。それから、人間界の家を拠点とするにあたり、あの家をリフォームしても構いませんか?」
「アズサ、よいか?」
ハオが隣のアズサに視線を向けた。アズサが答える。
「もう、随分と古いですから、好きに替えてもらって構わないわよ。」
「義母上のご実家でしたか?」
「えぇ、私の両親が建てた家なの。思い出もあるけど、空き家のままにしておくのも可哀想だから、一華に譲るわ。好きにしていいわよ。」
「ありがとうございます。」
シンはアーリンとレオナルドを引き連れ、執務室を後にした。
◇◆◇
シンが『シン華の間』に戻ると、一華はすでに目を覚まし、長椅子に腰掛けていた。サンは黒ヒョウの姿のまま、一華の隣でゴロゴロと喉を鳴らして甘えている。
アーリンとレオナルドはドアの外で護衛にあたった。
「一華、体調はもう大丈夫か?」
「うん。少し横になったらすっかり回復したみたい。」
「そうか。実は義父上から新たな任務を命じられた。会社を設立して、人間界の食材や生活用品を調達することになった。」
「ということは、人間界に戻るの?」
「いや、この宮殿内に住みながら、人間界に出勤する。」
「えっ? うそ!? ほんと?」
「あぁ、一華も自由に往来できるように、常時接続の通路を開設してくれることになった。」
「やったぁ!」
「レオナルド、アーリン、入れ!」
シンが声をかけると、二人が静かに室内へ入ってきた。
「紹介しよう。レオナルドとアーリンだ。アーリンは一華専属の護衛、レオナルドは俺専属の護衛として、任務にも参加する。さらに食材担当には料理長のジャン、そして義母上と義父上もたまに参加してくれることになった。」
「え、ほんと? 遊園地にも行ける? 焼肉も食べれる? アイスも? プリンも?」
「あぁ、お寿司も食べれる。ガトーショコラも作れるぞ。」
「やったぁ! アーリンさん、レオさん、よろしくね!」
「アーリンとお呼びください。」
「私はレオで構いません。」
「うん、アーリン、レオ、よろしく。」
「「一華様、よろしくお願いいたします。」」
二人は右手を左胸にあて、恭しく一礼した。
「それから、人間界にある家は義母上から一華に譲ると仰せだ。リフォームの希望はあるか?」
一華の瞳が、嬉しそうにぱっと輝いた。
「えっとねぇ、キッチンはアイランド型にして、広い作業スペースが欲しい。カウンターにはオーブンレンジやオーブントースター、炊飯器も並べて、コンロは横の壁に壁付けにして。あと、浄水専用の蛇口も欲しい!」
「それから、ダイニングテーブルも大きくして。業務用冷蔵庫を並べて……、」
次から次へと溢れ出る一華の要望に、シンは苦笑しつつ頷く。
「他には? キッチン周りだけか?」
「それから、リビングには大きなテレビを壁掛けにして、バスタブは足を伸ばせる大きさにしてナノバブルで、全館空調で一年中、室温を一定にできて……、あと、車庫を二台分にして。私も運転免許取る。」
「これ、リフォームで叶うのか?」
「無理かな?」と不安げな一華に、シンは悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「いっそ、魔力で建て替えるか!?」
「そんなことできるの?」
「魔王族の血を引く俺の魔力なら造作もないことだ。当分の間は工事中を装うことにして、今日の深夜、決行するぞ!?」
「うん。頑張って起きる!」
一華は人間界を往来できる喜びに、一華の瞳は期待で輝いていた。
深夜にちゃんと起きられるか少し自信はなさそうだったが、その返事だけは誰よりも元気だった。
アーリンとレオナルドには日中だけの護衛を指示し、深夜の人間界へは一華とシンの二人だけで向かうことにした。




