第28話 盆踊り【前編】
盆踊り会場へと足を踏み入れた四人。久しぶりの祭りに心を躍らせる一華と、夏祭り経験者のシン。その傍らで、レオナルドとアーリンの二人は目を丸くして周囲を見回していた。
頭上に連なるぼんぼりには温かな灯りがともり、ひしめき合う屋台からは香ばしいソースの匂いが立ち込めている。小銭を握りしめた子どもたちが、各屋台の前で目を輝かせながら今か今かと順番を待っていた。
「シン、何食べる?」
一華が問いかけると、シンは周囲の熱気を見渡しながら答えた。
「まずは腹ごしらえだな。お好み焼きと焼きそばを食べよう! レオとアーリンで、青のり抜きの焼きそばを二個買ってきてくれ。」
「青のり抜きの焼きそば……ですか?」
聞き慣れぬ指示に首をかしげるレオナルドに、シンは短く告げた。
「あぁ、あとで説明する。」
レオナルドとアーリンは頷き、焼きそばの屋台へ列の最後尾へ並んだ。一華とシンもまた、お好み焼きの屋台へと並ぶ。シンはいつも通り青のり抜きのお好み焼きを二個買い求めると、レオナルドたちと合流。近くでラムネを四本購入し、会場の端に設けられたベンチへと向かった。
ベンチに腰を下ろすと、お好み焼きと焼きそばをひとつずつ交換する。シンはまず、レオナルドにラムネの開け方を教え始めた。魔界で酒の栓を抜くといえば、コルクを上に向けて引き抜くくらいのものだ。ガラス瓶に閉じ込められた玉を押し込むなど、彼らにとっては未知の仕組みだった。
一華はシンにビー玉を押してもらい栓を開けたが、アーリンは自分の力で試してみたいようだった。レオナルドの動作を真剣な目で見つめ、真似てみる。流石は護衛を買って出るだけのことはあり、可憐な少女の姿をしていても力強さに不足はない。一度の挑戦で、ポンッ!と心地よい音を立てて難なく開けてみせた。
レオナルドとしては「開けてください」と頼まれるのを少し期待していたのだが……拍子抜けしたようにアーリンの手元を見つめていた。
一華はお好み焼きを口にし、シンは焼きそばを啜る。
「好きなものを食べてもいいし、半分食べたところで交換してもいいぞ。どちらでも食べられるように青のり抜きにしてあるから、アーリンも気にせず食べろ!」
シンの言葉に、レオナルドが不思議そうに尋ねた。
「あ……えっと、青のりがあると女性は食べにくいということですか?」
「そうだ。青のりが歯にくっついて恥ずかしいらしい。」
横から一華が苦笑いを交えて補足する。
「自宅ならすぐ歯磨きできるけど、お祭り会場だとできないでしょ? おしゃれしているのに気づかず話していると恥ずかしいのよね。人から指摘されて鏡を見ながら取るのも、なんだか気まずいし。」
「なるほどですね……であれば、最初から青のりはかけなければ良いのではないでしょうか?」
納得しかけたレオナルドに、一華は微笑んだ。
「美味しいからじゃない? 絶対に歯につくってわけじゃないし、みんなそこまで気にしないんじゃないかな。飲み物で流し込めば大丈夫だしね。」
「こうやって外で飲食するのは、ここでは一般的なのでしょうか?」
「うん、普通だよ。夏になればこうやってお祭りや花火大会で人出が予想される催し物がある時は、屋台が出て、みんな楽しむの。屋台でしか買えないものもあるしね。例えば、りんご飴とか綿菓子、チョコバナナ、他に、射的や金魚すくいなんかも……。」
「いつも出かけて行くスーパーとは違って、気持ちがこう……なんていうんでしょうね、上がるというか……高揚します。」
「そうそう! あれもこれも食べたくなるし、ついついお金をつぎ込んじゃうよねぇ。」
一華は楽しそうに笑いながら、シンはお好み焼きと焼きそばを交換した。目の前で自然に料理を分け合う二人を見て、レオナルドとアーリンも(確かに、あっちも食べてみたい)と顔を見合わせ、自分たちの持つパックをそっと交換した。
中央に組まれた巨大なやぐらには、男たちが次々と上がっていく。一人の男性が太鼓のばちを構え、力強く振り下ろした。
ドンッ!
腹に響く重低音に、一華以外の三人は咄嗟に警戒して身構えた。
「何が起きる。」
シンが低く呟く。一華は穏やかに首を振った。
「叩いたのは太鼓と言って、盆踊りには必要な楽器だよ。」
「楽器?」
「うん、リズムが一定で、踊りやすいの。」
やぐらの上では盆踊りの曲の練習が始まったようだ。大太鼓の他、小さな太鼓、さらにはチキチキと響く金属音が夜空に重なっていく。やがてそれが開催の合図だったかのように、子どもたちに向けたアニメ音頭が流れ始めた。
近くの保育園で練習を重ねてきたのであろう子どもたちが、親に連れられてやぐらを囲むように集まってくる。浴衣や甚平を着た小さな子どもたちが、音楽に合わせて一斉に手を動かし、前へ前へと進んでいく。その光景を、シンは愛おしそうに見つめていた。
「かわいいな。一華もああやって踊っていたのか?」
「覚えてないけど、たぶんそうなんじゃないかな。」
シンはしばらく、小さな踊り子たちの姿に見入っていたが、ふと疑問を口にした。
「一華、あの、膝が出ている子どもたちが着ているのは何と言うのだ?」
「甚平。」
「じんべい?」
「うん、浴衣と違って帯もなくて上下に分かれてて、夏には涼しくてピッタリだよね。ちなみに大人用もあるよ。」
「大人用もあるのか?」
「うん。帰ったら試してみる?」
「あぁ、それと、向こうの保管倉庫でも取り扱いたい。」
「そういうことね。浴衣は着付けが分からないかもしれないけど、甚平なら着やすいもんね。うん、用意しよう。」
お腹を満たした四人は、会場に並ぶ他の屋台を見て回ることにした。シンの足が向かったのは射的の屋台だ。勝負を挑んでくるかつての友人はここにはいないが、シンはレオナルドに体験させてみたかったのだ。
「レオ、これは射的というものだ。コルクを詰めて目的の物を当てて落とすか倒せば獲得できる。」
「なるほどですね。」
レオナルドは屋台の店主に料金を支払い、射的銃を受け取ると手慣れた手つきでコルクを詰めた。周囲の子どもたちが店主に教えられながら狙いを定める姿を観察し、静かに銃を構える。
体を折り曲げ、片手で銃を保持すると、目線と同じ高さまで真っ直ぐ差し出した。
パンッ!
乾いた音が響き、レオナルドが放ったコルクが見事に的に命中した。……だが、ターゲットはわずかに動いただけで倒れもしなければ落ちもしない。
――《残念! 大物は狙わない。軽いものを選ぶんだ。》
シンがテレパシーでアドバイスを送った。
シンとしては一華が喜ぶようなぬいぐるみがあれば参加したかったが、あいにく棚に並ぶのは子供向けのお菓子やおもちゃばかりだ。レオナルドは狙いを切り替え、細長く軽い箱のお菓子に照準を合わせた。
パンッ! という音とともに、お菓子の箱が後ろへパタンと倒れた。
屋台の店主が感心したように倒れたお菓子を手渡した。レオナルドは箱をじっと見つめたあと、一華ではなく、アーリンへと差し出した。
――《レオナルド、アーリンへ手渡せ!》
シンが咄嗟にテレパシーで指示を出していたのだ。シン自身が射的に参加していない以上、(一華様へ差し上げるべきだ)とレオナルドの思いが向かないよう、あらかじめ手を打っていた。一華の心の中に(欲しい)という欲望がないことも、シンは魔力感知で思考を察していたからこそ、彼は参加しなかったのだ。
差し出された箱を前に、アーリンは受け取るべきか迷っていた。本来なら(一華様へ手渡すべきでは)と躊躇していたのだ。そこへ、やわらかな声が届く。
――《アーリン、受け取ってあげて。》
一華がアーリンだけにテレパシーを送った。アーリンは小さく頷き、お菓子を受け取った。
(やれやれ……)
一華とシンは、心の中で胸をなでおろした。
その後、シンとレオナルドは香ばしく焼き上げられた焼き鳥を堪能し、一華とアーリンは冷たいかき氷を楽しんだ。もちろん、一華からの「あーん」のサービス付きだ。アーリンもそれに倣い、レオナルドに「あーん」と口元へ運ぶ。周囲に新婚夫婦として溶け込むためには、こういった細かな仕草も怠れない。
シン華物語は連載中ですが、少し先の未来を書いてみました。
シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)
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