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シン華物語  作者: ゆず華


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25/29

第25話 初乗り

トゥルルルル♪ トゥルルルル♪


シンのスマートフォンから着信音が鳴り響いた。


「ん?」


シンは自身のスマートフォンを覗き込む。そこに表示されたのは知らない電話番号だった。

通話をタップして通話を開始した。


「はい」


通話元は一華の車を購入したディーラーからだった。正式な納車日の最終調整の連絡だった。


「一華、納車日は来週末の土曜日だ。ディーラーに十時頃の予定だ。」


「えっ、ほんと? やったー!」


名義は一華となっているが、手続きはすべてシンが済ませている。もちろん、支払いまで。



◇◆◇



納車日当日。

今日は、会社は休みだが、ディーラーまでレオナルドとアーリンには送ってもらうことにした。

帰りには練習を兼ねて、一華が運転する隣にシンが乗車し、運転を補助するためだ。


レオナルドが運転し、助手席にはアーリンが乗り込んだ。後部座席に一華とシンが乗り込むとディーラーへと車を走らせた。


ディーラーに到着すると、シンが言い放った。


「助かった。お前たちはこの後、自由にしていいぞ。夫婦らしくデートでもしてくるといい。」


「……」


「レオ、アーリン、気にしなくていいからね。じゃぁね。」


一華は二人を気遣い、声をかけた。


「……これで失礼します。」


シンは人間界における夫婦設定らしくという意味で言ったのだが、言われた本人たちからすれば戸惑ってしまうのは当たり前だ。レオナルドはこれ以上何も言えず、目的地も決めずさっさと立ち去ろうと車を発進させ、ディーラーの駐車場をあとにした。




店内に入った一華とシンは、確認事項を済ませ、基本操作を確認する。初めての車と言うこともあり、入念に確認していった。ナンバープレートには、一華の希望した『5』の数字が光っているように見える。


いよいよ、帰り道を一華が運転する時間となった。久しぶりの運転に胸が高鳴る。


「一華、まずは初心者マークだ。」


「あ、そうだ、そうだ。」


一華はバッグから初心者マークを取り出し、前後に貼り付けた。運転免許を取得してからというもの、シンから徹底的に運転を止められていた一華はペーパードライバーとして過ごしてきた。唯一運転したのは試乗した時だけだ。これからは堂々と運転ができるのだ。


一華は運転席に乗り込み、シートベルトをすると、エンジンを掛ける。椅子の位置、バックミラーの位置、サイドミラーの向きを自分の体格に調整する。


このSUV車には教習所で習ったサイドブレーキがない。代わりにパーキングブレーキスイッチを押し、ゆっくりとブレーキペダルから足の力を抜いた。少しずつ前進し、公道へと向かう。

一華の心臓はバクバクだ。


「一華、落ち着け。大丈夫だ。左折して車道に出よう。」


「えっ、家と反対側だよ?」


「時間的にランチだ。まずは腹ごしらえして、落ち着こう。」


「わかった。」


一華は右から来る車と歩道の左右を確認して、ブレーキペダルから足を離し、車道へと車を発進させる。ゆっくりと法定速度を守り、目的地へと向かう。


シンの誘導で向かったのは、少し離れた角地にあるカフェの駐車場だった。早めの時間帯ということもあり駐車場はかなり空いていた。他の車が駐車していない離れたスペースへとバックで駐車する。数回の切りかえは行ったが何とか駐車することに成功。シンは特にサポートの魔力を解放はしなかった。


パーキングブレーキスイッチを引き上げ、エンジンを切り、シートベルトを外し、ドアを開け車外へと出て行く。店内へと足を踏み入れる。

一華はランチを楽しむ余裕がなく、適当に日替わりランチを注文した。


「どうした?」


「久しぶりの運転で疲れたー。」


「ふっ、ほんの数分走っただけだぞ?」


「免許取って間が空いたっていうのもあるけど、ここら辺って何車線もあるから怖いんだもん。初めて来たときは、ずーっと左折して戻って来て、バックで駐車もしなかったから……。」


「さすがに、駐車は練習が必要だな。帰れば中央に停めることになるが、傷だらけの車を運転するのは勘弁だ。」


二人の前にランチプレートが運ばれてきた。一華は美味しそうに盛り付けられたランチを見て、目が輝く。


「美味しそー! いただきまーす!」


「なんだ、急に元気が出たな。」


「だってー。こんな美味しいもの見たら、今だけは運転のことは忘れるよ。」


一華は頬張りながら答える。


「そうだな。今はランチを楽しもう。そういえば、レオナルドとアーリンはあの後、どうしたんだろうな?」


「シンは夫婦設定なんだからって言ったつもりなんだろうけど、流石にあれは困るよ。」


「ん? デートのことか?」


「そうだよ。遊びに行くといいとか、ランチでも行くといいとかだったら、行きやすいけど……付き合ってもない二人がデートって言われたら困っちゃうよ。」


「……謝るべきか?」


「うーん、謝るとまた意識させちゃうから、次からは気をつけてやって。」


「承知した。」


穏やかなランチタイムを終え、お店をあとにし、駐車場で待つ一華の車へと乗り込む。


「一華、帰りにガソリンスタンドに寄って帰るぞ。」


「えっ? ガソリンも入れるの?」


「ガソリンメーター見てみろ。」


一華はガソリンメーターに目をやる。矢印は半分の位置を示している。


「まだ半分もあるよ。」


「半分になったら満タンに入れるんだ。不測の事態に備えるために。」


「なるほどー。でも、現金あるかな?」


一華はガソリンを入れる予定ではなかったため、財布の現金が気になり確認しようとする。


「俺が持ってるから大丈夫だ。」


一華は家近くのガソリンスタンドをスマートフォンで検索する。検索した情報をナビに入力する。


「出発進行ー!」


一華は再び公道へと車を前進させる。ナビに誘導されるまま、帰り道途中のガソリンスタンドへと向かう。初心者マークを付けたピカピカの車が法定速度を厳守して左車線を走行する。


教習所で習った通りに走行するが、車の流れは法定速度よりも早めに流れているようで、追い越していく車がかなりある。少し先の信号機が黄色に変わった。当たり前のようだが、隣の車線ではスピードを上げ、黄色でも交差点を突き抜けていく。


一華は法定速度を厳守した走行で、赤に切り替わると判断してさらに減速した瞬間、背後からまるで威嚇するように執拗なパッシングを浴びせられてしまった。一華はそれでも停止線で止まった。


シンはパッシングしてきた車が気になった。速度は法定速度通りで特に威嚇される覚えはない。しかも追い越すことなく、かなり前から後方につけてきているのだ。


(車間距離が近すぎる。追い越せばいいものを……)


追い越す車線は十分にあるにもかかわらず、わざわざプレッシャーをかけるように後方を陣取り、急ブレーキでも踏もうものなら即座に大事故につながる危険な距離感を保ち続けていたのだ。


信号が青に切り替わり発車すると、後続の車が車線変更し隣につけてきた。一華の姿をチラッと確認するが、一華は気づいていない。若い男女が乗っていると高をくくったのだろう、スピードを上げ無理やり車線を変更し、一華の進路を塞ぐように危険な割り込みをしてきた。


「うわっ……!」


一華は反射的にブレーキを踏み込んだ。


(やはり、煽ってきたか……。)


「こ、これ、煽られてるよね?」


「あぁ、信号待ちで目を付けられたな。」


「で、でも、私、迷惑かけてなかったよね?」


「かけていないが、アイツの自分勝手な尺度では目障りに映ったんじゃないか?」


「なんて自分勝手な……。」


「一華、ゆっくり走れよ。」


「う、うん。」


前に割り込んできた車は度重なる急ブレーキを繰り返したり、少し距離を取ったかと思うと今度はゆっくり走行したり、蛇行運転を繰り返すというあおり運転を始めだした。

逃げ場のない車内で一華は焦りを募らせる。


やがて前の車は公道のど真ん中で停車させてきた。一華も仕方なくブレーキを踏んで停止した。後続車から鳴り響くクラクションに、一華は周囲のドライバーたちが苛立った視線を背後に感じる。しかし、隣の走行車線は他の車が続いており車線変更がままならない。一華は少しイライラしながら、後続車を確認していたが、前の車の運転席から男が怒気を孕んだ足取りで降りてきた。


通行人たちが「なんだあいつ」「危ないな」と遠巻きに足を止めて様子を窺い始めている。


(もう、何で私? ……よりにもよって……ドライブレコーダーにしっかり録画されているのに……あーぁ)


一華は顔を曇らせた一方気の毒にも思った。シンは微かな魔力を解放すると、ドアをロックし車を囲うように強い結界を張った。


男は肩を揺らしガニ股で一華の方へと寄ってこようとするが、車の数十センチ手前で突然見えない壁に阻まれ、それ以上一歩も近づくことができない。何度突進しても跳ね返され、男は「なんだ、これ!? ふざけんな!」と宙に向かって悪態をつき始めた。


通行人たちは、男が勝手に転げ回る奇妙な光景にざわつき、スマートフォンを向け始める。


「ふふっ」


「こら、一華、笑っちゃダメだろ。」


「だってー、一人コントしてるみたいなんだもん。」


「***(一華、ここからはテレパシーで会話するぞ。)***」


「***(わかった。シンがやったんでしょ?)***」


「***(あぁ、結界を張ったから、あれ以上近づけない。で、一華はあいつをどうしたい。)***」


「***(初心者マークの車への幅寄せや無理な割り込みは許せない。こてんぱんに後悔させてやりたい。)***」


「***(さっきのあおり運転の録画だけでは罪としては軽いな……。とりあえず、警察まで運転するから、一華はゆっくりついて行け。)***」


「***(わかった。)***」


一華はナビの音声操作で、経由地に近くの警察署を指示する。


シンはさらに魔力を解放すると、男の肉体は意思とは無関係に動き出した。男を乗せた車は最寄りの警察署へと走り出した。


シンが男の車を警察署敷地内へと滑り込ませる一方、一華は車を隣の駐車場へと滑り込ませる。


男の車のエンジンを切り、耳をつんざくぐらいのクラクションを鳴らし続けた。

たちまち警官たちが出て、男の車を取り囲む。


通行人たちが「何だあれは」と足を止め状況を伺う。スマートフォンを向けるやじ馬まで集まり始めた。


シンはパニックに陥る男の車を取り囲む警官たちの前で、さらに容赦のない魔法を発動した。


「***(一華、少しの間、目を閉じておけ。)***」


一華はシンの指示に従うように目を瞑り、両手で顔を覆った。シンは男の衣服を一瞬にして消し去った。


一人の警官が近寄りドアを開けるよう声をかけるが、いきなり着用していた衣服が消え去ったことに男はパニックになり、警官に向けて「ムリムリ」と頭を横に振り拒否をした。警官に降りるよう指示されるも、恥ずかしくて降りることができない。


ドアを開けようとする警官から逃げようと、男はエンジンを掛けるがエンストして動かない。キュルキュルキュルという甲高い音だけが響き渡る。


男はドアをロックして籠城しようとするが、シンが魔力で解除する。再びロックしようと手をかけるが、隙をついて警官がドアに手をかけ開け放たれてしまった。警官の目に入ったのはあられもない姿だった。

抵抗できなくなった男は隠すように縮こまっていた。


「全裸だ。何か、毛布でも持ってきてくれ。」


「えーっ?」「どうしたんだ?」「何があったんだ?」


ざわめきが起こり、やじ馬たちからはいぶかしむ声が上がる。


毛布が届けられる間、警官たちは車内をくまなく調べあげていく。トランクやグローブボックスやコンソールボックス、シートの下や裏まで調べ上げるが、薬や凶器もなければ、直前まで着ていたはずの衣服の痕跡すら車内には一切残っていなかった。


残されていたのは財布だけだった。しかし、免許証だけが確認できない。シンは財布に挟まれていた免許証まできれいさっぱりと消し去ってやったのだ。


薬や凶器が見つからなかったために、アルコール検査までその場で行われる始末だ。警官に言われるまま、呼気検査を受けるも数値は基準値未満だった。


警官たちが慌てて毛布を持って駆け寄る中、情けない声を上げていた。ただ一人、全裸のままパニックに陥り、不可解な無免許状態として警察に保護されていくその姿は、先ほどまでの荒々しい威圧感が嘘のように滑稽だった。


通行人たちは面白いものでも見たと言わんばかりに、一部始終をスマートフォンに収めていくと、何も無かったかのように歩みを進めた。


「***(一華、もういいぞ。ガソリンスタンドへ行くぞ!)***」


一華は両手を顔から離し目を開けると、左から来る車、歩道の左右を確認し、車を発進させた。

ナビの誘導は最終目的地ガソリンスタンドへと切り替わった。

一華はシンが何をしたのか気になった。


「ねぇ、何したの?」


「公務執行妨害、わいせつ罪……」


「へっ、わいせつざいー?」


「それに免許証は消し去ってやったから、免許証不携帯? いや、無免許か? 自分の身に返ってこないと、悪事は理解できんからな。」


「うんうん、罰は即座に帰ってこないとね。これ私たちじゃなければ泣き寝入りだよね。」


「そうだ。逃げ得は許さない。」


「目には目を、歯には歯を、犯罪には逮捕だー!」


一華は思わず握りこぶしを上げる。


「こらこら、右手を離すな。」


事件を鮮やかに解決させた二人は、ガソリンスタンドにやってきた。

一華は店員の誘導に従い、ゆっくりと近づけていく。停止の合図で停車した。


「窓を下ろすんだ。」


シンの指示で、一華は右手でスイッチを操作してドアを下ろした。


「エンジンを切る。」


さらに続けるシンの指示通りに、パーキングに入れてエンジンを切り、ブレーキから足を下ろした。


「レギュラー、満タン、現金で。」


シンに教えてもらった通りに店員へ伝える。


「一華、給油口レバーを引くんだ。」


「えっ? どこ?」


一華は初めてでプチパニックになったのか、給油口レバーがどこにあるのか忘れてしまったようだ。


「右の足元を探ってみろ。」


一華はシンの教えてもらった右の足元辺りを手探りで探す。何かが手に当たった、一か八か引いてみる。

給油口が開いたようだ。店員がガソリンを入れていく。


「ふーっ」


一華から安堵のため息が漏れる。


「どうした。疲れたか?」


「久しぶりの運転な上に、煽られたんだよ。疲れたよー。しかも、まだ、最後の最大の難関が待ってるし。」


「車庫入れか。」


「うん。」


給油が終わったようで、シンが現金で支払い、一華はエンジンを掛け、自宅へと車を発進させた。


『シン華の家』の車庫前に停車させると、忘れずにバッグに入れていたリモコンを取り出して、シャッターを上げる。

上がりきったところで、バックで車庫入れをしていく。リアカメラとサイドミラーを交互に確認しながら、慎重にハンドルを切りバックする。


高級ミニバンと小型トラックSINQ(シンカ)号の隙間に車体を滑り込ませ、エンジンを切った瞬間、一華の肩からドッと力が抜けた。シャッターを下げて、リビングへと戻っていった。


リビングへと戻った一華は、全身の力を抜いて深くソファに身を沈めた。


「ふーっ……疲れたぁ」


「明日からは毎日、運転する時間を作らねばな。」


「そんな時間ある?」


まだ午後の早い時間帯だというのに、今日という日は一華にとって、果てしなく長く、そして忘れられない一日となったのだった。



◇◆◇



その日の夕方のニュースで視聴者が撮影した、あおり運転直後の映像と、警察署前で全裸男が保護されていくスマホ映像が流れた。名前はさすがに匿名とされていた。


男は薬物検査まで実施されたが何も検出されなかったため、全裸ではあったがわいせつ罪とは言えず、今回は起訴が見送られた。警官にはこっぴどく注意されたうえ、クラクション違反に対する反則金を支払う羽目になった。


一華が被害届を提出すれば、『あおり運転』の罪で裁くことは可能なのだが、面倒だと思った二人のおかげで、起訴されることなく前科がつかずに済んだことを、男は心底安堵した。

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