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シン華物語  作者: ゆず華


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第23話 一華監修!? フロールナ・プリン大作戦

ネットのレシピを忠実に再現した一華の手作りプリンは、ついに『フロールナ・プリン』として商品化することが決まった。

しかし、『シン華の家』のキッチンでは大量生産のための環境が整っていない。専用の調理器具を求め、一華、シン、レオナルド、そしてアーリンの四人は有名な問屋街へと足を運んだ。


製菓専門の店舗へ足を踏み入れると、所狭しとプロ仕様の道具が並んでいた。使い道すら分からない器具の数々に、一華はすっかり心を奪われ胸を高鳴らせる。


「やっぱり、聞くべきはプロだよね。」


お目当ての大きなボウルやケーキクーラーを見て回るうち、素人考えの限界を感じた一華は、店員に効率よくプリンを作るための道具を尋ねた。


すると、プリン液を均一にかき混ぜてくれる『スタンドミキサー』の存在を知る。卵白や生クリームを泡立てるハンドミキサーしか知らなかった一華は、玉子を泡立てずに滑らかに混ぜ合わせる専用マシンの存在に目を丸くした。


ステンレスボウルなども別売りで追加できるそのスタンドミキサーは魅力的だったが、業務用として作られた頑丈な設計ゆえに価格はなかなかの高額だ。一華が思わず気後れして躊躇していると、横からシンが涼やかな声で店主に告げた。


「この業務用のスタンドミキサーと追加のステンレスボウル、そしてプリン製造に必要な調理器具一式を見繕ってください。」


店主は「喜んで!」と言わんばかりに、給食の時に見かけるような大きなステンレスバット、茶こしを優に超える巨大な濾し器、プリン液を注ぎやすそうな専用レードル、そして一華が初めて見るチャッキリなど、次々とテーブルに並べていく。


シンが利用限度額の復活したカードでスマートに決済を済ませると、レオナルドが頑丈なスタンドミキサーを軽々と抱え上げた。嵩張るバットや濾し器、チャッキリなども綺麗にまとめ、シンが手際よく運んでいく。

駐車場に鎮座する高級ミニバンの荷室へとしっかりと固定し、四人は『シン華の家』へと車を発進させた。


『シン華の家』へと戻ってきた四人は、さっそくキッチンへ荷物を運び入れた。カウンターにスタンドミキサーを設置し、一華とアーリンは買ってきたばかりの調理器具を丁寧に洗い始める。


「いよいよ、本格的になってきたね……。」


一華が呟いたその声に、どこか張りがなかった。


「一華様、不安ですか?」


隣で水仕事をしながら、アーリンが心配そうに顔を覗き込む。


「だって、スマホのレシピを見よう見まねで作ったプリンを売るなんて思いもしなかったし……。それに、数量限定の不定期販売にするにしても、私に続けられるかなぁって……。」


「いざとなれば私たちも作り方を覚えますので、一華様は最後に『フロールナ・パワー』を注入していただければ大丈夫ですよ!?」


「その『フロールナ・パワー』って言っても、いったいどんなパワーなの?」


キッチンの隅から、シンが口を挟んできた。


「そのことなんだがな。魔界で本格的に販売する前に、まずは洗濯係の者たちに食べさせようと思っている。一華には、そこに浄化の魔力を込めてもらいたいんだ……。」


「プリンに浄化の魔力を込めるって……どうやってやるの?」


「『ピュリファイ、ピュリファイ、ラララララ、フロールナ・パワー』と言いながら、パーティーの時に使用した月のステッキをプリンの上で振りかざして、『このプリンを食べると心が浄化される』と強く念じて魔力を込めるんだ。」


「……それは、この前、妹が酷い扱いを受けていたことを聞いたからでしょうか?」


レオナルドが真剣な眼差しでシンに尋ねる。


「一華に直接浄化の呪文を唱えさせてもよかったのだが、深夜に行うとなると城下町全体が対象になってしまう。ピンポイントで特定の人物を対象にするには、一華の体力も消耗しすぎる。プリンにその力を閉じ込めることができれば、一華の負担を減らせるし、魔界の治安も安泰だろ!?」


「なるほど、ですね。」


「プリン自体のレシピを俺たちでも作れるように確立し、最後に一華が『浄化のフロールナ・パワー』を込める。そして、そのテストとして洗濯係の連中を対象にするというわけだ。」


「でも、『フロールナ・パワー』って、あのときは魔界の月夜で放ったから、キラキラした光の粒が降り注いだけど……ここ人間界の、しかも日中に唱えても効果はあるのかな?」


一華が不安そうな表情で疑問を口にする。


「自分の力を信じてやってみよう。」


シンの真っ直ぐな言葉に、一華は小さく頷いた。


「……わかった。」


「それから、商品の封緘シールのデザインはもう決めたのか?」


「ううん、まだ。」


一華が首を横に振ると、シンは意味深な笑みを浮かべた。


「だったら、俺が決めていいか?」


「うん、いいけど……ちなみに、どんなイメージが浮かんでるの?」


「それは、あとのお楽しみだ!」


(あとのお楽しみにするほどのことかなぁ……)と、一華は心の中で苦笑いを浮かべるのだった。



◇◆◇



プリン容器や封緘シールなどの資材準備も万端に整い、レオナルドが買い出しを済ませてきた新鮮な材料を使って、いよいよ初めての商品用プリン製造が始まった。


初めてということもあり、アーリンは隣で手伝いに入り、シンとレオナルドは邪魔にならないように見守っている。


「アーリン、玉子をボウルに割って、混ぜてもらっていい?」


一華の指示を受け、アーリンは専用の玉子割り機を使って次々と大量の玉子を割り入れていく。殻が入る心配もなく、手際よく安全に作業が進んでいく様子を見て、シンが興味深そうに呟いた。


「面白そうだな。」


「やってみますか?」


「いいか?」


シンはキッチンへ歩み寄り、アーリンと代わって残りの玉子を次々と割っていく。続いて、スタンドミキサーにボウルをセットし、レバーを操作して低速でしっかりと撹拌させていった。


一方の一華は、白いフライパンを使って『みりんシロップ』作りに取り掛かっていた。白いフライパンのおかげでシロップの色づき具合が視覚的にわかりやすく、大量のシロップも短時間で完璧に煮詰められている。そこへ牛乳を加えて丁寧に混ぜ合わせ、先ほどミキサーで撹拌された玉子液の入ったボウルへと数回に分けて少しずつ合わせる。巨大な濾し器で滑らかに裏ごしし、最後にバニラエッセンスを数滴垂らせば、極上のプリン液の完成だ。


チャッキリを使って耐熱性のプリン容器へ慎重に液を注ぎ分けていく。その傍らで、アーリンがプリン液の入った容器を一つひとつアルミホイルで丁寧に覆い、天板へと並べていく。温かいお湯を張ったら、予熱していた上段のオーブンへとセットし、じっくりと湯煎焼きを開始した。商品用の容器は耐熱温度が少し低いため、温度を低めに設定し、時間をかけて丁寧に火を通す必要がある。


続いてメープルプリンの製造に取り掛かる。すでにコンロではレオナルドが牛乳を人肌程度にまで温めてスタンバイしており、シンとレオナルドもすっかり戦力としてキッチンに溶け込んでいた。


一華はチャッキリと濾し器を手際よく洗い、キッチンペーパーで完全に水分を拭き取る。


人肌に温まった牛乳にメープルシロップを加え、同じように撹拌された玉子液と合わせ、濾し器を通し、バニラエッセンスで香りづけをしてプリン液を仕上げた。


チャッキリで容器に流し込み、アーリンが同じように天板へ並べていく。今度は下段のオーブンにセットし、同様に低温でじっくりと時間をかけて湯煎焼きにしていく。


「ふふ、結局、私が自分で作ったのって『みりんシロップ』だけだったね。」


「いいではないか。『一華監修』のプリンなのだから。」


一華は口角を上げシンに尋ねた。


「じゃぁ、私に監修費用が発生するのかな?」


「出資者である俺たちは定額同額というルールがある。残念ながら、監修費用は発生しない。」


今度はシンがニヤリと口角を上げた。


「なぁーんだ。ざんねーん……。」


四人は手際よく片付けを済ませると、プリンが焼き上がるまでの間、それぞれの通常業務へと戻っていった。



◇◆◇



ピー、ピー、ピー、ピー。


上段のオーブンから電子音が鳴り響き、焼き上がったことを告げる。一華は急いでキッチンへと向かい、天板を取り出した。アルミホイルを一枚めくって揺らしてみると、理想的なプルンとした弾力が返ってくる。アルミを元通りにかぶせ、ケーキクーラーに並べて粗熱を取る。


数分後、下段のオーブンからも同じように電子音が響いた。こちらも焼き上がりを確認し、同様にケーキクーラーへと並べていく。



◇◆◇



三十分ほどかけてしっかりと粗熱を取ったあと、一華は再びキッチンへと向かった。


容器に手を触れて温度を確かめると、アルミホイルを外し、そっと月のステッキをプリンの上で振りかざして浄化の魔力を解放する。『ピュリファイ、ピュリファイ、ラララララ、フロールナ・パワー』と小さく唱え、『このプリンを食べると心が浄化される』と強く念じて魔力をプリン全体にしっかりと込めたあと、一つひとつ丁寧に蓋をしていく。


「シン、封緘シール貼りたいんだけど。」


「承知した。」


シンは微かに魔力を解放して、プリンの本体と蓋をしっかりと固定するように封緘シールを貼り付けていく。そのシールのデザインを初めて間近で見た一華は、思わず声を上げた。


「わぁ、可愛い! えっ、これって……八重桜?」


「あぁ、逆三日月はデトックスや魔の解放を表し、八重桜は以前、一華が好きだと言っていたからな。一華らしいだろ?」


「そんな前のこと、覚えてたんだ……。」


「みりんプリンはブラウンベース、メープルプリンは楓をイメージしたオレンジベースだ。これなら、魔界文字が読めない一華でも一目瞭然だろ!?」


「うん。すごくわかりやすい!」


一華はそれぞれのプリンを別のバットに美しく並べ、しっかりと冷やし固めるために冷蔵庫へと慎重にしまい込んだ。



◇◆◇



冷蔵庫で三時間ほど冷やし固めたプリンをそれぞれ取り出し、いよいよ四人での試食タイムが始まった。


「うん、これなら大丈夫そうだね。」


一華が安堵の表情を浮かべると、シンも深く頷いた。


「あぁ。これなら売りに出しても文句なしの出来栄えだ。」


レオナルドも頼もしそうに同意する。


「はい。品質に全く問題ありません。」


「ちなみに、マリーがいた洗濯係は何人くらいの職場だったんだ?」


「十人ほどだったと記憶しております。」


シンはすぐに十人分のプリンを専用の保冷ケースに並べ、冷えた保冷剤を隙間なく詰めていく。さらに、プリン用の木製スプーンをそっと添えた。

自身の服装を一華に魔界の衣装へとチェンジさせ、レオナルドを伴って、洗濯係の作業場へと足を運んだのだった。




洗濯係の作業場に王太子であるシンが突然姿を現すと、室内にどよめきと小さな悲鳴が響き渡った。裏方の作業場に魔王族自らが足を運ぶことなど滅多にない。しかも、若い女性ばかりの職場にである。


その中でも、ひときわ気が強そうなリーダー格と思われる一人の女性が、静かにシンの前へと歩み出た。


「王太子殿下自らこのような裏手に足を運ばれるとは、いったいどのようなご用件でしょうか?」


丁寧な言葉遣いではあったが、どこか警戒を含んだ鋭い視線が向けられる。


「あぁ、仕事中に手を止めさせてすまない。ここは、以前マリーがいた職場だな!?」


「はい。そうでございますが……それが何か?」


「いや、せっかくお前たちが可愛がっていたマリーを、私の都合で引き抜いてしまい、悪いことをしたと思っている。これは、妻である一華が心を込めて手作りしたプリンだ。明日から売店でも売り出す予定なのだが、その前に、マリーが大変世話になったお前たちに一番に食べてもらいたくてな。なかなか忙しくて売店まで買い出しにも行けないだろうし、一華からのちょっとした心遣いだ。遠慮せず受け取ってくれ。」


「そんな、私たち分際がこのような大層なものを頂戴してもよろしいのでしょうか……?」


警戒心が解かれた顔は、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情に変わっていた。


「あぁ、遠慮はいらない。貰ってくれ。」


シンは気が強そうな女性へ保冷ケースを手渡すと、レオナルドを連れてサッと身を翻し、『シン華の家』へと帰っていった。


残された洗濯係の女性たちは、恐る恐る保冷ケースを開け、中からプリンを取り出してスプーンですくった。


「これが、噂のプリンという食べ物ですか……。」


「なんだか、すごくプルプルしていますね。」


「口当たりが優しくて、甘さが絶妙……。」


「……美味しいっ!」


女性ウケ抜群のメープルプリンを差し入れに選んだことが功を奏したのか、洗濯係の反応はすこぶる良好だった。浄化の魔力がきちんと作用しているかは目に見えないが、『アーリンが告げ口したせいで嫌がらせに来たのでは』などと邪推する者は誰一人としていなかった。


シンとしてはちょっとした嫌味や皮肉を込めてチクリと刺したつもりだったが、女性たちはその差し入れを素直に、そして純粋に美味しいスイーツとして受け取っていたのだった。



◇◆◇



翌日、開店前に一華監修の『フロールナ・プリン』をずらりと並べ、マリーお手製の鮮やかなPOPで飾り立てた特設棚の周りは、それだけで特別な空気をまとっていた。


この日から発売されることを知っているのは、昨日シンから差し入れられたプリンを食べた、せいぜい洗濯係の十人程度にすぎない。――はずだった。


だが、開店を待ちきれないとばかりに、城下町の民たちが押し寄せ、店の前にはすでに長蛇の列が形成されていた。重厚な扉が開け放たれた瞬間、群衆はせきを切ったように一斉にお目当てのプリンへと詰め掛ける。


「――お待たせいたしました!」

「プリンをください!」

「私が先よ!」


怒濤の熱気と歓声が店内に満ち溢れる。そして、わずかな時間の後。瞬く間に『フロールナ・プリン』の姿は棚から消え失せ、開店早々【売り切れ】のサインが掲げられたのだった。

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