第22話 プリン
ピコン♪
一華のスマートフォンから軽快な通知音が鳴り響いた。
『パパが甘さ控めのプリンが食べてみたいだって♡』
ママからのメッセージだった。
どうやら、大きなプリンが甘すぎたらしい。一華がこれまで買ってきたのは、ホイップクリームたっぷりのコンビニスイーツ。超デカサイズに惹かれ、面白半分で選んだものだった。
「シン、パパが甘さ控えめのプリンを食べたいんだってー。」
「なんだ? あのプリンは甘すぎたということか……!?」
「うん、あれは確かに美味しいけど、甘くてトロトロっていうのが売りなんだよね。おまけにあの超デカサイズだから、男の人は苦手かな?」
一華が首を傾げると、シンは腕を組む。
「今まで一華が買ってきたプリンはクリームたっぷりだったが、そこまで甘すぎるとは感じなかったが……。」
「だよねぇ。どれくらい控えめにしたらいいんだろう?」
「……いっそ、一華が試しに作ってみたらどうだ?」
「えっ? 私がプリンを作るの?」
「あぁ。甘さ控えめで超絶美味いプリンを作って、売り出すのもアリだな!」
シンの口角が楽しげに上がる。すっかり商品化する気満々だ。
一華はキッチンの冷蔵庫を開けた。玉子もある。牛乳もある。砂糖はあるが、あいにくグラニュー糖はない。基本的な材料は揃っているものの、一華は考え込むように扉を閉めた。
スマートフォンを手に取り、砂糖の代わりになる甘味料を検索し始める。
「レオ、今から買い物をお願いできる?」
「はい。何を買ってきましょうか?」
「本みりん、純粋メープルシロップ、オーブン対応の耐熱容器、それとバニラエッセンス。」
「それだけ必要なら、俺たちが行った方がよくないか?」
シンが立ち上がる。
「本みりんは酒類だから、未成年は買えないの。この中で買えるのはレオだけなの。」
「……」
本来ならシンも成人しており購入は可能だが、人間界の戸籍ではまだ19歳だ。
「では、全員で行きませんか? 一華様自身が、お好みのものをお選びいただいた方がよろしいかと。」
「そうだな。みんなで行こう!」
一華とレオナルドだけで事足りるはずだが、全員での買い出しを提案してくれたレオナルドに、シンはホッと胸を撫で下ろした。
作業を中断した四人は車に乗り込み、量販店の食品売り場へと向かった。
本みりん、メープルシロップ、バニラエッセンス、そして新鮮な玉子をカゴに入れ、100円ショップで耐熱ガラス製のプリンカップを十個購入して、『シン華の家』へと戻った。
一華は早速、みりんプリンの仕込みに取り掛かった。隣では、アーリンがガラス容器を丁寧に洗いあげていた。
小鍋に本みりんを入れ、弱火で半量になるまで煮詰めていく。それを牛乳と合わせ、白身を切るように溶きほぐした玉子のボウルへ、数回に分けて少しずつ混ぜ合わせていく。バニラエッセンスを数滴垂らしてプリン液の完成だ。網目の細かいザルで一度濾し、泡立たないよう静かにプリン容器へと注ぎ入れていく。
深めの天板にプリンカップを並べ、底から1、2センチ程の高さまでぬるま湯を張る。事前に予熱しておいた上段のオーブンへセットし、じっくりと湯煎焼きしていく。
使った調理器具を素早く洗い、今度はもう一つの試作品、メープルプリンに取りかかる。
ボウルに玉子を溶きほぐし、小鍋で沸騰させないように温めた牛乳とメープルシロップを少しずつ加えながら混ぜ合わせる。こちらにもバニラエッセンスを数滴垂らして濾し、静かに容器へと注いだ。
先ほどと同様に天板に並べ、下段のオーブンで湯煎焼きにしていく。
その間、シンは今回の買い出し費用を試作品製作の経費として処理し、レオナルドは中断していた仕事に戻り、アーリンは一華の手伝いを終えると自身の業務へと復帰した。
一華はキッチンに残り、後片付けをしていく。
ピー、ピー、ピー、ピー。
数分後、上段のオーブンから電子音が鳴り響いた。
一華は扉を開けて天板を取り出し、容器をそっと揺すってみる。液体が波打つ様子はなく、真ん中だけがプルンと揺れる。上手く焼き上がったようだ。ケーキクーラーがないため、揚げ物用のバット網の上に並べて粗熱を取り、ホコリ避けに固く絞った濡れキッチンペーパーを被せた。
匂いに釣られたのか、シンたちがキッチンへと寄ってくる。今日はもう、仕事どころではないらしい。
見た目は滑らかだが、肝心の味と食感は食べてみなければわからない。
「もう、食べられるのか?」
シンが堪えきれないといった様子で尋ねる。
「温かい『出来立てスイーツ』としても美味しいけど、もう少し粗熱が取れるまで待って。」
一華の言葉に、シンは肩を落とす。
「……承知した。」
それからまた数分後、下段のオーブンからも電子音が響いた。
同じように焼き上がりを確認し、取り出す。しかし網がない。みりんプリンと間違わないよう少し離した場所に割り箸を並べ、隙間を空けてプリン容器を載せた。同じように濡れペーパーを被せ、粗熱が取れるのを待つ。
「このまま20分くらい放置すれば粗熱が取れるから。」
その間、四人は再びパソコンの前に戻って作業を再開した。
「もし、あれを売り出すとしたら、どうすればいい?」
作業の手を止め、シンが一華に問いかける。
「容器をキャップ付きの耐熱容器にすれば、商品として売り出せるよね。この国では食品表示が必要だけど、魔界で売るなら原材料名と賞味期限、保存方法ぐらいで大丈夫だと思うし。」
シンはさっそくネットで検索を始める。
「耐熱ガラス瓶か……。こういうものか?」
「うん、でも、小さすぎると満足できないよね? 味はもちろん、もっと食べたいと思わせる絶妙なサイズ感も大事だと思うんだよね。」
「奥が深いな……!」
「通常サイズだと100mL、少し大きくて150mLくらいかな?」
「いっそ、二個買わせればいいのではないでしょうか?」
キーボードを叩きながら、アーリンが口を挟んだ。
「通常サイズを二個買うの?」
「はい。子供用のサイズを基準にすれば、大人は二個買えば満足できます。大人用サイズしか用意しないと、小ぶりなものが欲しい客層を取り逃してしまいます。」
「なるほど、一理あるな!」
「あ、そろそろ粗熱が取れたかも!」
一華がキッチンへと急いだ。シンたちがその後を追った。
それぞれのプリンから一個ずつ試食用に残し、残りはラップをかけて冷蔵庫へとしまい、しっかりと冷やし固める。
四人分のスプーンを用意し、まずは出来立てのみりんプリンに手を伸ばした。
一華が口に運び、続いてシン、アーリン、レオナルドが口にする。
「上品で優しい甘みだね。フルフルと柔らかくて、これはこれで十分楽しめるね。」
「メープルプリンの方はどうだろう?」
続けて、メープルプリンへとスプーンを伸ばす。
「うわ、メープルのコクと口当たりがまろやかー! ふんわりした甘さで美味しい!」
シンたちもそれぞれの感想を口にする。
「そのまま食べるならメープルプリンのほうが分かりやすい甘さですね。」
「だが、みりんプリンもこういうものと思えば美味い、いくらでも食べられそうだ。」
「はい。どちらも美味しいですし、好みが分かれそうですね。」
「本みりんの量を増やせば甘さは調整できそうだけど、このままでいいかな?」
「あぁ、これくらい控えめなほうがいい。大人のための味として成立する。」
◇◆◇
夕方、しっかりと冷やし固められた二種類のプリンの、本格的な試食タイムがやってきた。
一華が冷蔵庫から取り出し、それぞれにスプーンを手渡す。
まずは、みりんプリン。
「冷やすと、なめらかさが引き立って甘みがすっきりと感じるね。」
次にメープルプリンへ。
「こっちはコクが落ち着いて、さらに上品な甘さに変化したみたい。これも美味しい!」
シンたちも感心したように頷く。
「冷やし固めたほうが圧倒的になめらかだな。絶品だ!」
「はい、とても美味しいですぅ♡」
「朝食にも良さそうです。」
試食の感触は上々だ。
「パパとママにも試食してもらわなくちゃ。」
一華はママへメッセージを送信する。
ピコン♪
すぐさまアズサから返信が送られてきた。
『今なら大丈夫よー』
一華は保冷剤と一緒にプリンをタッパーへ詰め込み、四人の服装を魔界衣装へとチェンジして常時接続ゲートを抜け、ハオの執務室へと急いだ。
レオナルドとアーリンを外の護衛に残し、一華とシンが入室する。
「パパとママに試食してみて欲しくて。」
一華はテーブルの上にタッパーから取り出したみりんプリンを置いた。
「これは本みりんで味付けしたプリン。食べてみて。」
ハオはスプーンですくい、口に運ぶ。それに続くようにアズサも頬張った。
「ふむ……甘さ控えめだな。優しい風味となめらかさで、これならいくらでも入りそうだ。」
「ほんと、すごく美味しいわ♡」
一華はもう一つの、メープルプリンの容器を差し出す。
「こっちはメープルシロップで味付けしたプリン。こっちもどうぞ。」
二人は同様に一口運ぶ。
「こちらの方が甘みはしっかりしているが、やはり優しい味だな。儂は最初のプリンが好みだが。」
「私はどちらも好きだわ。こっちは子供ウケしそうね!」
アズサの言葉に、シンがすかさず乗っかる。
「はい。これを魔界で売り出そうかと考えていまして。」
「なんと、プリン専門店でも開くのか?」
「いえ、キャップ付きの専用容器で、不定期に並べようかと。」
「手作りプリンまで売り出して、お前たちは休めるのか?」
ハオが心配そうに眉をひそめる。
「毎日じゃなくて、気が向いた時に少しずつ出すから大丈夫だよ。」
一華の言葉に、ハオとアズサは安堵の息をもらす。
「義父上、義母上、準備がありますのでこれで失礼します。」
一礼して執務室を退室した一華たちは、外で待っていたレオナルドとアーリンを連れ、保管倉庫へと足を向けた。
倉庫には客の姿はなく、リアムとマリーが黙々と集計作業を行っていたところだった。
四人に気づいた二人が手を止めて挨拶する。シンが声をかけた。
「作業が終わったら、少し時間をくれ。」
手際よく戸締りを済ませると、シンは全員を『シン華の家』へとテレポートさせた。
「えっ……ここはどこですか?」
「俺と一華の人間界の家であり、会社の事務所も兼ねている。お前たちを連れてきたのは新しい試作品を食べてほしくてな。」
一華が冷蔵庫から二つのプリンを取り出す。スプーンを渡し、まずはみりんプリンから試食してもらった。
マリーが一口、リアムが一口と口に運ぶ。
「なめらかで優しいお味です……。ですが、私はもう少し甘みが欲しいかもです。」
「僕はこれくらいが丁度いいです。いくらでも食べられます。」
続いてメープルプリンを差し出すと、二人とも目を輝かせた。
「美味しいです♡ 私はこちらの方が好みです!」
「優しい甘みで、とても上品ですね。」
「これを、魔界でも売り出すことに決めたんだ。」
「商品名は何とするのですか?」
「最初のは本みりんを使った『みりんプリン』、もう一つは『メープルプリン』なんだけど……名前としてはちょっとインパクトに欠けるよね……。」
そこで、シンが急に何かを閃いたように顔を上げる。
「一華が以前、浄化の際に呟いていた呪文のような言葉……あれには何か意味があったのか?」
「えーっと、フロールナ・パワーのこと?」
深夜、魔界の上空で浄化の魔力を解き放った時のことを一華は思い出す。
「華の女神の『フロール』と、月の女神の『ルナ』を掛け合わせた造語なんだけど……。」
「よし、『フロールナ・プリン』にしよう!」
「『フロールナ・みりんプリン』、『フロールナ・メープルプリン』ってこと?」
「決定だな。ついでにゼリーを作れば『フロールナ・ゼリー』だ。『フロールナ』シリーズは一華作の専売特許だ!」
「それもう死語だよ。」
一華が苦笑しながらツッコミを入れる。
「ラベルのデザインはどうするの? 未開封用の封緘シールも貼らなきゃいけないし。」
「封緘シールは一華が好みのものを購入すれば、魔界文字へと書き換えるし、食品表示ラベルも自作して魔界文字に書き換える。」
「じゃぁ、まずは容器とシールを決めないとね。」
一華はパソコンに向かい、好みの封緘シールを探し始める。
「色違いでこれがいいよ。中央をキャップの上部に貼れば何味か分かるし、両端でしっかり封緘できるから未開封の照明にもなる。封緘シールはこれで決まり!」
続いて、肝心のキャップ付き容器の検索に移る。
「ねぇ、このミルクボトルタイプ、すごく可愛いんだけどダメかな」
画面を覗き込んだアーリンたちが声を揃える。
「わぁ、とっても可愛いですね!」
「プリン一個いくらなら買う?」
皆が腕組みをして唸りだす。一華が慎重に口を開いた。
「毎日は買わないけど、デパ地下の専門店なら、これくらいでおしゃれなら300円くらいなら出すかなぁ?」
「ミルクボトルタイプの容器に変えて、蓋のコストを足すと……差額は30円か。」
「魔界の倉庫で、このプリンを330マニーで買う? 同じ容量で一般的な使い捨て容器なら300マニーだよ!?」
「ですが一華様の『専売特許』のプリンですよ? この可愛いミルクボトルにしましょう! さらに、もっと付加価値を付けましょう。」
マリーが強気な提案をしてくる。
「付加価値って?」
「はい。少し容量も多めですし、一華様の『フロールナ・パワー』を込めて400マニーで売るのです。」
「えっ? あの超デカサイズプリンとほぼ同じ金額だよ?」
「はい。魔王族であり王太子妃でもある一華様の『フロールナ・パワー』を頂けると思えば、安いものですよ。」
「なるほどな。ギフト用の資材を揃えれば、贈答用としても重宝するはずだ!」
「さすがに強気すぎない? 売れ残ったら……。」
不安がる一華に対し、シンは力強く言い放つ。
「数量限定の不定期販売にすれば、かえって飛ぶように売れるさ。」
「その通りです! まずはやってみましょうよ。」
アーリンも笑顔で援護射撃する。
「わかった。資材が届き次第、本格的に作ってみるね。レオナルド、また買い出しをお願いしてもいい?」
「承知いたしました。お任せください。」
みんなに背中を押され、一華は『フロールナ・プリン』の販売に向けて本格的に動き出すことになった。
ただ一つ、魔界の月夜ではなく、この人間界の『シン華の家』でどうやったらあの『フロールナ・パワー』を込められるのか。一華は少しだけ、首を傾げながら悩むのだった。
「あ、専用の調理器具買ってー!」




