第21話 買収作戦
車庫へと戻ってきたレオナルド運転の小型トラックSINQ号から、シンは慣れた手つきで荷を降ろしていく。冷凍品と冷蔵品はそれぞれの庫内へ速やかに転送され、常温品はとりあえずリビングの空きスペースへと収められた。
「今日の昼はパスタだ。先に食べよう!」
シンの呼びかけに、レオナルドとアーリンは「はい。ありがとうございます。」と丁寧に返した。
一華はダイニングテーブルに並べられた四人分のパスタの横へ、お茶とお箸、フォーク、スプーンを丁寧に添えていく。
「いっただきまーす!」
賑やかな声とともに始まった食事の最中、シンは二人に、毎日の売上額の突合と帳簿付けを行うことを伝え、コインケースに収めて保管することも説明した。
一区切りついたところで、一華がふと提案を口にする。
「ねえ、小売スペースにPOPを追加したいんだけど、二人に頼めないかな?」
「POPとは何ですか?」
アーリンが首を傾げながら質問してきた。
一華は自身のスマートフォンを差し出し、検索画面に映し出された商品の魅力を引き出す手書きや印刷のPOP画像を見せる。
「おすすめ理由とか、どんな食感や味なのかとかね。健康飲料ならどんな効果があるのかとか。さっきみたいに私たちがつきっきりで説明しなくても、お客様にPOPでアピールして売り上げを伸ばす手法なんだけど……私、魔界文字が書けないから……。」
「でしたら、リアムとマリーにやらせてみては如何でしょうか?」
アーリンがフォークを置き、真摯な瞳を向けた。
「これで売り上げが上がれば、彼らの評価にも繋がりやすいですし。接客だけではなく、新たな仕事を覚えさせるいい機会かと存じます。」
「そうだな。必要な物を与えて、自由にやらせてみるか。」
シンが腕を組んで頷く。しかし、一華は少し心配そうな表情を浮かべた。
「でも、食べたこともないし、人間界の情報もないよ?」
「健康飲料などは文字が小さいものも多いですから、POPで大きく見やすくするだけでも違うと思いますよ。」
「うん、確かに。手に取ってよく見ないと読めないような小さな表示もあるしね。……あと、魔界人ってアレルギーとかってあるの?」
「アレルギー?」
シンが初めて聞く言葉に、怪訝そうに眉をひそめた。
「うん、人によって食べられないものがあるの。蕁麻疹が出たり、ひどいと呼吸困難になったりするから、アレルギー物質を摂取しないように表示を確認して購入するんだけどね……。」
「聞いたことがありません。」
レオナルドも真剣な顔つきで首を横に振った。
「そうなんだ……。じゃあ、こっちの世界では気にしなくていいのかな?」
その時だった。
ピンポーン♪
静寂を破るようにインターホンの音が響き渡り、シンがモニターへと歩み寄る。
「宅配便でーす。Amzonからの荷物です。」
「シャッターをすぐ開けます。」
通話を終えたシンは、すぐ傍に控えていたレオナルドに声をかけた。
「荷物が来た。手伝ってくれ。」
レオナルドがシンのあとを追い、アーリンもそれに続く。一華は食べ終えた食器の片づけを始めながら、頼もしい背中を見送った。
トラックから下ろされた大量の荷物は、倉庫内でパッケージやラベルの文字が魔界文字へと書き換えられ、次々と魔界の保管倉庫へと転送されていく。作業を終えた三人がリビングへ戻ってきた。
「そういえば、使い捨てのスプーンも用意しないと。個包装の木製スプーン、シン、こういうのを注文しておいて。これなら、アイスにもプリン、ゼリー、ヨーグルト、何にでも使えるから。」
一華がスマートフォンに表示した木製スプーンの画像をシンに向けた。
「承知した。」
「大容量のプリンも買ってきましたが、二人に試食させますか?」
レオナルドがふと思い出したように一華に尋ねる。
「うん、させたい! アーリンもレオも、まだ食べたことないでしょ?」
「では、納品分から外しておきましょう。他に外しておきたいものはありますか?」
「あ、昨日のサンドウィッチ、どうだった?」
一華は昨夜、帰りがけに二人に持たせたサンドウィッチの感想が気になっていたが、その矢先、レオナルドがハッと気づいたように頭を下げた。
「あ、シン様、冷蔵庫と電子レンジ、ありがとうございました! 朝一番でお礼を言う機会を逃してしまい、大変申し訳ありません。」
「えっ? いつの間に?」
一華が目を丸くしてシンを振り返る。
「一華がすやすや寝息を立てている間に、ちょっと抜け出して宮殿の宿舎全室に設置した。」
一華の頬がわずかに赤らむ。
「一華様、サンドウィッチは大変美味しかったですよ! あの一個で十分な食べ応えもありましたし、スムージーもとても飲みやすかったです。」
アーリンが優しい口調で会話を軌道修正してくれた。
「ほんと? よかったー。……でも、あそこで試食してもらうのはちょっと難しいかな? リアムとマリーも人間界に来られないかなぁ。試食も立派な仕事だと思うんだけど。」
「うーん、なるほどな。試食も仕事か。テレポートさせれば来られるが、ゲートを通過するためには魔宝石か、誰かが抱えてくる必要があるな。」
「そっかぁ、サンちゃんみたいに抱っこしてくれば通れるんだ。」
「さすがに成人した者を抱えては無理だぞ。ゲートが狭すぎる。」
「なら、レオかアーリンがテレポートして連れて来られるの?」
一華はレオとアーリンを交互に見つめた。
「『シン華の家』まではやったことがありませんが、テレポート自体は可能です。」
「私も魔界ではよくテレポートしていました。」
一華はシンに向き直る。
「ねえ、テレポートしてきてもらってもいいよね?」
「人間界へテレポートさせるには、義父上の許可がいる。」
「じゃあ、許可をもらいに行こう!」
「とりあえず、買い出しの処理を終わらせてからだ。お土産持って訪ねよう。」
「うん! 何を持って行く?」
「義父上たちも倉庫まで買い物しには行きにくいだろう。サウンドウィッチとメロンクリームソーダ、プリンに……義母上には美容系飲料を適当に見繕ってあげればいい。」
「うん!」
シンの言葉に弾みがついたように、一華は冷蔵庫からサンドウィッチを取り出し、手際よくラップで包み直していく。さらにプリンと美容系飲料を一本ずつ、丁寧に取り分けた。
「さぁ、早く終わらせよう!」
一華は大袋入りのパンを次々と個包装していく。レオナルドとアーリンは新商品をデータベースに入力し、手際よくプライスカードの準備を進めた。
「あ、あと、浅型バスケットと、冷凍食品用に大小の保冷バッグと、無料提供用の保冷剤と再利用できる保冷剤と、カップ麺用の割り箸と先割れスプーン、普通のストローとスプーンストローと……。」
一華の止まらない欲求に、シンはやれやれと微笑んだ。
「一華、近所の100均に買い出しに出ないか?」
「行く行く!」
「レオナルド、アーリン、作業を続けていてくれ。すぐ買って戻る。」
「「承知いたしました。」」
「行くぞ!」
シンは一華を連れ立って、近所の100円ショップまで車を走らせた。
残されたリビングで、アーリンは一人、感心したようにつぶやく。
「一華様の頭の中には、本当にいろんなものが詰まっていますね……。」
100円ショップの駐車場に車を停め、二人は店内へと入っていった。
一華は思いついたアイテムを次々とカゴに放り込み、持参した大きなマイバッグがいっぱいになるほどの買い物をして店を後にした。
「ただいまー!」
一華が元気な声を響かせながらリビングに入ってくる。
「「お帰りなさいませ。」」
レオナルドとアーリンに迎え入れられ、シンは買ってきたアイテムをテーブルに広げた。
「一華、これは売り物か? それとも必要物品か?」
「これはバスケットやPOP用の資材でしょ、こっちは陳列用、こっちは『シン華の家』用ね。」
シンが手際よく仕分けを手伝う。陳列用に回された商品はデータベースに登録され、アーリンの手によって次々と魔界文字のプライスカードへと生まれ変わっていく。
「シン様、登録が完了しました。」
「よし、クーラーボックスに詰め直してテレポートするぞ。」
冷凍品と冷蔵品をそれぞれクーラーボックスに丁寧に詰め込み、商品とともに魔界の保管倉庫へとテレポートする四人。
サンは(忙しそーだにゃぁ)と一瞥すると、再び満足そうに目を瞑った。
何も無くなった小売スペースではリアムとマリーが、在庫商品を品出ししていた。
「うわぁっ……!」
倉庫空間に急に現れるテレポートの光景に、マリーはまだ慣れないらしい。小さく肩を跳ね上げる。
「すまない。入庫処理をしてくれ。」
シンの指示にマリーが慌てて端末に向かい、リアムは黙々と品出しを続ける。冷凍品の入庫処理が完了すると、シンが微かに魔力を解放し、冷凍ショーケースの定位置へと綺麗に収めていった。
冷蔵品も同様にシンの魔力で一瞬にして定位置へと収めていく。一華は今回は『自分が並べる』と止めることはしなかった。
一華はパンのトレイとして代用していた自宅用のトレイを回収し、新しく買ってきた浅型バスケットを棚に並べ、綺麗にパンを収めていく。
保冷剤や保冷バッグは食品とは別の棚へ、マドラースプーンはクリームソーダの棚へと手際よく配置した。
無料の保冷剤は、冷凍ショーケースの隙間に忍ばせてしっかりと冷やしておく。
「割り箸や先割れスプーンなどはカップ麺を買った人に、木製スプーンは、カップアイスやゼリー、プリンを買った人に必要か聞いて、無料でつけてあげてね。持ち帰りが大変そうな人にはレジ袋に入れてあげて。それから、これはPOP用の資材!」
一華はスマートフォンで見せたPOPの画像に、二人は真剣な眼差しを向けた。
「こういうのを商品ごとにつけておくと、今朝みたいに口頭で説明しなくてもお客様が自分で選べるし、売り上げアップにも繋がるから。二人でアイデアを出し合って手書きしてみてほしいの。」
「「承知いたしました。」」
「やってみます!」
二人の頼もしい返事を聞き、シンが合図を送る。
「なら、一度戻るぞ。」
シンの魔力に包まれ、四人は再び『シン華の家』のリビングへとテレポートした。レオナルドとアーリンは三階の自室へ上がり、手慣れた様子で魔界の服へと着替えて戻ってくる。
シンがハオにメッセージを送り、今から訪ねてよいかと確認を入れる。
ピコン♪
『許す』
ハオからの短い返信を確認すると、一華はキッチンへと駆け出し、手早くメロンクリームソーダを二人分作り上げた。持参するお土産をまとめ終えると、二人は自分たちの洋服を魔界の衣装へとチェンジさせる。
「準備OK!」
常時接続ゲートを通過し、四人はハオの執務室までやってきた。扉の前でレオナルドとアーリンが護衛につき、一華とシンが入室する。
「パパ、ママ、メロンクリームソーダ作って来たよ!」
「おぅ……これが、噂に聞いたメロンクリームソーダというやつか!」
ハオの目が珍しく子供のように輝いている。まずはストローでメロンソーダを一口飲み、続いてスプーンでアイスクリームを口へと運んだ。
「パパ、アイスとメロンソーダを一緒に食べてみて!」
「ほう……それぞれでも美味いが、一緒に口に入れると、また味が変わってもっと美味いな!」
「でしょー!」
一華は得意げに笑い、用意していた土産をテーブルの上に並べた。サンドウィッチとプリン、そして美容系飲料をずらりと並ぶ。
「サンドウィッチは今日中に食べてね。」
「ありがとう。美味しくいただくわ!」
アズサが満面の笑みでお礼を言う。
「それでね、パパ。相談なんだけど……リアムとマリーを人間界に連れ出してもいいかな?」
ハオはグラスから視線を外し、二人に目を向けた。
「あの者たちは倉庫番のはずだが……人間界に行く必要があるのか?」
「うん。こんな感じで試食させたい。メロンクリームソーダがいくら美味しいよって口で説明しても、食べてみないとこの味は伝わらないでしょ? プリンだって、私の受け売りじゃなくて、自分の舌で感じた感想で接客して欲しいの。」
「義父上、一華の理屈では、『シン華の家』で試食させることも立派な仕事の内らしいです。」
シンが苦笑交じりに補足する。
「今は私たちの頭の中にある知識を教えてるけど、あの二人自身が人間界に触れれば、もっと新しい売り方やアイデアが浮かんでくるかもしれないし。私たちは小売りのプロじゃないからこそ、一人でも多くアイデアがほしいの!」
「POPだってサンプルを見せたけど、二人ならもっと面白い作り方を思いつくかもしれないしね。」
「POPってなんだ?」
一華はスマートフォンでPOP画像をハオに見せた。
「こういうので目を引き、売り上げをアップさせるのか?」
「うん、そうなの。今は物珍しいから、手あたり次第売れるかも知れないけど、その内、好みがはっきり出だすと、陳列の仕方ひとつで売り上げが左右されちゃうと思うし。百聞は一見にしかずだよ、パパ!」
ハオはしばらく腕を組み、考え込むように黙り込んだが、やがてフッと低く笑った
「……わかった。許可を出そう。あの者たちに指輪は目につきやすい、ペンダントを用意させよう。それが用意できるまで、テレポートさせることを許可する。」
「ほんと? やったぁ、パパありがとう!」
ハオは満足げに、目の前のメロンクリームソーダのグラスを指さした。
「ははは……これで儂の機嫌をとったつもりか?」
「違うよー! でも、結果的に試食してもらったおかげで、許可がもらえちゃったね。まっ、いっかー!」
執務室にハオの豪快な笑い声が響き渡り、一華は嬉しそうにシンと見つめ合った。
シンの企んだ買収作戦は、無事に大成功を収めたのだった。




