第19話 仕入れとサプライズ
小売用商品を仕入れるため、巨大な倉庫型スーパーへ向かう小型トラックSINQ号の車中。ハンドルを握るシンの隣で、一華はもやもやと渦巻く不安を口にした。
「今月に入って、かなりの量を仕入れてきたけど支払いは大丈夫なの? まだ魔界から入金してないよね?」
「あぁ、末締めの翌月払いだから、まだ先だな。」
「それまで入金ないんだ……。」
「どうした? 残高が不足しているのか?」
「ううん、銀行の残高はほとんど減ってない。でも、四人分の給料の支払いもまだだし、カードの支払いだってあるし、支払い前に入金があると安心するなと思って。おまけに魔界側でもパーティーの時のアルバイトとリアム、マリーの給料支払いだって計算しないといけないでしょ? それに魔界にも税金支払わないといけないし。なんかお金のこと考え始めたら、ぐるぐる回っちゃって……。」
まだ事業は投資フェーズ。ハイリターンは確実とはいえ、初めての経営というプレッシャーが一華の肩に重くのしかかっていた。シンはふっと口角を上げる。
「今はまだ投資だけだからな。ハイリターンであることは確実だが……一華がそこまで心配するなら、月二回の締めに変更するか? 入金も早まるぞ。」
「ううん、一回で済むことを二回に増やしたらみんなの仕事が増えるから、それはしなくていい。……なんか、高校一年の時の初めてのテストを迎えてる気分みたいだから……。」
「あぁ、未知のテストに怯えてたな。」
「うん、その時の感じ。」
「未知のテストは一華自身が突破しなければいけなかったが、会社のことは俺も一緒に考えられる。心配するな!いっそのこと銀行残高に一桁『0』を追加でもしておくか?」
「あははは、もう、そういうことは考えなくていいから!」
シンの柔らかな笑みに、一人で勝手に思い詰めていたことが急に馬鹿らしく思えてくる。
「ところで、今日は何を買い出しに来たんだ?」
気晴らしとばかりにシンが話題を変えた。
「せっかくコンビニらしくショーケースを設置したんだから、アイスやプリンなども揃えたいなと思って。毎日仕入れなくても、美味しそうなものを選んで並べていくのって楽しそうじゃない?」
「一華の宝箱みたいな感じか?」
「そうそう、眺めてるだけでもワクワクするよね! それに牛乳がないって言ってたから、乳製品も置きたいの。」
「小売スペースを宮殿と城下町の民を対象にするなら、一華の好きな物が置けるな!?」
「女子はわかるけど、男子が欲しい物はシンが欲しいもの置いてよ。ビール以外に何を置きたい?」
「おにぎり、お弁当、ホットスナック、エナジードリンク、それから……******(ピー)。」
「えっ? 最後聞こえなかったよ? なんなの?」
なぜかシンの顔がほんのりと赤く染まっている。これ以上追及されるのを避けるように話を変える。
「人間界のコンビニを目指すなら、定時で締めると、宮殿の者たちが帰りに立ち寄れないな?」
「それは仕方ないんじゃない? 営業時間を延長すると更に人員を増やさないといけないし……お昼休憩の時だって締めなきゃいけないし、営業時間外は棚卸とかで残業することも考えられるわけで。」
「棚卸の際は定時で終了し、従者対象に一時間だけ営業時間を延長してみないか?」
「でも、二人の労働時間が長くなるし、それに、米飯類やデイリー製品の確保は難しいよ? みんなから声が上がるまで営業時間はこのままで行こうよ。」
会話を交わしているうちに、車は巨大な倉庫型スーパーの駐車場へとはいってきた。空いていた充電スタンドのスペースにトラックを停め、二人は店内へと足を踏み入れた。
カートを手にした一華は、目に入った商品を次々と放り込んでいく。一華の好きなスムージーや美味しい野菜ジュース、美容系栄養ドリンクに機能性表示食品の乳酸菌飲料、パスタにパスタソース、大袋入りのパン、ふわふわの食パン、サンドウィッチ、スナック菓子、大パックの卵、カップスイーツ、冷凍フルーツ、そしてアイスクリーム。大容量パックも忘れない。文字通り「買い漁る」という表現がぴったりの勢いだ。
魔界での売れ筋はまだ手探り状態だが、一華はふと疑問を口にした。
「そういえば、お米って食べないの?」
「リゾットとしては料理されるが、白米やおにぎりとしては食さないな。」
「じゃあ、玉子かけご飯とか、ご飯のお供とかは食べたことないんだね。」
「また、チラシでも送り付けてみたらどうだ?」
「電子レンジ炊飯器さえあれば、手軽に楽しめそうだよね。となると、カレーも、オン・ザ・シチューもいけるよ! レトルト食品も置けるね!」
「楽しそうだな!?」
「うん! あの棚をカップ麺とスナック菓子だけで埋め尽くすのは体に悪いし、ちゃんとした食事になるものもないとね。」
レジの順番が回ってきた二人は、カウンターの表示金額を見て息を呑んだ。ついに、支払いが六桁の大台に突入してしまったのだ。
シンが法人カードを差し出したものの、非情な電子音が響く。
「お客様、利用限度額を超えてしまっているようです。」
「あぁ、では、こちらで。」
シンは慌てることなく、個人口座に紐づくクレジットカードでスマートに決済を済ませた。キャッシュレス決済がメインのため、あいにく現金を持ち合わせていなかったのだ。
無事に買い物を終え、大量の荷物を冷凍・冷蔵・常温の各スペースに手際よく積み込むと、トラックは再び自宅へと走り出した。
「もう、カードで支払いできないの?」
「数万円分の残り枠はあると思うが……レオナルドの買い出しにはもう使えないな。現金を下ろすか、ネット通販に限定するかだな。」
「別の法人カードを申し込んだら? さっきのは個人口座のカードだったでしょ? 私たちの個人カードってまだ限度額低いし、来月はもっと早く上限に達しそうじゃない?」
「そうだな。戻ったらすぐに申し込む……その前に、この新商品だらけの山をどうにか処理しなければ……。」
シンは前を見据えながらも、一華が買い込んできた大量の品物に頭を抱えていた。なにせ、魔界の基準からすれば「定価」という概念すらない品々ばかりなのだ。二重価格の設定だけでも頭が痛かった。
◇◆◇
小型トラックSINQ号からリモコンを操作しシャッターを上げ、『シン華の家』の駐車場へと収まる。と、そこへレオナルドとアーリンが駆けつけてきた。
「まだ残っていたのか? もう定時を過ぎているだろう?」
「はい。ですが、遅く帰られるお二人がお腹を空かせていると思い、夕食を用意しておりました。それに、新商品の処理をお手伝いせねばと思いまして。」
魔王の護衛についていただけあってできる男だ。
「助かった。新商品ばかりで定価のない物ばかりだし、二重価格の設定に頭を悩ませていたところだ。」
「とりあえず、キッチンに全て運んでくれ。」
「「承知いたしました。」」
二人は手早く、冷凍品は冷凍庫へ、冷蔵品は冷蔵庫へ、常温品はダイニングテーブルへと運んでいく。しかし、一華の関心は、すでにキッチンから漂う芳醇な香りに釘付けになっていた。空腹では脳が働かない――そう思った一華は、嬉しそうに声を弾ませた。
「お腹ペコペコだし、先にご飯にしようよ!」
コンロに鎮座しているお鍋の蓋を開けた一華の目が輝く。
「あー、ハヤシライスだー!」
「私たちでもなんとか作れそうな感じでしたので挑戦してみたのですが、勝手にお肉と玉ねぎとルーを使ってしまいました。申し訳ありません。」
アーリンが恐縮して頭を下げたが、一華は満面の笑みで首を横に振った。
「ううん、全然いいよ! 勝手に使ってくれて大歓迎!」
一華は四人分のご飯をよそい、たっぷりとハヤシライスを盛り付けた。
「いっただきまーす!」
スプーンですくって一口運ぶと、思わず声が漏れた。
「んーっ、おいしーい!」
◇◆◇
夕食を終えた四人は、再び事務所スペースのパソコンに向かった。購入価格から逆算して人間界価格と魔界価格を設定し、データベースに登録してプライスカードを作成する作業に取りかかるが、さっそく小さなトラブルが発生した。
「あのぅ、パンのバラ売り用のバーコードがありません。どういたしましょうか……?」
レオナルドが困惑した表情を浮かべる。
「独自のバーコードを作って一覧表にすればレジで読み取れるけど、どれがどのパンかわからなくなっちゃうよね……。」
「どうやってバラ売りするんだ? 事前に袋詰めしておくのか? それとも、パン屋のようにトングで選ばせるのか?」
一華は大袋のパンを見つめて首をひねる。
「衛生面を考えると、トングでお客様に取ってもらうのは難しいよね。やっぱり事前に袋詰めだなぁ。」
「パン用の袋は買ってないよな?」
「うん、今日のところはラップで個包装する。サンドウィッチは明日中に、他のロールパンも遅くとも明後日までに食べてきってもらう形にする。」
「これから、パンの仕入れは、当日の午前中に入庫処理できる範囲に限定。もし当日売れ残ったら、リアムとマリーに持ち帰ってもらう。いいな?」
「わかった。食中毒が怖いからだよね?」
「そうだ。それと、バーコード一覧表には画像付きで作成すれば、リアムたちも迷わないだろ。」
「そうですね。」
アーリンがスマートフォンでパンを一つずつ撮影し、手際よくバーコード一覧表を作成していく。それをレオナルドがデータベースへと次々に追加していった。
新商品の登録作業に思いのほか時間がかかり、従者二人の帰宅はすっかり夜遅くなってしまった。
一華は労いの意味を込め、夜食として新商品のサンドウィッチを差し出す。さらに、レオナルドにはノンアルコールビール、アーリンにはスムージーを手渡した。
「そういえば、宮殿のお前たちの部屋には冷蔵庫がなかったな?」
「はい。」
「今から設置しに行こうか?」
「私たちだけ特別扱いというわけには……。」
「じゃあ、みんなが寝静まった深夜にでもこっそり設置しておくか。朝起きた時に腰抜かすなよ? あの洗濯係のように。」
「私たちは構いませんが……あの洗濯係の者たちは、あのまま放置していて大丈夫でしょうか? また新人に嫌がらせをしないとも限りませんが?」
「そうだな。義父上に内緒で処分するのは可能だが……、あの者たちは城下町から通っているのだったな?」
「おそらく。」
「そうか、考えておく。今日は本当に助かった。ありがとう。」
「はっ! これで失礼いたします。」
レオナルドとアーリンは常時接続ゲートへと向かい、静かに魔界へと戻っていった。
◇◆◇
深夜、一華がすやすやと寝息を立てて眠り込んでいるのを見計らい、シンはそっとベッドから抜け出した。一華を起こさないよう細心の注意を払いながら、音もなく『シン華の間』へと足を踏み出す。サンすらも起きることはない。
月夜に照らされ、静寂に包まれた部屋で静かに魔力を解放すると、シンはレオナルドやアーリンたちの宿舎がある西棟の各部屋を目指し、空間転移の要領で次々と家具調の冷蔵庫、そしてその上に電子レンジを据え付けていった。
全ての部屋への設置を滞りなく終えると、シンは再び『シン華の家』の寝室へと戻り、冷めきらないベッドの中にそっと身を滑り込ませて、深い眠りへと落ちていった。




