第18話 新たなメンバー
一華たちが作成したチラシをシン、レオナルド、アーリンの三人が城下町全戸へと送りつけてから、わずか一日。
静けさはあっさり破られ、リアムから一通のメッセージが届いた。
ピコン♪
『城下町の民がクリームソーダ一式の商品を求めて詰め掛けてきています。』
「シン、城下町って領主不在なの?」
「あぁ、魔王城管轄の城下町には、城や宮殿に仕える民が主に暮らしている。宮殿内にも独身用の部屋はあるが、婚姻を結べば城下町へ家を構え、宮殿へと出勤してくる。」
「そうなんだ……。」
「リアムのように、子供たちも宮殿に関わる仕事に就くことが多い。身元がしっかり判明しているから雇いやすいんだ。町外の者は身元保証させた上で、宮殿内の部屋で生活することになる。」
納得しかけた一華は、ふと気になってレオナルドとアーリンに目を向けた。
「アーリンたちはどこに住居を構えているの?」
「私は護衛任務に就いた時から、宮殿内に部屋を与えていただきました。」
続いてレオナルドも答える。
「私もそうです。独身で護衛任務にあたるものは宮殿内に住まいを移しますが、結婚後やそれ以外の任務に就くものは、城下町からも通ってきます。」
「じゃぁ、城下町の民はどうやって商品を手にすることができるの?」
「……どうしてたんだ?」
シンは我がことのように困惑した。今まで気に留めたこともなかったのだ。従者が購入すること自体は禁止していないし、むしろ一割の社販割引を適用すると決めていた。しかし、肝心の購入先が定められておらず、チラシには保管倉庫の場所しか記載していなかったのだ。
一華が提案する。
「ねぇ、いっそ保管倉庫で小売りもしない? 人間界の巨大な倉庫型スーパーのように。」
「そうだな。だが、リアム一人で対応させるのは無理がある。それに、卸値と社販値の二重設定は煩雑すぎる。」
「じゃぁ、保管倉庫では誰でも一律卸値で購入できることにする。」
「価格はそれでいいとして……最低でも、もう一人人手を増やす必要があるぞ。」
「じゃぁ、求人募集しようよ。城下町から募集すれば、元々宮殿に仕えてた人たちだし問題ないでしょ?」
「構わないが……、応募の動機が『安く買いたいから』になりそうだな?」
「まぁ、それは否定できないけどね……。」
その時、レオナルドが控えめに手を挙げた。
「あのぅ、私の妹などはいかがでしょうか?」
「レオ、妹さんがいたんだ?」
「はい。もう成人しており、現在は洗濯係として宮殿内に仕えています。」
「妹さんは城下町から通ってるの?」
「はい。実家から通っております。」
「じゃぁ、さっそく面接してみようよ!」
一華の提案に、シンは頷いた。
「義父上に確認してみるか。」
リアムには「詳細が決まり次第、購入方法を伝達する。」とメッセージを返し、詰めかけた民には一度引き上げてもらうよう指示を出した。
◇◆◇
一華、シン、そしてレオナルドとアーリンの四人は魔界へと移動してきた。
ハオの執務室の前。アーリンを護衛として外に残し、一華とシン、そしてレオナルドの三人が入室の許可を得て足を踏み入れる。
「義父上、城下町の民向けに保管倉庫を開放することにいたしました。それに伴い、倉庫番をもう一人増やしたいのですが、洗濯係のレオナルドの妹の手を借りたいと考えております。いかがでしょうか?」
「レオナルドの妹か……呼んでまいれ。」
レオナルドが部屋を出て、そのまま洗濯場まで妹を呼びに走る。数分後、緊張した面持ちの少女を連れてレオナルドが戻ってきた。
「名をなんという。」
ハオの威圧感ある声に、マリーの体が小さく震えた。洗濯係のマリーにとって、魔王族と直接言葉を交わすなど人生で初めてのことだ。宮殿内にいても、顔を合わせることは滅多にない。
「マ、マリーと申します……。」
震えるマリーの様子を察知し、一華はそっと共鳴の魔力を解放した。
「マリーよ。ただいまより、倉庫番を申し付ける。」
「……はい。」
理由も分からないまま急に呼び出され、異動を命じられたマリーは、「私、何か失敗しちゃったのかな……」と泣きそうだった。その不安な心を敏感に感じ取った一華は、すっと彼女の側に歩み寄った。
「マリー、私たちのこと、手伝ってくれる?」
優しい瞳で見つめられ、マリーは声にならない声で、こくりと力強く頷いた。
「義父上、これで失礼します。」
「待て。儂にも、その『クリームソーダ』というものを食させてくれ!」
部屋を出ようと立ち上がったシンに、ハオが止める。
「義父上の耳にも入りましたか?」
「なんだか厨房で試食していたらしいが、アイスが空になったと言って、儂たちのところまで回ってこなかったのだ。」
「ふふ、そうでしたか。仕入れましたら、ジャンのほうに伝えておきます。」
「頼むぞ。」
「では、失礼します。」
一華、シン、レオナルド、そして不安げながらも凛とするマリー、控えていたアーリンの五人は、そのまま保管倉庫へと向かった。
◇◆◇
保管倉庫では、リアムが手持無沙汰な様子で腰掛けていた。シンたちの姿を認めると、慌てて立ち上がる。
「あぁ、そのままでいい。」
シンは声をかけ、マリーを前に押し出した。
「今日から、倉庫番として一緒に任務に就くレオナルドの妹のマリーだ。いろいろ教えてやってくれ。」
「はい!」
「よろしくお願いいたします。」
マリーがリアムに向かって、深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。マリーちゃん。」
シンは続けてリアムに告げる。
「それから、城下町の民に対しても領主たちと同じように、卸値で購入できるようにする。そのための増員だ。城下町の民は皆、宮殿で仕えていた者ばかりだから礼儀はわきまえていると思うが、何か問題があればすぐに連絡してくれ。一応俺たちも監視はしているが、見落とすこともあるだろうからな。」
「承知いたしました。」
一華は心配そうにマリーの顔を覗き込んだ。
「マリー、理由も話さずいきなり異動させてごめんね。怖かったよね。今まで洗濯係だったけど、接客は大丈夫?」
「いえ……初めての任務なのでわかりませんが、頑張ります。」
「ううん。頑張らなくていいんだよ。仕事の内容はもちろん覚えてもらわないと困るけど、『頑張らないと続けられない』ようなら、早めに言ってね。私たちの仕事は、楽しむことが一番大切だから。もっと気楽にやっていいんだよ。」
「……承知……いたし……ました……。」
返事をしながら、マリーの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
一華が慌てると、レオナルドが苦渋に満ちた表情で口を開いた。
「どうやら……洗濯係の中で、いじめられていたようです。一華様の優しいお言葉に、気が緩んでしまったようで……」
「どういうことだ?」
シンの顔に、隠しきれない怒りの色が浮かぶ。
「妹は、洗濯機が設置される前に宮殿の洗濯係として採用されました。最初は何も知らない新人として先輩たちに可愛がられていたのですが、洗濯機が導入されてからは、妹が一番に使い方を覚えてしまいまして……。先輩方は『教える立場』から『教えられる立場』へと変わり、プライドを傷つけられたのでしょう。一番下っ端の妹を次第に孤立させていったのです。」
レオナルドは悔しそうに拳を握り締めた。
「私もどうにかしたかったのですが、下手に口出しするとかえって風当たりが強くなると妹に止められていまして……。今回、倉庫係の増員を聞き、これは好機だと思って妹を推薦させていただいたのです。」
「なんてこと……マリーは何も悪いことなんてしてないのに。」
一華は胸を痛めた。
「義父上は、そんなことが起きているのを知っているのか?」
シンの問いに、レオナルドは首を横に振る。
「いいえ。こういう陰湿な嫌がらせは、魔王様のお耳に入らないように行われますから……。告げ口できないよう、巧妙に逃げ道を塞いだ上で実行されるのです。」
「俺がいた時もあったのか?」
「はい。恐らく……。」
シンはマリーに向き直る。
「……もし、その者たちがここまで買い出しに来ても大丈夫か?」
「……大丈夫だと思います。一人ではありませんし……」
マリーは涙を拭いながら、気丈に答えた。
「リアム、絶対にマリーから離れるなよ。帰宅時も、必ず家まで送り届けてやれ。」
シンの言葉を聞いた一華は、心の中で(でたぁ、過保護!)とクスリと微笑んだ。
「はい、お任せください! 必ず無事に送り届けます。」
リアムが力強く胸を張った。
「シン、小売用のスペースを確保したほうがいいと思うんだよね。レジ前のあたりなんてどうかな?」
「そうだな。奥に冷凍庫とチルド棚を設置し、手前に陳列棚を置けば死角もない。」
「今から場所を空けて、棚を追加できる?」
シンが魔力を解放すると、保管倉庫の一角にあった在庫の山が美しい手際で別のスペースへと移動し、一瞬で小売用のスペースがぽっかりと空いた。
「何を設置すればいい?」
一華がスマートフォンを取り出し、人間界のコンビニで見かけるようなショーケースの画像を見せる。
シンは再び魔力を集中させ、イメージ通りの冷凍ショーケース、冷蔵ショーケース、飲料用ケースを次々と具現化していった。手前には、きれいに陳列棚も並べられていく。
「これなら商品を並べて、プライスカードを設置すれば、それっぽくなるかな?」
「最小単位で購入できるものはそのまま並べられるが、箱売りのみの商品をバラ売りできるようにデータベースに登録してからだな。一度戻って準備を始めよう。まずは、この移動させた商品を片付けるぞ。」
シンの合図で、全員がテキパキと動き出し、隣のスペースへ商品を配置し直していく。
その傍らで、リアムはさっそくマリーへ、レジスターの使い方や品出しの手順を細かく、優しく教え始めていた。
二人の様子を見届けてから、一華とシン、そしてレオナルドとアーリンの四人は、『シン華の家』へとテレポートで戻った。
『シン華の家』に戻るやいなや、四人はそれぞれの作業に取り掛かった。
レオナルドがパソコンに向かってバラ売り用のデータベースを登録し、アーリンがテキパキとプライスカードを作成していく。
シンはといえば、明日からの販売に向けて必要な商品の発注を次々とかけていた。
「ねえ、明日、買い出しに行きたい。」
一華がふと言い出す。しかし、シンは明日、大量に注文したばかりの荷物の受け取りがあるため外出できない。
「明日は宅配便の受け取りがあるから、外出できない……。」
「えーっ。じゃあ、今からなら行ける?」
「少し帰りが遅くなるが、今日のうちに行っておくか。レオナルド、アーリン、二人はこのまま作業を続け、定時になったら上がっていいぞ。」
「承知いたしました。」
「それじゃあ、行くぞ。」
一華とシンは足早に車庫へ向かい、小型トラックSINQ号に乗り込むと、巨大な倉庫型スーパーへ向けて発進していった。




