第17話 天の声
運転席のレオナルドと助手席のジャンを乗せた小型トラックSINQ号が、巨大な倉庫型スーパーへと華麗に発進していった。ハオとアズサはこの日のスケジュールが合わず、大変残念がっていたという。
一方、『シン華の家』の事務所スペースでは、一華、シン、そしてアーリンの三人がパソコンに向き合っていた。
シンは昨日設置した発注システムをリアルタイム状況を確認しながら、ネット通販サイトの『Amzon』で買い物を済ませ、監視カメラの映像を確認していく。
シンのパソコン画面を大型モニターに送信、リアルタイムで各所の状況を映し出している。ほとんどの画面には商品のダンボール箱が整然と並んでいるだけだったが……。カメラを切り替えた瞬間、従者を従えた領主の姿が捉えられた。男は商品を値踏みするようにじっくりと吟味していたが、何も手に取らずにフレーム外へと消えていく。
次の瞬間、シンは即座に別のカメラへ切り替え、領主とリアムを捉えると、スピーカー機能をオンにした。
「おい、倉庫内の在庫すべて買い取るから安くしてくれ。」
その声が『シン華の家』のリビングへと響き渡る。一華とアーリンが顔を見合わせ、大型モニターへと視線を向けた。
「値引き交渉ってアリなの……?」
一華が心配そうにシンの顔を覗き込む。シンは二人に人差し指を立てて静かにするようにジェスチャーし、マイク機能をオンにした。
「――領主殿」
シンの低く冷たい声が、魔界の倉庫内に重く響き渡る。領主とリアムがキョロキョロと辺りを見回すが、シンの姿はどこにもない。
「魔王族直々の事業で、あろうことか値引き交渉とは……呆れるな。しかも買い占めようとするなど、決して許さん。こちらが決めた購入数を守らぬ場合は、卸の権利をはく奪する。」
閉ざされた空間で一層冷徹さを増すシンの声は、得体の知れない恐怖を煽り立てた。領主は冷や汗を流し、「いや、あの……」と宙に向かって言い訳を漏らすのがやっとだ。
「また、倉庫番のリアムを買収したり、脅かすような真似があれば、義父上に報告した上で厳罰に処す。しかと心得よ!」
最後の一喝に耐えきれず、領主は床に額をすりつけるように土下座して謝罪した。注文書に記入した規定量だけを買い取ると、従者を引き連れて逃げるように倉庫を去っていく。
残されたリアムは相変わらずキョロキョロと辺りを探していたが、ふと天井に向かって「……ありがとうございました。助かりました。」と深々と頭を下げた。
「あぁ、間に合ってよかった。お前からも連絡が取れるよう、こちらも検討する。引き続き頼むぞ。」
短く告げると、シンはマイク機能をオフにした。
「このために、倉庫のあちこちに大型モニターを設置したの?」
一華が目を丸くして尋ねる。
「このためだけではないが……俺たちの目が届かぬ場所で何が起きるか分からん。今回は間に合ったが、リアムからの通報をどう実現させるかだな。」
シンが腕を組んで思案していると、一華から「あっ!」と声が漏れた。
「リアムにもスマホを持たせたら? あと、こちら側でも確認できるように、大型モニターにカメラ映像を常時映して、スピーカー機能だけをオンにしておけば万全じゃない?」
「なるほど……。」
シンは静かに魔力を解放すると、事務所スペースの壁面に魔界倉庫監視専用の大型モニターを新たに増設した。魔界の保管倉庫の隅々まで鮮明に映し出され、死角は一切ない。一華の指示通り、スピーカー機能も常時オンの状態に切り替えた。
「あとはスマホか……。」
「公式サイトから購入すれば通信回線を契約せずに購入できるよ。魔界でもWi-Fi接続でメッセージアプリでのやり取りや通話ができるから、リアルタイムの指示出しもバッチリ!」
一華が手際よくパソコン画面を見せながら提案する。
「なるほどな……。」
シンは自分たちと同じスマートフォンメーカーの公式サイトにアクセスし、法人用として一台の購入手続きを進めた。ふと、シンは呟く。
「人間界の光回線を、そのまま魔界に張り巡らせることはできないものか?」
「今の魔界のアクセスポイントはこの『シン華の家』からだから、そのまま魔界全体に拡張したら速度が低下して、私たちの使用にも支障がでちゃうよ?」
「そうなんだよ……。リアムに渡すスマホのようにWi-Fi接続のみとし、俺たちとは別回線であっても連絡が取れるようにするには……。」
「城下町に向ける程度なら、別の光回線を引き込んで、魔王城の高い所にアクセスポイント設置。あとは魔力で電波を増幅させれば、何とかなるんじゃないかな?」
「さすがに魔界全域とはいかないか……。」
その時、車庫のシャッターが重い音を立てて開き始めた。レオナルドが運転する小型トラックSINQ号の帰還だ。三人は足早に車庫へと向かった。
全員で手分けをして一時保管用の倉庫へと荷物を下ろしていく。データベースに登録されている商品は、その場でラベルやパッケージの文字をその場で魔界文字へと書き換え、魔界の保管倉庫へとテレポートさせた。
魔界の保管倉庫では、突然出現した商品にも微動だにせず、リアムが的確に入庫処理を進めていく。古いものから先に出庫できるよう、新しい商品を下に配置する品出しの手際も見事なものだった。
新しく仕入れた商品はデータベースに登録後、シンが後からテレポートして詳細を説明する手筈とした。
その荷物の中に、一華が特に楽しみにしていた品があった。
「一華様、ご依頼の品です。」
レオナルドから手渡されたのは、キンキンに冷えた炭酸水、数種類の氷みつ、そして大容器入りのバニラアイスだった。もちろんアイスクリームディッシャーも忘れてはいない。
「ありがとう!」
一華は満面の笑みで受け取り、アイスが溶けてしまわないよう、足早にキッチンの業務用冷凍庫へと収めた。
買い出しの片付けを終えた一同が、再びリビングルームへと集まる。
一華はアイスクリームディッシャーを綺麗に洗い、五人分のグラスを用意する。細かく砕いた氷こそないものの、四角い氷をグラスに詰め、メロン味の氷みつを注ぐ。その上から静かに炭酸水を注いで軽く混ぜ、冷凍庫から取り出したバニラアイスをディッシャーでまーるく成形してそれぞれのグラスに乗せていく。スプーンストローの代わりにストローとスプーンをそれぞれに添えた。
「できたよー!」
一華の明るい声とともに、五人分の特製メロンクリームソーダがダイニングテーブルに並んだ。
シンは以前ビールフロートを経験しているため動じないが、他の面々は目を輝かせている。
「わあ、可愛いー!」
アーリンが感嘆の声を漏らした。それは、人間界の少女が見せる反応そのものだった。
「メロンクリームソーダっていうの。飲んでみて!」
一同はストローを手に取り、まずはメロンソーダの部分を口に含む。
「……メロン風味の、爽やかな炭酸ジュースですね。」
「今度は、スプーンでメロンソーダと一緒にバニラアイスをすくって食べてみて!」
言われるがままに、アーリン、レオナルド、ジャンがアイスとソーダを一緒に口に運んだ。
「美味しいー!」
「甘さと爽快感が絶妙です!」
「それぞれ別でも美味しいのに、合わせると全く別の極上のデザートになりますね!」
三人の素直なリアクションに、一華は満足げに頷いた。
「でしょー! これから夏に向けて味の品揃えも増えるし、こういう楽しみ方も提案すれば、きっとみんな飲みたくなると思うんだよね!」
「なるほど、作り方を記したチラシを添えて配れば、庶民の興味も大いに湧くだろう。」
シンの反応も上々だったが、一華はふと疑問を口にする。
「そういえば、人間界だとカフェや喫茶店でこういうのを注文することが多いけど、魔界にもそういうお店ってあるの?」
ジャンが首を横に振る。
「いいえ、喫茶店やカフェという文化はありません。飲食店といえば、食事かお酒がメインです。」
「じゃあ、パンケーキやクリームソーダを新しくメニューに加えてくれそうな飲食店を開拓しなきゃね!」
「俺たちが一軒一軒、チラシを配布しよう!」
「ポスティングしていくの?」
「いや、魔力で一斉に送りつける。」
「それもすごいね……。じゃあその前に、チラシ作成はもちろん、炭酸水、全種類の氷みつ、バニラアイス、スプーンストローやプラカップ、……アイスクリームディッシャーももっと仕入れないと!」
一華が楽しそうにスマホのメモアプリへ次々と仕入れる商品を打ち込んでいく。
「新商品をデータベースに登録したら教えて。リアムにも飲ませてあげたいから。」
一華の言葉にシンが頷く。
「承知した。」
すかさず、レオナルドが申し出る。
「魔界への配送テレポートは私とアーリンで行います。」
「じゃぁ、頼むとするか。」
レオナルドがアーリンと顔を見合わせて力強く頷いた。
「アイスクラッシャーも必要だね。……ついでに冷凍フルーツも一緒に仕入れておこうっと。」
弾むような一華の様子に、アーリンは思わずクスリと笑みをこぼした。
「一華様、止まりませんね……。」
その横で、シンは一華には届かないトーンで密かに呟いていた。
「……しまいには、かき氷の領域まで行きそうだな。」
案の定、一華は飲み終わったグラスの底をスプーンでつつきながら、さらにと言わんばかりに口を開いた。
「そうだ、手回し式のかき氷機も一緒に紹介しようよ。……やっぱり、夏は一家に一台かき氷機だもんねぇ!」
シンの予感は見事に的中し、話は早くもかき氷へと発展していった。氷みつの本来の用途をすっ飛ばし、アレンジから布教していくスタイルは一華の真骨頂である。
「一華様、大変美味しゅうございました。」
ジャンが丁寧な仕草で一礼する。
「ジャン、ビールやアイスコーヒーに浮かべても結構いけるぞ。試してみるといい。」
「あ、じゃあ、残りのバニラアイスとディッシャー一式、持って帰る? 厨房で試してみてよ!」
「ありがとうございます! さっそく厨房の者たちにも振る舞ってみます。」
「いっぱい仕入れておくからね!」
一同が飲み干したグラスをアーリンが手際よく片付け、一華はそのままの勢いでチラシのレイアウト作成に取り掛かる。その隣では、シンが新商品の二重価格を冷静に算出し、手際よくデータベースへの登録作業を進めていくのだった。
そのあと、一華がメロンクリームソーダを作り、アーリンへお願いした。
レオナルドとアーリンは、新商品と一緒に魔界の保管倉庫へとテレポートしていったのだった。




