第16話 システム構築
ピコン♪
一華とシンのスマートフォンから、軽やかな通知音が響いた。
一華は画面を覗き込み、キッチンで朝食の片づけを行っていたシンに声をかける。
「シン、倉庫、空だって。」
「はっ? どういうことだ?」
シンの手がピタリと止まる。
「どうも、領主の一人が独り占めしたみたい……。」
「早い者勝ちと言った手前、反論のしようがないが……、あとの奴らのことも考える気持ちはないのか……。」
倉庫担当のリアムには買収されるな、早い者勝ちだと釘を刺していたものの、まさか一人の領主にすべて買い占められる事態までは想定していなかった。
「これこそ、『ザ・魔界人』って感じじゃない?」
一華は、自分が抱いていた魔界人のイメージそのままの現実をあっけらかんと口にした。
「……と、とりあえず、今日は買い出しを優先するぞ。明日納品のネットでは間に合わない。」
これ以上の反論もできず、シンは急遽今日の予定を変更した。そのタイミングで、レオナルドとアーリンが出勤してきた。
「「おはようございます。」」
「連絡した通り、倉庫は空っぽでした。リアムはどういたしましょうか?」
「今すぐ買い出しに行く。待機させておけ。当分の間、一人が購入できるのは各商品二箱までと制限する。予約注文のシステムを早急に確立させる必要があるな。」
一華との会話ではしばしば絶句させられるシンだが、部下への指示は驚くほど的確かつスピーディーだ。
レオナルドはすぐに魔界へとトンボ帰りし、リアムへ指示を伝達して『シン華の家』へと戻ってきた。
「悪いな。じゃぁ、行こうか。」
四人は車庫へと急ぎ、車を発進させた。行き先は、近所のスーパーでは圧倒的に在庫数が足りないため、大型の倉庫型スーパーだ。
「まだ領主たちだけだよね。家電を設置したのって。」
「あぁ、それも一部の者だけだろう。」
「ねえ、領主に三次卸を担わせたらどう? 小売店の店主は領主から仕入れるようにすれば、販売網が分散されてリアム一人でも対応できるようになるでしょ?」
「確かに一理ある。……だとしてもだ。今のままでは仕入れる量が微々たるものだ。なんとかせねばならぬ。」
「毎日買い出しに奔走していたら、今度はネットの宅配便すら受け取れなくなっちゃうよ。」
ここで、レオナルドが頼もしい提案を差し出した。
「私が買い出し担当となりましょう。シン様と一華様はネット通販と事務処理をメインで行ってください。私とジャンが買い出ししてきます。アーリンは一華様と一緒にサポートを。」
「であれば、まずは準中型免許を受験するぞ。」
「えー、また教習所通うの?」
一華がうんざりしたように尋ねる。
「いや、試験センターで一発受験する。レオナルド、早速明朝手続きに行くぞ。」
「はっ」
シンのブレない返答を聞き、一華は(二人だけの受験で助かった……)と、内心で深く安堵のため息をついた。
「その間、私はどうすれば……。」
アーリンが不安そうにシンに尋ねる。
「一華と二人でネットショップを構築してくれ。」
ふと、一華が魔界のリアルな現状を思い出して口を挟んだ。
「魔界の保管倉庫にタブレットは設置できるけど、領主たちの地域までWi-Fi届かないよ!?」
「とりあえず、当面はリアムからの注文のみとする。倉庫の在庫がなくなる前に注文を入れさせる仕組みだ。」
「なるほどね。わかった。商品はカテゴリ別に分けて見やすくしないとね。あ、タブレットは大きくしてね。」
「パソコンの方が拡張しやすい。倉庫内に大型モニターを設置し、各商品のCMでも流せば購買意欲も高まるだろう。」
シンの頭の中は、どこまでも売上拡大の戦略で満ちていた。
◇◆◇
翌朝、シンとレオナルドは準中型免許の試験を受けるため、免許試験センターへと出かけていった。『シン華の家』には、一華とアーリンの二人が取り残される。
「一華様、このネットショップって、人間たちからは注文を受けないんですよね……。」
「そうだよ。あくまでリアムからの発注専用。」
「どう進めれば……。」
アーリンがネットショップの構築に頭を悩ませていた。魔力を使って複雑なコードを一瞬で書き上げることはできるが、設計のアイデアは別問題だ。
そこで、一華がアドバイスを送る。
「サイト全体にIDとパスワードを設定すれば、他の人間からはアクセスできないように制限かけれるよ。」
「なるほどですね。わかりました。やってみます。」
アーリンがサイト全体を構築し、一華は並行して商品のデータベースを作成に没頭する。
回転率の早い食品や日用品に関してはデジタル発注に移行すれば、人間界にいながら魔界側の在庫状況が手に取るように把握できるはずだ。
しかし、一華が丹精込めて作成した『漢服』のカタログからは、一向に注文が入る気配がない。
一華が作り上げたカタログは、全面に美しい着用画像を大きく配置し、隣のページには詳細な仕様を掲載した力作だ。もちろん、シンが魔界文字へと完璧に翻訳している。
「ねぇ、アーリン、このカタログじゃ注文しづらいのかな?」
不安になった一華は、目の前で作業するアーリンにパソコンの画面を向けた。
「魔界には、カタログを見て既製品を注文するという慣習がないのです。基本的に衣服はすべてオーダーメイドです。あるいは、母親が手作りするか自分で仕立てるかですね。ですから、皆様ただの『美しい絵本』として楽しんでいらっしゃるのではないでしょうか?」
「そうなの? じゃあ、お店に行って試着して気に入った服を買う文化すらないわけ?」
「はい。見本として店内に飾られている服を買うことはあっても、サイズが合わなければそのままオーダーメイドになります。」
「シンは『魔界は少し近代化している』って言ってたんだけど……、私からしたら中世のヨーロッパのようにしか感じられないんだけど……。まるで、発展途上国っていうか……。」
魔力であらゆるものが何でも叶ってしまうからこそ、逆に発展しなかったのかと、一華は一人で勝手に納得した。
「そうですね。電力の魔力を司る魔界人が照明を点灯させ、裁縫の魔力を司る魔界人が希望通りの服を一瞬で具現化します。人間界のオーダーメイドとは、少し意味合いが異なりますね。」
「そうか、私の衣装チェンジの魔力と同じということね。……ってことは、私のこのカタログを持って現地の洋服店に行ったら、そこに書かれたデザインのまま一瞬でオーダーメイドされちゃうってこと!?」
「あ、……そういうことになりますね。絵本として楽しんでないですね。これでは私たちは何の利益も得られません。あの母子も、魔界の昔からの慣習通りにお店に持ち込んでオーダーメイドしていますね。」
「それじゃあ、現地の洋裁店にこのカタログを渡す代わりに、ちゃんとロイヤリティを発生させないと、私の労力はただ働きになっちゃんだ……。」
「ロイヤリティ……とは何ですか?」
「権利使用料、つまり手数料みたいなものだよ。毎月の定額にするか、売上に対する料率を課す必要があったんんだ……。」
「ですが、カタログはもうすでに領主たちに配っていますよね。」
「うっ……そうなんだよね。今さら回収して請求なんてできるわけないよね……。」
一華はその場でガックリと肩を落とした。すでに配られたカタログがそのまま街の洋裁店に持ち込まれ、勝手にオーダーされ複製されたら、一華とシンの労力がただ働きになってしまう。
「魔界では、人間界の性善説なんて完全に通用しないんだね。」
「そうですね。人間界には便利なシステムがすでに構築されていますからね。魔界ではそれをそのまま導入しても、魔力でどうにでもなりますから。シン様が戻られましたら、すべてのカタログを処分していただきましょう。」
「うん、そうだね……。」
一華はすっかり意気消沈してしまったが、気を取り直して再び商品データベースの作成へと向き直った。
◇◆◇
夕方、ガレージのシャッターが上がる音が、一華とアーリンの耳に届いた。
シンとレオナルドを乗せた車が駐車され、二人が足早に事務所へ入ってくる。
「どうだった?」
一華は待ち構えていたようにシンに声をかけた。
「もちろん、二人とも一発合格だ。」
「おめでとう!」「おめでとうございます。」
一華がパチパチと手を叩いて祝福する。
「あとはトラックの確保だね。どんなのを買うの?」
「宅配便で使われるようなトラックだな。冷凍、冷蔵、常温のマルチタイプだ。」
「え、そんな都合のいい車あるの?」
「型をコピーして、俺の魔力でカスタマイズする。」
一華は半目になりながら、深々とため息をついた。
「……だよね。」
「仕方ないだろ、今から人間界のディーラーで注文しても納車まで何ヶ月もかかる。」
「じゃぁ、せめて可愛いのにして!」
「だから、目立つ車はダメだ。シンプル・イズ・ベストだ!」
「じゃぁ、今出してよ。」
四人は再び車庫へと移動した。
シンはトラックの駐車スペースに向かい、静かに魔力を解放する。シンがイメージした通りの、真っ白なボディの2トントラックが空間にその姿を現した。同時に、専用の電気自動車用充電スタンドまでもが具現化された。
「SINQ号だ!」
車体には『5』のナンバープレートが取り付けられていた。
「このナンバープレートはどうしたの?」
一華は先日ディーラーでナンバープレートの交付について説明を受けていたことを思いだした。
ナンバープレートの交付手続きには、現車を持ち込む必要があると説明を受けた。
「あぁ、管轄の陸運局のナンバープレートを取り付けた。一応、本日付で交付したことにした。もちろん、手数料も支払い済みにしたぞ。封印についてもミニバンを参考にした。」
「ふーん、……でも、これ、私が希望した番号だよね??? ……私の車はどうなるの?」
「そこは心配ない。同じ番号はいくらでもあった。その1枚を抜いただけだ。」
一華は心配した。一桁の番号は人気が高く、抽選することもあると聞いたからだ。抽選に外れれば、納車が遅くなることになる。
「本当?」
「本当だ! それから、駐車中は常に充電させること。買い出し先で充電スタンドが空いていればそこに繋ぎ、なければサブエンジンを稼働させて冷凍、冷蔵機能を維持できる。」
これで明日からの買い出し班の準備は万端だ。
再び事務所に戻り、四人はそれぞれの席に腰を下ろした。一華は気持ちを切り替えて、シンに切り出した。
「あのね、さっきアーリンと話してたんだけど……、私が作成したカタログに一向に注文が入らないのは、みんな現地の洋裁店に持ち込んでオーダーメイドしちゃってるからじゃないかって気づいてさ……。」
「なに? それじゃあ一華の苦労がただ働きになってるじゃないか。」
「やっぱり、そうだよね。……だからね、すでに配ったカタログを、シンの魔力で処分できないかな?」
シンは静かに魔力を解放した。一華が作成し、領主たちに配ったカタログのイメージを魔界全域からたどり、次々と消去していく。領主邸からは、一華のカタログが文字通り忽然と姿を消した。
「処分は完了した。だが、あの母親に悪気があったわけではない。魔界に根付いた長年の慣習だ。イメージしたものをお店で具現化していくオーダー方法が魔界では当たり前のことだ。」
「うん、アーリンからもそう聞いた。」
「なら、今後は衣料品店そのものを相手にする。店には、一枚の画像として売値で卸す。」
「この前、例に挙げた漢服だと、4万マニーだったよね? そのまま一枚の画像としてお店に売るってこと?」
「あぁ、4万マニーで購入した店舗にのみ、その衣装を一組だけ具現化できる権利を付与する。売値自体は衣料品店側で自由に設定させればいい。」
「ぼったくりだけど……仕方ないね。権利は守らないと。」
「ボランティアではないからな。勝手に大量複製されて人間界のブランド価値が落ちては困る。一華は今後、チラシ一枚につき一式の衣装デザインのみを掲載し、一式の卸値を設定しろ。衣料品店店主が直接倉庫に来て選び仕入れる形を取る。」
「わかった。でも、それじゃあ『コピーのコピー』を作られちゃったりしない?」
「そこまで言い出せばキリがない。素材から自作すること自体になんら問題ないが、魔力で一瞬にして印刷物を複製することはできない。……だが、チラシの画像を見て、そこから独自のものをイメージしてオーダーすることまで完全に防ぐことは難しいな。」
「たしかに……それくらいは人間界でもあり得るし……。」
一華の心配がすべて払拭されたわけではないが、衣料品事業に本格的に踏み込む以上、ある程度の模倣リスクには目をつぶるしかなさそうだった。
ここで、アーリンが自身のパソコン画面を大型モニターに送信し、自信満々に口を開いた。
「ネットショップのサイト構築、完了しました。」
大型モニターには、仮のサンプルデータが入った綺麗なECサイトが表示されている。
「私のほうで作った商品データベースも完成したから送るね!」
一華からデータを受け取ったアーリンは、それを手際よくサイトへアップロードしていく。
「いかがでしょうか?」
「今の在庫数がここからリアルタイムで確認できる仕組みです。リアムが出庫商品のバーコードを読み取ると、自動的に在庫数が減算されます。在庫数を確認しながら、注文画面で数量を入力すれば、こちらからも購入数が確認できます。入庫時は商品のバーコードをスキャンして数を入力すれば、瞬時に在庫に追加されます。」
アーリンが構築したネットショップは、人間界の最先端POSレジシステムさながらの高度な発注管理システムに仕上がっていた。
「パソコンとバーコードリーダー、感熱紙プリンタが必要だな。」
シンは魔力を解放し、デスク上にデスクトップパソコン一式、バーコードリーダー、感熱紙プリンタを次々と具現化していく。
「アーリン、このパソコンで実際にテストしてみてくれ!」
アーリンは発注システムの管理アイコンをクリックし、在庫数ゼロの状態で人間界にある商品のバーコードをスキャンして見せた。入庫画面に数値を入力すると、瞬く間にリアルタイムの在庫数が加算されていく。
「さすがだな。完璧な仕上がりだ!」
「ありがとうございます!」
「じゃ、今から倉庫に行って棚卸ししなくちゃ、明日の営業に間に合わないよ。リアムにも新しいシステムを説明しなくちゃ。もうそろそろ退勤時間じゃない?」
「よし、行くぞ。」
一華は魔力で魔界の衣装へとチェンジし、四人はシンが放つテレポートの光に包まれた。。
保管倉庫では、ちょうどリアムが退勤の準備をしているところだった。突然目の前に四人が現れたため、リアムはひっくり返りそうになるほど驚きの声をあげる。
「うわっ、びっくりしました……!」
「すまない。お前の帰宅時間が迫っていたものだから、急いでテレポートしてきた。」
アーリンとレオナルドが手際よくパソコン一式を机にセッティングし、さっそくリアムへの操作説明が始まった。
その間、シンは無線接続した大型モニターを数台、壁に設置していく。もちろん、監視カメラ機能も付与し、カスハラ対策もバッチリだ。
「なるほどですね……! わざわざ数えて集計する必要もなく、いつでもリアルタイムで在庫状況が確認できるなんて、なんて便利なんですか。」
「今からみんなで棚卸しを行う。少し帰宅が遅くなるが、ちゃんと時間外勤務手当は上乗せするから安心してくれ。」
「はい、喜んでお手伝いします!」
アーリン以外の四人で棚卸しを行い、アーリンがパソコンへ次々と数値を入力していく。
取り扱う商品数がまだそこまで多くないため、作業は驚くほどスムーズに終わった。大型モニターやパソコン画面だけでなく、個人のスマートフォンからも同じ在庫状況が確認できることが説明されると、リアムは感心したように何度も頷いた。
「明日、レオナルドとアーリンは現地での立ち会いをしてくれ。問題が無いと判断した時点で、出勤してくればいい。」
「「承知いたしました。」
「よし、今日の作業はこれで終わりだ。帰るぞ。」
四人は人間界へとテレポートいていくのを確認すると、リアムは安心した面持ちで倉庫の重い扉に鍵をかけ、家路についたのだった。




