第15話 魔界電化プロジェクト始動
一華とシンが魔界の衣装へと身を包み、魔界へ続くゲートへと向かった。その背後では、アーリンと、レオナルドがビール一箱を軽々と抱え、静かに続いた。
ハオの執務室と、王と王妃の私室を繋ぐ共有の間に、シンが静かに魔力を解放し、一華が選んだ洗練された家具調冷蔵庫が、手際よくその場に据え付けられた。
「まぁ、こういう冷蔵庫もあるのね。」
アズサがそのモダンで美しい外観に、感心したような声を漏らす。シンは早速、土産にと持参したビールを手際よく冷蔵庫の中へと詰め込んでいった。
「義父上、あまり飲み過ぎないようにお願いしますよ。」
「わかっておる。」
だが、ハオの口元には隠しきれない笑みが零れている。どう見ても『分かっている顔』ではない。一華はその表情をじっと見つめ、思わず苦笑した。
一華がアズサに尋ねる。
「ママは、ほかに何か人間界のもので欲しいものある?」
「そうねぇ……魔界でもアイスコーヒーが飲みたいわ。」
「じゃぁ、ガムシロップとミルクも一緒に持ってくるね。あ、牛乳はあるの?」
「ほら、これまで冷蔵庫がなかったでしょ。だから大半の生乳は傷む前にチーズやバター、ヨーグルトに加工されちゃって、普通の牛乳はなかなか手に入らないのよ。」
「そっかぁ……じゃぁ、日持ちする豆乳を用意しようか? 常温保存も利くし、体に良いよ。」
「そうね。ソイラテにするのもいいわね! よろしく頼むわ、一華。」
そこに、満足げに冷蔵庫を眺めていたハオが、ふと思い出したように口を挟んできた。
「ところで、今朝から従者たちが何やらひどく慌てている。城下町のあちこちに、見知らぬ奇妙な機械が突如現れたと騒ぎになっておるぞ。」
「それが、私たちにも少し不可解なのですが……昨夜、宮殿のほうへ向けて魔力を解放した際、城下町の方まで意図して魔力を解放した覚えはないんです。それなのに、すべての屋根に太陽光パネルがいつのまにか設置されてしまって……。それに、これを見てください。」
シンがスマートフォンを取り出し、昨夜撮影した、月の女神の姿に変身した一華の画像をハオとアズサに見せた。
「一華が、魔界の満月の明かりに照らされた瞬間、この姿に変身したのです。私の魔力を解放すると同時に、一華も無意識のうちに力を引き出してしまい、二人で光に包まれました。」
「ほぉ……、儂たちも夜中に窓から目撃したぞ。」
「えっ、パパたちも見てたの!?」
「強力な魔力の波動を感知してな。窓の外を見たら、ペガサスに乗ったお前たちが優雅に飛んでいた。」
「ペガサスに変身してたのは、サンちゃんだよ。」
一華は誇らしげに胸を張る。
「なんと、魔界猫がペガサスに変身とな? 確か、母猫のミヤは『他の猫には変身する』としか言っていなかったが……?」
「どうやらサンは、人間界の満月パワーを受けて、『他の動物に変身する力』が覚醒したようです。」
「一華のその神々しい姿といい……やはり一華は月の女神セレーネの生まれ変わりであり、かつてハデスが言った言葉は真実だったということか?」
「あらあら、私が余計なことを言ったばかりに……悪いことしちゃったわね。」
アズサはまったく反省していない軽い口調で笑みを浮かべる。
「いえ、一華を泣かせたことは大罪です。罰は正当かと。ただ、一華には生まれ変わりなどと縛られず、自由に生きてほしいと思っています。」
「あぁ、たとえ本当に生まれ変わりであったとしても、気にする必要などない。――それから、お前たちが言っていた倉庫番と、電化担当者もすでに確保してあるぞ。」
ハオに促され、一同は執務室をあとにして宮殿内の保管倉庫へと向かった。
◇◆◇
倉庫には、まだあどけなさを残す倉庫番のリアムと、しっかりとした眼差しをした電化担当のヴォルトンら数名の若者が、緊張した面持ちで待機していた。
リアムは成人したばかりの少年だった。一方のヴォルトンは二十代前半といったところか。一華は念のため警戒して共鳴の魔力をそっと解放したが、彼らから敵対心や悪意のような感情は一切感じられず、ホッと胸をなで下ろした。さすが魔王ハオが厳選しただけあり、信頼に値する従者たちのようだ。
「シン様、一華様、料理番ジャンの息子のリアムと申します。父がいつもお世話になっております。私も倉庫番を預かることになりました、よろしくお願いいたします。」
「あぁ、よろしく頼む。」
「ジャンさんに、こんなに大きな子供がいたの?」
一華が目を丸くする。
「シン様、一華様、私はヴォルトンと申します。こちらに控えておりますのは私の部下たちです。私どもに、なんなりとご命令ください!」
「了解した。早速だが、宮殿の屋根に設置した太陽光発電システムを魔界全戸に導入し、冷蔵庫、オーブンレンジ、洗濯機を設置する。まずは領主邸から始め、飲食店、小売店、そして一般住宅へと順次展開してくれ。」
「はっ、承知いたしました!」
シンはヴォルトンに対し、太陽光発電システムからコンセント設置方法までを丁寧に説明し終えると、その場で魔力を軽く解放する。すると倉庫には、人間界の最新家電のモデル製品が次々と山のように姿を現した。
「飲食店には業務用冷蔵庫を、住宅用には使いやすい家庭用冷蔵庫を設置してくれ。」
シンが詳細な注意事項を付け加えると、ヴォルトンは部下たちを引き連れ、さっそく領主邸へと駆け出していった。
続いて、シンは少年リアムに向き直る。
「ジャンの息子なら尚更ちょうどよい。リアム、これから領主や店主たちが次々とここを訪れる。彼らが持ってくる注文書に記入された商品と引き換えに、必ず正確な現金を受け取れ。例外的な『ツケ払い』は一切禁止だ。代金の回収と運搬はレオナルドやアーリンが定期的に行う。」
「承知いたしました!」
「ただし、こちらで指定した日は休日とする。勤務時間は朝九時から夕方五時まで。昼休みは十二時から一時間。五時前には倉庫は締め、その日の注文書と現金をまとめておけ。交代要員はいないが、自分一人で抱え込んで無理をするな。体調を崩したり休養が必要なときは、すぐにレオナルドかアーリンに申し出ろ。」
「はい、しっかり心得ます!」
「くれぐれも買収されるなよ。」
「買収……ですか?」
「金を貰って特定の人物に便宜を図ることだ。商品はすべて早い者勝ちだ。」
「承知いたしました!」
「真面目に勤務を続け、実績を上げた者には、別途ボーナスを用意する。」
「ぼーなす……?」
リアムの瞳がわずかに輝き始める。
「一定期間内の勤務態度や、売り上げへの貢献度を評価して、通常の給与とは別に支給する一時金のことだ。」
「どうすればその評価を上げられますか……!」
リアムの瞳が野心と期待にギラギラと輝き始めた。
「そうだな……ただ注文書を処理するだけでなく、まだ記入されていない新商品についても客に上手く説明し、売り上げに貢献してくれる方が、評価の対象としては分かりやすいな」
一華がクスリと笑いながら口を挟む。
「要するに、ただの倉庫番じゃなくて、営業も担当させるということね。」
「食品関係については、ジャンから味の特徴を聞くなり、実際に食して美味しいアレンジ方法を考えるなりして、自分の営業トークを磨け。」
「それなら、試食販売させた方がいいんじゃない?」
アズサが興味津々といった様子で提案してきた。
「あ、それめっちゃいいかも! 試食販売って美味しそうだもんね。つい予定外のものまで買っちゃうし。」
一華もすぐに賛同したが、シンは現実的な課題を挙げて首を横に振る。
「ですが、義母上、人間界のスーパーのように、常に客が入店して来るわけではありません。たった一組の客相手に毎回試食を用意するのは割に合いません。」
「だったら、大きな箱売りだけでなく、最小単位でも販売できるようにしたらどうかしら?」
「……それでしたら、可能ですね。注文書のフォーマットをすぐに見直します。」
ピンポーン♪
その時、ポケットに収められているシンのスマートフォンから、インターホンの通知音が鳴り響いた。
シンはスマートフォンを手に取り、淡々と応対する。
「宅配便です。お荷物をお届けに来ました。車庫に入れますか?」
「あぁ、はい、すぐ開けます。」
シンは通話を切り、一華に視線を向けた。
「宅配便の荷物が届いた。一旦戻る。一華、衣装をチェンジしてくれ。」
一華がシンの衣装を人間界の軽装へ戻すと、シンはその場で『シン華の家』へとテレポートしていった。
残された魔王夫婦は、その目まぐるしい移動に目をパチクリさせている。
「まったく……相変わらず忙しいのう」
テレポートの慌ただしさにハオが苦笑すると、一華がトホホといった顔で答えた。
「これで買い出しにも行くんだから、もっと忙しくなると思うんだよね。別行動はさせてくれないし、いくら体力あっても、これじゃぁ、シンが過労で倒れちゃうよ。」
「それなら、尚のこと、私の出番じゃない?」
アズサは笑みを浮かべ、自分が人間界への買い出しをサポートすることで、シンの負担を減らせると切り出した。
「毎日は無理でも、私なら一人でも運転して買い物ぐらいできるし。」
「いや、アズも一人で動き回るのはダメだ。護衛をつける。」
ハオが即座に、不機嫌そうに反論する。
「もう、心配性ねぇ。レオナルドとアーリンもいるんだから大丈夫よ。『シン華の家』ならシン君と一華だけになっても問題ないでしょう?」
「うむ……しかし、それでは儂が一人ぼっちになってしまうではないか……」
(パパまでそんな寂しそうな顔するんだ……)
一華はクスリと笑いながら、良案を思いついたように提案した。
「じゃあ、パパも一緒に人間界の買い出しについて来たらどう? 毎日じゃなくても、隔日とか、曜日決めてさ。」
その会話の最中、倉庫の空間がわずかに揺らぎ、宅配便で受け取ったばかりの大量のダンボール箱が、音もなく忽然と現れた。直後、シンがテレポートで戻ってくる。一華は即座に、魔界の衣装へとチェンジさせた。
「あ、あのぅ、……一体、何が起きているのでしょうか?」
リアムが目を点にして大量の荷物を見つめている。シンは山積みされた商品の箱を軽く叩きながら、淡々と説明した。
「この箱の中身は、すべて人間界の選りすぐりの食品や生活用品だ。先ほどヴォルトンに指示した家電も人間界製で、食事や職場環境改善のための先行投資だ。この商品をこれから魔界で販売していく。お前の役目は、その在庫と現金の厳重な管理だ。」
一華がすかさず茶々を入れる。
「先行投資って言っても……実質、ヴォルトン達の給料分だけどね。」
一華の軽口を横目に、レオナルドとアーリンが手際よく商品のラベルを魔界文字へと書き換える作業を黙々と進めている。
「商品別にしっかりと種類を区別して棚に並べるぞ。リアム、突っ立っていないで手伝え。」
「はっ、はい!」
指示を受けたリアムは、レオナルドから商品の仕分け方を教わりながら、慌てて作業に加わった。その傍らでシンは、注文書をより効率的に最小単位で買えるよう、魔力を解放して書式を細かく修正していく。
「冷凍食品や、デリカ製品も仕入れておく必要があるな……。」
シンが考え込みながら呟くと、一華がパッと顔を輝かせた。
「あ、そのことなんだけどね! ママとパパが、人間界からの買い出しを代行して手伝うって言ってくれたの!」
「義父上、義母上……その、お手を煩わせても構わないのですか?」
「いいわよ。毎日とはいかないけど。手伝えるときは手伝うわ。その代わり、レオナルドとアーリンを借りるわよ。」
「もちろんです。大いに助かります。」
「シン様、本日分の整理と片付けがすべて終了いたしました。」
レオナルドの丁寧な報告を受け、シンは満足そうに頷く。
「よし、今日はこれでいったん引き上げるか。人間界に戻ってからの事務処理もあるからな。リアム、あとは頼んだぞ。倉庫の鍵の管理だけはくれぐれも厳重にな。」
「はいっ、お任せください!」
リアムに後をしっかりと任せ、ハオとアズサは執務室へと戻っていった。一華とシン、そしてレオナルドとアーリンの一行は、再び『シン華の家』へとテレポートで帰還した。
こうして、魔界の環境を大きく変える『魔界電化プロジェクト』の第一段階が、静かに、しかし確実に動き出したのだった。




