第12話 ガーデンパーティー
待ちに待った魔王主催のガーデンパーティー当日。共催を務める一華とシンは、満を持して無料試食会を企画していた。
シン、レーナルド、アーリンの三人は、人間界で購入したカップ麺や飲料のパッケージを魔界文字へと書き換え、宮殿の保管場所へあらかじめテレポートさせておいた。
業務外勤務として臨時のスタッフも確保し、料理長のジャンには事前にしっかりと説明を済ませて当日の調理体制を万全に整えてもらった。
アルコール、ノンアルコール、ジュース用とクーラーボックスをきっちり分け、人間界から持ち込んだ大量の氷でキンキンに冷やす。お湯もたっぷり沸かして準備は万端だ。
一華とシンは、『シン華の家』で一華の魔力を使い、事前に決めていた優雅で華やかな漢服風のドレスと気品漂う大袖漢服へとそれぞれ衣装をチェンジしてから『シン華の間』へと移動した。もちろん、シンの魔力で既にヘアメイクも施している。
そこへ、ジャンの手伝いを終えたアーリンとレオナルドも合流した。一華の魔力によって、次々と涼やかな漢服へと衣装チェンジさせていく。
程なくして、ハオとアズサもやってきた。二人はすでにそれらしい衣装をまとっていたが、それはあくまで従者の目を欺くための目くらまし用だという。
ハオとアズサも一華が選んだ気品ある衣装へとチェンジし、アズサとアーリンはシンの魔力で完璧なヘアメイクを施された。すべて一華の指示通りだ。
「これで準備OKだね。」
コンコン、コンコン
控えめなノックの音とともに「お時間でございます。」という従者の声が響いた。一華とシンは顔を見合わせて小さく頷く。
「行くぞ。」
ハオの合図で、レオナルドとアーリンが重厚な扉を開け放った。
外で待機していた従者たちは、見慣れぬ衣装をまとった王族たちの姿に一瞬フリーズしたものの、すぐに深く礼を取る。ハオとアズサ、一華とシン、そしてレオナルドとアーリンは、魔界では誰も見たこともない人間界の洗練された衣装に身を包み、堂々と宮殿の外へと歩みを進めた。
会場にはいつもの顔ぶれである重鎮たちのほか、一般庶民の中から厳選された者たちも緊張した面持ちで待ち構えている。
宮廷音楽隊が優雅な調べを奏でる中、正面の扉が開かれ、魔王をはじめとする王族たちが姿を現した。あまりの斬新さと美しさに音楽隊の手が思わず止まりかけたが、気を取り直して演奏を再開する。従者たちも、その音色にハッと我に返った。
魔王ハオが威厳ある声で挨拶を述べる。
「今年も見事に庭の花々が咲き誇った。今日は形式ばらず、ゆるりと楽しむがよい。」
ハオの短い挨拶が終わると、シンが一歩前に進み出た。
「本日は皆に珍しいものを用意した。ぜひ気軽に試食し、アンケートに協力してほしい! また、一華から皆の今後のご多幸を願って、特別な言霊を授けたいと申し出があった。少しだけ時間を頂戴する。」
一華がシンの横に立ち、視線を合わせ小さく頷く。
「アブラカダブラ、アブラカダブラ、アブラカダブラァ!」
月のモチーフがついたステッキを優雅に振りかざし、一華はおまじないの言葉を唱えながら、優しい浄化のテレパシーを広範囲へと飛ばした。会場がどよめき、ざわざわとざわめき始める。
「もしかして……あれは言い伝えの『月の賢者』様じゃ?」
ひげを生やしたお爺さんから、驚きの声が漏れた。
「***(一華、もう大丈夫だ。皆の心にしっかり届いたようだ。)***」
「***(うん)***」
「それでは、これより無料試食会を開催する!」
シンの力強い宣言とともに、六人は用意された王族専用のテーブルへと移動した。
来訪者たちは我先にとカップ麺を受け取り、物珍しそうに頬張る。先割れスプーンを使って見事に器用に麺をすする魔界人たち。
出汁の繊細な味わいとお湯さえあれば誰でも手軽に料理できるという利便性はあまりに衝撃的だったらしく、あっという間に容器が空になるほどの猛烈な食べっぷりだった。
「***(魔界の民にも受け入れられたな。)***」
「***(あとはアンケート結果次第だね。)***」
食べ終えた重鎮たちが、興味津々な様子で次々とシンたちのもとへと詰め寄ってきた。
「あの、この素晴らしい料理や飲み物は、いったいどこで手に入りますか?」
シンは余裕の笑みを浮かべて答える。
「欲しければいつでも手配してやろう。詳細な仕組みが決まり次第、注文方法や価格をアナウンスするから、もう少し待っていてくれ。」
「***(一華、聞いたか。これでガッポリ稼いで、ゆくゆくは贅沢三昧だな!)***」
「***(贅沢三昧はともかく、気に入ってもらえて本当によかったね。帰ったらすぐに、魔界での販売スタッフを誰にするか決めないとね。)***」
「***(誰がいいだろうな……よし、あとで義父上に相談してみるか!)***」
その時、一組の母子が遠慮がちに歩み寄ってきた。小さな女の子は母親の背中に隠れながら、うっとりした目で一華を見つめている。
「あのぅ、……一華様がお召しになっているそのお洋服ですが、うちの娘がどうしても同じものが着たいと申しておりまして……。」
「ふふ、可愛いでしょう? 手配しますよ。」
「本当ですか? 私も大人用が欲しいのですが。」
「わかりました。あとで専用のカタログをご用意しますね。」
「あのぅ……カタログというのは、いったい何なのでしょうか?」
「ええと、商品の見本が載った冊子のようなものです。」
「ありがとうございます、楽しみにしています!」
母子が嬉しそうに去ったあと、シンがふと尋ねた。
「***(最初からこれが狙いだったか?)***」
「***(ふふ、小さな女の子はお姫様に憧れるものだからね。特別な服の需要は絶対あると思ったの!)***」
「***(これは帰ってからいよいよ忙しくなりそうだな……。)***」
準備した商品は瞬く間に底をつき、大盛況のうちにガーデンパーティーはお開きとなった。
『シン華の間』に戻ると、ハオ、アズサ、レオナルド、そしてアーリンの四人は、一華の魔力によって元の姿へと戻る。
「義父上、魔界での販売スタッフに相応しい者に、誰か心当たりがありませんか?」
シンが問いかけると、ハオは「ジャンではいかんのか?」と首を傾げた。
「彼は王族の三食の準備などで普段から多忙を極めていますので……。今後は保管倉庫の管理を含めて、しっかりと専従の適任者を探したいのです。」
「ふむ、わかった。儂のほうでも適任者を探しておこう。」
「よろしくお願いします。」
ハオとアズサがそれぞれの私室へと戻っていくのを見送り、一華とシンは、レオナルドとアーリンを連れて『シン華の家』へと戻った。
人間界の空間に戻るやいなや、一華とシンはホッと息をついて元の洋服へとチェンジする。
その後、レオナルドとアーリンにアンケートの集計作業を任せ、一華は漢服のカタログ作成、シンは今後の具体的な注文システムの検討に取り掛かった。
シンが構築したシステムは、各領主や小売業者を直接保管倉庫に向かわせ、専用の注文書と引き換えに商品と現金をその場で交換するという堅実なものだった。
そして、集まった注文書と現金を『シン華の間』まで安全に運搬する役目には、信頼できるアーリンとレオナルドが任命された。
作業を進めるうち、レオナルドが室内の大型モニターに向かって自分のパソコン画面をミラーリングし、ハッキリとした声で報告した。
「集計結果が出ました。カップ麺とビール350mL缶は、400マニー前後、ノンアルコールビールや炭酸ジュースは、300マニー前後を希望する声が最も多いです。」
それは人間界の価値観からすれば、あまりに桁違いの基準が示された瞬間だった。
「へっ!?」
人間界とは違いすぎる魔界の貨幣価値に、一華は再びフリーズしてしまう。一方のシンは至って冷静そのものだった。
「な、言っただろ。これが魔界の相場だ。食料品は仕入れ値の8掛けで卸値を決定する。小売業者に対しては、注文数量に応じた適切な割引を適用すればいい。」
シンは次々と魔界での卸額と小売額を算出し、レオナルドが手際よく二重価格表へと入力していく。
「うそでしょー!?」
一華は大型モニターに映し出された眩い二重価格の数字を見て、ようやく現実を受け入れ始めた。
「これから販売スタッフを雇う必要もあるし、また、保管場所まで受け取りに来られない者たちのために配送網も担わなければならない。当然、そこで働く者たちの給料もしっかりと捻出する必要が出てくる。配送料を追加してもいいが、そうすると今度は一般の小売額が高く設定されすぎて庶民が手に取りづらくなる。出せる者にはしっかり出してもらう。それが我が社の魔界における方針だ。いいな、一華。」
一華はやっとの思いで状況を咀嚼し、大きく頷いた。
「わかったよ……。要するに、お金持ちからは思い切りふんだくって、一般庶民にはできるだけ安く届けるってことだよね。うん、それなら納得!」
「人聞きが悪い言い方をするな。余力のある者により多く負担してもらうだけだ。」
シンはさらに表情を引き締め、付け加えた。
「それから、さきほどの漢服のカタログの件だが、……価格を安く設定しすぎては絶対にダメだ。俺たちが着用したあの漢服は、極めて高価で至高の品だと思い込ませるんだ。」
「へっ? それこそぼったくり……。」
「王族が安物の服を着用していると知られたら、周囲にどう思われると思う?」
「えっと……急に安い衣装を身につけだして、宮殿の懐事情がすごく大変なのかなぁって心配されるとか?」
「そう思われるくらいならまだ構わんが、もっと最悪の場合、王族が税金を勝手に横領しているとあらぬ勘繰りをされるだろうな……。」
「えっ、横領してるの?」
「してないわ!」
シンが即座に否定し、呆れたようにため息をつく。
「我が王家は正当な王族費でやりくりしており、必要以上の蓄えもない。だが、今後も俺たちが気軽にあんな豪華なコスプレ衣装を着て歩いたりしたら、それこそ『どこからそんな資金が出ているんだ』と横領を疑われかねない。王族としての信用を守らなければならないんだ。」
「うぅ……わかったよ、気をつける。宮殿内の公式な宴や催しでは従来の厳かなドレス着用を絶対に守る! コスプレ衣装を着る時は、あくまで販売モデルとして撮影する時か、仮装大会の時だけにするから。仮に原価1万2千円の漢服だった場合、魔界ではどうやって売価を計算するの?」
「その倍の2万4千マニーを卸金額とする。衣料品の卸は小売りの6掛けで計算する。あの母子のように小売業者を通さず直接購入したいという者には、小売価格の4万マニーでそのまま売り渡す。」
「それってやっぱり完全なるぼったくり……。」
「いいや。もし後になって地元の小売業者があの服の販売に名乗りを上げた際、俺たちが卸金額のまま一般人に小売りしていたと発覚したらどうなる。小売業者を通さず、庶民から直接注文が殺到し混乱することになる。」
「たしかに……。でも、あの母子たちが将来的に自分たちで店をひらいて小売業者になったらどうするの?」
「その時は正式に契約を交わし、販売奨励金として割り引いた『卸金額』を改めて設定すればいい。」
「なるほどね……わかったよ。パパや宮殿内の従者にはどうするの?」
「宮殿内の厨房へ卸す場合は卸金額のまま販売、従者へは社販割引として小売額の1割引きとする。」
「わかったよ。」
一華は、人間界とはあまりにかけ離れている魔界の圧倒的な貨幣価値に最後まで困惑しつつも、心の中で『郷に入っては郷に従え、だよね。』と強く自分に言い聞かせるのだった。




