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戦火の魔眼  作者: 宗
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魔眼の目覚め

家の壁が、爆ぜた。


 轟音と共に木片が弾け飛び、土壁が内側から吹き飛ぶ。

 母が咄嗟にレインを抱え込む。

 父が前へ出た。


 崩れた壁の向こう、炎を背にひとりの兵が立っていた。


 黒い外套。黒鉄の鎧。

 手には、鈍く光る短杖。


 黒狼軍の魔導兵だった。


「……いたか」


 低く、濁った声だった。


 感情のない目が、家の中を見渡す。

 父。母。抱かれた幼子。


 品定めでもするように、ゆっくりと。


「女子供か」


 そう吐き捨てるように言って、魔導兵は杖を持ち上げた。


 母の腕が強張る。


 父が一歩前へ出る。


「下がってろ」


 震えていた。

 それでも父は、斧を握る手を離さない。


 勝てるはずがない。


 農民と兵士。

 それも魔法を使う戦場の兵だ。


 比べるまでもない。


 それでも父は前に立った。


 守るために。


「……逃げろ」


 父が低く言う。


 母は動けない。


 動けるわけがなかった。


 その一瞬で、魔導兵の杖に火が灯る。


 赤い線が、レインの目に見えた。


 杖の先に集まる熱。

 渦を巻く魔力。

 収束する一点。


 来る。


 レインの目が、細く開く。


 世界が、遅くなった。


 火が生まれる前の流れ。

 腕が振られる軌道。

 父が斧を振り上げる未来。

 母が庇って倒れる先。


 全部、見えた。


 赤い線が未来を描く。


 このままなら、父は吹き飛ぶ。

 母も巻き込まれる。

 家は燃える。


 だから、レインは初めて自分の意志で、その線を掴んだ。


「――ぁ」


 赤子の喉から、かすれた声が漏れる。


 母の腕から身を乗り出す。

 小さな手が、床に落ちていた石を掴んだ。


 投げた。


 ただ、それだけだった。


 小さな石。

 赤子の腕力。

 本来なら、届くはずもない一投。


 だがレインの目には、見えていた。


 最も浅く、最も脆い線。

 魔導兵の視界が、ほんの一瞬だけ死ぬ場所。


 石は吸い込まれるように飛び、魔導兵の右目を打ち抜いた。


「がっ――!?」


 魔導兵の顔が歪む。


 杖がぶれる。


 火球が逸れ、天井を焼きながら家の外へ弾け飛んだ。


 爆炎が夜へ散る。


 父が止まる。


 母が息を呑む。


 魔導兵だけが、片目を押さえてよろめいた。


「……な、に……?」


 何が起きたのか分からない顔だった。


 当然だ。


 赤子が投げた石に、魔導兵が目を潰された。


 理解できるはずがない。


 だがレインには、次も見えていた。


 魔導兵が左手で短剣を抜く。

 踏み込み、父の喉を裂く線。


 見えた瞬間、レインは叫ぶ。


「う、し、ろ!」


 言葉になりきらない幼い声。


 だが父は反応した。


 反射的に身体を捻る。


 短剣が首ではなく肩を裂く。


 血が飛ぶ。


 父が苦悶に顔を歪め、それでも倒れず、斧を振り抜いた。


 鈍い音が響く。


 斧が魔導兵の脇腹へ叩き込まれた。


「ぐぁ……っ!」


 鎧ごと吹き飛び、魔導兵が外へ転がる。


 父も膝をついた。


「あなた!」


 母が叫ぶ。


「大丈夫だ……浅い!」


 浅くはなかった。

 だが致命傷でもない。


 レインは父の肩から流れる血を見て、すぐに理解する。


 まだ死なない。


 助かる。


 その瞬間、外から怒号が響いた。


「こっちだ!」


「いたぞ、魔導兵だ!」


 村へ遅れていた領兵が、ようやく到着したのだ。


 剣戟の音。

 怒号。

 悲鳴。


 外で新たな戦いが始まる。


 倒れた魔導兵は舌打ちし、片目を押さえながら立ち上がる。


 その残った片目が、真っ直ぐレインを見た。


 ぞっとするほど濁った目だった。


「……ガキ」


 その声に、確かな殺意が混じる。


「貴様、何をした」


 レインは母に抱かれたまま、その目を見返す。


 黒い。

 濁っている。

 だが、その奥にある魔力の流れは、もう見えていた。


 こいつは殺せる。


 まだできない。

 だが、見えてしまった。


 その瞬間、魔導兵の顔から血の気が引いた。


 理解したのだ。


 見られている、と。


 自分の中身を。


「……っ」


 魔導兵は一歩、退いた。


 初めて、その目に明確な動揺が走る。


 そこへ領兵が雪崩れ込む。


「黒狼兵を討て!」


 魔導兵は舌打ちし、レインから目を逸らした。


「……化け物め」


 吐き捨てるように言い残し、炎の向こうへ退く。


 黒狼軍が引き始める。


 夜の村には、まだ火と悲鳴が残っていた。


 だが、家の中で。


 父は生きていた。

 母も、生きている。

 レインもまた、母の腕の中にいた。


 焼ける村の中で、レインは初めて理解する。


 自分の目は、ただ“見える”だけではない。


 この目は、戦うための目だ。


 そしてその力は、もう誰かに見つかってしまった。

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