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戦火の魔眼  作者: 宗
3/21

戦の匂い

村の夜は、静かだった。


 静かすぎるほどに。


 誰もが息を潜め、灯りを落とし、戸を閉ざしていた。

 普段なら聞こえるはずの笑い声も、食器の音も、今夜はない。


 あるのは、張り詰めた沈黙だけだった。


 家の中でも同じだった。


 小さな卓を囲み、父と母はほとんど言葉を交わさない。

 冷めかけたスープに手をつけることもなく、ただ黙って座っている。


 母は時折、レインを見る。


 父は何度も、壁に立てかけた農具へ目をやっていた。


 鍬、鎌、斧。


 本来なら土を耕し、草を刈り、薪を割るためのものだ。


 だが今夜、それらは武器だった。


「……寝ろ、レイン」


 父が低い声で言った。


「明日も早い」


 嘘だ、とレインは思う。


 明日畑へ出るつもりの人間の顔ではない。


 それでもレインは黙って頷いた。


「うん」


 幼い声でそう返し、藁の寝台へ潜り込む。


 目を閉じる。


 だが眠れない。


 外の気配が、あまりにも騒がしかった。


 家の外を歩く村人たちの足音。

 押し殺した声。

 遠くで軋む荷車の音。


 逃げる準備をしている。


 だが遅い。


 村人たちも、それは分かっている。


 逃げ切れない。

 なら、隠すしかない。

 女と子どもだけでも森へ。

 男は残る。


 そんな話を、さっき父たちはしていた。


 レインは薄く目を開ける。


 暗闇の中でも、彼の目には見えていた。


 父の周りを漂う赤黒い揺らぎ。

 母の金色に混じる、震える灰色。


 恐怖だった。


 必死に押し殺しているだけで、二人とも怯えている。


 当然だ、とレインは思う。


 戦は、人を簡単に殺す。


 昼間に来た兵士の傷も、言葉も、それを十分すぎるほど物語っていた。


 黒狼軍。


 その名だけで、大人たちの顔色が変わった。


 レインは知らない。

 だが、知らなくても分かる。


 あれは、人が人でいられなくなる場所だ。


 戦とはそういうものだと、彼の目はもう理解していた。


 その時だった。


 ぴたり、と。


 外の音が止んだ。


 レインの目が開く。


 村の空気が変わった。


 ざわめきが消えた。

 虫の音も、風の音も、何もかもが急に遠のいたような静寂。


 父も気づいたのだろう。

 椅子を引く音がした。


「……なんだ」


 次の瞬間。


 ――ヒュン。


 何かが風を裂いた。


 直後、家の外で鈍い音が響く。


 ぐしゃり、と。


 肉の潰れる音。


 母が息を呑む。


 父が立ち上がる。


 レインの目には見えていた。


 暗闇の向こう。

 村の外れ。

 木々の隙間。


 黒い線が、何本も並んでいる。


 弓だ。


「――伏せろ!!」


 誰かの絶叫。


 その瞬間、無数の矢が村へ降り注いだ。


 窓を突き破り、壁に突き刺さり、外で悲鳴が上がる。


 母が咄嗟にレインを抱き寄せた。


 父が斧を掴み、戸口を睨む。


「来たか……!」


 次の瞬間、村の外で火が上がった。


 ひとつ、ふたつではない。


 夜の闇に、赤い火種が次々と灯る。


 火矢だった。


 藁屋根が燃える。

 悲鳴が連鎖する。

 怒号が飛び交う。


 黒狼軍だ。


 村へ、戦が来た。


 父が振り返る。


「レインを連れて裏から行け!」


「でも――」


「行け!!」


 母が唇を噛み、レインを抱える。


 その腕が震えていた。


 家の裏口へ向かう、その瞬間。


 レインは見た。


 燃え上がる村の向こう。

 黒煙の奥。

 黒い甲冑を纏った兵たち。


 人の形をしているのに、色が違う。


 濁っている。


 黒い。


 まるで最初から、人を殺すためだけに磨り潰されたような色だった。


 その先頭にいるひとりが、ゆっくりと村を見渡す。


 魔力が見えた。


 他の兵とは比べものにならない、濃く、重い揺らぎ。


 魔導兵。


 レインの背筋に、ぞわりと冷たいものが走る。


 あれが来る。


 そう理解した瞬間――


 家の壁が、爆ぜた。

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