王都と学舎
王都までの道は、思っていたより早く過ぎた。
もちろん何もなかったわけではない。
二度、黒狼の斥候を見た。
一度はレインが先に気づき、林道を外れてやり過ごした。
もう一度はセレスが水の索敵術で先に捉え、接触前に迂回した。
小競り合いすら起こさず進めたのは、ガレスの判断と、セレスの索敵、そしてレインの目があったからだった。
道中、レインは知った。
この国には兵の系統がいくつもある。
ガレスの属する王国騎士隊。
王都防衛と前線維持を担う、王国の主戦力。
セレスの属する王立魔導隊。
少数精鋭で編成される、魔法戦専門の部隊。
さらに、国境偵察を担う遊撃斥候隊。
治療と後方支援を担う神殿治癒院。
そして王城直属の近衛騎士団。
戦う者にも、役割がある。
その全てで、この国はようやく持ち堪えているのだと、レインは旅の中で知った。
そして五日後。
王都は見えた。
高かった。
村とは何もかもが違った。
白い外壁。
巨大な城壁。
幾重にも連なる塔。
見上げるほど高い門。
人が多い。
馬車が多い。
声が多い。
魔力の色も、村とは比べものにならないほど複雑に渦巻いていた。
「……おお」
父が、思わず声を漏らす。
母も言葉を失っていた。
レインもまた、黙って王都を見上げる。
大きい。
それが最初の感想だった。
ここには、人が多すぎる。
色が多すぎる。
力が多すぎる。
村とは違う世界だった。
「止まるな、飲まれるぞ」
ガレスの声に、荷車が再び進む。
城門での検分は早かった。
ガレスの身分証。
セレスの王立魔導隊紋章。
それだけで門兵の態度が変わる。
そのまま一行は王都へ入った。
石畳。
整った街路。
立ち並ぶ商店。
行き交う人々。
村で見たこともない服。
見たこともない道具。
見たこともない魔導具。
母は落ち着かず、父は露骨に警戒していた。
「すげえな……」
「きょろきょろしない」
「してねえ」
「してるわよ」
そんなやり取りを見ながら、レインは王都の色を見る。
華やかだ。
だが同時に、重い。
豊かさの裏で、疲れた色も多い。
この街もまた、戦の上に立っている。
やがて一行は、王城ではなく王都南区へ向かった。
石造りの屋敷が並ぶ一角。
その中でも比較的静かな区画に、二階建ての小さな家があった。
「ここよ」
セレスが言う。
「しばらくはここを使って」
父が目を見開く。
「……家?」
「保護対象用の官舎。広くはないけど、村の納屋よりはましでしょう」
「比べる相手が失礼すぎる」
父が即座に返し、セレスが小さく笑った。
家族三人で暮らすには十分だった。
小さいが、雨風は防げる。
寝台がある。
台所がある。
鍵もかかる。
母が、初めて明確に安堵の息を吐いた。
「今日と明日は休んで」
セレスはレインを見る。
「その後、レインは学舎へ行くわ」
父が振り返る。
「学舎?」
「王立学術院初等部。平たく言えば学校よ」
母が目を丸くする。
「学校……?」
「読み書き、計算、歴史、魔力基礎、属性理論」
セレスは当然のように言った。
「王都にいるなら通わせる。軍に入れるにしても、入れないにしても、その前に学ばせるべきよ」
父が黙る。
母はレインを見る。
レインもまた、セレスを見ていた。
「……おれ、いくの」
「行くの」
セレスは即答した。
「あなたはまず、戦う前に知りなさい」
静かな声だった。
「力の使い方も、この国のことも、自分のことも」
レインは黙る。
ガレスが腕を組んだまま言う。
「王都じゃ、剣より先に文字を覚えろ」
「……つるぎじゃないの」
「先に文字だ」
珍しく、少しだけ笑っていた。
戦うためではなく、選ぶために学ぶ。
それがこの国のやり方なのだと、レインはその時初めて知った。
こうしてレインの新しい生活は、王都で始まった。
戦場ではなく、まずは学舎から




