王都での暮らし
王都での最初の朝は、静かだった。
村と違って鳥の声ではなく、遠くを走る荷車の音で目が覚める。
窓の外には石畳。
朝から人が歩き、商人の声が通りを流れていく。
母はまだ落ち着かない様子で窓の外を見ていた。
「……人、多いわね」
「多すぎる」
父が即答する。
「壁の向こうまで家があるの、落ち着かねえ」
「村と比べないの」
そんなやり取りをしながらも、三人で囲む朝食は久しぶりに穏やかだった。
焼ける心配のない家。
襲撃を警戒しなくていい朝。
それだけで、母の表情はずいぶん柔らかく見えた。
朝食の後、家の扉が叩かれた。
開けると、立っていたのはガレスだった。
鎧ではなく、簡素な外套姿。
それでも立ち姿だけで騎士だと分かる。
「入るぞ」
そう言って勝手に入り、父に一枚の紙を差し出した。
「仕事の話を持ってきた」
父が眉を上げる。
「……早えな」
「遊ばせておく気はない」
当然のように言って、ガレスは椅子へ腰掛けた。
「王都で保護はする。だが一生食わせるわけじゃない」
「そりゃそうだ」
「だから先に足場を作る」
差し出された紙には、紹介先が二つ書かれていた。
ひとつは王都南区の農地管理区画。
王都外縁で作物を管理する農地の人手補充。
もうひとつは、兵站管理倉庫。
前線へ送る食料や資材を扱う倉庫仕事。
「お前は肩が治るまで兵站だ」
ガレスが父を見る。
「荷運び、仕分け、積み込み。力仕事だが死にはしない」
「農民に倉庫番やらせるのか」
「荷物の重さと数が分かる人間は貴重だ」
父が鼻を鳴らす。
「……まあ、できなくはねえ」
ガレスは次に母を見る。
「奥方には南区の食堂を紹介した」
母が目を瞬く。
「食堂?」
「王立学術院近くの食堂だ。配膳と仕込み補助」
「学術院って……」
「レインが通う場所の近くだ」
母の表情が少し変わる。
それだけで安心できるのだろう。
「迎えにも出やすい」
ガレスは淡々と言った。
「子どもを預けるなら、その方がいい」
母はしばらく紙を見つめ、やがて小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼は働いて返せ」
ぶっきらぼうだったが、声はどこか柔らかかった。
レインは黙ってそのやり取りを見ていた。
この男は厳しい。
だが、人を生かすための厳しさだ。
「それと」
ガレスの視線がレインへ向く。
「お前の学校の話だ」
レインは小さく姿勢を正す。
「王立学術院初等部。通うのは貴族だけじゃない」
ガレスは腕を組む。
「騎士志望、魔導兵志望、文官志望、治癒師志望。王都で国に仕える道を目指すガキどもが集まる」
レインは静かに聞く。
「特にお前が行く初等部中等課程は、軍系進学の基礎課程だ」
父が眉を寄せる。
「軍の学校か」
「半分はそうだ」
ガレスは否定しない。
「騎士隊に入るなら剣と体術。魔導隊に入るなら属性制御と術式基礎。どのみち基礎教養は共通だ」
読み書き。
計算。
歴史。
地理。
属性理論。
魔力制御。
「王都じゃ、剣を振れるだけじゃ生き残れん」
ガレスの声は重い。
「魔法も同じだ。扱えるだけじゃ足りん。理解して、選べる奴が残る」
セレスが言っていた言葉に近かった。
戦う前に学べ。
選ぶために知れ。
この国は、そうやって兵を作るのだ。
「別に騎士になれとは言わん」
ガレスはレインを見る。
「魔導兵でもいい。文官でもいい。学者でもいい」
そして、少しだけ目を細めた。
「だが、お前は選べる側にいろ」
レインはその言葉を、静かに受け止める。
選ばれるのではなく、選ぶ側。
その意味はまだ全部分からない。
だが、きっと大事なことなのだと分かった。
「入学は三日後だ」
ガレスが立ち上がる。
「制服は今日届く。逃げるなよ、坊主」
「……にげない」
「ならいい」
そう言って出ていく背中を見送りながら、父がぼそりと呟いた。
「怖え顔して、世話焼きだな」
母が小さく笑う。
「優しいのよ、不器用なだけで」
レインもまた、黙って頷いた。
三日後。
レインは王都で初めて、学校へ行く。




