魔剣 いとのこ 14
「親父、もう、待てぬぞ」
バリンデン一家の長男「槍」のビッタンはいきり立つ。
「……下拵えは、済んでいると、聞いていたが、存外に、手間取っているのかも知れぬな」
禿頭を、つるり、と撫でる次男のバンスは、冷静であった。彼の方からは、御用猫を始末したとの報告も受けている。
家長のモイライモイは、じゃりじゃり、と顎髭をさすりながら、部屋の隅に視線を送るのだ。
そこには、何をするでもなく、棒立ちのままにして、虚空を見つめる隈侍の姿。同行したバンスが言うには、この侍の腕前の程は、まさに空前絶後であり、あの、伝説の「石火」田ノ上ヒョーエとも、十二分に渡り合えると言うのだ。
確かに、勝機はあるだろう。キッチョンとボルトの事も、気掛かりであるが、依頼主であるふくろうに、助力を頼んだ手前、面倒な追加の仕事も引き受けざるを得なかったのだ。しかし本来の目的たる御用猫の方は、片が付いている、あとは末子の仇討ちのみ。
ビッタンは文句を言うだろうが、田ノ上ヒョーエは、隈侍に相手をさせ、残りの二人を息子に任せる事にしようと、彼は決める。情報では「雷帝」とか言う有名な騎士がいるそうだが、モイライモイは、むしろ、ジョルトの言っていた、呪い師の方を警戒するべきだろうと、そう、考えるのだ。
しかし、そちらに関しては、自分の弓で縫い付けてしまえば済む話なのである。
「よし、今日、やるぞ、皆、準備しろ……いとのこの先生も、それで良いか? 」
部屋の隅に問いかけると、隈侍は、ゆっくりと、顎をひいて答えに代えた。
「……やはり、探しにゆくべきでは、ありませんか? 」
もはや、何度目かも分からぬ提案を、クロンは、田ノ上老にするのだが、この道場主は、今日も、のんびりと、稽古場の濡れ縁に腰を下ろし、退屈そうに、刀の柄に顎を載せたままである。
御用猫と大雀が出かけてから、既に二日が経過していた。
「まぁ、ほおっておけよ、気まぐれな野良猫の心配をしても始まらぬであろう? 腹が減ったら帰って来るわ、そういうものよ」
しかし、そうは言われても、落ち着かぬクロンである、きっと同じ思いであろうと、ビュレッフェやティーナにも、相談はするのだが、どうやら、二人は、なんとも落ち着かぬ、滑稽な彼の姿を見て、自身の心を安定させているような、そんな節もあるのだ。
(なんて事だ、これでは、いっそ、襲撃でもあった方が、落ち着けるというものだ)
笑うばかりで、相談甲斐のない二人に、矢も盾もたまらぬ気持ちを覚え、こうなれば素振りでもしようかと、庭に出たクロンの隣に、ビュレッフェと、田ノ上老も進み出る。
「どうされました? 稽古ならば、お相手しますが」
「ふふ、稽古か、そうさの、稽古とも言えるな、実戦のな」
楽しそうに笑う田ノ上老の、目線を辿れば、確かにクロンの耳にも、からから、と、遠くから車輪を鳴らす音と、小さな馬車の影が、視界の先に現れるのだ。
思わず、クロンは、右手を何度も握り、あの時の感触を確かめる。
四頭立ての黒馬車は、バリンデン一家の、その象徴、であったのだから。
「ふむ、バリンデンと言ったか、昼日中に、堂々とやって来るその姿勢だけは、褒めてやっても良いのう」
たっぷりと距離を置き、馬車から現れたバリンデン一家に、田ノ上老は呼びかける。
「最期の晩餐だけは、させてやるのが、情けというものでな」
モイライモイの言葉に、田ノ上老が、声をあげて笑う。
「うはは、確かに、情けは肝要よの……歩けるくらいには、残してやったのだが、彼奴は、無事に辿り着けたようだな」
にやり、と、悪そうな笑顔を見せる田ノ上老に、ビッタンが槍を向ける。
「じじいが! 貴様は殺す! 突き殺して、突き殺す! 」
噛み付きそうな程に、黄色い乱杭歯を剥き、飛び出しかけた長男を、バンスの大きな手が押さえる。
「……それは、お互い様だな、御用猫は、お前の弟子だったか、なんとも、無様な死に方であったぞ」
禿頭の巨漢の言葉に、一瞬の沈黙が訪れるのだが。
青い顔で、田ノ上老を見つめるクロンの他には、誰一人、狼狽える者は、なかったのである。
「ふふ、野良猫は、しぶといぞ? そう簡単に、取れると思うたか」
からから、と、笑う田ノ上老の前に、藍色の着流しの、足元だけ、ゆらゆら、と揺らめかせ、隈侍が進み出る。
「……ご、ご、御用猫は、し、心臓を抜いた、もう、生きてはいない、そう、俺が、抜いたのだ」
その男を、一目見て、田ノ上ヒョーエは、戦慄した。
(なんだ、こやつは、こやつは……くく、滾るではないか)
田之上老が、その目をぎらつかせたのも、仕方ないだろうか、常に戦いに生きる彼とて、これ程の剣士に出会えることは、そうそうに無い事、であろうから。
「石火」のヒョーエは、笑っていた。いや、これは、虎が、牙を剥いたのか。
「……ふふ、なんじゃ、お前は、ちゃんと喋れ」
田ノ上老は、すらり、と、愛刀、へしきり丸を抜き払い、一歩、前に出る。
言葉は要らぬ。
餓えた野獣は、久方ぶりの、まともな食事の予感に、ただ、全身を打ち震わせたのだった。




