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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 15

 バリンデン一家は、正面からの真正直な仕事を好む。


 闇討ち屋でありながら、ロンダヌスでは隠れる事なく生活していたし、確かに、敵は多かったのだが、彼等は、歪んではいても、愛情を持った家族を構成し、それなりの幸せを掴んでいたのだ。


 モイライモイは、短弓を引き絞り、続けざまに、道場の屋根へと矢を放つ。狙いも何も無い、その辺りに敵の呪い師が潜んでいるだろうと、当たりを付けて、ばら撒くだけだ。


(この仕事、引き受けぬが、正解であったなぁ)


 父として、息子達を冷静に眺め、判断し、そろそろ、跡目を譲り、のんびりと、孫達を鍛えながら隠居しようかと。その最後に、クロスロードへの足掛かりとして、大仕事をこなそうと考え、引き受けた一件であったのだが、正直なところ、この仕事は大赤字であった。


 何よりの痛手は、次期頭目として期待していたジョルトの死である。長男以下、一長一短の息子達は良くやっていたが、末子の才能は、それらを凌駕していたのだ、頭も良く、人を纏める力と、何より、家族を守ろうとする意志が強かった。ビッタンには、一度、相談していたのだが、その時に、長子は言ったのだ、あいつならば異論は無いと、自分が補佐し、弟達にも文句は言わせぬ、と笑ってみせたのだ。


 バリンデン一家は、今から最盛期を迎えるのだ。


 モイライモイは、そう、確信していたのだが。


「貴様らはぁ、皆、皮剥ぎして! 吊るして! 」


 頭の後ろに、ぼんやりと光る点の様なものを感じ、其処へ二射。


「あぁっ! 」


 屋根の上から、ティーナの短い悲鳴があがる。


「女ならば、死ぬまで嬲ってやろう」


 モイライモイは、勝利を確信した、呪い師の補助が無ければ、あとは単純な、力のぶつかり合いなのだから。


 最初に放った彼の矢には、気配感知の呪いを仕込んであったのだ。どんな隠形で身を隠した者であっても、至近距離に感知器を撃ち込まれては、裸同然である。


 そのティーナの悲鳴には、しかし、田ノ上老も、ビュレッフェも、反応を示さなかった。その様な事に気を取られては、目の前の敵に殺されてしまうだけだと、知っていたから。


 振り向いたのは、クロンだけであった。


「ばかっ! 」


 振り上げられた斧の前に入り、どんっ、とクロンを突き飛ばしたビュレッフェに、ビッタンの槍が突き込まれる、強引に身体を捻り、無理な体勢から、しかし、槍の穂先を斬り飛ばすのだ。


 恐るべき技の冴えである、続けて迫るバンスの斧も、充分に受け切れる筈であったのだが。


 ちりっ、と、空気を裂いて振るわれた蛇剣が、ビュレッフェの眼前に迫る、咄嗟に右腕で防いだが、肉が弾け、抉られた傷から、橈骨が顔を覗かせた。


「ぐぅっ! 」


「ビュレッフェ! 」


 好機とばかりに迫るビッタンの前に、クロンが割り込み、それぞれ相手を変えて、再び対峙した。


「すみません、ビュレッフェ、私のせいで! 」


 大きく剣を振って、槍使いを威嚇すると、親友に向け、目を合わせずに謝罪する。


「ふはっ、気にするな、この程度の怪我、むしろ丁度良いであろう、何しろこやつら、手応えが無さ過ぎる」


「口だけは達者だな、クロスロードの騎士は」


 重い斧を投げ捨て、蛇剣を鞭の様に振るい、バンスが間合いを詰めた。巨体に似合わず、中々の技巧派ではないか。


 その手数の多さに、ビュレッフェは内心で舌打ちする。クロンの為に、ああは言ったが、決して油断の出来る相手では無いのだ、利き腕が使えぬのは、明らかに不利であった。


(田ノ上の大先生に……いや、何を考えている、この程度の危機、我が剣を鍛える糧だと、何故思えぬのだ、未熟者め! )


 左手で剣を握り直した直後、突然に、死角から矢が飛んできた。咄嗟に死んだ右手で払うのだが、ビュレッフェの背中に、冷たいものが流れ落ちる。狙いが、恐ろしく精確なのだ。


(確かに、手負いとなれば、矢の狙いは俺に集まるだろう、それは、クロンの援護にもなろうか……)


 飛んでくる蛇剣を、自らの剣に絡ませぬよう、注意して弾き、ビュレッフェは吼える。


「雷帝、の名を知らぬ、ロンダヌスの田舎者どもめ! 炎帝騎士の精強さは、あの世で吹聴してこい! 」


 大声を出して、自らを奮い立たせるビュレッフェであったが。


 しかし、戦況は、明らかに不利であったのだ。




 隈侍と向かい合う田ノ上老は、先程から、一歩も動かぬ。


 いや、そう見えるだけで、彼らは、激しく、何度も剣を打ち付けていたのだ。互いに、心中で打ち込み、払い、躱しては斬りつける。


 本物同士の戦いには、脳内試行と現実との境界など、まるで意味を成さないのだ。


「うふふ、これは、これは、楽しいぞ……おい、坊主よ、名は、何と言う? 」


 ぐにゃり、と歪んだ、いびつな笑顔で、しかし、なんとも愉しげに、田ノ上ヒョーエは、笑うのだ。


「な、な、名は、す、棄てた、とうに、とうに、な、今は、ただ、ひ、日々の飯と、たまに、た、たまに、血を啜れば、それでよい」


「……そうか、ふむ、まこと、剣士の生き方よの」


 真似はしたく無いがな、と笑う「石火」に向けて、ぎょろぎょろ、と、黒い皿の上で眼球を蠢かせ、隈侍は、左手の指を震わせる。


 それを合図に、二人が動く、遂に、現実の肉体が、動きを堪えきれなくなったのだ。


 次の瞬間、ぱちん、と炭が弾けた様な音が響き、下から掬い上げた田ノ上老の一撃が、隈侍の顎を掠め、意外に健康的な色の赤血を吹き散らす。


 飛び退がった隈侍は、ぎょろぎょろ、と眼球を、右往左往させるのだが、しかし、それ以外には、特に慌てた様子も無い。


「ほう、金剛を見るのは初めてと? うふふ、一刀流系と、念流の色も見えるが……極めてはおらぬな? ぬし、本職は、曲芸師か、糸付きの分銅とは、猪口才な」


 隈侍の、謎の攻撃も、田ノ上老にかかれば、一目で看破されてしまうようだ。


 左手の指先から放つ、糸付きの小さな分銅は、相手に直接に、または鋸刃に絡ませ、あるいは巻き付け、時には切り飛ばし、軌道を変えて変幻自在に襲いかかるのだが。


 田ノ上老が見せた「金剛」は、全身を斬鉄の要領で震わせ、攻撃を弾くという技。


 斬鉄と金剛、攻守の極みである二つの技は、剣士の、ひとつの到達点であり、その両方を修める者は、クロスロード広しと言えども、僅か四人しか存在しない。


 相変わらず、ぎょろぎょろ、と、視線を散らす隈侍、これは、周囲の空間を把握し、分銅の軌道を計算しているものか。


「おぉ、そうよ、守りは一瞬、攻撃に転じる迄に僅かな時間もかかる、良いぞ、よく見ておったな、死ぬ前に、ようく、覚えておけよ」


 笑う田ノ上老は、再び剣を構える。


 彼自身は、実に愉しげではあったが、しかし、周りを見渡せば、戦況は、明らかに不利であったのだ。



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