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続・御用猫  作者: 露瀬
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魔剣 いとのこ 12

 リチャード少年の母は、早くに亡くなった。


 彼女は、近所でも評判の美人で、夫婦仲も非常に良く、たっぷりと愛情を受け、リチャード少年は、まことに純粋に育ったのだが。


 流行り病を患い、痛ましく痩せこけてしまった母は、しかし、縋り付く息子に、妹を頼むと、最期まで笑顔で眠りについたのだ。


 だが、その妹も、今は亡い。


 新しい母と妹には疎まれ、酒に溺れた父は、彼を見ると酷く怯えた眼をするようになった。父は、息子を、幸せの残滓を見るのが、余りに辛かったのだろう、リチャード少年には、理解出来た。


 見栄ばかりに拘る新しい母と妹、そして、酔って暴れるばかりの父に挟まれて暮らした彼は、他人の顔色を伺う事を覚えた。冷たい家の中で、愛情を受ける事にも、与える事にも飢えていた。強く求めていたが、しかし、どこか、諦めてもいた。


 渇望と絶望の狭間から生まれた諦観が、この少年に、類稀なる観察力と洞察力、そして、呪いの素質を与えていたのだ。


 そうして、ついに、陰間女衒に売られ、連れ去られる所を、御用猫に拾われてから、そろそろ、三年になろうとしている。


「ゆっこちゃん、もう、勉強の時間だよ、サクラも、しゃんとして、昨日から、全然、進んでいないように、みえるけど? 」


 まるで仲の良い姉妹の様に、サクラとゆっこは、どきり、と、同時に、肩を竦めるのだ。


 ボールの代わりに投げ渡されていたくるぶしが、なっふなっふ、と同意の鳴き声をあげる。


「うぅ、わ、分かっていますとも、ちゃんとやります、ですが、そろそろ、ラスティがお茶を淹れているはずなのです、それを頂いてからでも……」


「リチャードさまは、すこし、頭が、かたいとおもいます、おとさんは、りんきおーへんが大事だと、いつも言っていました」


 揃って口を尖らせる、この妹達に、少年は苦笑しつつも、この三年間で自分の胸に満ちた温かさを、再び確かめ、そして感謝するのだ。


「全く、程々にするんだよ? 今日中に、あと十頁終わらせなかったら、アルタソマイダス様に、言いつけるからね」


 ぶーぶー、と不満を零す姉妹に手を振ると、木剣を片手に、リチャード少年は部屋を出る。取り込んだ洗濯物を籠に抱え、廊下ですれ違う若い侍女達が、顔を赤らめては、頭を下げて通り過ぎる。


 上町にある、アルタソマイダスの屋敷は、さほどの大きさではない。平民の生まれである為、元々は官舎で暮らしていた彼女だが、同じ敷地内に住む者達の、度重なる嘆願により、特例として屋敷が与えられていた。しかし、本来ならば、とうに爵位が与えられていても不思議ではないのだ。


 頑なに爵位を受け取らぬのは、アドルパスも同様であったが、彼らの、この無欲さが、貴族達を安心させ、また、不安にもさせているのだ。


 世俗の欲に塗れた人間には、到底理解出来ぬ行動であるのだから。


 それでも、彼女に与えられた屋敷には、百五十メートル四方の敷地があり、高い塀に幾つもの部屋は、独り身の女性にとって、些か、冷たくに過ぎるものであろう。


 とはいえ、そのような事に、まったく無頓着なアルタソマイダスである。ゆっこを娘として引き取るまで、この屋敷には、年老いた家令と、中年の侍女がひとりきりであったのだが。


 現在は十人程の若い侍女と、正門を守る二人の従士を、新たに雇い入れ、隅々まで手入れがされていたのだ。


 なので、床板を張り替えたばかりの廊下を歩く、リチャード少年の前に、ごろごろ、と、茶器と茶請けを載せたワゴンを、転がしながらやってきたのも、二十歳ほどの若い女性である。


「あぁ、ラスティさん、あまり、あの子達を甘やかさないでくださいね? 休憩は、三十分だけでお願いします」


「……ええ、分かりました、そのように」


 何時ものように、和かに笑いかけたリチャード少年であったが、侍女の返事に、どこか、違和感を覚えるのだ。最近、ナローから出稼ぎに来たというこの女性は、気立てが良く、ゆっこにも懐かれていた為、遊び相手や、読み書きの先生、のような真似もしていたのだが。


 ぴたり、と足を止めた少年の横を、ほんの少しだけ、足早に通り過ぎる侍女を、振り返って見送ると、リチャードは、真っ直ぐに正門に向かう。



「ご苦労様です、ガルーさん、何か、変わった事はありませんか? 」


 少年が声をかけたのは、四十路ほどの、丸顔の従士である。


 西の開拓地から、移住してきたという、この男は、誰もが敬遠し、そして長続きしない、この屋敷の警備を、既に二ヶ月ちかく勤めていた。


「おぉ、なんだ、今日はもう来ないと思ってたが、わはは、こりゃあ、また、俺の負けだな」


 丸顔の従士は、隣に立つ、背の高い相棒に笑いかける、この男達は、どうやら、真面目で心配性のリチャードが、日に何度、正門を訪ねるかを、賭けの種にしていたようだ。


「いえ、ガルーさん、少しだけ、気になる事が、あるのです、今日、昼に、僕がここを訪ねた後、この門を誰がくぐったのか、教えてください」


 んん、と、首を捻ったあと、ガルーと呼ばれた門番は、指を折り始める。


「何人もいねぇよ、呪い薬の振売と、お茶の葉を持ってきた、カラス屋の若い衆が二人、いつもの奴等さ」


「その方達は、もうお帰りで? 」


 そりゃそうだろ、と頷くガルーを見て、リチャード少年は迷った。


 しかし、迷った末に、問いかけた。やはり、彼は未熟であったのだ。


 もしも、これが御用猫であったならば、今頃は、問答無用で、二人共に、斬り倒していただろう。


「ガルーさん……新しく入った足跡は、三人分ありますが、出たのは、ひとりだけ、です……もしも、僕の思い過ごしならば、謝罪しますが、今は、納得のいく理由を、教えてください」


「……こりゃ、たまげたな、なんてぇ、勘の良い餓鬼だ」


 ガルーが、顎をしゃくると、長身の従士が、正門を閉め始めるのだ。


「まぁ、あっちがやるか、こっちで始末するか、同じ事だけどな……リチャード、ついてねぇな、お前もよ」


 腰の長剣を、にやつきながら、抜き払う男を前に、少年が考えた事は。


(何て事だ、まだ、二人、中に居る、あの侍女も、恐らくは……でも、サクラは、人を疑うなんて、できないだろう、僕が、僕がやらなければ!)


 ぎりり、と、歯を食いしばり、木剣を構えるリチャード少年は、目の前の敵を、見据える。


 実力的に、引けは取らぬはずだ、相手が大人だとて、田ノ上道場での稽古を重ねた自分ならば、どうとでも、対処出来る程度の手合いなのだ。


 しかし、相手は二人、しかも、建物内に、少なくとも、もう二人。目の前の敵に、時間はかけられぬが、さりとて、異常を察知した、警らの騎士がやって来るまでの、時間も稼ぎたい。


(……こんな時に、はたして、若先生ならば、どうするのか)


 リチャード少年は、目の前の危機から逃避するかのように、ぐるぐると、頭の中に、そればかりを、思い巡らせていたのだった。



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